Essay エッセイ
2019年10月25日

空中都市で迷子に!

エッセイ その179



9月下旬から10月にかけて、二週間の旅に出ました。



行き先は、フランスの南部。地中海に面した「コート・ダジュール」と、ワイン産地やラヴェンダー畑で有名な「プロヴァンス」です。



これまでフランスはパリを二度訪れただけで、その他の地域はどこも知りません。そんなわけで、ちょっと「おっかなびっくり」な旅でしたが、アメリカに戻ってくると「あ〜行って良かったなぁ」と、旅の出来事すべてが素敵な思い出となっています。



中でも、今日は「迷子」になったお話をいたしましょうか。



ちょっとその前に、少しだけコート・ダジュールのご紹介です。




地中海に面したコート・ダジュールは、「紺碧海岸」という意味。緑がかった鮮やかな青(紺碧)の海に沿って、ニースやカンヌといった名高いリゾート地があります。



ニース(Nice)は、コート・ダジュールの中心都市ですので、ここに泊まって周辺の街々を散策する拠点としました。市内だけでも旧市街や有名な画家たちの美術館と、見どころはたくさん。そして、ほんの少し足を伸ばすと、ニース近郊には行ってみたい集落が点在するのです。



そんなわけで、ニース二日目にはレンタカーを借りて、西に30分ほど行ったヴァンス(Vence)を訪れ、楽しみにしていたマティスの礼拝堂を見学しました。



ニース市内にも美術館のある画家アンリ・マティスは、もとはフランス北部の生まれ。旅で訪れたコート・ダジュールが気に入って、ここを安住の地とした芸術家です。若い頃は暗かった彼の画風ですが、光あふれる海沿いに移り住むと、鮮やかな色彩と力強くデフォルメされた形にも磨きがかかり、「マティスと言ったら、これ!」と一目でわかるような独特の画風を築き上げました。



このマティスさんは、晩年、礼拝堂を建てる相談を受けるのですが、健康もかんばしくない状態であるにもかかわらず、依頼を受けロザリオ礼拝堂の完成に挑みます。中でも、長年取り組んできた植物モチーフをステンドグラスに取り入れ、コバルトブルー、グリーン、イエローを使った鮮やかな配色は、飾りのない白の礼拝堂の中で際立ちます。



大胆にも、礼拝堂の右の壁には「輪郭だけ」の聖母子の素描が配され、祭壇脇の聖ドミニコの全身素描や、後ろの壁面の十字架に架けられたキリストや聖骸布に表れるキリストの顔の素描とともに、「どんなお顔だったのだろう」と見る人の想像力をかきたてます。宗教的なテーマには真剣に取り組んでいらっしゃるのですが、どこか「人間くささ」を感じる、マティスの祈りの場なのでした。



残念ながら、中は撮影禁止なので絵ハガキの写真を撮らせていただきましたが、とにかく陽光に満ちあふれた明るい礼拝堂の内部なのです。近隣の子供たちが先生に連れられて見学に来ていましたが、すばらしく独創的なものに子供のうちから触れてみるのは、大事なことかもしれません。



マティスが大好きで、最晩年の「色と形」を味わいたい方には、ぜひ足を運んでいただきたい場所なのです。




ヴァンスもさることながら、ニースから東に20分ほど向かうと、空に浮かぶような要塞都市エズ(Eze)があります。



エズは、険しい山の上に築いた城壁に囲まれた集落。「要塞都市」という表現は適切ではないかもしれませんが、「空に浮かぶような」というのは、まさにその通り。中世の時代、外国人の攻撃から身を守るために、わざわざ海を臨む山のてっぺんを住みかとしたんだとか。海から攻めてくる敵には見えないように、まるで山と同化するかのように緑の木々や険しい岩肌に守られる街なのです。



昼時なので、この時間帯にエズを訪れる人も多く、二度目の挑戦でやっと駐車スペースを見つけて、街へと登って行きました。そう、ひとたび街に入ると駐車場はないので、ふもとの小さな駐車場に車を停めて、坂道を登って行くことになるのです。ほら、こちらの男性の方々はホテルスタッフのようですが、お客さんの重そうな荷物を抱えて、階段をえっちらおっちら。



山にへばりつくように密集した集落は、階段が急で、人がやっとすれ違えるくらいの細い石畳が、毛細血管のように石造りの家々を結びます。細い通り道は入り組んでいて、まるで迷路のよう。



そんな雰囲気に惹きつけられるのか、エズの街には、アーティストやギャラリー、ギャストロノミー(美食)と名をはせるレストランなどが集まっていて、狭い集落の中で互いに肩を寄せ合っています。



道の両脇には、背の高い石造りの壁。見上げると、真っ青な空と流れる白い雲。「ここはどんな建物だろう、ホテルかな? ここはどんなアートを売っているのだろう、ちょっと覗いてみたいな」とキョロキョロしながらも、写真を撮るのも忙しいのです。



とくに気にかかったのが、こちらのショット。てっぺんの窓の隣には、小さなくぼみがあって、黄色い鳥のような置物が見えています。



ズームして撮影してみたら、どうやら陶器でつくった鳩の置物のよう。石造りの建物の外壁に、聖母子像を配置するのはよく見かけますが、鳩の置物を飾るのは、とても珍しい。



ここは、アパートなのかな? ブルーの鎧戸(よろいど)が閉まっているけれど、人は住んでいるのかな? どうして鳩の飾りを置いてあるんだろう? と、頭の中は疑問でいっぱいになります。



と、先を歩いていた連れ合いが、姿を消してしまったのです!あちらこちらを見渡しても、どこにもいません!



もうパニックになりながら、上へ、上へと歩を進めます。なぜなら、ちょっと前に「ここをずっと登っていけばいいのかな」と言っていたのが耳に残っていたからです。



息をきらしながらクネクネした階段を駆け登り、この集落の最高地点「熱帯植物園」へと到達しました。が、その道すがら、連れ合いの姿はまったく見当たりません。植物園の前には、チケットを求める長い行列ができていましたが、まさか、自分だけ中に入るわけはないので、ここにいないことは明白です。



そこで、「もう下に降りるしかない。下に降りて、途中で連れ合いに出くわさなければ、ふもとの駐車場まで戻って、車の前で待つしかない!」と結論に達したのでした。が、なにせ道が迷路のようなので、自分が登ってきた道もわからないし、いつの間にか道をそれて、見たこともない街の隅っこの外壁が続いています・・・。



ふもとに戻りたいのに、道がわからない! もう、あせってしまって、はあ、はあと肩で息をしながら走り回ります。と、目の前に駐車場で見かけたカップルがいらっしゃったので、彼らに「駐車場に戻る道はわかりますか?」と尋ねると、「この道をまっすぐに行けばいいんだよ」と男性が親切に教えてくれました。



あ〜、助かった、これで駐車場に戻れる! と喜び勇んで階段をトントンと下りていると、途中の小さな広場にあるバーのテーブルに、連れ合いの顔が見えたではありませんか!



テーブルに駆け寄って連れ合いの目の前に座ると、開口一番「どこに行ってたの!」と、まるで親が子を叱るように大声が飛んできます。こちらもいろいろ言い訳をしながら気がついたのですが、顔は今にも泣き出しそうにこわばっているし、目にはうっすらと涙も浮かんでいます。



それを見て悪かったなと反省したのですが、どうやら、わたしが連れ合いを探して右の階段を一目散に登って行ったところ、そのすぐ下で動かずに待っていたとか。はぐれたとわかって地図(写真)を見てみると、この地点で道が二手に分かれたあと、さらに先でも二手に分かれるので、追っかけて探すのは難しい。それよりも、必ず戻ってくるであろう下のバーで待っていた方が得策、と判断したんだとか。さすがに数学が専攻だったので、考え方が論理的なのです。



あとで聞いてみると、「人さらいに遭ったのかな?」とか「崖から転落したのかな?」と、もう真剣に考えていたとか・・・。




再会してホッとしたところで、遅い昼食の代わりに有名ホテルのバーで、お茶とおつまみをいただきました。シャトー・ド・ラ・シェーヴル・ドールという名のホテルですが、シェーヴル・ドール(Chevre d’Or)というのは、金色の山羊(ヤギ)だと伺いました。



どうやら山羊はホテルのロゴともなっているのか、ティーカップにも絵付けとして登場しています。



ここは、山の頂上にあるお城をホテルに改造したもので、レストランも美味しいと評判のところ。予約がないと食べられないので、バーでおつまみとなったのですが、レストランは海を真下に臨むテラス形式で、とても気持ちが良さそうでした。



こちらのレストランは、モナコを訪れたときに運転手の方に勧められたところ。この方が、ホテルの名は「金色の山羊」だと教えてくれたのですが、彼はフランス語の他にスペイン語とポルトガル語も話すわりに、英語はあまり得意じゃない。「山羊(goat)」の英単語が思いつかなくて、ばあ〜ばあ〜と鳴いてみせてくれました(が、そのおかげで、ちゃんと調べるまで「羊(sheep)」だと思い込んでいました!)。



そんな彼のオススメに従って、ぜひ一度は食べてみたいレストランなのです。




というわけで、こちらの「空に浮かぶエズ」のように、ニース近郊の岩山には、迷路のような中世の街が散在するのです。なんでも、こういった集落は、高い木の上に巣作りをする鷲(わし)に習って、「鷲の巣村」と呼ばれるとか。



それぞれに特徴があって、魅力的な集落の数々ではあるのですが、散策なさるときには、グループからはぐれないように要注意なのです!



その後の観光でも、山奥にある世界遺産ムスティエ・サント・マリー(写真)や、サン・ベネゼ橋や旧ローマ法王庁で知られるアヴィニョンと、迷路みたいな古い街に縁がありました。それぞれの場所では、わたしが「迷子」にならないように、後ろを振り返りながら歩を進めていた連れ合いではありました。



まるで次の目的地に足を運ぶのが目的みたいな連れ合いに対して、とにかく興味を持つと、どこかにひっかかるのが、わたしの悪いクセ。ふいっと姿をくらますのは、まっすぐに進んでいる連れ合いではなくて、わたしの方なのかもしれませんね。




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