Essay エッセイ
2006年03月15日

久しぶりのエッセイです。

以前、このエッセイの第2回目で、「マーヴェリックス」のことを書きました。シリコンバレー北西の太平洋岸で行われるサーフコンテストです。

このお話を書いたあと、あることを思い出していました。ある女性のことです。彼女は、シリコンバレーで知り合った友人の姪御さんにあたる方なのですが、沖縄に住んでいらっしゃいます。
 
 もう5年ほどになるでしょうか、彼女は、結婚間近のフィアンセを海で亡くしました。彼は、ベテランのサーファーだったのですが、一緒にサーフィンを楽しんでいた友達が溺れかけているのを助けようと、自らが溺れてしまったのです。


彼女とはまったく面識はないのですが、友人からこのお話を聞いて、彼女にお手紙を書きました。事故からもう何ヶ月も経つのに、まったく立ち直れないと聞いていたので。
 別に、人を助けてあげられると思ったわけではありません。単に、あなたはひとりではありませんよと伝えたかっただけなのです。

はたしてお手紙に何と書いて差し上げたのかは、まったく記憶にありません。でも、一生懸命に書いた気持ちが通じたのか、少しして、彼女からお返事がありました。しっかりとした、美しい文字で書いてあります。
 お返事を書かねばと思いながら、気持ちの整理がつかないので、何度も書き直したと記してありました。そして、「人はいつも、誰かとつながって生きているんですよ」と私が書いたことに、同意してくれていたようでした。一番悔しい思いをしているのは彼なんだなと思うとも。


ちょうど彼女にお手紙を書いた頃、自分でも辛いことがあって、他人事とは思えなかったという事情があります。だから、遠くからでも、見ず知らずの人でも、何か声をかけてあげたいと思ったのです。

それと同時に、赤の他人に丁寧なお手紙をもらったら、返事をしないわけにはいかないだろうと踏んでいたこともあります。苦労して返事を書くことで、ほんの少しでも自分の殻から脱皮しないわけにはいかないだろう、そういった荒療治的な発想です。
 それが功を奏したのかはわかりませんが、お返事の結びには、私へのいたわりの言葉すらありました。

幸いなことに、それから間もなく、彼女は仕事場に復帰したそうです。


彼女がお返事の中で書いていたように、「立ち直る」ことなど、一生できないのかもしれません。人生や物の見方を完全に変えてしまうような出来事に出会ったのですから。以前の状態に戻れというのは、土台無理な話なのです。職場に復帰したのだって、ただの「から元気」なのかもしれません。

けれども、時間が、彼女を少しだけ癒してくれることもあるのだと思います。そして、周りには必ず誰かがいるのだということも。

追記:今朝、サーファーの友人から、今日もう一度マーヴェリックスのサーフコンテストがあるんだという話を聞きました。今年は、波が例年よりも高いので、いつもは一回だけのコンテストをもう一回開くということです。さっそく、インターネットのウェブカムで見てみると、波は高くなかったので、今日は無理なようでした。
 海には危険がともないます。けれども、海に戻りたいという気持ちは、サーファーでなくともよくわかるような気がするのです。


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