Essay エッセイ
2006年06月09日

人はどうして旅をするのでしょう

先月のギリシャ旅行をふりかえってみると、とっても忙しい旅でした。

旅の順路は、アテネ4泊、ミコノス島2泊、サントリーニ島2泊、クレタ島2泊、パリ2泊、そしてフランクルフト1泊の、計13泊です。
 戻って来た直後の薄明かりの早朝、さすがに、自分がどこにいるのかさっぱりわかりませんでした。
 もう少し、どこかにゆっくりしたかったな、というのが正直な感想なのです。

利用した交通機関もたくさん。ミコノス~サントリーニ間とサントリーニ~クレタ間は高速艇でしたが、あとは全部空路。まさに、飛行機漬けでした。

とくに、クレタ島から一気にパリに向かった日は、クレタ~アテネ、アテネ~ミュンヘン、ミュンヘン~パリと3回も飛行機を乗り継ぎました。おまけに出発点も到着点も、ホテルは空港から1時間も離れている。12時間を経てパリにたどり着いた夜は、さすがに具合が悪かったです。

それがたたって、その夜、パリのレストランで階段を踏み外し、足をくじいてしまいました。

でも、戻って来ると、そんな辛いことなんか忘れているんですね。そして、今度はエーゲ海の他の島に行ってみたいとか、もうちょっとフランス語を学んでパリに再度トライするぞとか、そんなことを考えているんです。

ミコノスやパリのホテルの人にも、もう一度戻って来るからねって約束しましたし。


実は、アテネに着いた最初の日、荷物を開けてみてちょっと驚いたのです。断定はできないけれど、誰かが荷物をさぐった形跡があるのです。
 トランクの底に、小説を2冊入れておいたのですが、その2冊が不自然に曲がっているし、上下逆になっているのです。もしかしたら、飛行機に預けていた間に、どこかで誰かが小説を取り出した?宝石箱かと思って?

外国からの大きなトランク。何やらいいものが入っていると思ったのかもしれません。

いきなりそんなことがあったので、これから旅はどうなるのだろうと不安がよぎりました。けれども、その後は危ないことにも巻き込まれず、次から次へと無事に目的地に移動できました。


そして、現地のいろんな人と接するうちに、どこの国も同じなんだなと痛感したのです。それは、いろんな人がいます。いい人ばかりとは限りません。けれども、大方の人は、わたしと同じ、普通の人。

アテネから半島の南端、スニオン岬まで案内してくれたタクシーの運転手は、ホテル業を30年勤めたベテラン。アテネを心から愛する人のようで、歴史や遺跡の由来を細かく教えてくれます。ギリシャの生活についても、現地の人の視点で教えてくれるし、いつの間にか、車の中で取材になりました。

その彼が言うのです。もううちの親には困ったものだと。僕の娘は、大きい方が16歳になるんだけど、ケータイが欲しいって、僕じゃなくて、僕の親に頼むんだよね。おじいちゃんとおばあちゃんの方も孫がかわいいもんだから、黙って言うことを聞いちゃうんだよ。僕はティーンエイジャーにケータイは教育上よくないと思ってるんだけどね。

昔、ギリシャでは、3世代が一緒に住むことが多かったようです。今となっては、とくにアテネの都会では、もうそんなことはありません。けれども、家族のつながりはとても大事にされていて、祖父母と孫は頻繁に触れ合うようです。
 だから、子供を育てるのは親ばかりではなく、祖父母の方も立派に子育てに参加しているようなもの。必ずしも親と祖父母の意向は一致しないので、そういうときは、親の方に不満が残るようなのです。

この運転手さん、哲学者みたいな風貌とは裏腹に、とても面倒見がよかったです。昼食のとき、近くの海で獲れた魚の丸焼きが出てきたら、器用に骨を全部取ってくれたし、わたしがレストランのナプキンにメモを取っていると、不憫がって、自分がメモ用紙に再利用している紙を寄付してくれました。
 わたしはティーンエイジャーなどではありませんが、なんとなく娘でも思い出したのでしょうか。


パリでは、こんな若者に出会いました。オペラ座の脇にある、シーフードで有名なレストラン。ホテルから紹介されたレストランで、何やら高級そう。オペラがはねたら、着飾った人たちがおいしいディナーを食べにやって来るところとか。

きれいなお姉さま方に仰々しく窓際のいい席に案内され、さっそく出てきたのは、きっちりと黒いスーツを着込んだお兄さん。

こちらも仰々しく挨拶をし、メニューを差し出します。

でも、仰々しかったのはここまで。こちらがカリフォルニアから来たとわかると、大きな笑みがこぼれます。
 なんでも、昨年の11月、サンフランシスコからサンディエゴまで3週間かけて旅したそうで、いっぺんでカリフォルニアの大ファンになってしまったとか。しきりと、アメリカは大きくて自由でいい所だと言います。
 そして、自分のガールフレンドはスペイン人なので、ラテン系の多いカリフォルニアかフロリダに移住したい、と夢を熱く語ってくれるのです。

住んでみると、いろいろと思うけれど、アメリカも捨てたもんじゃないのかな。


カリフォルニアに戻った直後、ちょっとしたハプニングがありました。早朝に2時間ほど停電してしまったのです。テレビもないし、パソコンも使えない。電力のない生活なんて考えられないし、久しぶりの停電に、これがずっと続いたらどうしようという不安が頭をもたげます。
 しかたがないので、コーヒーでも飲もうかなと思ったら、豆を挽くグラインダーも使えない。そこで、昔使っていたアンティークな手動グラインダーを取り出し、コーヒーをいれてみました。気のせいか、こくがあるのです。

その日以来、手挽きの味を思い出したわたしは、ずっとこれを使っているのですね。ちょっとくらい不便だって、おいしいほうがいいから。

もしかしたら、ヨーロッパに行っていなかったら、すぐに電動グラインダーの生活に戻っていたかもしれません。手挽きなんて、時間の無駄だよって。

でも、どこかにこだわりを持つ生活も悪くはないかな、今はそう思っているのです。


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