Essay エッセイ
2011年11月11日

イギリス人、万歳!

いやぁ、無事にヨーロッパから戻ってまいりました。

前回のエッセイでも触れておりましたが、10月末から11月初頭にかけて、チェコ共和国の首都プラハからイギリスのロンドンに列車で移動し、そのあとイギリス中部から南部をドライブするという、気ままな旅に出ていたのでした。

プラハからロンドンの列車の旅というのは、かの有名な「オリエント急行(the Orient Express)」でした。

が、まずは、そのお話は置いておいて、ロンドンでのお話をしたいと思うのです。


夕刻、オリエント急行でロンドンのヴィクトリア駅に到着したあと、この大都会で3泊を楽しみました。

最終日は、バッキンガム宮殿やウェストミンスター寺院を見学したあと、いよいよ翌日から車の旅に出ようと、レンタカーを借りることになりました。

ひとくちに「イギリスでレンタカー」と申しますが、ヨーロッパでは、レンタカーはオートマティックではなく、マニュアル式(stick shift)が大部分のようです。
 ですから、アメリカで免許を取得したわたしには運転できない(!)ので、これからの長い行程を連れ合いに頼るしかありません。

それに、イギリスでは左側通行なので、アメリカの道路に慣れた人間には、ひどく運転しにくいのです。ふと気を許すと、逆側の車線を走りそうで、とっても怖いのです。

道路だって、道の名前はどんどん変わるし、ネットや地図で道順を検索した限り、とっても順当に運転できるとは思えません。

そして、イギリスには「ラウンドアバウト(roundabout)」なる不思議なものがあるのです。

これは何かというと、何本かの道が交わるところが、信号もなくサークルになっていて、順番にこのサークルに入って、クルッと方向転換をするやり方なのです。が、まず、このサークルに入る順番がよくわからないし、クルッと回ったあと、いったいどの出口から出ていいのやら、頭が混乱することがあるのです。

アメリカでも、マサチューセッツなど東部の州には、ラウンドアバウトを採用する場所があるそうですが、カリフォルニアでは、滅多に見かけるものではありません。そこで、未知なるものに対する不安がふつふつとわいてくるのです。


そんなわけで、レンタカーを借りて、自分たちだけでイギリスをドライブするのがひどく怖かったのですが、その不安に気を取られすぎて、失敗をしてしまったのでした。

レンタカーのオフィスに向かう前に、ビートルズのLPジャケットで有名になったアビーロード(Abbey Road)を訪れたのですが、そのあと、ふと気がつくと、手にしていた荷物がなくなっていたのでした。

荷物というのは、ウェストミンスター寺院の写真集と折りたたみの傘、そして日本で買ったイギリスのガイドブック。
 まあ、傘やウェストミンスターのおみやげはあきらめるとして、ガイドブックがなければ、これからの旅の道しるべがなくなってしまうではありませんか。

もうすっかり暗くなった夕刻、ロンドンの渋滞道路を慣れないレンタカーで走っているさなか、ふと手元に荷物がないことに気がついたわたしは、さすがにちょっとパニックになってしまいました。

だって、いったいどこに置き忘れたのか、まったく記憶にないのです。もしかすると、アビーロードで写真を撮るときに、住宅の塀に置き忘れたのかもしれないし、そこから乗ったタクシーの中だったかもしれないし、はたまた、レンタカーのオフィスに置いてきたのかもしれないし・・・。

でも、よく考えてみると、レンタカーオフィスの住所を書いた紙を取り出し、運転手に説明したので、少なくともタクシーに乗るときには持っていたのでしょう。

だとすると、タクシーかレンタカーオフィスということになりますが、タクシーだったら、もう連絡の取りようもありません。いちおうタクシーの領収書をもらって、レンタカーオフィスに交通費として提出しましたが、電話番号も何も書いていなかったようですから。

「どうかレンタカーオフィスであってほしい」と願いながら、急いでオフィスに電話してみましたが、すでに係員は帰ったあと。誰も電話に出てはくれませんでした。

明日の朝は、早い時刻にロンドンを出てしまうし、もうガイドブックなしに旅行を続けるしかないねと言いながら、その晩は日本食レストランで寂しい夕食をとりました。


気分転換にライトアップされた商店街を散歩してホテルに戻ったのですが、ふと連れ合いが携帯電話を見てみると、不在着信が3つもあって、留守番メッセージも残されていました。

それは、レンタカーオフィスからでした。

「さっきお会いしたレンタカーの者だけれど、今、タクシーの運転手がオフィスにやって来て、自分が乗せた客がタクシーに忘れて行ったって、荷物を持ってきたんだよ。だから、今オフィスであずかっているから、明日の朝にでも取りに来てね」と。

こちらの携帯電話は、2台使っているうちホテルに置きっぱなしにしていたもので、メッセージは、ちょうどわたしが荷物を忘れたことに気がついた時刻に残されたものでした。

係員は、明日は自分が遅番なので、今晩電話をしておかないと連絡がつかなくなるかもしれないと、心配してかけてくれたのでしょう。

そして、わざわざ荷物を持って来てくれたタクシーの運転手だって、「オフィスは6時に閉まってしまうから、それまでに持って行ってあげなくっちゃ」と、渋滞の中、急いで運んで来てくれたのでしょう。
 「いったい何時に閉まるんだい?」と心配して聞いてくれていたので、彼はオフィスが6時に閉まることを承知していたのでした。

アビーロードで観光客を下ろしたあと、わたしたちを乗せてくれたタクシーでしたが、さすがに観光客に慣れているのか、とっても気さくな、感じのいい運転手でした。
 タクシーを降りるときも、レンタカーオフィスの前で「がんばってね(Good luck)!」と、励ましの声をかけてくれたのでした。

そんな彼は、「ここで親切をしなかったら、ロンドンっ子の名がすたる!」と、正義感を燃やして荷物を届けてくれたことでしょう。

それにしても、「あ、忘れ物がある」と進言してくれた次の乗客や、それをわざわざ運んでくれた運転手、そして急いで連絡してくれたレンタカーオフィスの係員と、いろんな親切が重なった出来事だったんだなと思うのです。

タクシーに忘れた物が戻って来るなんて、絶対にあり得ないようなことが起きて、嬉しいのと同時に、まさに狐につままれた気分ではありました。だって、ここは日本じゃないのですから。

ほんとに、旅先で受けた親切ほど、身にしみるものはないですよね。

そして、この晩を境に、わたしのイギリス人に対する印象は、グイグイと上がっていったのでした。


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