Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2020年06月28日

アメリカ人の課題:手洗いとマスクの着用

Vol. 236



今月は、カリフォルニアの近況をお伝えいたしましょう。

<第1話:マスクをしてください!>

私事ではありますが、5月下旬、長年住んだサンノゼ市からサンフランシスコ市へと引っ越してきました。

サンノゼ市は、「シリコンバレーの首都」と自負する街。サンフランシスコほど知名度はありませんが、北カリフォルニア最大の都市です。

そのサンノゼには25年住みましたが、「もう四半世紀たったし、そろそろ新しい土地へ」と、車で1時間ほど北のサンフランシスコに引っ越したのでした。



これまでも、月に一回はサンフランシスコに滞在していましたが、引っ越してみてびっくり。街からは人影が消えているのです。

3月17日にサンフランシスコ郡や「シリコンバレー」と呼ばれるサンタクララ郡に自宅待機命令(shelter-in-place order)が出されて以来、初めてサンフランシスコを歩いてみましたが、いつもの賑わいはどこへやら。お店はほとんど閉まっているし、オフィスも閉鎖しているので、車も走らないし、歩く人もほとんど見かけません。

普段は夕方ともなると、道路は車で満杯で動かなくなるし、オフィス帰りの歩行者は列をなして駅やバス停へと向かいますが、そんな人たちがすっかり街から消えてしまっています。



そして、もうひとつの驚きは、人々がマスクを着用していること。ご存じのように、欧米諸国ではマスクをする習慣はありません。マスクをするのは医療関係者と病気の人だけと信じる人も多く、日本やアジア諸国の街角でマスク姿を見かけると、「え、みんな病気なの?」と警戒する人もいるほど。

逆に、「マスクをするのは、人に病気をうつさないための気配りなのよね」と、マスクを愛用する国々を褒める方も若干いらっしゃいますが、いずれにしても、マスクは自分たちとは無縁の存在。

そんな国でマスク姿を見かけるなんて、何かがおかしい! と頭の中で警報が鳴るのです。

人も通らないような静かな街角に、マスクを着用する人々。これはもう Sci-Fi(サイエンスフィクション)の世界か? と錯覚するほどの異様な光景です。これほど異様な光景を引き起こしたウイルス感染は、まさに映画の筋書きのよう。



4月号でもご紹介したように、アメリカ最大のカリフォルニア州では、ニューヨークやフロリダ、テキサスといった他州に比べると、新型コロナウイルスをうまく抑えていたと言えるでしょう。隔離施設、人工呼吸器、医療従事者のPPE(個人用防護具)と、すべてに先手を打って対応したので、感染患者の急増と医療崩壊を防ぐことができました。

5月初頭には、大型施設を転用した臨時隔離病棟(surge center)を次々と閉鎖していますし、市民生活の面でも、ゴルフやテニスと屋外スポーツが解禁となりました。5月中旬には、個人商店が店先で商品販売できるようになりました。

6月に入ると、大型ショッピングモールが開き始めましたし、それまではピックアップとデリバリーに限られていたレストランも、屋外での営業を認められるようになりました。

ワイン生産地として名高いナパ(Napa)やソノマ(Sonoma)のワイナリーでも、テイスティングルームが再開されています。

とはいえ、4千万人を抱えるカリフォルニア州ですので、州全体が一斉にひとつの再開計画(reopening plan)に従うわけにはいきません。基本的には、州に58ある郡(county)が各々の現状を見定めながらプランを立てていきます。



少しずつ経済活動が戻りつつあるカリフォルニアですが、6月第4週になると、ロスアンジェルス郡など州南部を中心に、ウイルス感染の再拡大が懸念されています。

州全体の新規感染者数は、4月末までは一日1500人ほどでしたが、5月にはジリジリと上がって2000人ほどに。6月に入るとさらに増加して、17日には4000人、22日には5000人を越えています。

翌23日には新規感染は突発的に7000件を越え、陽性率は5パーセントを記録。翌日には5000件まで下がったものの、予断を許しません。

この時点では、州全体で一日10万件ものウイルス検査が行われていますが、これは単に検査数が増えたことのみに起因するものではなさそうです。なぜなら、街に人々が戻ってくるにつれて、感染数の急増(spike)はテキサス、フロリダ、アリゾナと、南部や西部を中心に11州で確認されているから。



この事態を重く見たカリフォルニア州知事ギャヴィン・ニューサム氏は、翌24日久しぶりの生中継会見に出演し、州民に向けて訴えかけます。「あなた方ひとりひとりの行動が、人の命を救うのだ(Your actions save lives)」と。

具体的には、今まで通りにソーシャルディスタンスを守り、しっかりと手を洗いましょう、と。

いえ、画面上のニューサム氏の隣には、ご丁寧にイラストが出てきて、手の洗い方を細かく指南しているのです。

ニューサム氏も「まさかここで手洗いを説明するとは思わなかった」と言い訳しながらも、ご自身の4人の子供に言い含めるように、州民に手洗いの励行を訴えます。その隣で画面には、「親指や指の間、手の甲も忘れないように」と注意書きが出ています。



そして、同じく大事なことは、マスクの着用である、とも。

画面には「Wear a Mask.」と大きな文字が出てきて、いつもはクールなニューサム氏も「マスクをするのは自分のため、家族のため、人のためである」と、ジェスチャーつきで力説します。

マスク着用に関しては、アメリカでは難しい面もあって、着用を強制するのは「自由(freedom)」や基本的人権を定めた権利章典に反するなどと、物々しい抵抗を示す住民もいます。先月、ミネソタ州の白人警官に命を奪われた黒人男性ジョージ・フロイド氏の最期の喘ぎ(あえぎ)を真似て、「息ができない(I can’t breathe)」とマスクを捨て去ってみせる、けしからん輩(やから)も出ています。

カリフォルニアでも、サンフランシスコ郡のように、早々と4月中旬に公共の場でマスク着用を義務化した郡もある一方、義務化(mandatory)と聞いた途端に、「黒幕」とおぼしき公衆衛生局長のお医者さんに脅迫状が送りつけられたという郡もあります。

そんなわけで、州知事が代わってマスク着用を義務化することになったのですが、サンフランシスコの街中でも、お散歩中にマスクをしない人もチラホラというのが現状でしょうか。

これに対して、お隣のサンマテオ郡などは、「マスクをしない違反者には罰金を科すようにして欲しい」と、州知事に働きかけています。一回目は警告、二回目は100ドル(約1万円)、三回目は500ドル(約5万円)と、かなり厳しい提案です。



今後、新型コロナウイルス感染を抑えられるか否かは、半分が科学に、半分が社会的・政治的要因にかかっていると指摘する専門家もいます。

カリフォルニアでは、市民科学者たちの知恵を借りようと、州が持つ感染データすべてをアクセス可能にすると発表しています。

世界中で80の団体がしのぎを削るワクチン開発の分野では、ウイルスの遺伝子情報をベースに開発が急ピッチで進んでいて、アメリカでは RNAウイルスに取り組む Moderna(モデルナ)が3月中旬から、DNAプラスミド・ワクチンを開発中の Inovio(イノビオ)が4月初頭から、それぞれヒトを使った小規模の臨床試験に入っています。ワクチン開発の大御所ジョンソン&ジョンソンはウイルスベクターワクチンに特化し、9月には大規模な臨床試験に臨みたいとしています。



日本をはじめとして、濃厚接触の可能性を伝える通知アプリも世界各国でリリースされつつありますが、最終的には、人々が情報をどう処理するかがカギとなります。

手洗いとマスクの励行すら苦労するアメリカでは、接触通知を受け取る意味はあるのかな? と疑問にも感じるのです。

少なくともカリフォルニアでは、希望者は全員ウイルス検査をしてもらえるので、疑わしい場合は検査を徹底する方が手っ取り早いのかも・・・。



<第2話:シリコンバレーに新駅登場!>

少しずつ人が戻ってきたとはいえ、まだまだ静かな街中。それに比べて賑やかなのは、道路工事でしょうか。

自宅待機命令が続く中、サンフランシスコ・ベイエリアの道路は、どこも近年まれに見るような空きよう。この機会を利用して、今までプランしていた道路工事を一気に片付けてしまおうと、高速道路の大改修から住宅地の舗装工事まで、作業員の姿や大きな重機、オレンジ色のロードコーンがあちらこちらに目立っています。



たとえば、サンフランシスコの街に入ってくる高速道路、国道101号線。ここは市内に入るための幹線道路で、ちょうどダウンタウンが見えてくる高架箇所の老朽化が問題になっていました。

そこで、高架の入れ替えを計画する州交通局は、5月中頃に10日間のプランで工事に着手。週末から翌週末の予定が、交通量の少ないおかげで事がスムーズに運び、丸二日前にはプロジェクトが完了。工事を早く終えれば、下請け企業は一日ごとにボーナスが増えるという動機づけはあるものの、交通量の少なさは大いに追い風となったようです。



そして、交通事情といえば、「シリコンバレーの首都」と自負するサンノゼ市に、新しい駅が誕生しました!

公共の交通機関が乏しい印象のサンフランシスコ・ベイエリアですが、サンフランシスコ市内には市営電車(Muni、写真)が走っていますし、南のサンノゼ市近郊には、公共交通団体 VTA(Valley Transpiration Agency)が運営する電車が走っています。が、たとえばサンフランシスコとサンノゼを結ぶとなると、ノロノロ運転の列車(Caltrain)しかありません。

そこで、サンフランシスコ半島と湾を隔てた東側の都市(East Bay)を結ぶ BART(Bay Area Rapid Transit、通称「バート」)という電車網を広げていこうじゃないかと、何年も前から計画されていました。

BARTは、1950年代に構想が描かれ、1972年に最初の路線が開通した地下鉄網。手始めは対岸のオークランド市からサンフランシスコ市を結ぶラインで、海底トンネルを通ります。これによって、湾を結ぶベイブリッジに頼っていた人の流れが一気にスムーズになりました。

わたし自身も、初めてサンフランシスコにやって来た40年前(!)、BARTに乗って大学街バークレーに連れて行ってもらいました。「こんなに速い地下鉄で海を渡って大学に行けるなんて、ベイエリアって都会だなぁ」と感心した記憶があります。

BARTは、その後着実に路線を広めていって、サンフランシスコ半島では国際空港まで、そしてシリコンバレー周辺では、アウトレットモールで有名なミルピタス市まで路線が伸びました。

便利さは十分に立証済みですので、「BARTをサンノゼ市まで伸ばして欲しい」と、20年前の住民投票でサンノゼ市民も賛成しています。市の消費税を増やして資金調達もなされ、実際に工事に着工してみると、4年で完成する予定が8年もかかってしまいました。



そんなわけで、6月13日に開通したばかりのサンノゼ市のベリエッサ路線。前日には記念式典が開かれ、サンノゼ市長やサンタクララ郡の議員らがテープカットを行ない、駅の完成を住民にアピールしています。

このベリエッサ駅(Berryessa)からサンフランシスコ市ひとつ目のエンバーカデロ駅(Embarcadero)までは、およそ60分の行程。ノロノロ運転の列車だと、サンノゼ市中心部ディリドン駅(Diridon)からサンフランシスコ駅まで1時間半はかかるので、だいぶ早く着きます。

しかも、金融街を含むダウンタウン地区に勤務する場合は、エンバーカデロ駅で降りた方がずいぶんと近いので、その点でも楽かもしれません。

片道料金は、8ドル15セント。50マイル(約80キロ)の距離を900円弱で行けるので、ガソリン代よりも安いのでしょう。電車通勤だと仕事もできるし居眠りもできるので、ずいぶんと楽ではあります。

ただ、唯一の心配は、このベリエッサ駅までどうやって行くの? ということ。とくに、だだっ広いサンノゼ市では、歩いて駅まで行ける人はほとんどいないでしょう・・・。



ちなみに、サンノゼ市ダウンタウンに近い列車のディリドン駅の周りでは、再開発プランが進んでいます。ここには、Googleが新たにキャンパスを建てようと計画していて、サンフランシスコに住んでいようと、パロアルトのような半島の都市に住んでいようと、「列車で通って来られる」というのが利点のようです。

ディリドン駅の周辺には、アイスホッケーのサンノゼ・シャークスが本拠とするSAPアリーナがあり、グアダルーペ川沿いには大きな市民公園もある絶好の立地。

Googleの従業員が来るということは、周辺の家賃が上がり、物件がなくなってしまう、と懸念の声も聞こえます。が、誘致する市当局は、安価な住宅区域(affordable housing)を設けるので問題はない、という構えです(大企業が来て税金を払ってくれれば、市民も助かるのだ、という論法でしょうか)。



ようやくシリコンバレー・サンノゼ市に足を踏み入れた BARTは、10年後にはベリエッサ駅からダウンタウン、ディリドン駅を経由して、サンタクララ市まで延長される予定です。

サンタクララといえば、アメリカンフットボール・サンフランシスコ49ersのスタジアムが移設された街として有名ですが、地域を結ぶ VTAの電車駅もありますし、湾の東側の内陸都市とシリコンバレーをつなぐ通勤列車 ACE(Altamont Corridor Express)が停まる交通要所でもあります(写真は、高速道路85号線上を走る VTA電車)。



アメリカの公共交通機関といえば、駅から自宅の「最後の1マイル」がいつも問題になってきます。結局は車に乗らないと電車を利用できない、というジレンマが絶えずつきまといます。

現行の路線を延長する。バラバラに存在する鉄道網をつなげて地域の交通網を拡充する。新設された駅の周りには集合住宅を併設する。

こういった地道な努力を続けていけば、人々の意識も変わっていって、シリコンバレーやベイエリア、カリフォルニア全体の交通事情も少しは改善するのではないかと思っているのです。



夏来 潤(なつき じゅん)



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