Essay エッセイ
2010年04月15日

幸せの青い鳥

先日、ハッとしたことがありました。

ゲーム機の電源を切ろうと思ったのですが、うまくいかなかったのです。それは、掃除用のゴム手袋をしていたからでした。

どうも、このゲーム機の電源スイッチは、人間の体温を感知して作動するものらしいのですが、わたしはこれを知って、ひどく憤慨してしまったのでした。

なぜなら、この方式だと義手の方は使えないことになるから。体温のある「人肌」でなければならないということは、義手はダメということになるでしょう。

近頃は、かの有名な映画『スターウォーズ』みたいに、人間の手と見まごうばかりの義手だってあるではありませんか。
 主人公ルーク・スカイウォーカーは、父親であるダース・ヴェイダーに片手を切り落とされ、精巧な義手になっています。でも、近頃は、それが映画のお話ばかりではなくて、現実になりつつあるのです。

だったら、もしかしたら義手の方も使うというシナリオも考えて、「体温で電源オン・オフ」なんてややこしいことはすべきではないと思うのです。

あんなに有名なメーカーなのに、ちょっと配慮が足りないなと、ひとり憤りを感じていたのでした。

(ちなみに、こちらの『スターウォーズ』の写真は、映画のパンフレットなんかではなく、正真正銘アメリカ合衆国の切手です。)


そうやって考えてみると、体に何らかの障害があったら使いにくい物というのが、世の中にはたくさんあるのでしょう。

たとえば、駅の階段。

わたしは足に大けがをして松葉杖をついてみて、初めて歩くことのありがたさと、歩けないときの不便さを味わったことがあるのですが、ホームにエスカレーターが付いてない場所って結構たくさんありますよね。

そういうのは、本当はいけないことだと思うのです。だって、体が丈夫な人だけ電車に乗れって宣言しているようなものですからね。


けれども、世の中、そんなに悪いことばかりではなくて、とっても便利な製品もあります。

たとえば、電子ブック。

電子ブックというのは、英語で eBook reader とか e-reader と呼ばれる、新しい分野の製品ですが、要するに、本の電子版ですね。電気製品の画面に、1ページずつ、パカッと文字が出てきて、まるで紙の本みたいに読めるようになっているのです。

アメリカで有名なものでは、オンラインショップのアマゾンが販売する「Kindle(キンドル)」という電子ブックがあります。
 白黒画面ではありますが、ちゃんと濃淡が付いていて、イラストも微妙に表現できるようになっています。それに、太陽の光が明るい所でもきちんと読めるので、公園に持っていて電子ブックで読書なんて、おしゃれなこともできるのです。

手持ちの本を読んでしまったら、公園のベンチで本を買うこともできるんですよ。携帯電話のネットワークにタダでつながるようになっているので、オンラインショップにアクセスして本が買えるのです。

そして、こういった電子ブックは、視覚障害を持つ方にも便利な製品だと思うのです。

どうしてって、「テキスト・トゥー・スピーチ(text-to-speech)」、つまり合成された音声で文字を読んでくれる「テキスト読み上げ」の機能が付いているから。
 今までは、点字翻訳された本しか読めなかったのに、機械が読み上げてくれるとなると、楽しめる本のレパートリーがぐんと広がると思うのです。

テキスト読み上げは、アップルの話題の新製品「iPad(アイパッド)」でもできるようなので、こちらの方でも、今後レパートリーがどんどん広がっていくことでしょう。

ちなみに、iPadはカラー画面になっているので、子供向けの絵本にも最適ですね。コミックブックも色付きで美しいと評判のようです。
 それに、1ページずつ手でめくる感じが、美しく再現されていて、本好きの方にも喜ばれるのではないでしょうか。

それから、ちょっと意外に思われるかもしれませんが、アメリカでは、密かに文字を読むのが苦手な人も多かったりするので、音声で読み上げてくれる「テキスト読み上げ」は、そういった方たちの味方になってもらえそうですね。

わたしの友人にも、本はCDに録音されたものだけを購入し、車を運転しながら聞く、という方がおりました。聖書みたいな分厚い本は、とくにありがたいみたいですよ。


ところで、どうしてこのお話は「幸せの青い鳥」という題名なんだろうと思われたことでしょう。

実は、ちょっと前に、「幸せの青い鳥」という題名で、きれいな青い鳥をご紹介しようと思っていたのです。我が家の裏庭にときどきやって来る青い鳥で、名前はわからないのですが、とても高貴な感じのする美しい鳥です。

いつか裏庭の噴水に飛んで来て、行水をしていたのですが、間もなく、つがいと思われるもう一羽がやって来て、仲良く二羽で水浴びをしていたのでした。

そんな貴重な光景をカメラに収めて、「まるでプロの写真家みたい!」と得意になっていたのですが、事もあろうに、そのカメラを連れ合いが紛失してしまって、一連の写真も一緒に消えてしまったのでした。

何が惜しいって、わたしにとってはカメラなんかよりも、そちらの青い鳥の写真をなくしたことが悔しくて、なかなかあきらめがつかなかったくらいです。

わたし自身は、物をなくしても戻って来るタイプなので、何かがなくなることが許せないこともあるのです。以前、「忘れ物」というお話でもご紹介したことがありますが、外国旅行で忘れ物をしても、必ず手元に戻って来るくらいですから。

けれども、ふと気が付いたのでした。

「幸せの青い鳥」の写真をなくしたと悲しんでいるけれど、青い鳥なんて、自分の中に住んでいるんでしょうと。

普段、わたしたちは、あれが足りない、これが足りない、あんなものが欲しい、こんなことをしてもらいたいと、いろいろ不満を抱くことも多いですけれど、視点をちょっと変えると、あれも持ってる、これも持ってる、あんなこともできる、試せばこんなことだってできる、という特権を与えられているのだと思うのです。

上でもご紹介した通り、自分の手が使えない方もいるし、自分の足で歩けない方もいるし、自分の目で読めない方もいます。そんな「特権」のない方にとっては、「これが足りない」とか「これが与えられてないから、自分にはできない」という余裕などないでしょう。

というわけで、「青い鳥の写真が消えた!」と騒いでいたところ、昔の写真がひょっこり出てきました。すっかり忘れていたのですが、4年前にも、青い鳥の写真を撮っていたようです。

もっと晴れていればよかったのですが、それでも、なかなかきれいな鳥でしょう?


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