Essay エッセイ
2020年06月19日

セブン-イレブンのスラーピー

<エッセイ  その183>



セブン-イレブン(7-Eleven)というと、コンビニエンスストアの少ないアメリカでは、代表格のコンビニチェーンでしょうか。



アメリカのコンビニは、日本ほど数は多くありませんし、目新しい、楽しいものが満載というわけにはいきません。でも、まあ、まあ必要なものは手に入る、といった感じかもしれません。



長年住んでいたサンノゼ市の我が家は、メジャーな住宅地から外れていたので、周囲にコンビニはありませんでした。サンフランシスコでは、近くのマーケット通りやミッション通りに店舗がありますが、なんとなく治安がかんばしくなさそうで、足を踏み入れたことはありません。



そんなわけで、あんまり縁のないセブン-イレブンですが、年に一回「スラーピー・デー」というのがあるそうな。



スラーピー(Slurpee)とは、炭酸飲料が半分凍った、ドロッとした飲み物。アメリカをはじめとして、世界各地で人気だとか。



スラープ(slurp)という言葉は、ズルズルと音を立てて食べ物や飲み物をすすること。たとえば、お蕎麦を食べる音が「スラープ」に該当しますが、きっと「勢いよくストローで吸い込まないと飲めないよ」というところから、Slurpee の名が生まれたんでしょう。



わたし自身は試したことはありませんが、想像するに、人気の秘密は、フレーバーの多さ。チェリーやブルーベリー、バナナやココナッツと、フルーツ風味の飲み物が季節限定で次から次へと登場します。「次はこれを試してみたい!」と、クセになってしまうのでしょう。




それで、どうしてこんな話をしているかというと、ローカルニュースで話題になっていたから。



今年は新型コロナウイルスの影響で、7月11日の「フリー・スラーピー・デー(スラーピー無料の日)」がなくなる代わりに、セブン-イレブンは1万食の食事を慈善団体に寄付するそう。



でも、心配ご無用。お得意さんアプリを持つ顧客にはクーポンを発行して、7月中に一回スラーピーをタダで飲ませてもらえるんだよ、と。



過去20年間、セブン-イレブンの誕生日とされる7月11日には、店舗に行けばスラーピーがタダでいただけたそう。でも、今年は顧客が店に殺到すると「密集状態」となって、ウイルス感染の要因ともなる。だから、顧客の安全を考えて、プラン変更に踏み切ったようです。



そんな話題を提供していたら、キャスターのマイクさんは、こんな思い出話をはじめました。



僕は高校生の頃、サンフランシスコの32番街とタラヴァルの角にあるセブン-イレブンに毎日通っていたよ。フットボールの練習が終わったあと、この店に寄って、スラーピーを飲むのが毎日の楽しみだったんだ、と。



これを聞いたキャスター仲間のサルさんは、こんなコメントを返します。



「いや、僕は、スラーピーはぜんぜん好きじゃなかったけど、そのセブン-イレブンはよく知ってるよ。僕も毎日のように通ってたからね。ほんと懐かしいよねぇ」と。




実は、わたしも、そのセブン-イレブンにはずいぶんとお世話になっていたんです。



でも、どちらかというと、怖い思い出があるんです。



この店の隣にはコインランドリーがあって昼間も寄ったりしていましたが、夜になると、よく友達と飲み物やアイスクリームを買いに行ってました。そこにはいつも夜間お店を担当するナイトマネージャーがいらっしゃいました。



20代前半くらいの若い方で、お顔も端正な白人の男性。余計なことはしゃべらないけれど、きっちりと仕事をこなせる有能な感じのマネージャーの方。



ある晩、友達と飲み物を買いに行ったら、びっくり仰天。彼の顔には、斜めにナイフの傷がついているのです!



ちょうど誰かが彼の顔をめがけてナイフを振り下ろしたように、鼻を中心に右から左へと斜めについた傷。まだ日が浅いのか、赤味を帯びた傷です。



そのお顔を見て、あまりにも気の毒で、そのあとはお店には足を運ばなくなりました。あの傷は一生残ってしまうような、そんな深い傷だったのです。



いったいどんな事情で、危険が伴うコンビニのナイトマネージャーをなさっていたのかはわかりませんが、もしかすると学費を稼いでいらっしゃったのかもしれません。でも、ちゃんと学校を卒業したところで、描いていた人生設計が狂ってしまうのではないか・・・と、他人事ではありますが気をもんでおりました。



ここは、市の西側に広がる、サンセット地区。碁盤の目のように規則正しい区画には、平均的な家々が支え合って建っている。そんな平和な住宅街です。



「どんなに安全な場所に見えても、常に危険が伴うのがアメリカだな」と、胆に命じる出来事となりました。




と、そんな怖いエピソードを思い返していると、キャスターのマイクさんは、またまた思い出話を視聴者に披露します。



僕が大学の頃、天文学のクラスを取ってたんだけど、必須科目で仕方なく取った授業なんで、内容はちっとも理解できなかったよ。ある日、この天文学のクラスで、ブルーブックを使う試験があったんだ。マークシート方式じゃなくて、ブルーブックにエッセイ形式で答えを書き込んでいくテストなんだけど、僕にはちんぷんかんぷん。



卒業目前だったんで、この単位を落としたら卒業できない。でも、何も書くことができない。すっかり困ってしまって、「僕はどうしてリポーターになりたいか」っていう題名でエッセイを書いたんだ。



すると、教授はこのエッセイに対して及第点をくれて、晴れて無事に卒業できたってわけ。



このエピソードを聞いたキャスター仲間のサルさんも、「君が書いたエッセイなら、なかなかうまく書けてたんだろうね」と相槌を打っていましたが、なるほど、情熱がほとばしるような良いエッセイだったことでしょう。



試験の内容とはまったく関係ないエッセイなのに、ちゃんと「合格」をくれた教授もすごいです。でも、人を育てる教職に就く御仁としては、理解できる行動かもしれません。だって、たった一回の試験で、若者の将来に悪影響を与えるようなことがあったら感心しないですものね。



というわけで、セブン-イレブンのスラーピーではじまり、大学の試験のエピソードで終わったローカルニュースでした。近頃は、ニュースキャスターも自宅からリモート出演なさっている方が多いので、余計に思い出話に花が咲くのでしょう。



そんな体験談に耳を傾けていたこちらも、学生時代を思い出して、ひとときさわやかな気分を味わったのでした。良いことばかりではないですが、悪いことばかりでもない、そんな平均的な日々だったでしょうか。




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