Essay エッセイ
2007年04月07日

半生 (はんせい)

え、なんとなく重そうな話題。そう思った方もいらっしゃるでしょう。

「半生(はんせい)」。そう、人の一生の半分、つまり、それまでの人生ってことですものね。

どうしてそんなことを考えたかというと、いろんな資料をひっくり返していたとき、父の書いた「わたしの履歴書」というものが出てきたからでした。

そう、父の誕生から近況までを箇条書きにしたもの。もともとはワープロで作られたのだけれど、途中から、こまごまと手書きで挿入された箇所があります。ワープロ専用機が壊れたあと、もう長らくパソコンに挑戦しないでいたから。

わたしには渡しておきたいのでしょうか、近頃、日本にいる父に会うたびに、手書きで加筆されたものを手渡してくれていました。

そこで、ふと思いついたのです。どうせもうパソコンなんか自分で操ることなんかないだろうから、わたしが代わりに更新してあげようと。
 勿論、一から打ち直しになりますが、そんなことは何でもない労力かもしれません。第一、今まで敬遠していた分、きちんと読んであげるいい機会にもなります。

それに、1999年で止まっているのも、なんとなく気になります。今までの8年間、それなりに活動してきたはずなのに。その後がないのか、聞いてみることにいたしましょう。


以前、「不思議なアパート」というエッセイでご紹介したとおり、わたしの父は、ずっと大学の中で生きてきた人なのでした。それでも、本職の合間に、自分の信念に基づき、学外の活動も長年に渡り続けてきました。

まあ、専門分野というよりも、学外の活動で名を知られるようになったのでしょうか。ときどき海を越え出かけていくこともあって、スペインの国営放送に招かれ、テレビ討論に生出演したり、中国の集会に参加し、拍手喝采を受けたりと、仕事で行く外国はたくさんあったようです。

数々の国際会議に加え、国連の場でもスピーチしたこともあるそうで、まったくわたしの見えないところで、いろんな「お仕事」をしてきたのでした。

そうなってくると、もう自分の父というよりも、まったく知らない顔を持った家族という感があり、かえって客観的に父の人生を学ぶことができるような気がします。

その活動も、今年で休止符が打たれます。10年間務めてきた代表の職を、正式に4月で退任するということでした。

時間的に余裕もできて、これから「わたしの履歴書」にも、バンバン加筆されるのかもしれません。


で、そんなことを考えていると、父に比べて、わたしはいったい何なんだろう?という疑問が、頭をよぎったのです。

これといって、自慢できる活動もしていないし、今はのんびりと書き物をしているくらいで・・・。

きっと、わたし版「わたしの履歴書」は、10行くらいで終わってしまうかなと。

そう考えると、なんとなく、寂しい気分にもなってきます。

でも、すぐに、別のわたしが否定するのです。いや、違う、そうじゃないって。

人の半生って、そう単純なもんじゃないよ。ひとつひとつの箇条書きをよ〜く見てごらん。その中にも、いろいろとあったでしょって。


実は、わたしには持論がありまして、それは、どんな人の人生でも本にすることができるということなんです。
 持論というよりも、信念でしょうか。わたしにかかれば、誰の人生でもおもしろい本になるって。

それは、人によって本の厚さには違いがあるでしょう。だって、ロボットじゃあるまいし、みんな同じだったら、気持ち悪いではありませんか。

けれども、どんなに長生きしてたくさんのことを成し遂げた人であろうと、どんなにこの世の生が短かろうと、誰に関しても、立派に本は書ける。

お気の毒なことに、生後間もなく亡くなった赤ちゃんでもです。
 だって、ご両親がどうやって知り合ったとか、どんな背景でカップルになったとか、ひとりひとり生まれてきた必然を語ることができるのですものね。

そう、違うのは、本のページの数だけ。中身は、誰のも見劣りはしない。

だったら、自分の半生だって、本になるんだろうなって思うのです。まあ、自分のことは、すごく書きにくいですけどね。

さて、おしゃべりはこのくらいにして、そろそろ、父の「わたしの履歴書」を打ち直し始めることにいたしましょうか。

追記:父に打ち直しのことを告げると、「助かるよ」と言っていました。あまり感情を表さない人ですが、あれはあれで、結構喜んでいたのかもしれません。
 けれども、わたしの知らないところで、あと何ページも加筆が増えているそうな。ほんとに打ち直しは完成するのかな?

と、若干の不安を抱えながらも、実際に始めてみると、それなりに知らない顔がどんどん見てくるものですね。最初に大学で教え始めたのは、なんとギリシャ哲学だったとか! 専門とはまったく違うと思うのですが。
 それから、父が活動を始めたのは、わたしの誕生がきっかけだったらしいです。赤ん坊のわたしも、それなりに貢献していたのですね。


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