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ライフ in カリフォルニア/日常生活
Life in California ライフ in カリフォルニア
2019年06月24日

サンフランシスコ・オペラ

先日、サンフランシスコで、オペラを堪能いたしました。



久しぶりに足を運んだオペラの演目は、かの有名な『カルメン(Carmen)』。オペラと認識していなくても、誰もが知っているメロディーの数々やオーケストラの序奏が満載の作品です。



この日だけは、オーケストラの指揮を執るのは、注目の女性指揮者ミシェル・メリル(Michelle Merrill)さん。まったく存じませんでしたが、アメリカやヨーロッパ各地で活躍中のダイナミックな指揮者です。彼女が颯爽(さっそう)と指揮台に登場すると、ヒューヒューと指笛も聞こえていたので、サンフランシスコ・オペラには初登場ながら、かなり有名な方なんでしょう。



ご存じのように、オペラ『カルメン』は、フランス人の作曲家ジョルジュ・ビゼーの作品。スペインのセビリアが舞台となっているものの、フランス語で書かれたオペラです。



そういった複雑な状況なので、「スペインが舞台のフランス語のオペラなんて、ちょっと変だよね(It’s a French opera in Spain, so it’s weird)」と、どなたかの正直な感想を小耳にはさみました。



けれども、フランスが舞台のイタリア語のオペラ『椿姫』(ジュゼッペ・ヴェルディ作曲)も人気を博していることですし、オペラは自由な発想に満ちているのです。



そんなわけで、わたしと同じように「ジュテーム」くらいしかフランス語を知らないみなさんは、舞台上部にあるスクリーンで英訳を読みながら、歌やセリフや演技を楽しむことになるのです。




いえ、お話はとっても簡潔なんですよね。カルメンという悪魔のように魅力的な自由奔放な女性がいて、彼女の色香に惑わされたドン・ホセという衛兵が、自分の使命を忘れるほどに彼女に惚れ込み、それがゆえに悲劇が訪れる・・・というもの。



実際、1872年、ビゼーがオペラ劇場の音楽監督に歌劇の原案を披露したときには、「ここは家族や恋人たちが集う劇場なんだよ。お願いだから、悲劇で終える結末にはしないでくれ」と懇願されたとか。



いよいよ1875年3月に初演を迎えると、第1幕の滑り出しは良かったものの、第4幕になると惨憺たる不評となり、全部で48回の上演は「赤字」で終わったそうです(写真は、初演でカルメンを演じた、人気ソプラノ歌手 Célestine Galli-Marié: Photo by Paul Nadar)。



そのシーズン途中、33回目の上演の夜、ビゼーは持病が悪化して急逝してしまったので、残念ながら、同年秋のウイーン公演での成功を知ることはありませんでした。



けれども、このオペラの何がいいかって、今では誰もが口ずさめるほど有名な歌が次から次へと登場するところ。歌も演技も、劇中のフラメンコも飽きることがないので、オペラを初めて観る方にも、オススメの演目なのです。



そして、今回のサンフランシスコの舞台は、主役のカルメンを務めたメゾソプラノの方が、とくに輝いていらっしゃいました。ファーストネームの発音はよくわからないのですが、ジャネイ・ブリッジス(J’Nai Bridges)さんという方。



この方は、音程は外さないし、声の質はまろやかだし、おまけに歌声はオーケストラに負けないくらい朗々と響き渡るし、もう「カルメンを演じるために生まれてきた」と言ってもいいくらいに当たり役だと感じました。メゾソプラノが主役となるオペラは、ソプラノほど多くはないですが、彼女の『カルメン』を聴けてほんとに良かったなと感じ入ったのでした。



サンフランシスコ・ベイエリアには、「シリコンバレーの首都」と自負するサンノゼ(San Jose)市にもオペラハウスがあって、毎年秋から翌年の初夏までいくつものオペラを上演しています。



わたしが生まれて初めてオペラを観たのも、このオペラ・サンノゼの『ロミオとジュリエット』でした。



けれども、正直に申し上げると、サンフランシスコの方がレベルを均等に保っているような気もいたします。ひとつに、聴衆の方々の耳が肥えていて、歌手やオーケストラの方々と互いに刺激し合っていることが要因かとも感じるのです。



親友は、「サンフランシスコ・オペラは、ニューヨークのメトロポリタン・オペラと同じくらいレベルが高いと思うわ」と褒めていましたが、彼女のお墨付きをもらったプロダクションシリーズは、わたし自身もお勧めしたいです。




実は、この『カルメン』は、どうしても連れ合いが観たくてしょうがなかったオペラで、一度狙っていたチケットが売り切れてがっかりしていたところ、数日後になったら購入できたボックス席でした。



サンフランシスコのオペラハウスは、2階がずらっとボックス席になっていて、ひとつのボックスには椅子が8つしか置かれていないので、かなりゆったりと座れます。わたしの前には、体の大きな紳士が座っていらっしゃいましたが、スペースに余裕があるので、周りの人に気を遣い過ぎないで済んだようです。



そして、休憩時間にボックス席の廊下を歩いていたら、前カリフォルニア州知事のジェリー・ブラウン氏を見かけました。彼はもともとローマ・カトリックのイエズス会神父で、今は妻帯していらっしゃいますが、黒い詰襟(つめえり)風のシャツと青いカーディガンの後ろ姿は、政治家よりも神父さんといった雰囲気でした(同じくイエズス会の神父から大学教授になった、大学院時代の恩師を懐かしく思い出していました)。



オペラハウスには、それこそいろんな年齢層の方がいらっしゃって、親子孫3代でいらっしゃったのでしょうか、ティーンエージャーの男の子がしっかりと正装して来ているのがほほえましかったです。



そう、伝統的にオペラには「正装」をしてくるものですが、なにごともカジュアルなカリフォルニアでは、連れ合いのようにジーンズにTシャツでも咎(とが)められたりはしません。が、さすがに正装を楽しむ方々も多く、女性はイヴニングドレス、男性は蝶ネクタイといったファッションも、まったく浮くことはありません。



お隣のデイヴィス・ホールでは、毎年大晦日になるとサンフランシスコ・シンフォニーの年越しコンサートが開かれますが、こちらはコンサートのあとにダンスパーティーとなるので、みなさんオペラに負けないくらいオシャレをしていらっしゃいます。



いえ、ジーンズにTシャツ姿の連れ合いは、『カルメン』を観るためにちゃんとヒゲを剃ったので、本人は「十分にオシャレをした」気分でいたそうです!




オシャレといえば、こんなニュース報道を思い出しました。



サンフランシスコ・ベイエリアに、「ピアノの神童」のような男の子がいて、小さい頃からリタイアメントホーム(退職された方々の施設)でミニコンサートを開いていたそうです。



もちろん、自らボランティアで始めたことですが、ティーンエージャーになった今は、演奏にも磨きがかかり、レパートリーも増えて、すっかり本格的になったホームコンサート。定期的に彼がピアノを弾きに来る日には、女性の住人の方々は、わざわざオシャレをしてピアノの部屋に集まるのです。



そう、まるでオペラハウスに行くように、普段とは違った服を身につけ、鮮やかな口紅とともに、大ぶりのイアリングやネックレスも忘れません。



そんな映像を見ていて、オシャレは大事だなと思ったのでした。いえ、ブランド品を身につけるということではなくて、いつもとは違う「特別な気分になる」ということ。



たまにオシャレをすると、気分が高揚したり、姿勢がシャキッとしたりするでしょう。そういう特別な時間は、オペラやピアノ演奏を楽しむのと同じように、時には必要なことではないかと思ったのでした。




というわけで、久しぶりに堪能したオペラでしたが、この『カルメン』は、オペラ好きだった母と一緒に楽しめた気がしていました。



以前、「プッチーニの調べ」というお話では、子供が煮しめや鍋が好きではないように、オペラが好きな子供はあまりいないのではないかと書いたことがありました。なぜなら、オペラには、年月を経てみないと理解できない、深い「大人の味わい」があるから。



幸いにもわたしの場合は、母が大好きな歌の数々を一緒に聴いているうちに、体に染み込んだ音が大人になって目を覚まして、ストーリーとともに楽しめるようになったのではないかとも感じるのです。



仏教の修行の中に「薫習(くんじゅう)」という言葉があるそうですが、それは、先達の難しい説法も、お香を衣に焚き染める(たきしめる)ように皮膚から自然に吸収すれば、いつしか会得できるという意味だそうです。頭で理屈を考えるのではなく、接していれば自然と体感できる何かがある、ということでしょうか。



音楽も、それと同じなのかもしれません。自然と体の中に入ってきた音は、いつしか心の中でつながって、無理をしなくとも楽しめるようになる。世の中は、案外そんなものでいっぱいなのかもしれません。



と、すっかり理屈っぽくなってしまいましたが、久しぶりのサンフランシスコ・オペラ『カルメン』。母もきっと楽しんでいてくれただろうと、満足できた舞台なのでした。




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