Life in California
ライフ in カリフォルニア/季節
Life in California ライフ in カリフォルニア
2008年12月14日

シーズン・オヴ・ギヴィング、与える季節

日本に比べると暖かいシリコンバレーでも、厚地の毛糸のセーターが必要な季節となりました。

とくに、この週末は、今年一番の北からの寒気団(Arctic cold)がやって来ているので、寒がりなわたしは、家の中でもセーターの重ね着をしています。

そして、久しぶりにクローゼットから出してきた毛糸のカーディガンを見て、ふとあることを思い出していました。

わたしが住んでいる家のすぐそばにはクリーニング屋さんがあって、30年ほど前に韓国からやって来た夫婦が経営しています。この夫婦は、同じアジア人のわたしを見るとニューヨークにいる娘を思い出すようで、いろいろとわたしと話をするのを楽しみにしています。

アメリカのクリーニング屋さんですから、ここでは洋服の手直しや繕いもやっているのですが、あるときわたしが差し出した毛糸のセーターを見て、奥方のスーさんがこう言うのです。「あらまぁ、穴が開いてるわよ。いいわ、クリーニングする前に、わたしが繕ってあげるから」と。

毛糸のとっくりセーターって、タートルネックと身ごろの間に穴が開きやすいでしょ。きっと、かぶるときにエイッて引っ張るんでしょうね。そんな小さな穴を見つけて、スーさんがボランティアで繕ってあげると言うんです。もちろん、自分でも知っていて無精していたんですが、せっかくのご提案なので、快くお願いしたのでした。

そんなことを考えていると、似たような話があったなと、またまた思い出したことがありました。

昔、サンフランシスコのサンセット地区(Sunset District、中国系住民が多く住む静かな住宅街)に住んでいたことがあるのですが、近くのタラヴァル通りにあるクリーニング屋さんによくお世話になっていました。あるとき、ここでジャケットを差し出すと、店主がこう言うのです。「あれ、裏地の縫い合わせが解けてるよ。クリーニングする前に縫っといてあげるから」と。

ここの店主は、はるばるオーストリアはウィーンから来た方で、お店の名もVienna Drycleaner (ウィーン・クリーニング)というような名前だったと記憶しています。この方は、ウィーンでは仕立て屋さんをしていたそうで、複雑なジャケットの裏地の縫い合わせも、とてもきれいにやってくれました。もちろん、「繕いのお代なんかいいよ」と、クリーニング代だけで済みました。


こんなお話をすると、まるで繕いなどできない人間だと思われそうですが、決してそんなわけではありません。ただ忙しいのです(と、言い訳をしておきましょう)。

けれども、とにもかくにも、ボランティアで繕いを申し出る気になるほど、わたし自身が人から見ると「頼りない人間」に映るのかもしれませんね。自分では、頭の中にいろいろたくさん詰まっているなんて思っているものの、人から見ると、ぽっかりと抜けているのかもしれません。

そして、助けてくれたあちら様にしたって、「助けてやろう」なんて大層に考えているわけではなくて、「何か相手の役に立ったら嬉しいな」くらいにしか考えていないのでしょう。

そうやって考えると、この世の中は、ごく小さな「助け合いっこ」で成り立っているのかもしれません。決して恩着せがましく「俺様が助けてやろうじゃないか」というのではなく、「まあ、持ちつ持たれつですから、お困りなら手を貸してあげましょうか」というような、ほんの軽い気持ち。


助け合いっこといえば、12月に入った金曜日、ちょっとびっくりしたことがありました。

我が家では、年末になると、家の中にたまった不要な物品を寄付することにしているのですが、この日は、サンノゼ市の日本街の近くにある「救世軍(the Salvation Army)」に向かいました。

日本でもお馴染みだとは思いますが、救世軍というのは、19世紀中頃にイギリスの牧師夫婦によって組織されたキリスト教系の慈善団体で、アメリカでは一般市民からお金や物品を募って、さまざまな形で地道に社会貢献を続けています。
 全米のあちらこちらで、安売りショップ(Thrift Store)も経営していて、所得の低い人たちでも、安価に生活必需品を手に入れられるようになっています。

この日、我が家が寄付したのは、おもに不要となった衣服の類ですが、シリコンバレーに引っ越して来たときから使っていた掃除機(vacuum cleaner)や炊飯器(rice cooker)、それから、代替わりとなった無線LANルータ(WiFi router)と、種種雑多な寄付をいたしました。

建物の脇には寄付を受け付けるテントが張られていて、そばに車を停めると、「こんにちは、寄付がしたいの?」と、すぐにおじさんが寄ってきます。このおじさんは、厳格な慈善団体というイメージからは程遠い感じの、とてもにこやかなお方で、こちらが手渡すものをテキパキと分類していきます。
 これはちょっと壊れた部分があると掃除機を指差すと、「なあに、ここにはちゃんと修理する人がいるから問題ないよ」と、快く受け取ってくれました。炊飯器なんかは寄付が少ないので、結構喜んでくれたみたいです(カリフォルニアでは、電器屋さんには必ず炊飯器が置いてあります。お米を食べるのは、日本人やアジア人ばかりではないですからね)。

そして、引渡しが完了すると、おじさんは物品受け取りのレシートもシャカシャカッと手際よく書いてくれるのです(寄付をした金銭や物品は、アメリカでは税金控除の対象となるので、相手から領収書をもらうことが必要となります)。


こんな風に、お堅いイメージを逸脱した、感じの良いおじさんにもちょっとびっくりではありましたが、何が驚いたって、ここに寄付をしようと集った車の数! まあ、金曜日の夕方ということで、みんなの心に余裕のある時間帯だったのでしょうが、引きもきらず、次から次へと車がやって来るのです。

他の車の邪魔になってはいけないので、その場で観察する余裕などありませんでしたが、結構若い人もやって来て、何かしらおじさんに手渡しています。ここはIT産業のメッカ、シリコンバレーですから、きっと衣服だけではなく、電化製品やハイテク製品もたくさんあったことでしょう。

それにしても、このご時勢、やれ不景気(recession)になっただの、次から次へと従業員解雇(employee layoff)が発表されるだのと、悪いニュースばかりが続いているではありませんか。そのわりに、この日、寄付をしようとやって来た車の多さに、わたしはびっくりしてしまったのでした。

もちろん、我が家がやっているように、寄付というのは年末の税金対策のひとつではあるのですが、きっとそればかりではないのでしょう。近頃、悪いニュースばかりを耳にするから、少しでも余裕のある人間は、進んで手を差し伸べるべきである、そう思っている人もたくさんいることでしょう。

そして、多くがそんな風に思えるようになるのには、きっと何か理由があるのでしょう。

それは、人に手を差し伸べる(to give)というのは、誰かに与えるばかりではなく、自分にも何かしらを与えることだから。

そう、人に手を差し伸べるということは、ちょうど、自分自身に対してお誕生日やクリスマスのプレゼントをあげているようなものではないでしょうか。


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