Essay エッセイ
2013年12月02日

金魚ちゃん

最近、よく一緒にお散歩するご近所さんがいて、彼女は、ずいぶんと前に韓国からアメリカにいらっしゃいました。

夏の間に『北風と太陽』というエッセイを書きましたが、その冒頭に出てきた店員さんが苦手の、ちょっと「アジアなまり」の抜けない方です。

彼女は、ときに体調が悪かったりするので、元気を取り戻そうと、頻繁に近所を歩くことにしています。

我が家のまわりは、グルッとサークル状になっていて、2~3周回ると、結構いい運動になるんです。道の名前も、「~ Circle(サークル)」になっています。

それで、お散歩していると、いろんな方にお会いします。

同じようにグルッとお散歩している方や、家の前に出て、花の手入れやお掃除をしている方。仕事から戻って、郵便受けをチェックしている方。

そんな方々を、彼女は、それはよく観察しているのです。ときには、あいさつをしたり、短い会話をやり取りしたりしますが、ほとんどは、歩きながら住人を観察しているんです。

英語になると、ちょっと口数が減るところもありますが、本来は、人と接するのが大好きな方だとお見受けするのです。

ですから、家にこもって仕事をしているわたしも、ご近所さんの家族構成や、何曜日は家にいるといった情報を教えてもらって、かなりの事情通になりました。


そこで、こちらの中国系のパパ。

彼は優しそうな若いパパで、一歳くらいの男の子を乳母車に乗せて、仕事帰りの夕方に散歩します。

パパはにこやかなのに、赤ちゃんはちょっと神経質そうな感じ。ほとんどニコリともしないで、パパにいろんな花の名前を教えてもらっています。

それを見て、彼女が説明してくれるのです。やっぱり日中ベビーシッターに任せていると、パパやママに接してもらっているのと比べて、人の表情をうかがうようになりやすいのよね、と。

なんでも、ママもコンピュータ会社のエンジニアだそうで、毎日忙しく働く方。だから、週日はナニー(短時間のベビーシッターではなく、毎日世話をしに来る人)を雇っているのだとか。

そして、忙しいスケジュールのママは、すでに妊娠数ヶ月でお腹も大きく、もうすぐ二人目が生まれるとのこと。彼女いわく、「なんだか、ものすごく疲れた顔で週末に家族とお散歩してるわよ。」

それを聞いたわたしは、びっくりしてしまって、「もうちょっと二人の間を空けるべきじゃない?」と彼女に聞いてみたのでした。

すると、二人の男の子を立派に育て上げた経験のある彼女は、「そうねえ、理想は3年くらい空けることかしらねぇ」と言います。

でも、一人はかえって大変なのよ、と付け加えます。赤ちゃんに一日付き合うのなんて、こちらの体力がもたないからと。

彼女の場合は、長男と次男の間は4年半も空いているそうです。

なんでも、長男を生んだ時に、ちょうど韓国で「一人っ子」を奨励していたので、「もう二人目はいらないわ!」と決意したそうです。ダンナさんは、もう一人欲しいと願っていたらしいですが。


それで、長男を大事に育てていたある日、彼女の決意が崩れ去ることが起きました。

3歳くらいになっていた長男が、家の中で誰かに話しかけています。

え、いったい誰と話をしているの? と驚いて目を向けると、家で飼っていた水槽の金魚に、一生懸命に話しかけているのです。まるで、仲良しの友達に話しかけるように。

あ~、やっぱり一人じゃ寂しいのねぇ と、そのときに悟ったそうで、それから二人目をつくることになって、次男は日本の筑波で産んだそうです。

だから、二人の間が4年半も空くことになったのですが、次男ができてみると、長男が遊んでくれるので、かえって楽になったと言います。

まあ、ときには二人でケンカすることもあって、仲裁に入ることもあったけれど、だいたいは二人でおとなしく遊んでくれていたとか。

今では、金魚に話しかけていた男の子は、立派なお医者さんになって、サンフランシスコの名門大学病院で働いています。

もしかすると、その頃から、「お加減はいかがですか?」と金魚ちゃんに尋ねていたのかもしれませんね。

この金魚のお話で、ふたりで大笑いしていたら、向こうからまたパパと乳母車の赤ちゃんが近づいて来るのが見えました。どうやら歩みの遅い一周目のようです。

すると、あちらから坂を下ってくる赤ちゃんが、ニコニコと笑っているではありませんか!

きっと、わたしたちの大笑いを見て、自分も楽しくなっちゃったんですね。


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