Essay エッセイ
2006年10月19日

一期一会

お友達が、こんなことを書いていました。幸せの条件は、宝物があることですと。

どんな小さなことでも、それを宝とできること。

「宝物」かぁ。宝物といっても、いろんなものがありますよね。

人によっては、ごく最近手に入れた車だとか、大枚をはたいて買ったオーディオシステムだとか。それとも、亡くなったおばあちゃんからもらった指輪なのかもしれません。

また、ある人にとっては、家族だったり、恋人だったり、何でも話せる親友だったりするのかもしれません。


最初にお友達の文章を読んだとき、いろんなことが頭に浮かびました。

そうだなあ、自分にとっての宝物って、やっぱり家族かな。でも、健康も大事だしなあ。

そう考えると、宝物ってひとつじゃない。

ちょっと欲張りだけれど、家族や健康の他に、宝物ってあるのかなあ。

で、ふと思いついたのが、人との出会い。

いつもの馴染みの街角でふと出会ったり、見知らぬ土地でばったりと出会ったり。

人って、誰かと出会って別れ、それを繰り返して、人生を積み重ねていくようなものですよね。


こんなおばあちゃんがいました。

東京の地下鉄大江戸線に乗って、新宿駅で降りたときのこと。そこから新宿の東口にあるデパートは、ちょっと遠いんです。だから、おばあちゃんは、右か左かわからなさそう。

声をかけると、ちょうど同じデパートに向かうのがわかったので、一緒に行きましょうということになりました。

最初は、遠慮しながら、つかず離れず付いて来たおばあちゃん。そのうち、足元がふらついてきて、わたしの腕にすがるようになりました。なんでも、前の晩、結婚披露宴で飲みすぎて、頭がフラフラするんだとか。そういえば、なんとなくアルコール臭いな。

でも、わかったんです。このおばあちゃんは、生まれも育ちも佃島(つくだじま)。今も佃島に住み続けているって。

佃島といえば、同じく隅田川の河口にある月島(つきしま)なんかと並んで、下町の代表みたいなもの。道理で、話し方が、きっぷがいい。ちょっとろれつはまわってない感じだけれど、それでも江戸っ子って感じ。きっとお仲間のおじいちゃんなんかと、朝まで酒を酌み交わしていたんでしょうね。

佃島で育ったなんてかっこいいですねって言ってみると、そんなことないのよ、ぜんぜんって答えるんです。古いばっかりでねって。

わたしなんかにしてみたら、江戸の情緒たっぷりで、いなせな感じがするのですが、このおばあちゃんにとっては、なんの変哲もない、ただの自分の町なんでしょうね。


もう数年も前のできごとなので、細かいところは忘れてしまいましたが、道々おばあちゃんの家族とか、そんなお話もしたのかもしれません。

さあ、着きましたよと、デパートの一階で教えてあげると、なんとなく、わたしの腕を離すのが不安そう。それでも、ようやく決心したように腕を離し、エスカレーターの方へと踏み出そうとします。

そこで、お名前を教えてくださいと言うおばあちゃん。残念ながら、名刺を持ち合わせていなかったので、アメリカのカリフォルニアに住んでいるんですと教えてあげました。名前なんて、この際、あんまり役に立たないし。

それに、道のりが楽しかったのは、おばあちゃんだけじゃないんです。だから、別に、親切をしたというわけではないんですね。楽しませてもらったから、ほんとは、こちらもお礼を言わなきゃいけなかったんです。

あのときの別れ際のおばあちゃん。もしかしたら、不安だったんじゃなくって、さよならを言うのが名残惜しかったのかもしれませんね。

明日の朝、日本に向けて旅立ちます。また、こんなおばあちゃんに出会えるでしょうか。

追記: 佃島から新宿へは、地下鉄大江戸線で一本なんですね。最寄り駅は、月島。
 この隅田川の河口の辺りは、江戸時代初頭からの埋立地で、漁師さんが多く住んでいたところだそうです。
 本文中の写真は、隅田川の水上バスから眺めた「佃大橋」です。見えているビル群は、佃とは隅田川を隔てた反対側になります。この辺は、川も大きくて、漁の船もたくさん停泊しています。

ちなみに、ここは中央区。そう、銀座とか日本橋とおんなじ区。それってちょっと意外ですよね。

後日談:10月の終わり、またまた隅田川の水上バスに乗ってみました。

こちらは正真正銘、佃島あたりの写真です(隅田川を上ると、向かって右側です)。「つり」とか「佃煮」の文字が見えています。右端に看板が見えている「天安」は、佃煮の老舗だとか。

こちらは、石川島灯台です。沖を通る船のために、1866年に築かれたそうです。今では、まわりに高層ビルが建ち並んでいます。


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