Essay エッセイ
2011年05月16日

敬意を表して

ゴールデンウィークに日本に戻ってみました。

例年、ゴールデンウィークに日本を訪れ、あちらこちらを旅するのがなかば習慣ともなっているのですが、今年は特別な意味がありました。

言うまでもなく、東日本大震災のあとに訪れるという特別な意味が。

旅立つ前、日本とアメリカを足繁く往復する方から、こう言われておりました。「アメリカでいろいろと耳にすることもあるだろうけれど、自分の目で様子を見た方が落ち着きますよ」と。

やはり、ニュースで見聞きすることは全容ではないので、自分の感覚で、現地で起きている事を感じ取った方がいいですよ、というアドヴァイスなのでした。


そんな助言を胸に刻んで、成田行きの飛行機に乗り込むと、まず、びっくりしたことがありました。

それは、機内で読んだ日本の新聞が、最初から最後まで大震災に関する記事だったこと。特別企画などではなく、普段の新聞が、すべて大震災を語る内容だった・・・ということなのです。

やはり、そこまで被害は甚大なのかと、改めて感じた瞬間だったのでした。

「え、そんなことに驚いたの?」と呆れる方もいらっしゃるでしょうけれど、外国に暮らしていると、母国でどんな報道がなされているかはわかり難いものなのです。ついつい住んでいる場所の報道内容に慣れてしまって、いつの間にやら、現地の視点からは遠く離れてしまっているのです。

どんなに技術が進歩して、インターネットなどで国外の状況がリアルタイムにわかるようになったとはいえ、地理的な距離を克服するのは難しいのでしょう。


機上で「衝撃的な」新聞に出くわし、日本はいったいどこまで変わり果ててしまったのだろう? と恐れていると、幸いなことに訪問先の東京の街では、平和な時間が流れていました。

アメリカでニュースを観ていると、日本人の多くが空気中の放射性物質を嫌い、白いマスクをしているイメージがありましたが、東京を行き交う人々は落ち着いたもので、アレルギーの方以外はマスクなどなさっていませんでした。

それを見たときに、ようやく落ち着きを取り戻せた気がいたします。少なくとも、首都東京では、大混乱に陥ってはいないと。

大震災の直後は、東京でもかなり物資が不足したようですが、今は「節電」の大問題を除いて、生活は元に戻りつつあるように見受けられたのでした。


東京に着いて安堵したわたしは、翌朝、お散歩に出かけました。

東京滞在中によくお散歩するコースですが、この朝は、麻布十番(あざぶじゅうばん)の商店街をグルッとまわってみました。商店街といってもかなり大きいので、道が何本も交差した構造になっていて、歩き甲斐もあるし、楽しいのです。

商店街の外れにある地下鉄・麻布十番駅にさしかかると、「グッドモーニング、ハウアーユー?」と、英語で話しかけてくる人がいるではありませんか。

なんとなくフレンドリーな声だったので、「あれ、この辺に友達いたかしら?」と足を止めて、声の主を見てみます。笑顔の主は初めてお会いする方でしたが、なんでも、こちらの商店街の英会話学校で英語を教えている先生だそうです。

英会話に興味はないかと問われた手前、「わたしアメリカに住んでるのよ」と話し始めることになったのですが、震災のあと、初めて日本に戻ったことも付け加えました。

そう答えながら、ハッとしてしまったのです。

日本に来ようと思い立った理由は、いったい何なのだろう? と。

英語という言語は「目的意識」がはっきりとしているので、「今回の旅の目的はこうだから、日本にやって来た」という表現にもなりますが、この「~をするために」の部分はいったい何なのだろう? と、一瞬ひるんでしまったのでした。

もちろん、そのあと実家に帰って両親を温泉旅行に連れて行く、という大義名分はあったのですが、もっと他に大きな理由があったような・・・

瞬時ためらったあげく、「日本に戻って・・・みんながどんな様子なのかを見てみようと思って(I had to come back … to see how people are doing here)」と答えたのですが、お相手の先生は聞きながら、こんな助け舟を出してくれました。

「(日本の人たちに)敬意を表するためでしょ?(to pay respect)」

これを聞いて、英語なのに、とっても日本的な考えだなと感心したのでした。そして、今の自分の心情にぴったりな言葉だなぁとも痛感したのです。

英語の pay ~ respect、または pay my respects to ~ という表現は、「~(人物)に尊敬の念を抱く」「敬意を表する」といったニュアンスがあります。

そして、この言葉を聞いたとき、自分がこのタイミングで日本に戻って来たのは、まさに「敬意を表する」ためなんだと自覚したのでした。

震災で亡くなった方々に、被災した方々に、ボランティアをなさっている方々に、捜索活動を行っている方々に、そんな方々すべてに敬意を表するためだったんだなと。


それにしても、ニューヨーク出身のアメリカ人の先生に、「敬意を表する」精神を指摘されたのには驚きだったのでした。

軽い身のこなしや、小柄なわりにしまった体つきから、何かしら武術をなさっている方かと想像しておりましたが、いただいたパンフレットの紹介によると、空手とボクシングをなさる方のようです。

空手といえば、日本を代表する武術のひとつ。日本には10年以上も住んでいらっしゃるそうですが、もしかすると、訪日の理由は「日本文化や精神に触れてみたい」ということだったのかもしれません。

「僕は、10年以上住んでいても、日本では『外人』のままなんだよ」とこぼしていらっしゃいましたが、わたしから見ると、もう立派な日本人だなぁと思ったのでした。

そう、相手に敬意を表することを忘れない、昔かたぎの日本人。


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