Essay エッセイ
2012年03月21日

ありがとう (Thank You), California!

こんな日本語と英語の混ざった見出しは、3月11日の新聞に掲載されたものでした。

東日本大震災からちょうど一周年のこの日、シリコンバレーの地元紙サンノゼ・マーキュリー新聞には、カリフォルニアの人たちに感謝する文章が掲載されました。

掲載したのは、在サンフランシスコ日本国総領事の猪俣弘司氏。

「敬愛なるカリフォルニア州民の方々へ」と始まる文章には、こんなことが書かれています。

一年前の3月11日、日本は未曾有の地震と津波に襲われ、何千という命が奪われただけではなく、日本が今まで経験したことのない深刻な核の事故に直面いたしました。

しかし、そんな暗黒の刻(とき)の中、カリフォルニアの方々は、わたしたちに思いやりとなぐさめ、そして希望を与えてくれました。すべてのお悔やみの言葉や心の支え、そして暖かい人類愛を示していただいたことに、わたしたちは深い感謝の気持ちを抱いております。

あなた方の手助けや友情のおかげで、日本の復興はおおいに進みました。が、まだまだやらなければならないことは山積しています。我が国はあなた方とともに、地震の教訓を共有し、天災に強い社会を築き、核の安全、人類の安全、経済の安定を促進することに献身する所存です。

日本の復興や発展については、順次ご報告いたします。

みなさまが快く手を差し伸べてくださったことに、再度感謝の意を表するものであります。


この一周年の日曜日、サンフランシスコの日本街では、慰霊祭が開かれました。

広場には現代風の五重塔があって、街のシンボルともなっていますが、その塔の前では、いろんな宗派の代表者が出席して、祈りの言葉を捧げました。

そして、近隣からは市民の方々も集い、一年前の大惨事に思いを馳せ、手を合わせました。


一年前、このサンフランシスコの日本街とサンノゼの日本街は、いち早く義援金集めの行動に出ました。

祖先がやって来た祖国の大惨事を、無視することはできない! と、日系の方々が立ち上がったのです。

昨年、「一枚の写真」というエッセイでもご紹介しましたが、サンノゼでは、お寺で初七日が開かれたあと、ボーイスカウトの子供たちが義援金を募る「ドライブスルー」を開き、行き交う車の窓から募金を受け取りました。

サンフランシスコでは、「義援金テレソン」を開いて、ベイエリアじゅうの住民から電話で義援金を募りました。

このときには、「テレソン」を終えてもどんどん寄付金が寄せられ、日本街協会だけで4百万ドル(およそ3億3千万円)が集まりました。この義援金は、直接、代表者の方々が被災地に出向き、地域の方々に届けました。

オリンピックで金メダルをとったベイエリア出身のフィギュアスケーター、クリスティー・ヤマグチさんも、日本街の代表者とともに東北を訪れ、避難所をまわって、不便な生活を送っている方々を励ましたそうです。

そして今でも、日本の復興を願って、日本街協会には、毎月数千ドルの単位で義援金が寄せられるということです。


一周年の日曜日、日本街の代表者はローカルニュースでこう語っていました。

現地で目にした光景には、言葉にできないほどの驚愕を覚えた。それはもう、そこに立った者にしかわからないような、巨大な埋葬の地を彷彿とさせるものだった。

日本はだいぶ立ち直ったとはいえ、まだまだ大きな助けが必要。わたしたちも現地でなんとか行動を起こしたいと思うのだが、こちらにも自分たちの生活があり、それを放り出すわけにもいかない。そんな厳しい葛藤と闘っている。

第二次世界大戦中、自国アメリカから「敵国の住民」として収容所に入れられた経験のある日系の方々は、辛い出来事がどんなものであるのか、そこから立ち上がるのはどれほど大変なことかを知っているのです。(上の写真は、日本街にある日系の歴史・暮らしを伝える記念碑)


先日、イランからいらっしゃったご夫婦と話をしていたら、エキゾティックな面立ちのご夫人が、こんなことを教えてくれました。

3月11日のあの日、日本の大地震と大津波の被害を知って、ほんとに悲しくて、悲しくて、涙が止まらなかったの。
 なんとかして日本の人たちにわたしの気持ちを伝えたくなって、翌日、サンフランシスコの日本街に行ってみたのよ。

そうしたら、そこには普段通りの平和な時間が流れていて、「え、泣いているのはわたしだけ?」と、ちょっと拍子抜けしてしまったわ。

震災直後は、まだ日本街の行動方針が話し合われている段階で、表面上は静かな時が流れていたようですが、それにしても、外国の方々は、心情を行動にうつすのが早いものだなぁと、彼女のお話を聞きながら痛感したのでした。

そして、韓国からやって来た友人は、一周年の直後に起きた大型の地震を知って、わたしの心配をしてくれました。

「あなたって、もうすぐご両親のお引っ越しで日本に行くんでしょ? でも、あちらでは大きな地震があったみたいで、ニュースを聞きながら、『今、行っちゃダメ!』って思ったわ」と。

幸い、両親の場所では影響はなかったので、その旨を伝えて安心してもらったのですが、心配をしていただけるなんて、ほんとにありがたいことだなぁと思ったのでした。

それはきっと、国籍とか民族とか、そんなものを超えた、まさに「人類愛」といった言葉で表されるような、仲間に抱くような感情なんだろうなと思うのです。

だから、きっと、カリフォルニアの方々にだけではなくて、世界じゅうの人たちに「ありがとう」って言わなくちゃいけないんですよね。


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