Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2019年07月14日

アメリカの投票:カリフォルニアの場合

Vol. 226



間もなく日本では参院選もあることですし、今月は、アメリカの投票の様子、とくにカリフォルニアのお話をいたしましょう。



<新しい投票方式>

ごく最近、カリフォルニア州では投票の方法が新しくなりました。でも、「新しい方式」といっても、インターネットを使った投票ではありません。

残念ながらアメリカでは、国政選挙や州選挙をインターネットで行なっている州は限られていて、行なっているとしても「在外投票のみ」と条件付きの場合がほとんどです。

さまざまな障害があって、いまだ「ネット投票は一般化できない」というのが現状でしょうか。



それで、何が「新しい」のかといえば、カリフォルニア州では、投票日に投票所に行かなくてもいいことにしたのです。そう、もっと有権者の都合を考えてフレキシブルにやろうじゃないか、というわけです。



従来の投票方式は、だいたい日本と似ていて、投票日に指定された投票所(polling place)に行くか、都合の悪い人は期日前投票(early voting)を行うというもの。

まあ、アメリカの場合は、投票所で投票機器を使って画面に記入するケースもありますが、投票所に出向いて順番待ちの列に並ぶ点では、日本と似ています。

加えて、近年のカリフォルニア州のトレンドとしては、「郵便投票(mail voting)」がありました。希望する有権者に対して投票日よりかなり前に投票用紙(paper ballot)が郵送され、有権者は好きなときに自宅で記入したあと、郵便ポストに投函するか、期日までに投票所に持って行って、投票を完了する方式です。

3年前の総選挙からは、返信の際に切手が必要なくなりましたし、投票日当日の消印があれば有効となりました。「これだけ便利になったんだから、ちゃんと投票してちょうだい!」というわけです。ご丁寧に「投票してくれてありがとう」と、返信用封筒のフタには謝意も印刷されています。



これを一歩進めたのが、今回の変更です。これまでは希望者のみが郵便投票を行なっていたところ、有権者全員を対象としたのです。

自治体(郡)の選挙管理委員会は、投票日の29日前から有権者に投票用紙を郵送し、有権者は都合の良いときに自宅で記入する。記入が済んだら、郵便ポストに投函したり、役所や図書館に置かれた専用ポスト(ballot drop-off box)に投函したり、投票所に持って行ったりして投票を完了する。

そう、投票用紙を持って行く場所の選択肢もグンと増え、「だって投票所が遠いんだもん」という言い訳ができないように改善したのです。

こちらは、2016年に州議会で採択された「Voter’s Choice Act(有権者の選択法)」という法律に基づく新方式。昨年からは、州都の置かれるサクラメント郡やワイン産地として有名なナパ郡など5つの郡で試験的に採用されました。

そして、いわゆる「シリコンバレー」と呼ばれるサンタクララ郡では、来年3月の予備選挙から採用されます。サンタクララ郡では、すでに8割近くの有権者が郵便投票を選択していると聞きますので、実際にはあまり変化はないかもしれません。が、手元に投票用紙が届くと「ちょっと投票してみようかな」という気分になる人もいるかもしれません。



アメリカでは、偶数年の春に予備選挙、11月の「選挙の日(Election Day)」に総選挙というのが一般的ですが、投票日は火曜日が慣例となっています。ですから、会社の行き帰りや、子供たちの学校の送り迎えの途中で投票所に寄る時間がないという有権者も多く、なかなか投票率(voter turnout)が伸びないのも事実です。

全米では、だいたい有権者の半数から6割が投票する、といった感じでしょうか。

また、一度に投票する内容も、国政選挙、州・自治体の議員選、学区の役員選、裁判官の審査・罷免、そして住民提案・自治体提案の賛否と多岐にわたるので、投票する前に自宅でじっくり考えたいという人も多いのです。

サンタクララ郡の投票用紙は、マークシート方式になっていて、記述することはほとんどありません。が、なにせ6ページまで延々と続くことが多いので、じっくりとやらないと間違えてしまいそうなのです(写真は、住民提案・自治体提案だけで4ページにわたった2016年の総選挙)。

このように、平日の投票日や複雑な投票内容といった諸事情があるので、とくに忙しい人の多いシリコンバレーでは、ここまで郵便投票が人気となっているのでしょう。



そんなわけで、投票所に出向くよりも手軽な郵便投票。カリフォルニア州が採択した新方式では、有権者全員に郵便投票を奨励して、どうしても投票所で投票したい人には足を運んでもらおう、ということになったようです。



<インターネット投票は?>

投票に関しては、日本とアメリカには大きな違いがあって、ひとつは、投票権を持つ米国市民であっても、地元の選挙管理委員会に有権者登録(voter registration)をしないと、投票できないことがあります。

そう、日本のような住民登録制度がないので、自ら「投票をさせてよ」と手を挙げないといけないのです(カリフォルニア州の場合は、75パーセントほどの有権者が登録を済ませています)。



そして、選挙をいつ(times)、どこで(places)、どんな方法(manners)で行うかについては、それぞれの州が決める権限を持ちます。これは米国憲法第1条・第4項で定められていて、それゆえに州によって選挙の方式は異なります。

さらには、選挙は郡(county)のレベルで行なわれるので、同じ州の中でも郡ごとに若干方式が異なってきます。郵便投票を推進するサンタクララ郡に対して、国内最大のロスアンジェルス郡は、投票所での投票機器の改善に莫大な投資をして、来年の大統領選に備えます。



そんなわけですので、州によっては、インターネットによる投票(Internet voting、online voting、または e-voting)を検討したり採用したりする動きも出ています。

しかし、ネットによる投票には、有権者の身元確認や投票内容の保護、ハッキング対策と、重大な課題が山積します。ですから、たとえば人口の少ない過疎の州では、ネットによる利便性を重視してネット投票を採用するケースもあるでしょう。一方、国内で一番人口の多いカリフォルニア州では、問題が起きた時の影響の甚大さを鑑みて、ネット方式採用には慎重にならざるを得ません。



現在、なにがしかのネット投票を採用している州は32州あって、そのうち最も制限の少ないアラスカ州は、不在者投票をする有権者全員に自宅のパソコンから投票することを許しています。

ミズーリ州の場合は、「危険な地域」に派遣された軍関係者のみにネット投票を許可し、ノースダコタ州の場合は、海外在住の市民と軍関係者にオンラインでの投票を許可しています。

そして、新たに20州と首都ワシントンD.C.は、来年の大統領選挙から不在者投票用紙をメールでも返信できるようにする、とのことです。(”More than 30 states offer online voting, but experts warn it isn’t secure” by Sari Horwitz, May 17, 2019, The Washington Post)



首都ワシントンD.C.では、2010年秋にユニークな模擬選挙を実施していて、一般市民に対してオンライン投票システムにハッキングできるかどうか挑戦状をつきつけました。

これに対し、ミシガン大学(アンアーバー校)のセキュリティ専門家が編成したチームが、48時間以内にサーバへのハッキングに成功し、すべての投票内容を改ざんした、という「実績」があるそうです。

しかも、ハッキングされた側は丸二日間も気づくことなく、ハッカーチームが「わかりやすい」目印を残して初めて認識した、とのこと。

ハッキングの過程では、ネットワーク機器の工場出荷時パスワードがそのまま使用されていたり、過去に他国から侵入された痕跡が見つかったり、サーバルームのウェブカムをハイジャックして IT担当者や警備員の動きをつぶさに観察できたりと、ずさんな実態が露見したそうです。(”Attacking the Washington, D.C. Internet Voting System” by Scott Wolchok, Eric Wustrow, Dawn Isabel, and J. Alex Halderman, Proceedings of the 16th Conference on Financial Cryptography & Data Security, February 2012)



世界的に見ると、ネット投票を広く採用するのは、エストニアとスイス。スイスでは、いくつかのカントン(州)で投票をオンライン化する前に、模擬投票を実施して脆弱性を洗い出したとか。

このときには、世界じゅうから参加した3つのグループがハッキングに成功し、隠密裏に投票結果を改ざんして主催者側から賞金をいただいたとのこと。

エストニアでは、国民全員にデジタル IDカード(身分証明書)を発行して、ネット投票時の身元確認に役立てていますが、2017年にデジタル IDシステムの脆弱性が見つかったものの事なきを得た、という幸運な結末に恵まれたそう。(”Online Voting? Fuhgeddaboudit! : Tech experts can’t guarantee it’s safe” By Zeynep Tufekci, Scientific American, June 2019, p76)



そんな各国の教訓があったからこそ、さまざまな改善を経て、アメリカでも2020年には条件付きでネット投票に踏み切ろうという州も増えたのでしょう。

けれども、ニセの情報が蔓延するこの世の中で、ニセの投票結果が蔓延すれば、住民が自由意志で築き上げる民主主義の根幹がゆらぐことにもなりかねない・・・と、一抹の不安を抱くのでした。



夏来 潤(なつき じゅん)



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