Life in California
ライフ in カリフォルニア/日常生活
Life in California ライフ in カリフォルニア
2010年08月02日

赤い海に家を建てよう!

前回は、サンフランシスコ湾(San Francisco Bay)のお話をいたしました。

サンフランシスコ空港に向かう飛行機から見える赤い海は、公害などではなくて、昔ながらの塩田なのですよと。

そのほとんどは湾の南部(the South Bay)に集中しているので、空港に着陸しようとすると、いやでも目に入ってくる位置にあるのでした。

湾内では、一世紀以上にわたって塩がつくられてきたわけですが、近年、製塩会社カーギル(Cargill)が塩田の6割を売却して、それがみんなの努力で湿地帯に戻りつつあることもご説明いたしました。

今日の話題は、残りの塩田についてです。


もともと湾南部の塩田は、ふたつのかたまりに分かれていました。

ひとつは湾の東南部をぐるりと取り巻く広大な沿岸部で、サンフランシスコ空港からサンマテオ橋を渡った対岸のヘイワード(Hayward)からサンノゼ北部のアルヴィッソ(Alviso)地区にかけて。
 厳密にいうと、アルヴィッソ地区からさらに西へ、サニーヴェイル、マウンテンヴューの沿岸部まで延々と続いています。

そして、もうひとつは、空港の南にあるレッドウッドシティー(Redwood City)の沿岸です。

長い間、それこそ広大な面積が製塩に使われてきたわけですが、塩田の6割は自然の湿地帯に戻されつつありますので、晴れて50年後には、塩田と湿地・自然保護区が飛び石のように湾内で共存するようになるのです。

一方、残りの塩田。こちらは合わせて4千ヘクタールほどありますが、この中で、レッドウッドシティー沿岸の塩田は、今、周辺住民の熱い視線を浴びているのです。
 なぜなら、カーギル社が開発業者に塩田を売り払って、そこに家やら公園やら学校やらを建てて、一大住宅地をつくろうとしているから。

ここの塩田は580ヘクタールあって、海側の半分は湿地に戻してあげる代わりに、残りの半分は開発しようじゃないかという計画なのです。
 プランが実現すれば、1万2千戸の住宅と5つの学校ができあがり、一気に3万人の住民がここをマイホームと呼ぶことになるのです。


この大きな計画は、すでに2006年あたりからカーギル社の頭に描かれていて、アリゾナ州で高級住宅開発業者をやっているDMBという会社とともに具体案を練っていたようです。
 この頃にはもう、周辺住民に対して、プランに理解を求めるダイレクトメールが送られていたようです。

だって、サンフランシスコ・ベイエリアは、万年、住宅不足で悩んでいるではありませんか。ここに大きな住宅地ができあがれば、収入が比較的低い人たちだって、自分の家を持てるようになるのです。そのためには、塩田を埋め立てるしかないのです!

けれども、そんな一大開発計画が、カリフォルニアですんなりと通るわけがありません。なにせカリフォルニアの住人は、自然をこよなく愛する人たちですから。

そこで、すかさず周辺住民や活動家や科学者たちの反対運動が起こります。どうせ製塩をやめるんだったら、住宅開発ではなく、全部を湿地帯に戻そうよと。

だって、最後にこんなに大きな開発がサンフランシスコ湾で行われたのは、空港の南の埋め立て地にフォスターシティー(Foster City、写真右側)やレッドウッドショアズ(Redwood Shores、写真左側)を築いた50年前のことなのです。
 塩田を自然の湿地帯に戻そうという気運が高まっている今、そんな時代に逆行した大規模な開発が許されるわけはないでしょう!

それに、この辺りの人口が一気に増えるということは、困ることがたくさん出てきます。たとえば、飲み水だって足りなくなるでしょう。もともとカリフォルニアは水に困っている場所なのに。
 道路だって、今以上に混むことになるでしょう。幹線道路のフリーウェイ101号線は、今だって混雑で悩んでいるのに。

そして、住宅が急に増えるということは、職場と住宅地のバランスが取れなくなって、さまざまな問題が起きるでしょう。たとえば、企業から自治体への税金収入は増えない代わりに、警察や消防や、各種公共機関へのストレスは増えるばかり。


そんな反対運動が高まる中、2008年11月には、レッドウッドシティーで複雑な住民投票が行われました。

開発計画に関して、ふたつの条例案が出されたのですが、そのふたつが互いに矛盾しているのです。

ひとつ(Measure W)は、カーギルの塩田に限ることなく、レッドウッドシティー内で何かしらの開発計画が起こったときには、住民の3分の2が賛成しなければ、計画は認められないことにしよう、というもの。
 こちらは、環境保護の活動家たちが提案したものなのですが、住民半分以上の賛成による「単純多数決」よりも、もっと厳しい条件をつけようと意図したものでした。

そして、もうひとつ(Measure V)は、現在カーギルが考慮している塩田開発案は、市議会が認めたあと、住民半分以上の賛成があれば、ゴーサインとすることにしよう、というもの。
 こちらは、市議会が提出したもので、カーギル開発案が順調に通るように配慮したものでした。

けれども、なんとも複雑なもので、両方とも住民投票で却下されてしまったのでした。

う~ん、カーギル案を含めて開発計画全般に厳しい条件をつけるのも好ましくないし、かといって、カーギルの塩田開発を単純に多数決で認めるわけにもいかないし・・・といった微妙な住民の葛藤が表れているようです。

そして、昨年5月、住民の意思がはっきりとかたまらないうちに、カーギル社はレッドウッドシティーに正式に開発計画を提出したのでした。そう、塩田の半分は湿地に戻してあげますが、半分は埋め立てて住宅地にしてしまいますよと。


そんな騒ぎがレッドウッドシティーで巻き起きる中、周辺都市の住民や議会も黙ってはいません。

話題になっているカーギルの塩田は、たまたまレッドウッドシティー内にあるかもしれないが、塩田の問題というものは、サンフランシスコ湾全体の生態系をゆるがす大きな問題である。ゆえに、レッドウッドシティーだけの採決で物事が決められたら、これは大いに筋違いな話であると。

そこで、今年2月、サンフランシスコ・ベイエリアにある9つの郡すべてと、周辺の政治家たち100人ほどがまとまって、プロジェクトに反対する意見書を突き付けたのでした。

これに対して、カーギルとともに開発案を練るDMB社は、「遺憾である」と述べています。

結論を出すのは、周辺住民が計画案を熟知し、賛成・反対の議論が公の場で出尽くしたあとに行われるべきであって、市側がまだ環境インパクトの報告書も作成していないうちから「反対」と決めつけるのは、正規のプロセスを逸脱しており、遺憾に思うものであると。

(写真は、サンフランシスコ湾全体を北から眺めたところです。手前に見える橋は、サンフランシスコとオークランドを結ぶベイブリッジ)


こんな風に、現在は、やれ賛成だ、反対だと、けんけんがくがくと議論が続いている状態ではあります。どっちの側も、「絶対に譲れない!」という構えなのですね。

けれども、そんな混沌とした中でも、カーギル・DMB側がちょっと不利な立場に立たされているのは確かなようです。

たとえば、お隣のメンロパーク市など、正式に開発計画に反対であることを議会で採択する自治体が出ています。

国の環境保護庁(the U. S. Environmental Protection Agency、通称 EPA)も、計画には難色を示していて、「サンフランシスコ湾の環境問題は重要事項なので、とくに注意深く検討がなされるべきである」と言明しています。

そして、今年4月、公共事業を統括する連邦機関USACE(the U. S. Army Corps of Engineers)は、環境保護庁の意見を踏まえた上で、開発業者DMBにこんな通達を出しています。
 「計画は、国の法律(the Clean Water Act)に照らし合わせて当局が厳しく審査し、許可を出すかどうか判断する」と。

この法律というのは、米国内の川、湖、湾、湿地(waters of the United States)の埋め立てを禁止した強力な法律なのです。1972年に連邦議会で可決されています。

この漠然とした「waters」という言葉をどう定義するかは、いつも開発業者と環境保護団体のもめるもとではあるのですが、「この法律に照らし合わせて判断する」とUSACEが言明したということは、どうやら、開発の許可を取るのが難しくなったということになるらしいのです。


まさに波紋は広がるばかりですが、今はレッドウッドシティー側が環境インパクトを調査している段階で、その報告書がお目見えして初めて、USACEは態度を固めるそうです。

万が一、環境保護庁とUSACEが「よし」と認めたにしても、許可を取らなくてはならない連邦機関は他に4つあって、その他、州や地域を管轄する十数の機関からも許可をいただかなくてはならないそうです。

そして、すべての機関からゴーサインをもらったにしても、反対派がそれをすんなりと受け入れるわけはないでしょう。なぜなら、裁判という手があるからです。

裁判ともなれば、それは、それは長い間かかることでしょう・・・。

そんなわけで、ひとつの赤い海(塩田)に家を建てようというのも、容易なことではないのです。

ひょっとすると、何かしらの結論が出る頃には、売却された6割の塩田の方は、すっかりと湿地に戻っているのかもしれません(あちらは50年計画なんですけれどね)。

追記: こちらは、とてもおもしろいビデオで、まるでサンフランシスコ湾の上を飛んでいるかのように疑似体験できるようになっています。
 環境科学者のカリン・ベットマン(Karin Tuxen Bettman)さんが、「塩田を湿地帯に戻すことは大事なことなのです」と主張なさっているビデオなのですが、映像を観ているだけでも十分に楽しいですよ。

それから、環境問題からは逸れてしまいますが、住民の意思を問う「住民投票」についての蛇足です。レッドウッドシティーの住民選挙の箇所を読んで、「あ~、やっぱりアメリカは、住民が条例案を提出する権限が与えられていて、直接参加型の民主主義にできているのだなぁ」と感心なさった方もいらっしゃることでしょう。
 けれども、これは州によって大きく違うのですね。まあ、アメリカは、州が国ほどに違うところがありますので、制度も大きく異なってくるわけですが、いったいに西側の州の方が、住民を参加させる制度が整っているようです。(もちろん、西部の州に限ったわけではありませんが。)
 これには、いろいろと歴史的な背景があるようなので、また後日、詳しくお話することにいたしましょうか。


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