Essay エッセイ
2009年09月18日

ナール湖の伝説

先日、「メルティングポット」というエッセイで、こんなお話をいたしました。

カリフォルニアのシリコンバレーやサンフランシスコ・ベイエリアには、世界各地から人が集まって来るので、地元の住民もそれをおもしろいと思っているし、誇りにも思っている。
 だから、外国生まれの人であっても、すんなりと受け入れてくれる素地があると。

そんな日頃のわたしの感想を裏付けてくれるように、こういった意識調査が発表されました。

多くのカリフォルニア州民は、外国からの移民を「お荷物」ではなく、「有益」であると感じている。けれども、サンフランシスコ・ベイエリアの住民ほど、そのように強く感じている州民はいないと。

なんでも、カリフォルニア州民の58パーセントは、外国からの移民は良く働くし、スキルがあるので、州にとっては有益であると感じているそうです。が、ベイエリアになると、その数字が65パーセントに跳ね上がるんだそうです。

たぶん、ベイエリアには、もともと自身が移民であったり、移民の子であったりする人が多いので、こういう結果になるのでしょう。
 それが証拠に、白人の州民に限ると、「有益派」がちょっと減って、その分「お荷物派」が増えるんだそうです。

それでも、ベイエリアの3分の2の住民が移民に対して好印象を持っているなんて、外国生まれにとっては、実に心強い結果ではありませんか!

(こちらの意識調査は、Public Policy Institute of California(カリフォルニア公共政策研究所)という無党派の団体が、定期的に行っている調査です。初回は1998年に行われ、そのときは、移民を有益だと思っている州民は、48パーセントにとどまっていたそうです。)


まあ、「移民(immigrants)」とか「外国生まれ(foreign-born)」という言葉はかなり曖昧なものでして、個々人によって、育った文化圏とかアメリカでの経験や法的立場が大きく異なります。

ですから、聞き手によっても、「移民」という言葉に対して抱く印象はさまざまでしょう。

たとえば、シリコンバレーに生活する人は、自分の勤めている IT企業のインド系や中国系の仲間を思い浮かべるかもしれません。

サンディエゴ辺りの裕福な人は、自宅の広い庭を掃除してくれるヒスパニック系の移民を思い浮かべるかもしれません。そして、その掃除係の何人かは、不法に国境を渡って来た人かもしれませんし、英語もほとんどしゃべれないかもしれません。

ですから、白人の州民(ずっと昔にアメリカに移住して来たヨーロッパ系移民の子孫)の中には、移民は「お荷物」である、つまり公共の福祉や施設を使うばかりの好ましくない存在であると感じている人もいるのでしょう。

一方、シリコンバレーになると、IT企業のかなりのスタッフが中国やインドなどの外国から来た人たちです。ですから、移民にはスキルがあり「有益」であると感じる人が多いのでしょう。

つきつめて考えてみると、移民に対してどんな印象を抱くかという根底には、「移民を身近なものに感じているかどうか」という条件があるような気がするのです。

カリフォルニア、とくにベイエリアの若い世代になると、生まれた頃から人種や文化の異なる仲間に囲まれていて、肌の色だとか、言葉のなまりだとか、そんな事はどうでもいいと思っている人も多いようです。

自分が誰かと友達になるのは、興味や考え方が似ていて、感動を分かち合えるからであって、その他の事はあんまり関係ないと思っている人たちが多いように見受けられるのです。

カリフォルニアという州は、もっとも人種の多様化が進んでいる場所ではありますが、中でもベイエリアでは、それにつられて人の意識もだいぶ変化しているのでしょう。

そして、これが、本来の意味での「メルティングポット」なのでしょうね。だって、メルティングポットという言葉には、単に人種の寄せ集めというだけではなくて、文化や意識のブレンドも含まれていますからね。

ブレンド。そう、ちょうど魔女が大きな鍋をひっかきまわして、いろんな材料を混ぜ合わせているみたいな感じ。いったい何ができるのかは、あとのお楽しみ、といったところでしょうか。


と、なんとなく理屈っぽいお話になってしまいましたが、ここでショートストーリーをどうぞ。
 
 こちらは、2年前にトルコを旅行したときに、ガイドさんから聞いたお話です。

奇岩で有名なカッパドキアのあるトルコ内陸のアナトリア地方に、ナール湖(Nar Lake)という名前の湖があります。

火山の噴火口に水がたまってできたカルデラ湖ですが、その水の色が何とも不思議で、つい引き込まれてしまいそうな魅力のある湖なのです。

ですから、今となっては、奇岩群や地下都市の合間に連れて行かれる、絶好の観光スポットとなっています。そして、このナール湖には、こういった言い伝えがあるそうです。

もともと火山の噴火口跡には人が住んでいて、集落を成していました。

あるとき、この村に貧乏な親子が訪ねて来て、食べるものにも困っていると、母親が一件々々戸を叩いて回りました。
 「もう食べるものが何もなくて、息子の具合が悪いのです。どうか息子を助けると思って、食べものを少し分けてください」と。

けれども、どの家も何も分け与えようとせず、母親を追い返してしまいました。

誰からの手助けもないまま、いよいよ男の子の症状は悪化して、そのままこの村で他界してしまったのでした。

母親はこれに嘆き悲しみ、村人に向かって言い放つのです。

「お前たちのせいで、息子が死んでしまった。だから、お前たちの家をみんな水に沈めてやる!」

すると、みるみるうちに噴火口には水が満たされ、村は湖の底にすっかり沈んでしまいましたとさ。


なんとなく、どこにでもころがっていそうなお話ではありませんか? 日本のどこかの県のお話だと言われても、すんなりと納得するでしょう。

世界じゅうを見まわすと、国によって着るものが違ったり、習慣が違ったりするけれど、人なんて、しょせん似通ったところが多いものなんですよね。

だって、嬉しければ笑うし、悲しければ泣く。そして、悲しみがつのれば、人を恨むこともある。それが、人情というものなのでしょう。

だから、まったく知らなかった相手の文化に触れてみると、「あれっ、似てるな」と共感を抱くし、そんな相手をありのままに受け入れることもできるようになる。

そんなわけで、「メルティングポット」というのは、単に慣れの問題なのかもしれませんね。


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