Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2020年03月20日

自宅待機:その展開に目がまわる!

Vol. 234



先月に引き続き、今月も新型コロナウイルスに関する話題です。刻々と変化するカリフォルニアの状況をご紹介いたしましょう。



<シェルター・イン・プレイスってなに?>

いやはや、日本に遅れて、アメリカでも新型コロナウイルスの蔓延が懸念される日々となりました。中国からアジア、ヨーロッパ諸国と感染が広まる様子を見てきたアメリカですので、少しは人々の心にも「警戒心」というものがあったのか? と問われれば、いや、そうでもなかった、というのが答えでしょうか。



2月号でもご紹介したように、2月末からちらほらと感染者が出てきたサンフランシスコ・ベイエリアですが、3月5日にはサンフランシスコ(郡と市を兼ねる)に初めての感染者が確認され、その4日後には「シリコンバレー」と称されるサンタクララ郡で初めての死亡例が報告されました。

この時点では、サンタクララ郡には43人の感染者がおり、半数は感染経路が不明のコミュニティー感染。東海岸のニューヨーク州では140人に達し、全米では600人を超えている。この日、ベイエリアのオークランド市にはクルーズ船「グランド・プリンセンス号」が着岸し、船内感染は20例ほど報告されている。船内にいたカリフォルニア州民は、全員が近くのトラヴィス空軍基地に連れて行かれて14日間の隔離生活となり、軽症の感染者は、近隣のホテルで隔離されることになる。

そんな急展開に危機感を持ったサンタクララ郡は、1000人以上が集まるイベントの中止を勧告。翌日の真夜中から施行され、サンノゼ市を本拠とするアイスホッケーチーム・シャークスの試合は即中止となりました。(写真は、郡の公衆衛生局長を務めるサラ・コウディー医師)



これは、3月9日頃の話ですが、11日になると、WHO が COVID-19を世界的な「パンデミック」と宣言。トランプ大統領は、全米の1000人以上のイベントとヨーロッパからの渡航を禁止。これを受けて、スポーツ界ではプロバスケットボール NBA、プロゴルフ PGA、プロ野球 MLBなどが、シーズンをキャンセルしたり、順延したりしています。

そして、13日にはトランプ大統領が「国家緊急事態(National Emergency)」を宣言。前日には、サンフランシスコ・ベイエリアの多くの学区が学校の閉鎖を発表していますし、79例目を確認したサンタクララ郡では、全米に先駆けて100人以上のイベントを禁止。さすがに、この頃になると、巷にも危機感を抱く人たちが増えるのです。

大型量販店 Costcoには、開店前に人が殺到して長い行列をつくり、トイレットペーパーやボトル飲料水が棚から消えてしまいます。

iPhoneで有名なアップルが「スマートフォンを除菌シートで拭いても大丈夫ですよ」とバイキンに対する注意を促したせいなのか、ドラッグストアからは消毒用ジェルがなくなり、少々入荷しても、1時間もしないうちに棚は空っぽ。

「Costcoからはトイレットペーパーがなくなっているらしい」と人から聞いて「まるで日本みたい!」とびっくりしましたが、必需品を求めてサンノゼの店からサンフランシスコの店へと100キロ近くドライブして、何も買えなかった人もいる、との報道もありました。



ところが、関心ごとは消毒ジェルやトイレットペーパーにおさまりません。学校が休みに入った3月16日には、「シェルター・イン・プレイス(shelter-in-place)」なるものが発令されたのです。

これは郡(county)が発令したもので、郡内の住民に対して「自宅待機」を勧告するもの。病院や銀行、役所、公共交通機関、スーパー、ガソリンスタンドと生活に不可欠な業種は営業するものの、レストランやバー、ショッピングモール、スポーツジムやゴルフ場、遊園地等の娯楽施設など、人が集まる場所はすべて営業停止(レストランの場合は、テイクアウトは許されます)。

企業もオフィスを閉鎖し、従業員は自宅からのテレワーク(telecommute)となります。アップルやグーグルと、通常は機密保持のためにテレワークを許さない企業も例外ではありません。

食料や薬を買いに行ったり、通院したりする以外は、不要不急の外出とみなされ、警察官に見つかると軽犯罪(misdemeanor)となります。営業停止の店も隠れて営業していると、摘発の対象となります。最初のうちは注意されるだけと報道されていますが、なんとなく外に出づらい雰囲気に包まれています。

もちろん、散歩で外出するのは許されます。屋外でバスケットボールをして気分転換する人もいます。が、ニュースチャンネルCNNはサンフランシスコの海沿いで散歩やジョギングを楽しむ住民の映像を流して、「無責任な行動だ」と声高に批判していました。屋外のエクササイズは許されるはずなのですが、「自宅待機」イコール「戒厳令」なのか? と、おおげさな報道に疑問を感じるのです。



ベイエリアにある9つの郡のうち、まずはサンフランシスコ郡、サンタクララ郡、アラメダ郡と、6郡で17日の真夜中から「自宅待機」が施行されました。が、3日もたたないうちに、ワイン産地で有名なソノマ郡やナパ郡も加わり、ベイエリア全域に行き渡っています。

そして、カリフォルニア州の感染者が980名となった19日、真夜中から州全土にも「自宅待機」が発動されました。「ステイ・ホーム(Stay home、家にいてね)」とやわらかく表現されていますが、ベイエリアの「シェルター・イン・プレイス」と同じ措置です。

米連邦政府はいまだ自宅待機命令は出していませんが、ニューヨーク州やシカゴのあるイリノイ州、フィラデルフィアなどの都市部でも同様と聞き及んでいます。



わたし自身が自宅待機命令を受け取ったのは、車の中。近くのスーパーに肉がないからと、サンノゼ市の日本街にある日系スーパーに向かう途中、他郡のサンフランシスコから緊急発令を受信。

「へ〜、サンフランシスコでは家から出られなくなるんだよ〜」と暢気に連れ合いと話していたら、間もなくサンタクララ郡からも同様の警告を受信。なんだ、我が家のあるサンノゼ市も同じなんだ、と落胆。

そのせいか、小さな日系スーパーにも買い物客がひっきりなしに訪れ、お肉のパックはひとつも残っていませんでした。



そう、何が困るかって、食べ物がスーパーから消えてしまったこと。とくに自宅待機の発令日から2日ほどは、肉や卵、牛乳、パン、缶詰と数日間しのげる食品が棚から消えました。

が、自宅待機の2日目ともなると、だんだんとスーパーにも食品が戻ってきます。大型スーパー Safewayの責任者は、「アメリカの食品流通網は驚くほど優れていて、棚から食品がなくなってもすぐに補充できる態勢にある。だから、重要なことは、買いだめをして他の人の食料を奪わないこと」と、消費者に向けて理解を求めます。

家におこもりするとなると、誰もが「買いだめ(hoarding、stockpiling)」の行動に走るもの。パニック状態をやわらげる喚起も必要になってきます。

そんな中、サンノゼ市は大型スーパー各社と協力して、火曜日と木曜日の営業前1、2時間を高齢者専用のショッピング時間帯に指定(店によっては、週日ずっと実施)。地元の食料銀行(food bank)とも協力して、高齢者家庭や子供のいる世帯への食品宅配も拡充。同時に、コロナウイルスの影響を受けやすい高齢者に代わって、若い人に向けて食品配達などのボランティアに参加するように呼びかけています。

やはり、食料調達は不可欠。巷でも、自主的に高齢者家庭のために買い出しを申し出る住民も見られます。



<対策とスピード>

もちろん、世の中には良い人ばかりではありませんので、コロナウイルスにかこつけて、人をだまして金儲けをたくらむ話も耳にします。マスクや消毒ジェルを買い占めて、高く転売するなんていうのは、なにも日本に限ったことではありません。

防護服を着て数人で住宅地を回り、消毒をしてあげましょうと家に入り込んで強盗を働く、なんて例も実際にあったそうです。

けれども、アメリカの一連の動きを見ていて感じるのは、そのスピードでしょうか。

サンノゼ市では、コロナウイルスの社会への影響を鑑みて、いち早く家賃の滞納による「立ち退き勧告(eviction)」を禁止しました。経済の停滞によって失業率が上がり、家賃すら払えない人が増えると予想されるからです。

サンフランシスコ市では、ホテルの部屋の確保に努めています。これまでに3500もの部屋を確保したそうですが(3月19日現在)、こちらは、軽症患者の隔離部屋、医療従事者や緊急事態要員の安全な滞在先、そして路上生活者の収容施設として利用されるそうです。以前もご紹介しましたが、近年サンフランシスコ・ベイエリアでは路上生活者の増加が目立っていて、シェルターでの集団感染を防ぐために、個室に収容する必要があるのです。

看護師などの医療従事者の補充にも努めています。サンフランシスコ市だけで、これまでに70名の看護師を新規採用したそうですが、週末にはジョブフェアを開いて、その場で看護師に対して内定を出す、とのことです。(写真は、緊急会見を開くサンフランシスコ市長ロンドン・ブリード氏)

オークランド市では、救済基金を立ち上げ、低所得層や高齢家庭、身体的に制限のある住民に向けた食事宅配サービスを充実します。市当局がファンドの記者会見を開く前に、すでに3億円弱の寄付金が集まっていたとか!



こういった英断が迅速にできるのは、郡や市といった自治体の「長」の権限が明確に定められていること、感染症などの疾病に関して郡の公衆衛生局長である医師に決定権があること、組織の「長」の決定に従って組織が迅速に動ける態勢にあること、などが挙げられるのではないでしょうか。

このような自治体の動きを援助するため、カリフォルニア州政府も、ホテルや州立大学寮の借り上げやトレーラーの確保に努めています。また、路上生活者対策の支援として、約170億円を各自治体に分配すると発表しています。



いえ、アメリカ式がなんでも良いと言っているわけではありません。アメリカのやり方に疑問を持つこともたくさんあります。けれども、ことスピードに関しては、組織の上から下への意思伝達が素早く、目標に向かって一丸となって突き進む心構えのあるアメリカの方が、問題解決には向いているのかもしれません。

合言葉「We’re in this together(みんな一緒にこれを乗り切ろう)」に表れているように、ひとつになると、アメリカ人も隠れた力を発揮するのです。



いやはや、40年前に初めてアメリカにやって来て、30年以上この国に住んでいますが、「自宅待機」を命じられたのは初めてのこと。カリフォルニア州知事は、もしかしたら学校は秋まで再開しないかも・・・と言っているので、先は極めて不透明です。

けれども、「木曜日にはスーパーに肉が入るらしいよ」とか「あっちのスーパーには卵が入荷したらしいよ」と人に教えられながら、なんとか日々を送っています。

まあ、どうせ人とは会えないのだから、テレビでやっていた、ニンニクたっぷりの鶏肉料理でも作ってみましょうか。



夏来 潤(なつき じゅん)



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