Life in California
ライフ in カリフォルニア/日常生活
Life in California ライフ in カリフォルニア
2006年05月01日

移民がいなくなった日

アメリカのちょっと複雑な一面をご紹介いたしましょう。

今日5月1日は、一般的にはメーデーとされますが、アメリカでは、「移民のいない日(A Day Without Immigrants)」と呼ばれる一日でした。

外国からの移民の多いアメリカならではの、大騒ぎの日なのです。


実は、この日は、移民サポーターの抗議の一日だったのです。「もし移民がいなくなったら、アメリカの経済はどうなってしまうのか、移民の貢献度をよく考えてみてくれ」というものです。
 「移民だって人間なんだから、今現在、アメリカに住んでいる移民たちの権利を守るべきだ」と、たくさんの労働者が一致団結して、抗議行動に参加したのです。

こういった抗議行動に参加するために、多くの職場や学校では、仕事や勉強のボイコットが起こりました。抗議集会に参加しないまでも、仕事を休む人もたくさんいたので、多くの職場やお店、レストランでは、事実上の休業(a day off)となってしまいました。

カリフォルニアの野菜畑でも、フロリダのオレンジ畑でも、シカゴの運輸会社でも、開店休業となったのでした。

サンノゼでも、10万人近くが抗議デモを行い、サンフランシスコでは、生徒の5分の1が学校を欠席したそうです。

そして、わたしも、このボイコットをちょっとだけ味わいました。以前お話したように、書斎棚が未完成のままなのですが、これを完成させようと、この日、新たな契約書にサインしたのです。けれども、担当者と一緒に来る予定だった取り付けのマネージャが、下見に現れなかったのです。どうも、契約書の担当者以外、オフィスはシャットダウンしていたようです。


ご存じのように、アメリカは、移民(immigrants)によってつくられた国です。
 建国以来、ヨーロッパやアジア諸国から幅広く移民を受け入れてきましたし、さまざまな文化や考えを持つ移民の影響で、飛躍的に成長してきたといってもいいのです。
 そして現在も、多くの分野で、移民労働力が使われています。たとえば、農業や建築業、精肉業、組立工場では、安い賃金で働く移民が雇われるケースが多いのです。そうすることで、商品や製品のコストが抑えられるからです。

ところが、近年、大きな問題が出てきました。毎年、数えきれないくらいの不法移民(illegal immigrants)が流入するので、全米では1千万人を超えるまでになってしまいました。2千万人近いという推計もあります。多くは、メキシコを始めとして、アメリカと地続きのラテンアメリカからの人々です。

そして、不法移民の人口が膨らむにつれて、一部の市民の間では、不満がくすぶり始めます。
 不法移民がいるから、アメリカ市民の職が奪われ、失業率が上がるのだ。彼らは税金をちゃんと納めないのに、社会としては何かしら不法移民への援助が発生してしまう、だから、税金の無駄遣いだ、などなど。

今では、10人に8人のアメリカ市民が、不法移民問題は収拾がつかない状況だと考えているそうです。(いかに不法移民とはいえ、多くの場合は、ちゃんと税金を支払っているのです。しかし、市民の中には、「税金も払わずに」と、固定概念を持っている人も多いようです。)


このような国民の不満にこたえようと、大統領は移民法の改正案を提案します。不法移入を重罪とし、厳しく取り締まろう。しかし、その一方で、移民労働力が貴重なことは否めない。だから、一時労働許可の制度(guest worker program)を作ろうじゃないかと。

けれども、これには、両サイドから批判が出る結果となっています。移民サポーターからは、「国境を越えることが重罪とは、なにごとか!」とおしかりを受けるし、移民反対派からは、「一時的な労働許可は、その後の不法滞在や不法就労を招くばかりだ」と非難の声が上がります。

そして、そんな中、移民サポーターが全米で抗議のシュプレヒコールを上げたのが、5月1日の「移民のいない日」でした。「不法であろうがなかろうが、移民がひとりもいない不便さを味わってみろ!」 これが、メッセージだったのですね。


シリコンバレーといわれるサンタクララ郡にも、実は、多くの不法移民が住んでいるそうです。その数は10万人、つまり18人にひとりの郡の住民が、不法滞在とも言われています。

でも、普段暮らしていると、誰が不法滞在なのか、誰が合法なのかはわかりません。それほど深く、彼らは日常生活に溶け込んでいるからです。

たとえば、家をお掃除してくれるハウスクリーニングの会社では、そのほとんどがラテンアメリカ系の人で、そのうち何割かが不法なのかもしれません。でも、見た目にはまったくわかりません。
 庭の芝生や植木のメインテナンス会社でも、実際に働くのは、ラテン系の人たちです。中には、まったく英語を話さない人もいるので、そういう人たちは、もしかしたら不法なのかもしれません。

家を建てるにしてもそうです。ああいうきつい仕事は、アメリカ人はやりたがりませんので、ラテン系の労働者に頼るしかありません。その何割かは不法なのかもしれません。
 農地でもそうです。多くの作物は、ていねいに手で摘まなくてはいけません。炎天下、そんなきつい仕事をアメリカ人がやるわけがありません。でも、誰かがイチゴやオレンジやレタスを収穫しなくてはいけないのです。

雇う側だって、いちいち不法か合法かを気にしてはいられない事情があります。なぜなら、仕事をこなすために人を雇わなければならないわりに、外国から合法的に人を雇うことは、制度的に非常に難しいのです。莫大な時間と労力がかかるのです。だったら目をつぶるしかありません。

国境を不法に越えてくる人にしても、彼らなりの道理があるのです。自分たちにだって、人間らしく、少しでもましな生活をする権利があるはずだ。命をかけても国境を渡りきり、アメリカで働いて家族を養いたいと。


今までのように、アメリカが政治でも経済でも世界のリーダーだったら、移民に対する不満は、もみ消されていたのかもしれません。そんなことは小さなことだよと。

でも、今は、状況が異なります。中国やインドがどんどん成長してきているし、そのあとにヴェトナムやマレーシア、そして東欧諸国なども控えています。
 だから、国民の間にも、ある種の焦りや保身の考えが起こるようです。今あるものを何としても守らなければと。

移民の国としての誇りを持つ一方で、このまま移民の数が急激に増えたらどうなってしまうのだろうと、不安はどんどんつのります。

そういった複雑な心境が、「移民のいない一日」に凝縮されている、そんな気がしてならないのです。


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