Essay エッセイ
2008年10月21日

本が出ました!

そうなんです、執筆を担当していた本が、ようやく日本の本屋さんに並びました。

この本は、わたしがゴーストライター(出版界では構成者と呼ばれる)として執筆を担当した本なのですが、13年前に日本からシリコンバレーに渡って、コンピュータ・ソフトウェアのスタートアップ会社を経営陣のひとりとして守り立て、ナスダック株式市場への株式公開や参入した分野での市場独占を果たした、日本人ビジネスマンの体験談となっております。

題して、

荒井真成氏著 『世界シェア95%の男たち 〜 IT創成期を勝ち抜いた企業の“光と影”』(イースト・プレス発行)

まあ、世の中にビジネスの本はたくさんありますが、こちらは単純にサクセスストーリーとはいかないところがミソだと思うのです。

何と言いましょうか、山あり、谷ありのアップダウンの連続。そんな感じかもしれません。

まず、ご本人である荒井真成(あらい・まさなり)氏は、もともと英語がまったくダメな方でした。シリコンバレーに渡る前に、フロリダに2年半駐在した経験があるのですが、その最初の半年は、からきしコミュニケーションができなくて、胃が痛くなるほどに苦労なさったとか。
 フロリダなんて、カリフォルニアのようにアジア人が多いわけじゃないし、日本人の英語なんてまったくわかってくれない。だから、人と話をしていて行き詰ると、最終的には、筆談やメールで難を乗り切っていたのでした。

けれども、不思議なもので、半年を越えると、だんだんと相手の言うことが聞き取れるようになって、こちらも言いたいことを言えるようになってくる。そうなると、だいぶ仕事もやり易くなるし、仕事を楽しむ余裕も少しずつ出てくるものなのですね。


そうやって意思疎通の難関はくぐり抜けたものの、シリコンバレーにやって来たときは、いきなりスタートアップ会社の副社長として、経営陣の仲間入りをしなければなりませんでした。
 それまで、日本ではマネージャーの経験すらないのに、いきなり経営者のひとりとして、自分自身でバンバンと英断を下さなくてはならない。いかに小さな、10人ほどの零細企業とはいえ、経営者のひとりとなると、一スタッフとして働くのとは大きく違います。

でも、そこは自分でいろいろと考えて、工夫して、慣れるしかない。そうやって試行錯誤を繰り返していくうちに、鋭い判断力も培われていくもののようですね。

シリコンバレーという環境にある程度救われた部分があるとするならば、こちらのスタートアップ会社には、新しいものにどんどんチャレンジする不屈の精神がみなぎっていたことでしょう。失敗をしても、そんなものは一過性のものでしかないし、次にまた頑張ればいいや、といった楽観主義的な空気に満ちていた。それに、試してみたい新しいアイディアは、次から次へと湧いてくる。

まさに「失敗は成功のもと」であり、失敗しても個人が理不尽に責められることはない。

とくに荒井氏が参画したプーマテクノロジー(のちにインテリシンクと改名)というスタートアップには、厳しい中にあっても、「仕事を楽しむ」精神がみなぎっていたのかもしれません。
 おかしな話なのですが、荒井氏の近しい仲間となった創設者のふたりが、賭けをしていたことがありました。シリコンバレーにやって来た荒井氏が、果たしていつ経営者としての最初の英断を下すのかと。
 ひとりは「一ヶ月以内」に賭け、もうひとりは「一週間以内」に賭けました。結果的には「一ヶ月以内」が勝って、賭け金100ドル(約1万円)を手にしたわけではありますが、これにしたって、仕事を必要以上にシリアスに考え過ぎない態度が如実に現れていると思うのです。(このエピソードは、第10章「シリコンバレーが熱かった日々」に紹介されています。)

それでも、文化が違うゆえに、アメリカと日本の狭間に立って、苦労なさることはたくさんあったようです。わたし自身も、シリコンバレーのスタートアップ会社で痛感したことがあるのですが、日本の「品質」に対する期待は、アメリカとは比べものにならないくらい高いものなのです。
 だから、アメリカ人のエンジニアが「どうしてこれじゃいけないの?」という部分と、日本人の顧客が「こんなんじゃ買えませんよ」という部分の大きな溝を、間に立った人が少しずつ埋めていかなくてはならない。

そして、それは端で見ているよりも、もっと難しい骨の折れることなのですね。

現に、天下のNTTドコモを相手にして、「iモード」向けのサービスで大失態をしでかしたこともあるし・・・(詳細は、第16章「携帯電話時代を予見した戦略」に出てきます。)


この本は、あくまでもIT企業をベースとしたお話なので、赤外線を使った通信ソフトウェアだの、データベースを同期するソフトウェア製品だのと、ちょっと技術的な内容が出てきます。若い方は見たこともないような、PDA(Personal Digital Assistant)という携帯情報端末機が出てきたり、お仕事でしか使わないようなソフトウェアの名前が出てきたりもします。
 それから、インターネットという新しい媒体が登場すると、それまで個々のパソコンや携帯端末に特化していた商売を、ネットを利用した幅広いサービスに広げようといった新しい試みも出てきます。

そういうわけで、IT業界に縁の薄い方には、読んでいてちょっと面倒くさい部分も出てくると思うのですが、そういうところは全部すっ飛ばして、次のページに進んでいただければいいなと切に願っているところです。

何を思ったのか、気が付いたらいつの間にやら日本からアメリカに飛び出していた、一ビジネスマンのお話。そんなストーリーを拾い読みしていただければありがたいと思っているのです。

たとえば、こんなことを読み取る方もいらっしゃるかもしれません。

宣伝するお金さえあれば物は売れる(?)。じゃあ、そんな余裕のない会社は、物は売れないの? いえいえ、そんなことはありません。工夫さえすれば、販路は開けるものなのです!

それから、こんなことを感じ取る方もいらっしゃるかもしれません。

もし技術力が足りなかったら、いったいどうやって製品を開発すればいいの? いえいえ、一からすべて自分で作ることはないでしょう。自身でできなければ、どこかから技術を買ってくればいい。それもシリコンバレー流の開発の仕方なのですよ。

こんな風に、いろんなお話が詰まっているので、読む方の経験や興味のありどころによって、さまざまな違った読み方ができると思うのです。

だから、たくさんの方々に読んでいただければいいなぁ、と願っているところなのです。

だって、せっかく頑張って書いたんですものね。


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