ウィッシュ・リスト:クリスマスに欲しいもの

Vol. 41

ウィッシュ・リスト:クリスマスに欲しいもの

サンクスギヴィング(感謝祭)も無事に終わり、年末のギフト商戦に突入したところで、売る側も、買う側も、血眼な毎日が続いています。今年の売れ筋は、どうやら、デジタルカメラとDVDプレーヤのようです。
 そこで今回は、"クリスマスに誰かがプレゼントしてくれないかなあ" と思っているものを、リストしてみることにしましょう。その後、サンクスギヴィングのお話が続きます。

<衛星ラジオ>
私事で恐縮ですが、今年、筆者の家でのヒット商品は、無線LAN(Wi-Fi)と、デジカメ用プリンタでした。こんなに便利な、実用的な物には、普段なかなかありつけません。
Wi-Fiネットワークを利用し、いつでもどこでもインターネットに繋がるのは、まさに現代人の必需品とも言えます。これで、テレビでフットボールの中継を見ながら、今の審判は正しいか、正しくないか、リアルタイムで視聴者投票できます(この手の投票数は驚くほど高く、20万人くらい、簡単に一瞬で集まります。ごく最近、遅れ馳せながら、携帯電話での投票も受け付けるようになりました)。
勿論、Wi-Fiを利用するためには、セキュリティーに関する配慮を怠ってはいけません。近所で、誰が電波を盗んでいるのか、わかったものではありませんので。

フォトプリンタの方は、写真屋に行く手間を省いてくれるのが気に入っています。フォトペーパーやカートリッジにお金は掛かりますが、自分の好きな写真だけプリントできるので、経済的でもあります。
愛用の日本製のプリンタは、画質も良く、プリントスピードも非常に速いのが嬉しいです。この界隈では、やはり、HP製プリンタがより広く流通していますが、このスピードには負けるだろうと、自己満足しています。
今後、こちらでも、パソコンを持っていない人でも使えるように、メモリーカードのスロット付きや、USBケーブル接続可能なモデル(機種)が、人気が出てくるようです。

次に欲しいものと言えば、やはり衛星ラジオでしょうか。車に乗ると、いつも音楽が欲しくなります(車に乗らないと、牛乳も買えません)。でも、CDだと、何千枚持っていても、いつかは飽きてしまいます。曲の順番をシャッフルしても、あまり助けになりません。
インターネットでMP3ファイルをダウンロードすると、好きなアーティストの作品や、好みの分野の珍しい録音など、コレクションが断然増えますが、自分が能動的に選ぶ、というプロセスが入ります。自分がとても選びそうにない中に、こんないい曲もあったのかと、驚きを感じていたいのです。音楽の食わず嫌いを避けたいのです。
この点でいいのが、ラジオです。実際、筆者も、サンマテオにあるジャズ専門の公共FMラジオ局を好んで聞き、運営を助けるため、年に一回、寄付もしています。ただ、残念なことに、音質が劣り、陸橋やビルの陰に入ると、雑音が入ります。

ここで登場するのが、衛星ラジオです。名前の通り、衛星を介して放送しています。現在アメリカには、カーラジオ向けの衛星放送会社がふたつあります。XM衛星ラジオ(本社ワシントンDC)とシリウス衛星ラジオ(本社ニューヨーク)といいます。
昨年夏からの試験放送を経て、前者は昨年末から、後者は今年夏から、全米展開を始めました。サンフランシスコ・ベイエリアでは、消費者が衛星ラジオという言葉を耳にするようになったのは、今年6月くらいのことでしたが、ふたつの会社の大きな違いは、XMが半数のチャンネルにコマーシャルを入れ、月々のサービス料が弱冠安いのに比べ、シリウスはコマーシャル・フリーで、ちょっとだけお高いということです(10ドル対13ドル)。

アメリカの都市部では、AM・FMラジオ局を合わせると百近くあり(全米では、1万2千局)、ただでラジオが聞けるにどうしてお金を払うのか、と言う人もいます。まず、音質とサービスエリアです。衛星ラジオ専用のチューナーを使うと、CDに近い音質が得られます(モジュラーを経由し、既に持っているカーラジオのFM帯域を使うと、弱冠劣化するようです)。
音質の点では、来年から、デジタルAM・FMラジオの試験放送が始まり、今後のラジオのサービス展開にも期待が持てますが、こちらの方は、衛星を使うので、全米どの地域でも同じ番組が聞けます。ドライブしていて、ラジオ局を探す必要がありません。都市部には電波増幅局が設置されているので、陸橋の陰で途切れたりもしません。
また、番組も充実しています。たとえば、ポピュラーな、フランク・シナトラの専門チャンネルもあります。両社とも、ありとあらゆる音楽ジャンルに加え、30ほどのニュース、ビジネス、スポーツ、エンターテイメント番組のチャンネルがあり、全部で百の選択肢があります。男性、女性、若い世代向けと各々の層に向けたトーク番組や、スペイン語放送などにも抜かりはありません。

この便利な衛星ラジオを、誰かがプレゼントしてくれるなら文句はありませんが、自分で購入するのには、多少の抵抗がないわけではありません。まず、初期費用が、まだまだ高いです。チューナー、アンテナ、取り付けに、300ドルは掛かります。2社共用のレシーバーはまだ出ていないので、1社に満足できないと、丸ごと買い替えとなります。車会社のBMWやクライスラーなどは、この新サービスのオプション提供を始めているので、機器類の値段は、この先ぐんと下がるのかもしれません。
一方、家で簡単に聞けないのも、玉に瑕(きず)です。XM放送用に、家でも車でも使えるレシーバーを出している家電会社もありますが、クレードルとアンテナを余分に買う必要があり、使い勝手も良くないと言います。
そうなると、用もないのに車を運転して、ガソリン代がかさみそうでもあります。シリウスなどは、テレビのコマーシャルで、"これであなたは、車から出たくなくなる" と暗示をかけていますが、車に住むのは嫌だしなあ、と思っています。

<おそうじロボット>
白状しますと、筆者は、掃除機をかけるのが好きではありません。掃除自体は嫌いではありませんが、掃除機を使うのが嫌なのです。アメリカのごつい掃除機は、とても重いのです。一度、体重計で測ったことがありました。本体は6キロ、ヘッド部分は2キロもありました。こんな重い物体での階段の掃除となると、それはもう大変です。
そんな苦情にお答えして、おそうじロボット、"ローンバ(Roomba)"くんが登場しました。丸い、平たい形がキュートな、自動掃除機です。直径34センチ、高さ9センチ、重さは2.7キロです。床に置いておくと、勝手に動いて、お掃除してくれます。賢いので、障害物に触れると方向修正し、部屋の隅々まで動き回ります。付属の赤外線ビーマーで行動範囲を定めておくと、部屋の一部だけを掃くこともできます。3段階のセンサーが働くので、勢い余って、階段から落っこちることもありません。充電式バッテリーは2時間ほど持ち、かなり広い部屋でも一回で済みます。そして、どんな材質の床でも、大丈夫のようです。11月18日付のタイム誌(US版)では、今年のクールな発明品にも選ばれています。

このローンバは、MIT(マサチューセッツ工科大学)の人口知能研究所に端を発します。この研究所からスピンオフした、iRobot(アイロボット)という会社の製作です。
iRobotは、アメリカでも有名なロボティックスの会社で、遠隔操作のロボット開発で知られています。インターネットを介し、ロボットが見聞きしたものを確認できるので、緊急救助ロボットや、エジプトのピラミッド探検ロボットに応用しています。
今年9月に行なわれたピラミッド探索では、"ローヴァー"ロボットに重要なミッションが与えられました。細い縦抗を潜り抜け、閉ざされた扉にドリルで穴を開け、その奥をカメラで探るのです。テレビでも中継された、この画期的な科学ミッションの結末は、意外にも、"扉の奥に、もうひとつ扉があった!" でした。計画はそこでストップとなりましたが、これはロボットの落ち度ではありません。

おそうじのローンバくんの方は、3年に渡る試行錯誤の結晶で、今年秋、ようやく商品化に漕ぎつけました。なんでも、彼らが到達したらせん状の動きは、最も効率的に掃除ができるのだ、とCEOのコリン・アングル氏は力説します(この方式だと、ロボットが部屋の大きさを測ったり、掃除した面積を覚えておいたりする必要がないそうです)。
平均的な広さの部屋は30分できれいにし、仕事が終わると、"よしっ、できた" とばかりに、ビーッと音を発し、自分で動きを止めてしまいます。ローンバくんは、賢いのです。賢いついでに、お手頃なのです。お値段は、たったの199ドルです。
登場するとすぐに、メディアを沸騰させたローンバですが、このお手頃さは、ロボットが家庭での実務をこなす時代の到来を意味しているのかもしれません。

ところで、ローンバくんがいたとしても、階段はやはり、従来の掃除機が必要のようです。階段をやってくれるなら、今すぐに欲しい一品であることは確かなのですが。

<話題の車>
こちらは筆者の話ではありません。近頃、ちょっとしたお金持ちの間では、GMが販売する巨大スポーツ仕様車、ハマー(Hummer H2)が大層な人気なのです。軍仕様車を10年前に一般車として売り出した "元祖ハマー" の2代目となります(両モデルとも、ハマーの親会社、AMジェネラルの工場で作られますが、パーツはGM製)。

いかにも軍用車という見かけですが、大きくて、安全ということで、女性ドライバーにも好評のようです。今では、デラックス・スポーツ仕様車の中では、一番人気の高いモデルとなり、発売わずか6ヶ月で、元祖ハマーの過去10年の累積販売台数、全米で1万1千台、を軽く追い越したようです。すぐに売れるので、ディーラーでは在庫切れの状態です。
特に人気なのはイメージカラーの黄色のようですが、ハマーH2は、この界隈でも、新しいステータスシンボルになりつつあるとも言われています。値段は元祖の半分とは言え、5万ドルを軽く越え、欲しいと思っても、庶民にはそう簡単に手に入るものではないのです。

<七面鳥悲話>
時系列は前後しますが、ここで少し趣向を変え、サンクスギヴィング(感謝祭)のお話をいたします。この11月第4木曜日の祭日を前に、その週の火曜日、ホワイトハウスでは大統領による "七面鳥恩赦(Presidential Pardon of Thanksgiving Turkey)" のセレモニーが開かれました。文字通り、大統領が七面鳥の命を助ける儀式なのです。
なんでも、リンカーン大統領の息子トッドが、丸焼きにされそうになった七面鳥の命乞いをした事に始まるそうですが、50数年前のトルーマン大統領の頃から、毎年この時期に行われるホワイトハウスの恒例行事となっているのです。
今年命拾いした七面鳥は、"ケイティー" というメスで、メスが恩赦を受けたのは、史上初めてのことです。ケイティーは、セレモニーのあと、ヴァージニア州の子供動物園にお引っ越しし、訪れた子供達にかわいがられることになります。

実は、このほほえましいセレモニーの裏側には、涙ぐましい努力があるのです。まず、ケイティーは、2500羽の中から選ばれたエリートなのです。ニューヨーク西部で、セレモニーのために特別に飼育された中から選ばれました。だから、毛並みも白く、美しい光沢があります。顔にも気品が漂います。黒服のシークレットサービスに驚いて騒ぎ出さないようにと、きちんとお作法も受けています。セレモニーの前夜には、VIP並みに、有名なホテル・ワシントンにも宿泊しました。
そして、彼女には、ブッシュ大統領に対するチェイニー副大統領よろしく、バックアップ要員がいます。名前は、ザックといいます。でも、きちんとケイティーがお役目を果したので、ザックの出番はありませんでした。
けれども、悲しい事に、彼女のように特別に飼育された七面鳥は、あまりに太りすぎているので、動物園に移った後も、長生きはできないと言われています(25キロもあります)。ザックに至っては、セレモニーの後の運命は、定かではありません。

今年、ホワイトハウスでは、感謝祭のディナーは行なわれませんので、少なくとも、ザックがここで丸焼きになることはありません。ブッシュ大統領と家族、親戚一同は、彼のテキサス州中部の大牧場で過ごすからです。
でも、奥さんのローラは、準備のために、近くのスーパーでお買物する必要はありません。軍の給仕達が、材料を大統領専用機に積んで、運んで来てくれました(ザックが入っていたかどうかの情報はキャッチしていません)。
勿論、お料理も、給仕達がやってくれます。ブッシュ家はみんな、テーブルに付くだけでいいのです。七面鳥のロースト、マッシュポテト、クランベリーソース、カボチャとピーカンのパイなど、伝統的なメニューが用意されます。
中には、アンチョビ入りの緑のお豆というメニューもあり、ブッッシュ大統領がアンチョビを取り除くのかどうかと、みんな興味津々です。彼は、すしが "つりの餌だ" と言うくらい、魚嫌いなのです。

しかし、この日、ケニアで起こったイスラエル人に対するテロ事件のため、大統領は急遽、首都にとんぼ返りとなりました。その後、休暇のためにテキサスに戻った彼が、アンチョビをどうしたのかは、残念ながら、定かではありません。

<メイフラワー号>
七面鳥やご馳走はさて置き、サンクスギヴィングは文字通り、家族や友人達と共に、感謝をする(give thanks)日なのです。起源は、イギリスからアメリカに渡った、メイフラワー号にさかのぼります。1621年、新天地での初めての収穫を感謝し、皆に分け与える日を設けたのが始まりです。
その後、収穫を祝う日は毎年の慣習とはなっていましたが、1863年、リンカーン大統領が国の祭日と定めて以来、アメリカで最も好まれる祭日のひとつとなりました。

毎年のように、筆者もいろいろな方に招いて頂いていますが、今年、ご招待にあずかった家で、貴重なお話を聞かせてもらいました。この友人は、先祖の系譜をたどると、メイフラワー号で最初にアメリカに渡って来た、ある男性に行き着くそうです。名前は、ジョン・オルデン(John Alden)といい、22歳の時、樽作り職人(cooper)として、メイフラワー号に乗りこみました。アメリカへの最初の移民だった102名のひとりとなったのです。2ヶ月の航海の間、ジョンは、樽に貯蔵した食料と水の管理を担当していました。
後に彼の奥さんとなったプリシラは、20歳の時、両親と兄と一緒に、大西洋を渡って来ました。アメリカに着いて間もなく、家族三人を次々と病気や厳しい生活環境で亡くしました(最初の冬を越したのは、わずか56人です)。
この不幸な、うら若き女性に心奪われたのが、船長のスタンディッシュでした。彼は、妻を病気で亡くし、新たなパートナーを探していたのです。そこで彼は、ジョンに仲立ちを頼み、ジョンはプリシラの前に現れました。スタンディッシュの気持ちを聞き終えると、プリシラはおもむろにこう言いました。"どうして自分の事だって、はっきり言わないの?" と。それから間もなく、プリシラはジョンと結婚したのです。ジョンは、色白の好青年だった、と伝えられています。

新天地での努力の結果、ジョンは、最高の社会的地位を持つ13名の紳士に名を連ね、名門のひとつとなったようです(ピルグリムに関する本には必ず登場する有名人です)。
ジョンとプリシラは、生涯で10人の子供に恵まれ、そのうち8人から発した系譜は、脈々と現在まで受け継がれています。子孫の中には、独立革命の指導者で、第二代大統領のジョン・アダムス、彼の息子で、第六代大統領のジョン・クウィンシー・アダムス、新しいところでは、俳優、監督として活躍した、オーソン・ウェルズがいます。
ボストンの南、ダックスベリーには一家の博物館もあり、毎年8月には、この地に子孫達が集い、お墓参りやパーティーが恒例行事となっています。今年は、実に、102回目の親族会だったそうです。
一族の系図(genealogy)作りも、熱心に行なわれています。口承の歴史が風化してしまわないようにと、オルデン一族に限らず、今、アメリカ中で、系図作りがさかんになっています。

<後記>
2年ほど前、サンクスギヴィングの翌日は "黒い金曜日(Black Friday)" と呼ばれ、この日以降、歳末商戦の書き入れ時となるというお話をしました(2001年1月5日掲載)。実は、この日は、"何も買わない日(Buy Nothing Day)" ともなっています。何年か前にカナダで始まった運動が、アメリカを含め、十数カ国に広がっているのです。
正直な話、筆者が耳にしたのは、今年が初めてでしたが、金曜日は混雑を避け家で過ごしたので、結果的に、これに準拠した形になりました。

そして、ふと思い出したのが、ある女の子の事でした。9月のある夜、サンフランシスコ・ジャイアンツの試合を見に行った、パックベル・パークでの出来事でした。
ゲームはまだ3回しか終わっていないのに、痩せた12、3歳の少女が、両親に脇を支えられ、出口に向かって階段を登って来ます。白血病とでも闘っているのか、フードで隠れた頭には、髪の毛がありません。誰かの配慮で、病院を抜け出し、良い席での観戦となったのでしょうが、残念ながら、9回まで見届ける元気はなかったようです。このクリスマスの季節、果たしてあの子が元気になったのかと、妙に気になっています。

夏来 潤(なつき じゅん)

シリコンバレーと政治・経済:投票結果と景気予測

Vol. 40

シリコンバレーと政治・経済: 投票結果と景気予測

近頃、ベイエリアでは、あまりいいニュースが聞こえてきません。何となく世相を反映しているようでもあります。メジャーリーグ野球では、サンフランシスコ・ジャイアンツがカリフォルニア南部のエンジェルスに負け、王者の座を逃がしてしまうし、2012年のオリンピック候補地として名乗りを上げていたサンフランシスコ市は、東海岸のライバル、ニューヨークに破れてしまいました。
その代わり、球界では、ジャイアンツのバリー・ボンズ選手と、対岸のオークランドA’sのミゲル・テハダ選手が両リーグのMVPに輝き、ある有名な旅行雑誌の投票では、サンフランシスコが世界で一番いい観光都市に選ばれました。このランキングで、米国で2番目に入ったのはニューヨークで、これで、ベイエリアっこ達の溜飲はちょっとだけ下がったようです。

前置きが長くなりましたが、それでは本題に入りましょう。今回は、前半は政治のお話、後半は景気のお話です。シリコンバレーの内輪話も登場します。

<全米での投票結果>
まず、前回お伝えした、11月5日の選挙についてのフォローアップです。ご存じのように、連邦議会は、上院も下院も共和党が大きく前進し、ブッシュ大統領も采配がとり易くなりました。
一議席が未決の上院では、共和党が2議席伸ばし、51対47(無所属1)と立場を逆転しました。もともと過半数を保持していた下院では、共和党はさらに差を広げ、現時点で26議席も民主党を上回っています(無所属1、未決2議席)。
4年に一度の大統領選の間で行なわれる中間選挙で、これほど共和党が議席を伸ばしたのは歴史上でも珍しく、これは明らかに、ブッシュ大統領の人気の絶大さを物語っています。彼のイラクに対する強行さが支持されているのです。国民にとって、昨年のテロは、それほどの一大事だったのです。

前回ご紹介した中で、上院のニュージャージー戦では、直前に出馬したベテランのローテンバーグ氏(民)が議席を勝ち取り、ニューハンプシャー戦では、若手ホープのスヌヌ氏(共)が現職知事のシャヒーン氏をかわし、二大政党は一勝一敗となっています。両方とも、予想された通り、僅差の戦いでした。
10月末、民主党現職議員が飛行機事故で亡くなったミネソタ州では、急遽ピンチヒッターとなった、元副大統領で駐日大使も務めたモンデール氏が、共和党候補のコールマン氏に敗れました。直前の事故で、州民ともどもかなり感情的な選挙戦となっていましたが、国中を駆け抜ける保守の風を受け、民主党から転向した候補者に軍配が上がりました。

一方、州知事戦では、現職に対する不信感から、激しい争奪合戦となった末、民主党が知事の座を3つ伸ばし、共和党に対し24対25と善戦しています(1州で未決)。
前回お伝えした女性候補の躍進については、期待されていた5人のうち、4人が選ばれ、単年度での当選最多記録となりました。また、現職と合わせると、6人の女性知事誕生となり、こちらも現在の5人の記録を塗り替えました。
ミシガン州司法長官のグランホルム氏は、予想通り快勝し、州初の女性最高責任者となりました。アリゾナ州で辛くも勝った、ナポリターノ州司法長官は、任期満了の女性知事の後任となり、史上初の女性から女性へのバトンタッチという快挙を成し遂げました。
残念ながら落選したメリーランド州のタウンゼンド副知事は、ケネディー一族という血筋と、民主党支持の地盤という助けもありましたが、力及ばず、36年ぶりに共和党知事の誕生となりました。
女性候補同士の戦いとなったハワイ州では、4年前の知事選で破れたリングル氏に軍配が上がり、こちらは40年ぶりの共和党知事となりました。女性候補ではないものの、ジョージア州でも、共和党候補が勝ったことで、南北戦争以来の政権交代となりました。

いくつか番狂わせがあったものの、民主党が州レベルで善戦したということは、民主党知事を選んだ州に住む人が増えたことを意味し、少なくとも現時点で、大統領選の選挙人団の票では、民主党に天秤が傾いています(選挙人団は、州の上院議員の数、すなわち2と、人口比率で割り当てられる下院議員の数を合わせたものが、州に分配されます。各州の選挙人の票はひとりの候補者にまとめて投じられるため、カリフォルニア、テキサス、ニューヨーク、フロリダなど、大きな州を取ることが鍵となります)。
2004年に控えた大統領選挙で、現職に立ち向かうこととなる民主党は、そろそろ候補者選びに本腰を入れるようですが、スター政治家に欠けるという批判をどう撥ね付けられるのか、これからが見物となっています。

<カリフォルニア>
州知事戦や連邦下院戦などが行われたカリフォルニアでは、大きな変化はありませんでした。知事選では、人気はあまり芳しくないものの、現職のデイビス知事(民)が小差で再選され、同様に現職が勝った、テキサス州のペリー知事(共)、ニューヨーク州のパタキ知事(共)、フロリダ州のブッシュ知事(共、大統領の弟)の仲間入りを果しました。
連邦下院戦では、民主党がひとつ議席を伸ばし、カリフォルニアが持つ53議席を、33対20としました(ちなみに、今年選挙がなかった上院は、2議席とも女性民主党議員が占めています。サンフランシスコで再選されたナンシー・ペローシ氏は、新たに下院での民主党リーダー(House minority leader)に選出され、連邦議会で二大政党のいずれかを率いる、初の女性議員となりました。

州の議会戦も同様の結果で、弱冠民主党が議席を失ったものの、上院も下院も、民主党が6割を占めています。カリフォルニアと他の州の分極化は更に進んでいるようで、今回、州の要職はすべて民主党が握る結果となりました。これに含まれるのは、知事、副知事のみならず、州長官、会計監督長官、財務長官、司法長官など州政の舵取りをするもので、このように民主党が完全制覇を成し遂げたのは、1882年以来初めての出来事です。
この中で、僅差で会計監督長官に選ばれたウェスリー氏は、オークションサイトのイーベイ社の元副社長で、久方ぶりのシリコンバレーからの代表者となります。州都サクラメントに新たな風を吹きこみ、浪費を省き、事務手続きの効率化を図ろうと抱負を語っています。

このような民主党の台頭に対し、共和党サイドでは、2006年の州知事戦に、俳優のアーノルド・シュワルツネッガーが名乗りを上げ、大きく巻き返しを図ることに期待を寄せています。彼は映画を通しての名声だけでなく、結婚で得たケネディー一族の座も、政界入りに有効利用できます。
がちがちの保守派とは違い、社会面での政策は中道寄りの立場を取っており、支持政党なしの有権者にもアピールできそうです。今回の選挙でも、放課後の補習授業に州の財源から5億ドルを投入する提案を精力的に支持し、これが住民投票で州民に可決されています。何と言っても、彼がテレビの画面に出てくると、説得力があるようです。

前回、おしまいに出てきたロスアンジェルス市の分割の話ですが、これは大方の予想通り、実現しないこととなりました。サンフェルナンド・バレーの分割の方は、2対1で、ハリウッドの方は、3対1で棄却されたようです。
大部分のロスアンジェルス市民にとって、現状のままが望ましいという結果が出たものの、負けた分割推進派は、まだまだ戦いを続けていくことを表明しています。サンフェルナンドの中では、分割希望票が半数を超えたそうで、この運動はなかなか収まらないかもしれません。


<シリコンバレーと政治>
ハイテク産業も政治とは無関係ではいられません
。米国のどの企業もそうですが、業界や自社を有利な方向に持っていくことに関しては皆必死で、いずれかの政党や政治家への合法的な献金は怠りません。支持する政治家や、自分の政治理念を明らかにする経営者も少なくありません。
たとえば、この界隈で共和党支持者として有名なのは、シスコ・システムズ社のジョン・チェンバース氏、サン・マイクロシステムズ社のスコット・マクニーリー氏、シリコンバレーからは外れますが、デル・コンピュータ社のマイケル・デル氏などです。
一方、民主党支持の中には、アップル・コンピュータ社のスティーブ・ジョブス氏、オラクル社のラリー・エリソン氏、ネットスケープ創立者のマーク・アンドリーセン氏などがいます。
必ずしも、個人の意向が会社の献金に反映されるわけではありませんし、中には、ちゃっかり両極の政治家に投資する企業もありますが、彼らの意見には、市民も耳を傾けます。ちなみに、HPのカーリー・フィオリナ氏などは、どちらかはっきりしない、ちゃっかり組のように見受けられます。

政治家にしても、過去に受領した資金源は、こと細かく新聞やテレビでリストされるので、どこからもらうかについて、うかつに判断はできません。そういった政治家をサポートするグループが、シリコンバレーにはたくさんあります。たとえば、州や地方自治体のレベルで民主党候補者を助ける、デモクラティック・フォーラムというのがあります。先述の、元イーベイ副社長で、州会計監督長官に選ばれたウェスリー氏も、この団体の創立者のひとりです。彼の音頭取りで、会員の3割がハイテク産業からの参加となっています。
ロビー団体のテックネットは、首都に太い繋がりを持ち、国のテクノロジー関連の政策決定に少なからず影響を与えています。
共和党のサポート団体としては、一年前に発足した、若い世代のための新世紀サークルなどがあります。元エキソダス社長のエレン・ハンコック氏も、このグループを後押ししています。しかし、数年前からハイテク業界にラブコールを送り続け、ヤフーの創設者、ジェリー・ヤンのような若手有名人を見方に付けた民主党に、弱冠遅れを取っているようではあります。

それにしても、こちらでは、新聞が読者に向かって投票内容を推薦するのがおもしろいです。地元のサンノゼ・マーキュリー紙は民主党寄りなので、ほとんどの民主党候補を推薦しています。ウェスリー氏もこの中に入っていました。先述のアーノルド・シュワルツネッガーご推奨の提案は、勿論 "No!" です。

<景気と失業率>
この辺で、景気のお話に移ります。企業の従業員解雇が毎日のように報じられ、それが半ば当たり前のようになっている中、流れに逆行するかのように、オークションサイトのイーベイ社は、先日、社員を広く募りました。
"eBay needs You!" と、まるで軍隊のようなキャッチフレーズで、ソフトウェアエンジニアや品質エンジニア、その他IT、マーケティングのポジションを募集したのですが、サンノゼ市の会場では、午後4時から8時までのイベントのため、何時間も前から並ぶ人が長い列を成しました。2百人の募集に対し、2千人が会場に詰め掛け、せいぜい募集の3倍ほどを予想していた主催者側を驚かせました。インターネットでの応募も合わせ、最終倍率は30倍だったとも言います。

ドットコムブームが急激に冷え込んだ後、シリコンバレーの失業率は上昇傾向が続いており、10月のサンタクララ郡での失業率は7.9パーセントと、過去20年来最悪となりました(国や州レベルでは、6パーセント前後)。
ひとつの空きに対する競争率は常に高く、誰かのコネがないと、履歴書すら見てもらえないこともあります。運良く、仕事にありついても、職種や給料の面で、以前より条件の悪いことも多々あります。スタートアップ会社の中には、ベンチャーキャピタルの投資を待つ間、給料をまったく払っていない所もあり、それでも職があるだけいいか、と貯金をつぶして生活する人もいます。いつかは見返りがあるだろうし、少なくとも、履歴書には空白の期間がなくなり、スキルも落ちることはない、という希望的観測のもとです。
今は、スタートアップやベンチャーキャピタルにとっても我慢のしどころで、第3四半期で株式公開したのは、たった1社に留まっています。投資額も、インターネットバブル成長期だった、4、5年前のレベルまで下がって来ています。

大方の見方では、この辺の景気はそう簡単には戻らず、米国の他の地域に比べても、回復は遅れそうだと言われています。バブル期の過剰投資が悪影響を及ぼしていると指摘されます。こういった悲観的な予測のため、IT関係の投資は抑えられ、研究・開発費も思ったより伸びず、人を雇うよりも解雇する方が増えるという悪循環が続いています。
ただ、カリフォルニアの生産性は国内でも優れたレベルにあり(サンフランシスコ連邦準備銀行の発表によると全米で6位)、これが企業の流失を防ぐのに一役買っているようです。また、ハイテク産業に限らず、建設、医療、流通など、幅広い分野での生産性の高さが顕著で、この底力をもって、州経済の回復が早く実現するように期待されています。

<ハイテクから転向>
このように厳しい雇用状況が続く中、ベイエリアでは、あるトレンドが起きています。ハイテク産業に見切りをつけ、不動産業界に鞍替えする人達が増えているのです。不動産エージェントの学校では、州の免許を取得しようと、例年に比べ、2倍近くの学生が集まっていますが、その多くは、ハイテク産業からの転向者といいます。
カリフォルニア、特に、ベイエリアの不動産は常にホットな状態です。景気に反し、値段が下がりません。需要に対し供給が追いつかない現状もさることながら、折からの連邦準備理事会の利下げで、住宅ローンの利子が大幅に下がり、消費者が買いのムードに煽られているのです(銀行に対する金利は、過去41年で最低の1.25パーセント。30年住宅ローンは、6パーセントほど)。
エージェント希望者の間でも、何億円もする豪邸を一軒売ったら、手数料ががっぽり入って来た、という成功例もたくさん聞こえています。自立して仕事ができる点や、人助けになる点も魅力です。また、今までの仕事のスキルは、決して無駄にはなりません。

ところが、こういった転向者にとって、必ずしもバラ色の未来が開けているわけではありません。エージェントの急激な増加によって、いい物件を担当しようと、競争が過熱します。また、いくら不動産がホットだとは言え、億を越える豪邸の売れ行きは、近頃かなり落ち込んで来ています。そこそこの物件を何件か売っているようでは、年収にして1、2万ドルにしかならないし、まったく収入が得られないエージェントも出てくる、と専門家は見ているようです。

例年3割は脱落し、ある程度やっていけるには、最低5年は掛かると言われるのが不動産業界です。しかし、最近この業界も売り方が大分変わって来ています。5年ほど前に出てきた、インターネット上での物件サーチが大幅に改善され、買い手の側にも、無くてはならないトゥール(道具)となっているのです。
たとえば、宅地開発のKBホームが提供するバーチュアル・ツアーでは、近所の様子から家の内外が手に取るようにわかるだけではなく、モデルハウスの家具類を除いてみたり、じゅうたんやキャビネットなどのオプションを替えてみたり、と現地に行くよりも役立つ面もあります。また、不動産エージェントが扱う中古物件にしても、その大部分がWeb上にリストされ、各部屋の360度パノラマが望めるようになっています。
プルーデンシャル社などは、エージェントがデジカメで撮った写真をアップロードできるように、ソフトウェア・パックを全員に配布しています。エージェントにしても、顧客を現地に連れていく手間が省けるし、広告に頼らず、物件をタイムリーに紹介できるという利点があります。

これらの近代的道具と従来の人との繋がりを駆使して、希望通り売上を伸ばしていけるのか、不動産業界に飛び込んだハイテク転出者達にとって、これから先も踏ん張り所が続きます。

夏来 潤(なつき じゅん)

投票の日:注目される11月5日の全米選挙

Vol. 39

投票の日:注目される11月5日の全米選挙

今回は、ちょっとアメリカらしいところで、あと2週間と迫った、全米での選挙に関するお話をしたいと思います。

<連邦議会戦>
毎年、11月の第一火曜日は、"投票の日(Election Day)" となっています。国レベルの議員から地方自治体の代表者まで、様々な選挙が一斉に行なわれます。
2年前のこの日、大統領選挙が行なわれましたが、翌年1月の就任式直前まで、誰が勝ったのか揉めに揉めたことも記憶に新しいところです。この時は、連邦最高裁判所まで巻き込まれ、結局、選挙人団(electoral college)の票のうち、フロリダ州の分が現ブッシュ大統領に行ったことで、ようやく僅差で決着がつけられました。しかし、国民の投票数では、対立候補のアル・ゴア氏が勝っていたため、この結末に満足しない人々も多く、首都ワシントンDCでの就任式では、ブッシュ氏を非難する集団を恐れ、今までにない厳重な警備体制が敷かれることとなりました。

さて、今年の選挙では、注目されることがいくつかあります。ひとつに、現在は一議席の僅差で民主党が幅を利かせる上院議会で、共和党がどれほど議席を伸ばすのか(下院の方は、11議席差で共和党が牛耳っています)。そして、各地の州知事戦に、多数の女性候補が出馬したけれど、果して何人の女性知事が誕生するのか、などが話題となっています。

上院議会の中間選挙の方は、今年、カリフォルニアを除く34州で行なわれます(上院は、50州が2議員ずつを選出し、計100議席となっていますが、2年ごとに3分の1が交代となります。下院の435議席は、人口比率で各州に割り当てられます。任期は、下院が2年に対し、上院は6年と長期にわたります)。
今年交代の上院34議席のうち、現在、民主党は14議席、共和党は20議席を持っていますが、中でも、ミネソタ、コロラド、テキサスなど、8つの州での票の行方が、今後の議会での勢力分布図を決定すると言われています。特に、激戦区のニュージャージーとニューハンプシャー戦は、政党、報道陣、有権者の熱い視線を浴びるところとなっています。

まず、民主党が持つニュージャージー州では、2000年の大統領選挙よろしく、連邦最高裁判所を巻き込む大騒ぎがありました。現職候補に前回の選挙戦での収賄の疑惑がちらついていたのですが、選挙まであと5週間と迫った9月最終日、そのスキャンダルを払拭できないまま、出馬を断念せざるを得なくなりました。ここで慌てたのは民主党で、誰を後釜にするのか頭を悩ませた末に、おととしまで上院議員を三期務めた、ベテランのフランク・ローテンバーグ氏を起用しました。
1972年以降、この州でひとつも上院議席を取れていない共和党は、今年は有力候補を立て、人気低迷の現職候補を尻目に、議席をほぼ手中に納めていましたが、敵方のローテンバーグ氏の起用で、それも危うくなってきました。これに対抗するため、共和党は候補変更が投票日直前に行なわれた違法性を州最高裁判所に訴えましたが、法律はその点に関し曖昧だと退けられ、今度は、すがる思いで、連邦最高裁判所に訴えを提出しました。
結局、この訴えは却下され、新しい候補者で選挙戦が仕切りなおしとなったわけですが、現職候補の出馬断念発表から最高裁の判断まで、わずか1週間のスピード展開となり、担ぎ出されたローテンバーグ氏も、めまぐるしくも充実した毎日を送ることとなりました。

一方、ニューハンプシャーは共和党が議席を持ちますが、二期務めた現職候補を蹴散らした若手政治家と、州知事から転職を目指す民主党の女性候補が、激しい戦いを繰り広げています。現職候補が予備選で敗れることは珍しいことですが、これを成し遂げた37歳のジョン・スヌヌ氏は、下院議員を三期務めた実績と、前ブッシュ政権の官房長官を父に持つ血筋もあり、共和党が胸を張る候補となっています。上院で力を取り戻すためには、党としても、ここで議席を守り抜く必要があります。
しかし、対する現州知事のジャン・シャヒーン氏も人気が高く、民主党の方は、この地で新たに議席を獲得することに熱い期待を寄せています。

現在、上院は、民主党50対共和党49(無所属1)の僅差で民主党がコントロールしていますが、これは、法案の提出、可否決から各審議委員会の決議まで、あらゆる面で影響を与えます。もし、議席が50対50の同数になると、副大統領の一票で、共和党へと天秤が傾きます。ブッシュ大統領の采配のもと、上院、下院両院が共和党に牛耳られると、国内の経済政策からイラク攻撃を含む外交政策まで、何から何まで大統領の意向通り、事が運ぶことになってしまいます。
任期半ばに差し掛かったブッシュ大統領の経済面での成績は、先代のブッシュ大統領同様、まったく芳しくなく、先日の統計局の調査結果でも、昨年一年で、貧困層が全米で130万人も増加していることが明らかにされています。国民の年収も下がっていることが如実に数値に表われており、有権者の間でも、イラクに固執しないで、有効な経済政策を打ち出して欲しいという声が高まっています。
これを追い風にして、民主党が上院で議席を守り抜くのか、11月5日の選挙には、まさに党としての政治生命がかかっているとも言えます。

<全米での州知事戦>
今年、州知事選挙は、カリフォルニアを含む36州で行なわれますが、女性候補の躍進が目立ちます。夏の予備選挙の段階では、12州で15人の女性が二大政党の候補として名乗りを上げ、今までの記録だった10人を大きく上回りました。アメリカといえども、自力で州知事になった人は過去に12人しか存在せず(副知事からの繰上げ就任などを除く)、単年度では3人の女性知事が同時に誕生したのが最多記録となっています。
今年は、ミシガン、カンザス、メリーランド、アリゾナ、ハワイの、少なくとも5つの州で女性候補が選挙戦をリードしており、過去の記録を塗り替えることが予想されています。その要因として、今回州知事戦が行なわれる36州のうち、20州で現職候補が存在せず、このことが女性候補に有利に働いていることが挙げられます(アリゾナでは、任期満了の現職女性知事から別の女性候補へと、バトンタッチされそうです)。
しかし、それだけではなく、今まで地方自治体で要職や議会の座を勝ち取り、華々しく活躍してきた多くの女性政治家達が、州を率いるまでに成長したことも大きな理由とされています。興味深いことに、女性候補がリードする5州のうち、ハワイを除く4つの州が民主党所属候補となっており、教育や医療などの生活に密着した政策を重視する点や、親しみ易さ、誠実さが女性民主党候補の魅力となり、庶民の人気を集める一因となっているようです(一方、民主党地盤のハワイでは、40年ぶりに共和党知事の誕生が予想されています)。

上記5州で特に注目を集める候補者が、ミシガン州の司法長官、ジェニファー・グランホルム氏です。43歳の3児の母でもありますが、経歴がなかなか変わっています。生まれはカナダで、幼少の頃カリフォルニアに移り住み、18歳で米国市民権を取りました。ハリウッド女優を目指し何年かがんばった後、学校に戻り、ハーバード大学で法学位を取得し、裁判官、検事、そして、郡でトップの法的役職を経て、4年前に現職に就きました。
政治家としては短い経歴が、不利な点ともされていますが、女性有権者の圧倒的な支持を受け、知事選の最有力候補となっています。女優を目指していただけあって、見端も良く(どちらかと言うと、インテリジェンスの美)、これが男性有権者の心を掴む可能性もあるのかもしれません。

残念な事に、昨年ご紹介した、マサチューセッツ州の現職女性知事、ジェイン・スウィフト氏は、同じ共和党の対立候補の出現で、出馬を断念せざるを得ませんでした(昨年5月16日掲載の "キャリアウーマンと出産:州知事だってママになります" で登場)。
有力政治家二世でもあり、今年2月のソルトレーク・オリンピックの成功で指導者として誉れの高い大会準備委員長、ミット・ロムニー氏が名乗りを上げ、戦わずして彼に候補の座を譲ることになったのです(記者会見でも、文字通り、泣く泣く出馬断念を表明しました)。
ロムニー氏の本番での対立候補は、12年ぶりの民主党知事誕生を目指す女性候補、シャノン・オブライアン州財務長官で、圧倒的な民主党支持基盤の中、かなりの激戦が予想されます。スウィフト氏を無理やり候補から引き摺り下ろし、女性有権者の反感を買った事が票にどう結びつくのか、興味のある一戦となっています。

その他、著名政治家としては、前クリントン政権で司法長官を務めた、ジャネット・リノ氏が、フロリダで出馬していましたが(職歴、押し出しでは、男性顔負けの政治家)、予備選で同民主党所属の対立候補に惜しくも敗れ、期待されていた、ブッシュ大統領の弟、現職のジェブ・ブッシュ氏との闘いは実現しませんでした。勝った弁護士のビル・マクブライド氏は、著名候補を駆逐した勢いで、ジェブ氏との善戦が期待されています。

<カリフォルニア州知事選>
女性候補達が華々しい選挙戦を繰り広げている他州を尻目に、カリフォルニアでは、地味な州知事戦が続いています。現職の民主党候補、グレイ・デイヴィス氏と、ロスアンジェルスの実業家、ビル・サイモン氏の事実上一騎打ちとなっていますが、かなりの有権者は、どちらも嫌だ、と駄々っ子のような事を言っています。
デイヴィス氏の方は、一昨年からのエネルギー危機をうまく回避できなかったことが仇(あだ)となり、民主党地盤のカリフォルニアで、支持が低迷しています。一方、サイモン氏の方は、政治家として未熟なばかりか、一族が経営する会社に脱税疑惑があり、クリーンなイメージに欠けています(応援に駆けつけたはずのブッシュ大統領でさえ、演説の際、サイモン氏と同じステージに立つことを躊躇しました)。
政治資金集めに定評のあるデイヴィス氏は、潤沢にある資金で早々とテレビ・キャンペーンを始め、強敵と目されていた元ロスアンジェルス市長を、共和党候補から叩き落とすことに成功しました(カリフォルニアでは、女性の生殖に関する権利を認めない候補者はまず選ばれませんので、キャンペーンでも、この点を攻撃材料とします)。残る資金は、サイモン氏に対する否定的キャンペーンに注ぎ込まれていますが、デイヴィス氏がどこまで有権者を説得できるのか、お手並み拝見といったところです。

選挙戦の詳細はさておき、カリフォルニアの行方は、ブッシュ大統領としても心配の種かもしれません。それは、政策的には、デイヴィス氏率いるカリフォルニアは、最近の連邦政府の決定にことごとく逆行しているからです。
たとえば、医療用マリファナがあります。マリファナをガンやエイズ患者などに医療目的で処方する事は、カリフォルニアを含む9州で合法とされています。しかし、麻薬撲滅を重大政策と掲げるブッシュ政権は、これを認めず、カリフォルニアにあるマリファナ処方薬局や農園が、今年に入り、次々と連邦政府の麻薬取締局(通称DEA)の襲撃を受け、大量のマリファナが没収されています。
これに抗議する市民ラリーが起こったのは言うまでもなく、米国憲法は、州法に基づいた州内の事柄に介入する、連邦政府の警察力行使を認めていない、といった法の立場からの批判も起きています。

また、女性の生殖に関する選択権でも、国と州の見解は対立しています。9月、デイヴィス知事は、これに関連する4つの法律を制定しましたが、この中には、連邦最高裁判所がどのような判決を下そうと、カリフォルニアの女性の選択権は保証される、という強いトーンのものもあります。これは、連邦議会で見られる最近の立法の動きとは、まったく相反するものとなっています。
これに類似したところで、ヒトの受精卵から採取する胚性幹細胞(embryonic stem-cell、ES細胞)を使った再生医療研究があります。信仰に基づくブッシュ政権は、倫理的な理由で、国の資金を使う機関での幹細胞研究を著しく制限してきましたが、9月下旬、デイヴィス氏は、再生医療の目的であれば、胚性幹細胞であろうと、体性幹細胞であろうと、研究で利用することを認める法律を制定しました(生殖目的のクローン技術は禁止しています)。これは全米初の裁断となっており、ここでも連邦主義を振りかざす国と自立性を守ろうとする州との拮抗が浮き彫りにされています。

<投票のコンピュータ化>
2年前の大統領選では、スムーズに決着がつかず、投票のあり方自体が問題となりました。特に、フロリダ州では、この時採用していた、見開きの投票用紙に並ぶ候補者の名前に針で穴を開ける方式が、間違った名前に穴を開けるという誤解を招く結果となりました。一度間違えると、勿論、訂正はできません。また、票の集計作業においても、投票箱が一時紛失したり、数え間違いがあったり、とずさんさが浮き彫りにされました。
これに対し、もうそろそろ投票をコンピュータ化すべきではないか、という動きが高まっています。先日、連邦両院でも、2004年の大統領選挙を念頭に置き、投票方式を根本的に改善するため、40億ドル近くを各州に投じることを決議しました。

カリフォルニアでは、シリコンバレーのあるサンタクララ郡と他の8つの郡が、投票用紙に穴を開ける "パンチ・ホール方式" を2004年3月までに撤廃することを目指し、今回の投票から、指でコンピュータ画面上の表示を触る、"タッチ・スクリーン方式" を試験的に一部で採用します。多民族の環境を反映し、表示には英語だけではなく、スペイン語など4つの外国語も採用されます。

しかし、このコンピュータ化も単純な話ではなく、9月中旬、フロリダで行なわれた予備選挙では、解かなければならない宿題が山積する結果となりました。まず、テクニカルな面では、投票システムを供給する3つの会社のうち、特に、2つの会社のシステムがうまく機能していない問題が起きました。"投票率ゼロ" と報告された選挙区すらありました。州知事予備選を集計しなおしてみると、8千票あった民主党候補者ふたりの差は、5千票に縮まりました。
人的問題もクローズアップされました。投票会場での担当者の教育が不行き届きで、コンピュータを適切に作動できなかったり、投票データがタイムリーに集計できなかったり、といった予期せぬ事が起こりました。また、投票会場によっては、準備に手間取り、開始時刻が数時間遅れたせいで、何人もの有権者が門前払いとなりました(投票日は平日のため、出勤前を逃すと、投票できない人も多く、緊急措置として締め切り時刻を2時間遅らせましたが、それも徹底できていませんでした)。

こういった新しいシステムの導入による混乱を目の当たりにし、投票のコンピュータ化に踏み切ったとしても、予備の投票用紙を紙面で準備し、こちらも集計するくらいの配慮が必要だと指摘する専門家もいます。一票の重みを考えると、選挙ではいかなる間違いが起こってもいけないはずなのですが、どうやら現段階では、新システムに飛びつくのは時期尚早と言わざるを得ないようです。

<ロスアンジェルスの行方>
最後に、今回の選挙の変り種をひとつ。カリフォルニア州ロスアンジェルスでは、今回、市を分割するかどうかの市民投票が行なわれます。
ロスアンジェルスには、街をふたつに分断するかのように、中央にサンタモニカ山脈が走り、その南にダウンタウン、ハリウッド、ビバリー・ヒルズ、北にサンフェルナンド・バレーが広がります。このサンフェルナンド・バレーは、1915年に住民投票でロスアンジェルスの一部となったのですが、すでに戦前から住宅地として人気を集め、オレンジ畑の広がる静かな街から、"アメリカの郊外" として急激な発展を遂げた地域です。
その結果、現在ロスアンジェルス市は、地理的には、サンフランシスコ、ボストン、マンハッタンなど数都市を合わせたよりも広く、人口では、全米第二の大都市となっています。もし分割されるとなると、240万人のロスアンジェルスは、シカゴに次ぎ3番目の都市となり、新たにできる "ヴァレー・シティー(Valley City)" は、130万人で6番目の大きさとなります。

サンフェルナンドが分割したがっている理由は、自立した都市として機能した方が、住民がより多くの自治体の恩恵にあずかることができるということです。今のままだと、ロスアンジェルスの中心部に市の予算や配慮が奪われ、街の整備も警察の助けも経済の復興も、二の次となってしまう、と主張しています。
しかし、9月に発表されたUCLAの調査では、分割すると、新都市の貧困層が増えるばかりではなく、両都市とも財政難にあえぎ、住民への還元が著しく減ってしまう、という悲観的な結果も出ています。また、ロスアンジェルスの住民の中には、サンフェルナンドの中流層が去ってしまうと、ロスアンジェルスには金持ちと貧乏人しか残らない、と批判する人もいます。全米で3番目の都市に転落すると、首都での政治的な影響力も衰えてしまう、と懸念する声も聞こえます。

サンフェルナンドに追随し、映画の街、ハリウッドでも分割案が出ており、これが認められると、ロスアンジェルスは3つの都市に分かれることになります。ただ、そうなるためには、それぞれの地域で過半数の住民が賛成する必要があり、現実的には、その可能性はあまり高くないとも言われています。
小さな町や村が力を蓄えようと合併し、それが嵩じて、街が大きくなり過ぎると、今度は独自のアイデンティティーを求め離脱しようとする。そういった街の進化論に、巨大都市ロスアンジェルスではどのような結末がつけられるのか、興味深い住民投票となっています。

夏来 潤(なつき じゅん)

ハワイあれこれ:ガイドブックのおまけ

Vol. 38

ハワイあれこれ:ガイドブックのおまけ

9月11日のテロ1周年も無事に終わり、ほっとしているところです。今回は、ちょっとのんびりと、先日行ってきたハワイについて書いてみようと思います。

<自然と人>
ハワイと言えば、"一度は行ったことのある外国" の筆頭に挙げられる場所ですが、昨年のテロ事件後も、さすがにその人気は根強い印象を受けました。筆者にとって、ハワイは地球上で最も好きな場所とも言え、過去数回の旅行でメジャーな島は全部訪れてみました。
ハワイの魅力は、ひとつに遠すぎず、近すぎず、適度な距離があること。観光客
が暖かい歓迎を受けられること。各々の島に独自の特色があり、何度行っても飽きないこと、などがあります。でも、何と言っても、雄大な自然が最大の魅力なのです。
まず、海がきれいです。ばかばかしい事を言うようですが、海はもともと透明な水でできている事実を知ったのは、昔岩手の陸中海岸を旅行した時だったのですが、ハワイの海も、同じように透き通っています。そして、街の喧騒をちょっと離れると、すぐに非日常の世界に迷い込めます。険しく切り立った濃い緑の山には、今でも神々が住み、激しい雨が降ると、神々が地上の何かに対して怒っているのではないかという畏敬の念が湧いてきます。ハワイ島の火山地帯を訪れ、壮大なカルデラを目の前にすると、人間も恐竜もいなかった時代の、地球の成り立ちがわかるような気がしてきます。

ハワイの人達にとって、人間というのは自然の一部であって、それに対峙するものではありません。遠い昔、あらゆる存在はココナッツの実の根から生まれ、実の底にあった "偉大な両親" から生まれた私達人間は、長い時間を掛け実の中を昇り、今、実の表面にあります。
人は自然界の頂点に立つものではありますが、身の回りの世界とのコミュニケーションは欠かさず、海に行けば魚の言う事を聞き、花を摘む前に耳を傾けます。自然と超自然の区別はきわめて曖昧で、動物、鳥、魚、虹、雲、森、山など、自然のいろんな形に祖先の霊(アウマアクア)が宿ります。
有名なキラウエアの女神、ペレは、そんな祖先の霊の代表格です。彼女にまつわる伝説は多数ありますが、その中にこんなお話があります。

ある時、カウアイ島の長が、夢で出合った美しい乙女を探しに、ハワイ島までやって来ました。このハンサムな青年に、火山の女神ペレと、雪山の女神ポリアフが恋をしてしまいました。彼を巡ってふたりの争いが始まり、ペレは、恋敵ポリアフの住みかであるマウナ・ケアを噴火させました。
驚いたポリアフは、あわててここから逃げ出し、山の頂きを覆う雪は全部解けてしまいました。しかし、間もなく力を取り戻したポリアフは、大きな吹雪を起こし、その雪でマウナ・ケアの火を永遠に消し去りました。
結局、ふたりとも青年の心を奪うことはできませんでしたが、ふたりの争いは今になっても続き、時々、ペレの住みかであるマウナ・ロアには、地中の煮えたぎる炎を覆い隠すように雪が積もります。

追記: この女神ペレは、実に恋多き女性で、夢で出合った別のカウアイ島の長と恋に落ち、妹に奪われたかと思うと彼を炎で焼き切ったり、恋人のいる地元の青年に一目惚れして、カップルごと殺してしまったりと、あまりお目に留まりたくない相手と言えます。
でも、時には涙を流すこともあるようで、キラウエアの火山博物館には、"ペレの涙" と名付けられた溶岩の粒が飾られています。1983年から噴火が再び活発となり、現在も真っ赤な溶岩がどくどくと海に流れ込んでいます。一方、ポリアフの住みかであるマウナ・ケアは、ハワイ諸島で一番高い山で、今は世界各国から天文学者が集い、天体観測最前線の地となっています。

<楽園の問題>
伝説に囲まれた地上の楽園ハワイも、今はさまざまな問題を抱えています。その多くは、島の外からやって来たものが原因となっています。19世紀以降さかんになった移住、観光王国としての開発、人や物の流れに伴い運ばれて来た異種の動植物などが、豊かな、独自の生態系を脅かしています(ハワイの動植物の9割は、長い隔離の時代を経て、この地特有のものと進化しています)。そして、もうひとつ、水不足の問題があります。

ハワイの島々の水源は雨水ですが、その豊かな雨水でさえ足りなくなってきていて、主食だったタロイモを育んできた小川が、あちらこちらで干上がっています。特に深刻なのはマウイ島で、このままで行くと、水が5年持てばいい方だと警告する専門家もいるほどです。
ハワイの島々に降った雨は、地下の火山岩の穴に貯まり、浸透する海水の上に真水のプール(地質学者の表現では "真水のレンズ" )を形成します。この薄いレンズと海水の均衡を保つのは難しく、30センチの真水の層を引き出すと、塩水が12メートルも押し上げられると言います。
過去4年の干ばつに悩むマウイ島では、真水のレンズは120メートルの厚さまで減っており、このままでは予測される人口増加を養えないと危惧されています。また、近いうちに、地下の主水源には塩が侵食し、作物、魚、動植物に被害を及ぼす危険があります。

近年、水がここまで急激に減ってきているのは、観光や宅地開発に伴う人口増加もあります(ハワイ諸島の中心地ホノルルですら、20世紀初頭は、その大部分はタロイモ畑で覆われていました)。そして、水を大量に必要とする、サトウキビなどの大規模農場の拡大もあります。
マウイ島の場合は、更に追い討ちをかけるように、水利権の問題があります。1870年に宣教師の息子達によって設立された会社が、現在も事実上水利を統制しており、役所に申告されていない私設水源から、何百万リットルもの農業用水が毎日引き出されていると言います。
今はまだマウイ島ほど深刻でなくても、オアフ島、カウアイ島、モロカイ島など、他の島々でも水不足の危機が懸念されています。

水は、島に生活するハワイの人々にとって、最も大切な資源です。"命の水(ワイ・オラ)" は、すべての生き物に力を与え、栄えさせるものと信じられています。
その偉大な力を持つ命の水でさえ、地中に染み込むお休みの時間が必要なのだと、警告を出しています。何千年後かに姿を現すロイヒ島(Lo’ihi)も、同じ運命を辿ることがないようにと、今人間が、ワイ・オラの警告に耳を傾ける時のようです。

<オアフのイトおばあちゃん>
オアフ島に、イトというおばあちゃんがいます。普通のおばあちゃんではありません。先月、アメリカで最高齢だったアデリナ・ドミンゲスおばあちゃんが亡くなったので、イトさんは、112歳にして、国で3番目の高齢者となりました。現最高齢者の、ミシガン州のジョン・マクモラン翁とは、たった6ヶ月違いです。
1889年末にイトさんが生まれた頃は、アメリカには42州しかなくて、ハワイはまだ君主国でした。

イトさんの苗字は、コンノ・キナセといいますが、この名前が示すと通り、彼女は日本で生まれました。26歳の時、ワシントン州の鉄道労働者と結婚し、働きながら5人の子供を育てました。後にオレゴン州、ハワイ州と移ったのですが、イトさんは、当時の日系移民が皆そうであったように、どの地にあっても、良く働き、我慢強く、心温かい女性でした。有色人種への偏見などの逆境にも耐え、第二次世界大戦中は、日系人の強制収容所にも入りました。ふたりの夫には死に別れ、自らもガンを二度克服しています。
"自分がこんなに年を取ったなんて信じられない" と日本語で語るイトさんは、新しい事に挑戦するのがお好きなようです。90歳にして初めて馬に乗り、100歳の時ダイアモンド・ヘッドに登ってみました。視聴覚は弱冠衰えてはいますが、健康状態は良好で、杖をつきながらも自分で歩き、週に一度車に乗ってお出かけもします。あまり大きな声では言えませんが、80歳の時、マリファナも試してみたそうです。やはり、人生でいろいろ違った事を経験してみるのが、長生きの秘訣なのでしょうか。

イトさんが80代だった1970年代までは、ハワイはカリフォルニアを上回り、日系人口が米国で一番多い州でした。そういった歴史を反映し、ハワイの島々のあちらこちらに、日本の昔のたたずまいがそのまま残されています。
たとえば、人口3000人の小さな島、ラナイでも、2、3ブロックしかない商店街には、日系の苗字を看板に掲げるお店が並んでいます。昔はパイナップル畑が広がった赤土のこの島も、今はすっかり、静かなリゾート地として変身し、本土から静寂を求める観光客を迎えています(マイクロソフトの会長、ビル・ゲイツが結婚式を挙げ、その際、参列者のためにホテルの部屋を全部押さえた島として有名です)。
このちっぽけな島のどこかにも、イトさんのような、日本語をしゃべるおじいちゃん、おばあちゃんがいて、夜空に広がる天の川の下で、ひ孫達に日本の子守唄を聞かせているのかもしれません。

<パール・ハーバー>
ご存じのように、オアフ島には、1941年12月8日の真珠湾攻撃の地、パール・ハーバーがあります(現地では7日、日曜日、午前8時頃でした。この日発行された、ホノルル・スターブルテン紙の号外第一号には、"WAR!" と大きな見出しが載り、ついにアメリカが戦争に突入したことを市民に知らせています)。
毎年12月7日、真珠湾攻撃の記念日がテレビや新聞で報道されると、日本人としては、大いなる屈託を感じます。そして、今まで、オアフ島に行っても、何となくパール・ハーバーを避けて来ました。今回、初めてこの地を訪れてみると、期待に反して、"行ってみて良かった" と素直に感じました。

パール・ハーバーでは、撃沈された戦艦アリゾナ号の上に建てられたアリゾナ記念館、潜水艦ボウフィン号博物館、そして4年前まで現役だった戦艦、ミズーリ号が公開されています。歴史に詳しい人はすぐ思いつくはずですが、戦艦ミズーリは、1945年9月2日、東京湾停泊中に、日本の降伏宣言の調印がなされた船です。1991年の湾岸戦争でも使われ、トマホーク・ミサイルの発射台ともなっていました。
1945年2月に進水されたミズーリ号には、甲板の右側面に、不自然なへこんだ部分があります。同年4月11日、日本軍の特攻隊の飛行機が激突した跡です。真っ二つに折れたその飛行機は、後部は海に落ち、前部は甲板に留まり、大きく火を吹きました。衝突のショックで、操縦していた19歳のパイロットは、甲板に投げ出されました。おそらく、戦艦に激突する前に、銃撃戦で命を落としていたと言われます。
乗組員達が甲板の火を消し止め、ホースの水でパイロットの遺体を海に落とそうとしているところを、艦長が即座に待ったをかけました。敵、味方に分かれていようと、同じ海で戦う同士ではないかと。翌日、甲板に安置した棺には日本海軍の軍艦旗を掛け、手厚く葬礼を営み、海の習い通り、棺を海に流したそうです。

パール・ハーバーを訪れた翌日、ワイキキの居酒屋で知り合った現地の紳士が、こんなお話をしていました。彼は、毎朝ダイアモンド・ヘッドに登るのを日課としていますが、何年か前、その頂上で、日本から来た男性と出合いました。この男性は、真珠湾攻撃に参加したパイロットだったそうです。
ホノルルの街を見下ろしながら、ふたりは戦争の事、家族の事、人生の事など語り合いましたが、最後に、日本の紳士がこう言ったそうです。"私は日本が好きだ。そして、アメリカも好きだ"。その後、ふたりはかたく抱き合って別れたそうですが、そう語るホノルルの紳士には、61年前のしこりはかなり小さくなっているようでした。

<海の旅路>
"月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也" と詠み、芭蕉翁は旅路につきましたが、旅を人生とするのは、古今東西色褪せない憧れでもあります。
そんな希望を簡単に叶えてあげましょうと、バハマ船籍の客船、ザ・ワールド号が、今年3月オスロー港を出帆し、七つの海に向かいました。先日北米大陸に到達し、ニューヨークにも寄港しましたが、その後、米国東海岸からカリブ海、メキシコ、サンディエゴ、サンフランシスコとゆっくり廻り、今年のクリスマスから新年にかけて、乗客達は、ハワイ島(コナとヒロ)とオアフ島(ホノルル)でのんびり過ごします。

実は、この客船はただの豪華クルーズ船ではなく、世界初の海に浮かぶマンションなのです。12階建ての4万3千トンのこの船には、約2億円から8億円の価格帯のマンションが110戸あり、既に8割が売れています。
記念すべき一年目は、40カ国、140港に寄港する予定で、それぞれ一日、二日、多い所で一週間滞在します。ウィンブルドンのテニスや、モンテ・カルロのF1レース、リオやヴェニスのカーニヴァルなど、いろいろなイベントに合わせて寄港が計画されています。その他は、当然ながら、海の上での生活となります。
クルーズを経験してみると、海を航行中もまったく飽きる事がないのに驚かされますが、この船にも、多言語の図書館、インターネット・カフェ、カジノ、スパ、そしてスポーツ派のために、テニスコート、ゴルフのシミュレーターや打ちっぱなしなどが完備されています。丘に着いたらすぐ、ゴルフフリーク達を現地のゴルフ場にも案内してくれます。グルメのためのスーパーマーケットもあり、自分で料理を作るのが面倒な人のために、多国籍レストランが4つ店を構えています。さしずめ、動く小さな街といった感じです。

この海上マンションの住民は、平均すると50代半ばで、一代で財を築き上げ、新しいアイデアにも物怖じせず挑戦していくタイプの人のようです。4割はアメリカ人、4割はヨーロッパ人、残りの2割は南アフリカやオーストラリアなどから参加しています。
船の耐久年数である50年が契約期間ですが、"気に入らなかったら、また別の船を試すまでさ。うまく行くまで、黙って気長になんか待っていられないよ。何せ、年には敵わないからね"、と語るアリゾナ州からの60歳の男性もいます。特別海が好きでなくとも、自分の家にいながら世界中を旅して廻るというのも、案外悪くないかもしれません。第一、スーツケースのパッキング(荷づくり)なんか一切必要ないですし。

ザ・ワールド号は、ハワイに立ち寄った後、太平洋のフィジー、オーストラリア、ニュージーランドなどを航海し、来年の3月からはアジア各国を巡ります。6月には、沖縄から北海道の日本の8都市も訪ねる予定です。この何となくきな臭く、世知辛い世の中、幸いにして船を迎える港に選ばれた現地では、乗客達の財布は、さぞかし魅力的なものとなるでしょう。
ちなみに、日本で寄港地に選ばれているのは、那覇、長崎、鹿児島、神戸、東京、青森、函館、札幌の8都市です。

後記: 冒頭に出てきたハワイの伝統的世界観については、Michael Kioni Dudley, 1990, Man, Gods, and Nature, Honolulu: Na Kane O Ka Malo Press を参考にさせていただきました。

夏来 潤(なつき じゅん)

日常生活(パート2):PDAと携帯電話

Vol. 37

日常生活(パート2):PDAと携帯電話

前回に引き続き、今回もこちらの日々の生活を、テクノロジー環境を中心としてお伝えしてみようと思います。

<犬とお散歩>
友人B氏のお話です。ある時、ペットの犬が家族の一員となって以来、彼の生活パターンが変わってしまいました。犬のお散歩が彼の役目となってしまい、好むと好まざるとに拘わらず、毎朝家の近所をこの犬と歩くことになったのです。
機転の利くB氏は、この時間を無駄に過ごす手はないと、お好みのPDA、ハンドスプリング社のVisor Prism(ヴァイザー・プリズム)を利用し、歩きながら、Eメイルのチェックをすることにしました。

日本のiモードがあれば話は簡単ですが、B氏は代わりに、OmniSky(オムニスカイ)の無線Eメイル&インターネット・サービスというPDA向けのサービスを使っています。会社や私用のアカウントのEメイルがOmniSkyのアカウントに転送され、好きな時にPDAで受け取れます。
無線でインターネットにアクセスもできるので、iモードのように、PDA専用にフォーマットされたWebサイトで、レストランや店舗などの情報検索もできます。会議中に、必要な情報をWebで逐一入手できるのも、便利な点です。
アンテナ付きのモジュールは別売りで、サービスは月30ドル強の定額とお手頃です(現在は、大手ISPのEarthLinkがサービスを引き継いでいます)。

この手のサービスとしては、プーマテック社の協力で、リサーチ・イン・モーション社が1999年に開始した、BlackBerry(ブラックベリー)というEメイル・ページャーのサービスが草分けですが、B氏にとっては、画面が大きく、ワープロやスプレッドシート機能も付いているPDAを使うサービスの方が、使い勝手が良いようです。
勿論、OmniSkyも万能という訳ではありません。例えば、通信範囲に制限があり、B氏の場合、近くの市道で通信が切れる障害があります。シリコンバレーの中でも、一部通信不能な場所もあります。また、歩いていてはうまく繋がらないので、メイルをダウンロード中は立ち止まらなくてはいけません(犬はダウンロード中であろうと、構わず歩きたがります)。しかし、このサービスは、一度使い始めるとなかなか手放せないもののようです。

一方、PDAでの情報アクセスの延長として、PDAと携帯電話の合体型があり、ここ2、3年、アメリカでも新製品が登場しています。B氏が使っているVisorを提供するハンドスプリング社も、今年、Treo(トゥリオ)というハイブリッド製品(白黒とカラーの2種類)を発表し、ビジネスウィークやウォールストリート・ジャーナルなどの評論家の間では良い評判を得ています。OmniSkyと同様、Treoにも、社用や私用のEメイル転送サービスがありますが、こちらは定額ではなく、時間により課金されるので、使い過ぎに気を付ける必要があります。
また、PDAと携帯電話のハイブリッドというコンセプト自体も、誰にでも受けるというものではありません。先日も、携帯電話サービスキャリアのヴォイスストリーム社が、マイクロソフトのポケットPCの電話内蔵バージョンを発売し始めましたが(HP社のPDA、iPaqを製造する台湾のHTC社製)、こちらの方は、Treoより低い評価を受けています。
携帯電話としては、キーボードがないので電話が掛け難いし、PDAと併用なので電池残量の心配をしなくてはいけないし、ヘッドセットを使わない限りPDAのスクリーンが顔に接触して曇るし、結局、両方必要な人は、両方持ち歩くだろうという批評です。どちらかと言うと、電話に機能を追加した方が、正しいアプローチではないか、という評も耳にします。
B氏の場合も、今までのスタイルのVisorとOmniSkyサービスで満足しているので、電話内蔵型PDAに移行する気はないようです。

もともとB氏は、PDAのパワーユーザーと言え、スケジュール管理だけではなく、初対面の人の情報を細かく書き込み、次回に会った時の参考書代わりに使ったり、プレゼンテーション用のモジュールでVisorをプロジェクターに繋ぎ、PDAでお客様にプレゼンをしたりしていました。
今回のペットの件では、思いもよらずこれが生活改善に役立ったようです。犬が一日のスケジュールに割り込んで以来、通勤前のひとときに仕事のメイルやビジネスニュースに目を通し、準備万端でオフィスに向かう、というビジネスパーソンの鏡のような生活を送っています。
"あの犬のお陰で、生活パターンが変わってしまった" とB氏は言うものの、規則正しい彼の生活は、うらやましい限りです。

<ハイテク犬>
こちらはB氏の犬のお話です。B氏がPDAでメイルやニュースを見ている傍ら、彼の犬も負けずにハイテクしています。体にチップが埋め込まれているのです。
これは、迷子対策のために、持ち主の連絡先が記録されたチップをペットの体に埋め込むもので、サンタクララ郡では、ほとんどのペットが、予防接種とともに受けています。迷子のペットが動物病院に連れて来られると、獣医がスキャナーで情報をスキャンし、持ち主に連絡する仕組みになっています(スキャナーの電波でチップが作動)。首輪の身分証明では、外れてしまう可能性があるので、ちょっと残酷なようですが、チップが使われているのです。
先日も、迷子になった犬がベイエリアの3つの都市を転々とし、拾い主が獣医の所でスキャンしたお陰で、ようやく10日後に持ち主の元に帰ることができたというお話がありました。首輪と4種類の情報札はすべてなくなっていたそうです。
チップの埋め込みは、情報登録込みで50ドルほどですが、迷子のペットを血眼になって探す持ち主にしてみれば、安い投資と言えます。

ところで、最近は試験的に人間にもチップが埋め込まれ始め、いよいよサーボーグ時代の到来かと世の中を驚かせています。去る5月、フロリダ州の3人家族が米粒大のチップを腕に埋め込み、人間チップの第一号となりました(勿論、3人は自ら希望しています)。
これは、Applied Digital Solutions社のVeriChipという製品で、ペット用チップの類似品です。注射器で体に挿入するため、局部麻酔の後、簡単に済みます。この家族の父親は、複数の病症を抱え、十数種の薬を服用しており、今回のチップは、あくまでも本人がしゃべれない状態を想定した救急対策です。プライバシーの観点から、チップには病歴そのものは記録されず、電話番号と今までの処方薬の履歴が書かれています(今のところ、128文字まで記録)。
情報をスキャンすると、インターネットを介し、個人のカルテや、ペースメーカー、人工関節などの体内の医療機器に関する情報にもアクセスできるようになっています。

将来的には、この手のチップは、アルツハイマー患者にも使われることになるようで、ADS社は、次世代のリチウム・イオン電池内蔵チップにGPS機能を入れることも計画しています(こちらは25セント大で、手術で挿入。チップ内の電池の問題は克服し、今後は信号を送るアンテナ改良が課題。GPSは、勿論Global Positioning Systemsの略で、衛星で居場所を確定する機能)。
ADS社によると、現在、フロリダ州だけで、チップ希望者が4、5千人いるということで、今後ベービー・ブーマー達が老いていくにしたがって、体内チップの需要は確実に増えるようです。
また、同社は、GPS機能をページャーに取り付けたデジタル・エンジェルという製品をカリフォルニア州に納めており、こちらは既に実用段階です。かわいい名前とは裏腹に、これは、決められた場所にしか行けない仮出所中の受刑者の行動を、GPSでつぶさに追うために使われています。
既にこの手の製品は30州ほどで実用化され、受刑者の手首や足首に付けられた装置は、少しでもコースを外れると、監察官のオフィスの警報を鳴らします。

ところで、5月に行なわれたチップの人間への試験的挿入の後、医療分野を司る米国食品医療品局(FDA)は、病歴が書かれていないチップも医療機器として認可が必要だと立場を変更しています。このFDAの認可プロセスは長いものと思われますが、ADS社は既に、子供の誘拐が多発するブラジルで、VeriChipを売る契約を済ませています。
人間チップ第一号の14歳の少年は、自ら強く希望して先端テクノロジーの担い手となったそうで、彼のように、チップに対するこだわりがまったくない人も多いようです。子供が生まれると、迷子対策のためにチップを埋め込み、状況が変わるごとにチップ上の情報も書き換えていく、といった世の中が案外すぐそこに来ているのかもしれません。

<日本がうらやましい>
携帯電話のお話です。1999年春、日本でiモードが発表されて以来、機能満載の携帯電話サービスが瞬く間に世の中を席捲してしまったわけですが、最近は、それがもっと進化して、ビデオ動画を送れるようになったと聞いて、携帯後進国のアメリカで驚いているところです。
こちらでも、日本の動向は注目の的で、古くは "親指文化(thumb culture)" や "親指族(thumb tribes)" なる言葉から、最近は渋谷の地下街で飲み物を携帯で購入したり、テレビ電話を試したりといった密着取材まで、何かと報道ネタになっています。

日本のケータイと違い、こちらの携帯は、ようやく最近メイルやゲームのサービスが始まったものの、楽しい着メロや、カラフルでおしゃれなデザインなどとは縁遠く、電話を使って遊んでみようというワクワクした気になれません。
こちらで話題になることと言ったら、先日スタンフォード大学で開かれたテニス・トーナメント、ウェスト銀行クラシックで、アナ・コーナコーヴァ(トップクラスには勝てないけれど、女優のように注目される選手)が、試合に勝った直後のテニスコートで、携帯で誰かと話をしていただとか、携帯キャリアのヴォイスストリーム社が、ベイエリアで新たにサービスを始めたけれど、スポークスパーソンである女優のキャサリン・ゼタ・ジョーンズ(年の離れたマイケル・ダグラスの奥さん)はベイエリアのセレモニーに来るかしら、とかそんなことばかりです。

現在、アメリカには大手携帯キャリアが6社あり、お客の奪い合いでしのぎを削っています。ベイエリアでも、7月、"T-Mobile"と改名したヴォイスストリーム社が加わったことで、すべての大手キャリアのサービスを利用できるようになりました。
しかし、昨年一年間で、5千3百万台の携帯が売れ、累積すると、アメリカの人口の半数近く、1億4千万人に行き渡っており、新たな顧客を募るのは難しくなって来ています(昨年の販売台数は米国家電協会、累積はTelephia社6月発表のデータ)。
加えて、次世代の高速データ通信のための設備投資で、どこの会社も支出が莫大に膨らんでおり、キャリアの経営は一段と厳しくなって来ています(Telephia社によると、昨年、6社でのシステム・アップグレード費用は推定2兆4千億円)。

業界は、あの手この手で消費者の気を引こうと、"T-Mobile" や "M-Life(AT&Tワイヤレス社)" などの新名称でイメージアップを図っていますが、結局は、斬新なサービスや誰にでも喜ばれる機能での個別化ではなく、月額40ドルで全米週末掛け放題など、安売り合戦に終始しています。ベイエリアのように、都市部ほどその競争は激化していて、低料金でお互いの首を絞め合っている状態です。
また、激戦区では、二重三重に重複した設備投資ともなっていて、先述のPDAと携帯のハイブリッド製品などは、キャリアの投資回収というお家の事情で、実際に使えもしない製品を消費者に売りつけようとしている表われだ、といった悪口も聞かれます。
(そんな悪口にも負けず、10月には、スクリーンがスライドし、キーボードが出てくる新デザインのハイブリッド製品、T-Mobileサイドキックがデビューする予定。日本でもヒップトップという名で話題になった製品で、EメイルやWebアクセスだけではなく、プーマテック社のPIMソフトとのシンク機能も目玉。これを作るパロ・アルトのDanger社は、アップルの創設者のひとり、スティーブ・ウォズニアックが役員であることでも有名です。)

今、この業界では、6社から2、3社に減るのは必至だとされ、合併の様々な憶測が流れています。例えば、テクノロジー陣営内でまとまるという予測。CDMAテクノロジーを使う2社、最大手のヴェライゾンとスプリントがくっつき、GSM、GPRSテクノロジーを使う3社、業界2番手のシンギュラー、AT&Tワイヤレス、T-Mobileのいずれかが統合する、というもの。
その他、独自のiDENテクノロジーを使うネクステルがどこかに吸収されるか、ドイツ・テレコムの傘下にあるT-Mobileが売りに出される、などです。カリフォルニア州やニューヨーク州でのシンギュラーとT-Mobileのネットワーク共用など、すでに協業体制も各地で見られ、それらが統合の暗示か、とも言われています。
業界に対する連邦通信委員会(FCC)の規制は来年緩和され、合併の手助けとなるものの、市場独占の可能性が出てくるので、司法省が絡む話にもなるようです。いずれにしても、歴史的に複雑なこの業界の系譜に、またひとつ新たな世代が加えられることになりそうです。

ところで、こちらの次世代サービスとしては、今年1月からヴェライゾンが始めたデータ通信サービスが先駆的存在で、その後徐々に他の会社にも広がりつつあります。しかし、使い放題のサービスは月額100ドルと高価で、これでは一般ユーザーに受け入れられるのは、まだまだ先のことになりそうです(こちらのブロードバンド普及のパターンによく似ています)。
上記サイドキックは、月40ドルでメイルが使い放題となるなので、携帯メイルを始めとして、次世代サービスの普及に貢献することになるかもしれません。

一方、こちらでは、一般ユーザーのテクノロジーに対する認識もあまり高くないようで、買い替え時に欲しい機能としては、アドレス帳、音声認識(声でダイヤル)、インスタント・メッセージが上位3つとなっています。それに、アラーム時計、着メロダウンロード、Eメイルと続きますが、インターネット・アクセスや、音楽再生、デジタルカメラなどのマルチメディア機能は、あまり人気が高くありません(Telephia/Harris Interactive社7月発表の共同調査)。
8月からは、デジタル写真の通信もオプションとして始まるようですが、この経済スランプ時に、どれほどユーザーに広まるか疑問です。また、携帯の重要性を認識し、家の電話から携帯一台に乗り換えたという人は、わずか3パーセントしかいないようです(Yankee Group今年前半の調査)。

携帯というと、キャリア側も、ユーザー側も、どうしてもビジネス用という固定概念が強いようで、日本のように、ケータイひとつで誰もがコミュニケーション、という状況にはまだまだ追いつけないようです。

夏来 潤(なつき じゅん)

日常生活(パート1):こちらのテクノロジー環境

Vol. 36

日常生活(パート1):こちらのテクノロジー環境

今回と次回は2回連続で、シリコンバレーでの日常生活を、テクノロジーの観点からつづってみたいと思います。

<サッカーの恨み>
ワールドカップ・サッカーがまだ予選の頃、前回覇者フランスの決勝トーナメント進出を賭けた最終試合、デンマーク戦を生放送で見ていました(西海岸では、午後11時半スタート)。
午前1時を廻り、フランス形勢不利の内、試合もあと5分と迫った頃、突然テレビの信号が途絶え、どのチャンネルも "砂の嵐" 状態となってしまいました。
早速ケーブルテレビ会社、AT&Tブロードバンドに電話すると、ただの定期的な補修サービスだよ、とのんきな答。"今いったい何の放送をしているのか知っているのか? オリンピックより大事なワールドカップ・サッカーの試合だぞ" と抗議したものの、カスタマーサービスの担当者ではどうしようもなく、上司に苦情を伝えてもらう事を念押しして、しぶしぶベッドにもぐりこみました。

ラテン系人口の多いシリコンバレーで、ワールドカップの時期に、しかも大事な試合のスケジュールを確認もせず、補修サービスをやってしまうケーブルテレビ会社にも呆れてしまいますが、お客様に何の通知もなく、突然映像の送信を止めてしまう心配りの無さにも、"アメリカらしいな"、と苦笑いをせざるを得ません(もうすぐ映像が切れますよ、という警告すら流れません)。
これが日本だったら、サービス不行き届きで、ビジネス続行に支障が出るかもしれませんが、こちらの高飛車なサービス会社は、他にお客になりたい人はいくらでもいる、と言わんばかりの態度です。最近は、さすがに苦情に対する口答えは少なくなりましたが、サービスを提供してやっているという思想が根底に流れているようです。

ケーブルテレビの突然の送信停止は何も今回に限った事ではなく、やはり、早いうちに、衛星テレビに切り換えた方が無難なのかもしれません。


<ブロードバンド先進国?>

ケーブルテレビだけではなく、インターネット接続に関しても、シリコンバレーでのサービスは、一流とは言い難い面もあります。例えば、"シリコンバレーの首都" と公言するサンノゼ市では、ブロードバンド(高速インターネット接続)の選択肢が著しく限られます。CATVインターネットが利用できないので、電話会社が提供するDSLに頼るしかありません(DSLすら利用できない世帯も、皆無ではありません)。
これは、ひとえに政治的な部分が大きく、市当局と地域のケーブル独占企業であるAT&Tブロードバンド社の交渉が長引き、光ファイバーケーブルの附設など、インフラストラクチャの整備が大幅に遅延しているためです。
これに懐疑心を抱き始めた市側は、今後ケーブルサービスのパートナーを変更する事も模索するようですが、いずれにしても、サンノゼ市民がCATVインターネットを享受するようになるには、あと何年か掛かるようです。
(不運な事に、こちらでは、ケーブル会社の選択肢もごく限られています。ブロードバンドの草分け的存在であるアットホーム社は、ケーブルパートナーだったTCIの身売り先、AT&Tブロードバンドに今年初め吸収されました。その業界最大手A社も3番手のコムキャスト社に間もなく買収され、AT&Tコムキャストとなる予定です。全米では、その他、業界2位のAOLタイム・ウォーナー、コックス、チャーターなどの大手が市場の大部分を占めています。)

一方、DSLにしても、選択肢は決して豊かではなくなっています。1996年の電話業界の規制緩和に伴い、DSLサービスを提供するスタートアップ会社が、続々と鳴り物入りで登場しました。サンタクララのコバッド(Covad Communications)、サンフランシスコ近郊のノースポイント(NorthPoint Communications)、そして、コロラド州のリズムズ(Rhythms NetConnections)などはその代表選手でした。
ところが、期待通りには加入者が集まらず、莫大な設備投資の負担も難しくなり、多くは、昨年の市場の急激な引き潮に飲まれ、倒産の憂き目を見ました。一般家庭への浸透に不可欠な電話回線がベイビー・ベル電話会社に牛耳られ、高いリース料に四苦八苦したとも言われます。ISPとの収入分配も痛い負担でした。
その中で、コバッド社は、ベイビー・ベル(地域電話会社)SBC社の助けを借り、昨年末に会社を再建しました。既存の電話回線を利用することでリース料を下げたり、ユーザー・インストール(ユーザー自身による機器の設置)を奨励することで出張サービス費用を削減したりと、徐々に収支を改善しつつあります。
しかし、より安価な料金でブロードバンドを提供する、ベイビー・ベルやISPなどの競合と遣り合っていくのは、かなり厳しい道のりのようです。

現在、全米では、全世帯の1割ほど、約1千万世帯がブロードバンドに加入しているとされています(昨年末の時点では、CATVインターネットの加入者が多く、DSLと2対1の比率。Jupiter Media Metrix社発表)。
これは、1999年の2百万世帯、2000年の5百万世帯と比べると大きな伸びですが、CATVかDSLいずれかのブロードバンドへの加入が、全世帯の7割で物理的に可能という状況を鑑みると、数年前にブロードバンド提供者が描いた理想からは、ほど遠い現状と言わざるを得ません。
安価なダイアル・アップ接続に比べ、月額50ドルほどのサービス料が高いという人もいます。今のインターネット環境や自分の生活パターンでは、さほど高速サービスにこだわらないという人もいます。このブロードバンド加入者と非加入者というインターネット・ユーザーの分極化は、最近、新たな "デジタル格差" となっているようです。

今はまだ成熟していない衛星ブロードバンドや無線インターネットなどの競合する選択肢が充実し、また、ブロードバンド向けのサービス内容も大幅に拡充して来ると、合理主義の米国消費者にも広く受け入れられるようになるのかもしれません。
手頃さの面から言うと、日本の普及率がアメリカを大きく上回る日も近いような気もします。


<何でも繋げて便利に>

友人A氏のお話です。新しい物を何でも試してみたい彼は、現在、CATVインターネットに加入し、家中のパソコンをワイヤレス(無線)LANで繋げています。彼の "繋げてみる" 事へのこだわりは数年前から本格化し、当時サンノゼのメトリコム社が展開し始めた、Ricochetという無線インターネット・サービスにさかのぼります。
このサービスは、ノートパソコンに付けたPDA大の小型ワイヤレス・モデムで、どこからでもインターネットに接続できるという便利なものでした。通信スピードも、最大56kbpsのISDNダイアル・アップ方式を大きく上回るという触れ込みでした。最盛期には、サービス提供も全米21都市に広がりましたが、先述のDSLの先駆者達と同様、加入者の伸び悩みで、昨年夏、あえなく倒産となりました。
A氏は、それ以前に、既にRicochetの通信速度に満足できなくなり、2年前にアットホーム社のCATVインターネットに乗り換え、実効速度2Mbpsを実現しました(先述のように、今はAT&Tブロードバンドがサービスを引き継いでいます)。

現在、アメリカの一般家庭では、複数台のパソコンを持つ世帯は2600万ほどあり、そのうち570万世帯に何らかのネットワークが組まれていると言います(Parks Associates社発表)。
そのうちの9割近くは、イーサネットを利用しているとされるように、アメリカの家、特に築数年未満の住宅には、将来の拡張性を考え、建築中にケーブルが張られるケースも多いようです(100Mbpsのカテゴリー5ケーブル、通称CAT5を、骨組の時点で壁の中に張り巡らせます。ちなみに、筆者の6年前のケースでは、ガレージから3つの部屋に引いたケーブル計4本で、わずか480ドルでした)。
これに対して、A氏の場合は、家中にLANケーブルを這わせるよりも、迷わずワイヤレスLANを選びました。

これは近年頓に脚光を浴びている、Wi-Fiと呼ばれるワイヤレス・ネットワークで、ケーブルから解放されるありがた味が受けています(Wi-Fiとは、データの忠実な再生を指すwireless fidelityの略)。昨年あたりからの爆発的人気のお陰で、ワイヤレスLANに繋げられる一般家庭のパソコンも、今年末には200万台になると予測されます(Parks Associates社)。
このワイヤレス規格、IEEE802.11bの関連機器もずっと安価になっていて、アクセス・ポイントは100ドル、ワイヤレス・ルータは150ドル、パソコンのアダプターは数十ドルほどまで下がっています。

A氏の場合、CATVケーブル・モデムに繋げたデスクトップパソコンに、ブロードバンド・ルータ機能のソフトウェアをインストールし、素人が簡単には真似できないような技を使っていますが、基本的には、サーバーとしているこのパソコンに、A氏と奥様が各々持つノートパソコンで家中どこからでもアクセスする、というのが目的です。
好きな場所でメイルやインスタント・メッセージ、Webサーフィングをしたり、お好みのMP3の音楽でリラックスしたり、また、庭でのバーベキューパーティーで、ご自慢のデジタル写真をゲストに披露したり、とフル活用しています。一度この便利さを味わったら、もう手放せなくなるようです。

<常時接続とセキュリティー>
現在、アメリカでは、一般家庭がブロードバンドに加入する最大の理由は、いつでもインターネットに繋がっていたいからというものです(6割の人が、ダイヤル・アップの煩わしさから解放され、"always-on" の環境が欲しかったと答えています。Jupiter Media Metrix社発表)。
A氏も、出張に出掛ける以外は、いつも繋ぎっぱなしにしています。

ところが、常に外界と繋がっているということは、招かれざる客が入って来る可能性があるということで、ブロードバンドにした途端、一日に何十もの不正アクセスが試みられた、という一般ユーザーの話も耳にします。更に、ワイヤレス・ネットワークを組むと、こちらからの侵入の危険性も出てきます。A氏が留意点としてまず指摘したのも、セキュリティーへの配慮でした。
彼の場合、ルータ機能のソフトウェアで、ある程度両サイドの侵入を防ぐ事はできますが、更に、ZoneAlarm社のファイアウォール機能ソフトをすべてのパソコンに入れています(個人用なら無料でダウンロード可能)。
彼は、自分のノートパソコンにVPN機能(Virtual Private Network)を持たせ、自宅から会社のシステムにもアクセスしているため、不正侵入やウイルスには特に気を使っているのです。

ワイヤレスLANの場合、通信範囲内の近所の人がネットワークに入り込むアクシデントもありますが、ハッキングを趣味としている人が多いのも事実です。駐車場に停めた車の中で、わずか10分で企業へのハッキングを完了させてしまう例もあると言います。
そのため、セキュリティーに厳しいA氏の会社では、情報の漏洩を恐れ、雑居ビルに入っているオフィスではワイヤレス・ネットワークを使ってはいけない規則になっているそうです。


<現行機種か次世代のWi-Fiか?>

ワイヤレス・ネットワークに関しては、複数の規格が存在するので、ユーザーとしても、それぞれの特色を踏まえておく必要があるようです。
まず、通信スピードは、2.4GHz帯域を使う現行の802.11b規格では、最大11Mbpsに対し、実効速度は5Mbps以下です。次世代のWi-Fiとして、より高速な802.11a規格製品も、ちらほらパソコン店に現れています(5GHz帯域を使い、最大通信速度は54Mbps、実効はその半分ほど)。
また、2.4GHzと5GHzの両周波数帯域に対応する製品も、今年後半に登場するようです。更に、5GHzと同等に高速でありながら、2.4GHzで機能し、現行の "11b" 対応機器もサポートする新規格、802.11gも検討されていて、来年には製品として発表されるようです。

そうなると、すぐに今の機器を購入するのか、次世代製品を待った方が良いのか、という疑問が出てきます。価格の面で言うと、今売られている次世代製品はまだまだ高いですし、通信範囲も、理論上、現 "11b" 規格の方が広いようです(最大半径100メートルほど)。スピードの観点からは、少なくとも米国の現状では、外界から自宅までのブロードバンドの方が、現Wi-Fiを下回っています(DSLもCATVも、実効1,2Mbps程度です)。
一方、"11b" の2.4GHz帯域は、コードレス電話や電子レンジ、近距離ワイヤレス通信のBluetooth規格などでも使われているので、特に集合住宅などで、干渉の問題が出てくる可能性はあります。また、次世代規格の方が、セキュリティーに配慮し、より良い暗号化が施されているという点もあります。

しかし、総合的に判断すると、オフィスや学校のように、たくさんのパソコンを使わない一般家庭においては、現行の規格で充分と言えるようです。現在 "11b" を使っているA氏は、"11b" と "11a" 互換製品が出てきて、年末に向け値段が下がった頃に、こちらに乗り換えたいと考えています。

そんなA氏に右へ倣えして、筆者の家でも、壁の中の高速ケーブルはさて置いて、Wi-Fi一年生となりました。

次回も引き続き、こちらのテクノロジー環境をあれこれつづってみたいと思います。

夏来 潤(なつき じゅん)

ちょっといい話:最近の明るめニュース集

Vol. 35

ちょっといい話:最近の明るめニュース集

日本は今、サッカー一色のいいムードだと思います。ところが、こちらの方はそうでもなく、テレビをつければ、テロ活動復活の兆しありだとか、新聞を開くと、第二、第三のエンロン疑惑が市場の信用回復に暗い陰を落としているだの、良からぬ話ばかりが続いています。
そこで、今回は、日本の明るいムードにあやかって、できるだけ好ましいお話を選んでみました。


<先生、どうか逃げないで>

昨年初頭、3回に渡り、シリコンバレーの住宅事情を特集いたしました(2001年1月26日から2月9日掲載)。あの時は、あまりの売り手市場に、土日営業をお休みする不動産業者が現れるほどの白熱ぶりでした。シリーズ2回目では、学校の先生達がこの状態に苦労している様子をお伝えしましたが、その中でご紹介した、サンタクララ市統合学区の新しい試みである、先生専用のアパートが完成し、いよいよ4月から入居が開始されました。
このアパートは、学区が8億円ほどを投じ、住宅街の真ん中の古い学校跡に建てたもので、サンタクララ市で働いて3年以内の先生を対象に、市価の半分の賃貸料で貸し出されます。ベッドルームひとつと、ふたつのタイプ計40戸があり、すべてに洗濯機・乾燥機、個別パティオ、そして高速インターネット・アクセスが完備されています。ガレージが付いているので、車を持つこともでき、学校への通勤がとても楽になります。
"こんな新しい、きれいな所に住めるなんて、それだけでありがたい" と声を弾ませる2児のシングル・マザー教師や、ゆったりとした造りに歓声を上げながら、キッチンのキャビネットを子供のように開けたり、閉めたりする新米の先生もいます。

この試みは、住宅事情が悪く、区内800人の先生達がなかなか居着いてくれない学区の苦肉の策で、新しくて快適なアパートに住むことで、少しでも長く、優秀な先生達が安心して教鞭を取ってほしいという希望の表われです。このように学区がスポンサーとなるアパートは、州でも初めての例ですが、似たような計画は、サンノゼ市、パロアルト市など、他の自治体でも見られます。
残念ながら、希望者多数のため、入居者は抽選で選ばれ、幸運にも入居が決まった人でも、賃貸は最長5年に限られます。しかし、この5年間の安い賃貸料のお陰で、家を購入する頭金を貯めることもできるし、やはり前回の記事でご紹介した、インテル社と学区の共同提供する、住宅ローン補助プログラムで、家を持ち易くもなります。

慢性的に住宅事情の悪いシリコンバレーとは言え、一昨年末から昨年初頭をピークに、家の値段もアパートの賃貸料も、確実に下がって来ていました。ハイテク産業の職が大幅に減ったこともあります。一戸建てやアパートの供給が増えたこともあります。
しかし、今春あたりから、じりじりと値段が上がり始め、結局、一年前のレベルまで戻りつつあるようです。連邦準備銀行の40年来の利下げをきっかけに、消費者の購買意欲が高まっていて、売り出された家には、また何人もの買い手候補が現れているようです。
この先どうなるのか、何の保証も無い中、サンタクララ学区の試みは、すべての人のニーズを満たすものではないとしても、少なくとも喜ばしい第一歩だと言えます。

<ケーブルテレビがタダで見られます>
サンフランシスコから南へフリーウェイ280号線を2マイル程行くと、コルマ(Colma)という街があります。人口1200人に満たない小さな街です。先月、ここの町議会では、住民のケーブルテレビの加入料を、全面的に肩代わりすることが議決されました。今後、この決定がひっくり返されるまで、325世帯全部が街の恩恵に与ることになります。
実は、コルマはとても風変わりな街で、生きている住人よりも、死んでいる住人の方が圧倒的に多い街として知られています。既に他界している住民は、150万人以上いるとも言われています。街のほとんどが霊園で占められ、存命する人の住宅には、弱冠の土地が残されているだけなのです。
1887年、カトリックの司祭がこの地を霊園に最適の場と選んで以来、サンフランシスコからの地の利もあり、次々と新しい霊園が設けられました。1902年にサンフランシスコ市内での埋葬が禁止されたこと事が、これに拍車を掛けたようです(その後、市内の埋葬はほとんどコルマに移設させられ、現在市内に残される墓地は、18世紀後半スペイン人により建てられたドロレス布教教会と、長らく軍隊の駐屯地だったプレシディオの2箇所にしか残されていません)。
コルマの霊園は、まさに歴史の縮図のようなもので、カトリック、ユダヤ教、ギリシャ正教、無宗派といった宗教上の分類だけではなく、イタリア系、中国系、日系、セルビア系といった民族別の区分けもなされています。百年前からある日系墓地では、漢字、ローマ字、家紋が混ざった墓石が、故人を後の世に伝えています。アメリカの事ですから、ペット専用の霊園も半世紀前に設けられ、人間の物ほど大きくはないまでも、かなり立派な墓石が芝生の上に並んでいます。

この "追悼の街(Memorial City)" コルマには、長いこと、霊園と関連業種、住宅地、農地としてしか土地を利用できない規則がありました。例外的に、霊園がつぶされた跡に、ゴルフ場ができたことはありました。けれども、時代の流れには勝てず、近年、自動車ディーラーだの、大型ディスカウントショップだの、ショッピング・モールだのが建設され、少し賑やかになって来ました。小さなカジノまで登場しています。
そして、街には、たくさんの税金が入るようになりました。この税金の使い道の長い論議の末、ケーブルテレビの無料提供が生まれたのです。街には、図書館やプールといった娯楽施設が何もなく、年間9万6千ドルの予算で住民に気に入ってもらえれば、安い投資と言えます。既にケーブルテレビに加入している人も、そうでない人も、一様に、なかなか悪くない案だと評価しているようではあります。

ところで、このコルマの街の近くを運転していると、葬列に出会う事があります。葬儀会場から霊園に向かう、参列者の車の列なのですが、間違ってもこれに割り込んではいけません。ニューオーリンズで見られるジャズ演奏の賑やかな葬列とは違い、ごく地味でわかりにくいのですが、フロントグラスにある、"Funeral" と書いた赤やオレンジの札が目印です。これを隣の車線に見つけたら、フリーウェイで降りたい出口があっても、諦めて次で降りてください。彼らも絶対に列に入れてくれませんから。


<アーティストに見習え>

これはベイエリアのお話ではありませんが、同じく、もしくはそれ以上に交通事情の悪いロスアンジェルスの話題です。蜘蛛の巣のようにロスアンジェルスを覆う道路網の中、ダウンタウンを南北に走り抜けるフリーウェイ110号線(別名、ハーバー・フリーウェイ)を、北のパサディナ方面に向かうと、カリフォルニア内陸を縦断する幹線道路、5号線に分岐します(別名、ゴールデンステート・フリーウェイ。カリフォルニアから北へ、オレゴン、ワシントン州を結んでいます)。
実は、この110号線から5号線への分岐は、表示が至って不十分で、間違ってパサディナまで行ってしまった人も、今まで数え切れません。"北方面(North)" だけでは、わかる方がおかしいのです。トンネルを4つくぐった後、突然分岐がやって来るのも、災いしています。
この状態に業を煮やしたのが、長い金髪が自慢の地元のアーティスト、リチャード・アンクロム氏でした。彼はアーティストらしく、州の運輸局の細かい仕様に則り、緻密に5号線の目印を作り上げ、昨年8月のある朝、堂々と "北方面" の看板に、その目印を貼り付けました(ワイングラスのグラス部分のような形の枠に、上部には赤地に白で州間を表すInterstate、下は青地に白で5号線を表す5と書かれた標識)。
大きさはひとりで持てるほどだったので、友人がビデオカメラを廻し一部始終を記録する中、単独で犯行に及びました。怪しむ人が出ないように、オレンジ色の道路工事用のベストを着込み、ヘルメットの下の金髪は、短く切り揃えました。

完成して9ヶ月間、運輸局の誰も問題にすることなく、アンクロム氏の目印は、そのまま一日15万人の通行に役立っていました。ごく最近、地元の新聞に紹介され、標識が偽物だったことが暴露されたのですが、"あまりにも精巧にできていたので、誰もが運輸局内部の仕事だと思った"、とスポークスウーマンは語っています。
アンクロム氏は、2年以上前から5号線の分岐に不満を持っていて、運輸局への苦情を考えました。しかし、きっと苦情は、役所のどこかでうやむやになってしまうに違いないと、自分で事を起す決心をしたそうです。自分の芸術は、現代社会で役に立つ証明をしたい気持ちもありました。きちんとやり遂げれば、ひとりが世の中を変えることを知らしめたい気持ちもありました。そして、何よりも、一個人が州の運輸局に一泡吹かせたのも、なかなかいい気分のようです。
勿論、目印はそのまま残され、アンクロム氏は、不法侵入や偽造などの罪には問われないそうです。

<合併の副産物>
昨年9月に発表されて以来、揉めに揉めていたヒューレット・パッカード社とコンパック・コンピュータ社の合併案が、ようやく5月に終決しました。今後、新生HPは、ビジネスの統合とコスト削減、そして会社文化の融合に全力投球することとなります。

最後にこの大騒ぎをお伝えして以来(4月8日掲載)、まさに昼メロそのものの展開がありました。合併を決める臨時株主総会の二日前に、HPのCEOフィオリナ氏が自社のCFOウェイマン氏に残したヴォイス・メイルが、何者かの手で、サンノゼ・マーキュリー新聞社の留守番電話に残され、フィオリナ氏が大手株主のドイツ銀行に賛成投票を促す圧力をかけた証拠か、と大騒ぎになりました。
その後、デラウェア州では、合併が有効か無効かの裁判があり、フィオリナ氏とHPを代表する9人の弁護士、反対陣営の総指揮者ウォルター・ヒューレット氏と仲間の7人の弁護士が参加し、携帯電話も没収され立ち見で傍聴する報道陣が見守る中、盛り上がった法廷劇となりました。コンパックのCEOカペラス氏の、悲観的な日記の一節すら、反対派の証拠として証言台に登場しました。
結局、裁判は短期間でスピード結審し、負けたヒューレット氏も、全面的に合併を支えていく声明を発表しました(とは言うものの、ウォルター一家やヒューレット財団は、HP株をどんどん売却しているようです。また、ヒューレット一族は、今後、HPに影響を与えるグループ協議を止めてしまうそうです)。

HPとコンパック両社の製品ラインやサービスの統廃合もさることながら、この合併でちょっと気になるのは、過去に何度もご紹介してきた、サンノゼ・アリーナの呼び名です。昨年春、アイスホッケーのプロチーム、サンノゼ・シャークスの本拠地が、"コンパック・センター(at San Jose)" となってしまった事はお伝えしました(2001年3月19日と4月23日掲載)。
その後、合併案が出てきて以来、もしかしたら、コンパック・センターという呼び名からおさらばできるかもしれない、と地元住民は淡い期待を持ち始めました。コンパックの本社はテキサス州ヒューストンにあり、地元に馴染む名前ではなかったからです。新名称が気に入らず、あだ名の "シャーク・タンク" で応戦したファンもいました。
そして、今回、合併が本決まりになり、自社のパソコンにあやかり、呼び名を "HPパビリオン" と変更したいとフィオリナ氏が発言して以来、ますますその期待は高まっています。名称変更には、建物の持ち主であるサンノゼ市の議会と、運営を担当するアイスホッケーリーグの承諾が必要となりますが、今のところ、正式な検討はなされていないようです。
一年ちょっと前にコンパック・センターとなって以来、建物の表示やネオンサインを変更するだけではなく、フリーウェイや道路の看板にも、新しい標識を用意する必要が出てきました。建物や道路の表示変更には、今まで、1億円以上掛かっています(市とコンパックが負担)。
幸いにも、フリーウェイ16箇所の新標識の方は、まだ作成前だったので、早速注文をキャンセルしたということです。莫大な費用の掛かかった今回の合併劇での、数少ない節約のようではあります。

<マサイ族の親切>
最後に、遠く離れた、アフリカのお話です。アフリカ大陸の東海岸、ケニアとタンザニアの国境近くの草原に、マサイ族の居住区があるのですが、先日、エヌーサエンという村で、14頭の牛の清めと、引渡しの儀式が行なわれました。牛を受け取ったのは、ナイロビにあるアメリカ大使館の副大使です。

きっかけは、現在スタンフォード大学に留学中のキメリ・ナイヨマ氏でした。彼は、学校の休みに一時帰省した折、昨年9月のニューヨークでの惨事を、村のみんなに語りました。あの日、たまたまニューヨークにいて、自ら惨事を体験していたのです。村の人達は、ラジオでおぼろげに遠い国の事件を聞いてはいましたが、ナイヨマ氏の生々しい体験談に心を打たれ、アメリカの人達に何かしなければと皆が賛同しました。そこで思いついたのが、一番大切な持ち物、牛を贈ることでした。
彼ら放牧民にとって、牛は単に乳や肉を供給する家畜ではなく、その血を酒と混ぜ儀式で飲み、その皮を衣服や飾りに仕立て、その排泄物も家の上塗りに使います。花嫁をもらう時は、代価として父親に差し出しもします。牛は、最も神聖な動物であり、それを食すると、超自然の感覚を味わいます。

残念ながら、牛をそのままアメリカに運ぶのは難しいので、贈られた14頭は市で売られ、代わりにマサイ族の宝飾品がアメリカに送られます。広い草原に生き、アカシアやキリンくらいしか高い物を見たことがないマサイ族にも、マンハッタンの巨大なビルでの出来事は、共に心を痛める一大事だったようです。
ナイヨマ氏が晴れて学校を卒業し、医者となって村に帰って来た暁には、この村とアメリカの絆も、もっと深くなるのかもしれません。

夏来 潤(なつき じゅん)

自由と平等の国:その表と裏

Vol. 34

自由と平等の国:その表と裏

先日、日本語の歌謡番組を見ていて、はっとした事がありました。アメリカ進出を目指している人気グループ、ドリームズ・カムトゥルーが、自分達の体験談を語っていたのですが、ニューヨークの路上で歌おうとしたら、警察に尋問され、許可がないと街角で歌ってはいけないのだと悟ったというのです。"自由と平等の国アメリカ" では、何でも自由にできると思っていたのに、意外な事だったというのです。
確かに、アメリカでは個人の主義、主張が尊重され、大勢から逸脱するからといって迫害を受けることはありません。しかし、何でもできる自由とか、誰もが一様に平等という理想からはほど遠く、どちらかと言うと、理想と現実のずれを痛いほど認識しているから、皆が納得するように、ことさらに規則を作り、それに違反した者を罰するという一面もあります。

卑近な例になりますが、たとえばサンノゼ市では、私有地にある木を持ち主が切り倒す場合、市の許可と半径100メートル以内に住む隣人達の承諾が必要です(高さ60cm、周囲140cm以上の木に適用)。最近、規則が弱冠緩和され、死んでしまった木に関する許可プロセスが簡略化されたものの、違反すると500ドルの罰金となります(この規則の主旨は、都市空間の緑の大部分を占める、私有地の樹木を守ることにあります)。
また、パロアルト市では、ある女性の自宅脇の生垣が規則(高さ60cm)より高すぎるとして、市の勧告を無視した彼女が、警察に逮捕されるという出来事がありました。彼女の家は住宅地の十字路にあり、生垣が高すぎて車の一時停止の看板が隠れてしまい、子供や歩行者に危険だ、というのが理由です。
一方、ロスアンジェルスのある中学校では、生徒の学力を向上させるという宣誓書の中に、先生達に対する服装規則が盛り込まれ、これに違反すると他の学校に飛ばされることになりました。ジーンズ、スニーカーは全面禁止で、男性はスラックスとネクタイ、女性はストッキングが規則となります。生徒のほとんどは、低所得層の移民家庭から来ており、先生がスーツを着たからといって、学力が向上するわけではない、と半分の先生は署名を拒否しています。
このように、市民の自由を守るため(木を愛でたり、道を安全に歩いたり、学力を上げるという自由)、日常生活は規則だらけなのです。

一方、平等に関しても、当然ながら、憲法や様々な法律で明言され、それを脅かす者には、罰則が適用されます。ただ、法律上の平等の定義は、必ずしも人の意識と一致しているとは限らず、この不一致は、時に偏見という形で社会に現れます。
4月中旬、こんな事がありました。オハイオ州に本社のある、カジュアル衣料品チェーン、アバクロンビー&フィッチ(Abercrombie & Fitch)が、アジア人をモチーフとした新しいTシャツを数種類販売したのですが、それが非買運動にまで発展したのです。
どのTシャツにも、細長い、つりあがった目の人物がマンガ風に描かれ、そのうちのひとつには、中国服と笠を身に着けた男性ふたりとともに、こんなスローガンが入っています。"Wong Brothers Laundry Service: Two Wongs Can Make It White(ウォング兄弟の洗濯屋:ふたりのウォングがいれば、何でも白くなる)"。他の図柄には、"Pizza Dojo(ピザ道場)" だの "Buddha Bash(ブッダ叩き)" という文字が盛り込まれています。
大学生をターゲットとし、過去にもその行き過ぎの宣伝活動が何度か問題となったA&F社は、アジア系のデザイナーを使い、最近頓に伸びているアジア系購買層に向け、新商品を発表したそうです。しかし、中国系住民の多いサンフランシスコでは、あまりにも無神経な行為だとして、店の前で抗議デモが起き、道行く人にA&F社製品の非買を訴えました。
これに驚いたA&F社は、特定の人を傷つける意図はまったくなく、ただただ申し訳ないと謝罪し、早速、新商品を50州311店舗からすべて取り除く約束をしました。しかし、かなりの数は、返品前に、ニュースを聞きつけた客に売られたようではあります(その後、早速、イーベイのオークション・サイトにも登場し、その希少価値と話題性を元に、10倍ほどの値段が付けられました)。

実は、このようなブラックユーモアのTシャツがこれほど大騒ぎになるには、深い歴史的な背景があり、移民の国アメリカで、とりわけ苦汁を嘗めながらも現在の立場を築き上げた中国系アメリカ人にとって、今回の出来事は、単なるユーモアでは済まされない事でした。
移民の中でも新参者となる中国人の移住は、アヘン戦争と農民の反乱で国内が混乱する1840年代から始まりました。それこそアフリカ大陸で行なわれていた奴隷貿易のような船が、主に中国南部の農民を契約書一枚で運び込み、安くて、よく働く労働者として、アメリカ各地にばら蒔きました。この "クーリー(苦力)" と呼ばれる労働力は、農業、漁業、林業、家内工業などで、いくらでも必要だったのです。
おりしも1848年、正式にメキシコの統治を離れたカリフォルニアで、金鉱が発見され、中国人労働者達は、金山での一攫千金を夢見て、他州や本国から次々とカリフォルニアに移住して来ました。1852年には、州の中国人人口は、州全体の1割近い、2万5千にも膨れ上がりました。その7割は、鉱山労働者と推定されています(この金山の夢は、当時世界中を魅了していたようで、北欧ノルウェーの生んだ文豪ヘンリク・イプセンも、戯曲"ペール・ギュント" に、ペールがカリフォルニアで金鉱を掘り当て、富を築くくだりを入れています)。

1862年、南北戦争の最中には、連邦議会は大陸横断鉄道建設を採択し、ユニオン・パシフィック社はネブラスカ州オマハから西へ、もう1社のセントラル・パシフィック社はカリフォルニア州サクラメントから東に向け、同時に鉄道を引くこととなりました。しかし、サクラメントから出発したセントラル社の方は、堅い花崗岩のシエラ・ネバダに阻まれ、労働力不足も相俟って、思うようにプロジェクトが進んでいません。
ここで登場したのが、勤勉な中国人労働者であり、セントラル社は1865年に彼らの採用を始め、2年後には、同社の鉄道労働者9割が中国人となりました。勿論、掘削機などないこの時代では、ピッケルやハンマーを使い手で岩盤を掘り起こし、土砂はバスケットで運び出すという過酷な労働です。1869年、ユタ州ポモントリーで大陸横断プロジェクトが完結するまで、過労や土砂崩れ、ダイナマイト事故のみならず、冬の厳しい山脈での雪崩に巻き込まれ、千人以上が命を失いました。
皮肉な事に、当時のセントラル社の宣伝ポスターには、"労働者の天国!:厳しい冬もなし。労働時間の差し引きも、虫害や蚤・シラミもなし" と謳われています。シエラ・ネバダとは、実は、スペイン語で "雪に覆われた山" という意味だったのです。

ヨーロッパ系移民に比べ、もともと労働条件の劣る中国人労働者は、社会的にも大きなハンディを背負っていました。カリフォルニアでは、中国人の市民権は許されず、選挙権や土地の所有権もなく、公職や法廷の証言台からも締め出され、外国人労働者として特別税を徴収されていました。中国人の子供は、公立学校に行くことも許されませんでした。
1870年代に入り、彼らは、ますます厳しい状況に追いこまれることになりました。不況のため白人の失業率が上がり始め、中国人を排除する気運が盛り上がり、各地に白人による暴動が広がったのです。特に、西部の州では反発が激しく、鉄道労働者で発展したサンフランシスコの中国人街では、身の危険まで感じるようになりました。
1882年、連邦議会では中国人入国禁止令(the Chinese Exclusion Act)が可決され、中国からの新たな移民や、すでにアメリカで働く移民の家族の入国を禁止しただけではなく、いかに長く国内で働いていても、中国人が市民になることを禁止し、彼らが国を離れれば二度と入国できないことを明言しました。この法律が1943年に廃止されるまでの数十年間、中国系住民は、国レベルの法的差別にも耐え忍ぶ事となりました。

話は少し逸れますが、今はシリコンバレーとなっているサンタクララ郡では、1850年、当時州都だったサンノゼ市に初めて中国人が現れて以来、その数は着実に増加し、1870年には、主にイチゴやチェリー(さくらんぼ)栽培に従事する中国人人口は、郡全体の5パーセント(1525人)となっていました。
"中国人は帰れ(Chinese Must Go)" という運動が広がる中、彼らは、サンタクララの豊かな農地を追われ、サンノゼ郊外の水銀鉱山や、サンタクルーズ山中を走る鉄道、モントレーの漁業や缶詰工場、ナパやソノマのぶどう畑で働くようになりました。それらの拠点となっているサンノゼ市の中国人街は、街の中心地に位置していましたが、市長や市議会から目障りと公言されるようになり、結局1887年、放火で焼かれてしまいました(今は瀟洒なフェアモント・ホテルのある辺り)。
新たに市役所が建つからと、この一等地での再建は許されず、街の北の外れにある紡毛工場の周辺とその数ブロック東に、ふたつの中国人街ができました。ここには、1900年当時、市の人口の2割近く、4千人もが住んでいました。その後、サンノゼの中国人街は徐々に廃(すた)れ、今は紡毛工場跡にはフリーウェイ87号線が走り、もうひとつは日本人街となっています。

さて、最後にA&F社のTシャツの話に戻りますが、新商品、特に洗濯屋の図柄とスローガンは、まさに中国人労働者が洗濯屋を含む家内工業で働き、"クーリー" と蔑視されていた時代を彷彿とさせるもので、歴史を熟知している人には、とても一笑に付せられるものではありません。また、このTシャツは、低賃金労働者とされていたアジア系移民の固定概念を、延々と後世に繋げるものだと訴える人もいます。Tシャツ発売直前にA&F社を視察した株式アナリスト達は、ユーモアの領域を逸脱した非常識さに、我が目を疑ったとも言います。
ところが、若い中国系アメリカ人の中には、かえっておもしろがってTシャツを買いあさったり、別に何とも思わないと公言したりする人もいます。自分の家族は昔、アメリカに来て、レストランや洗濯屋で一生懸命働いて豊かになり、それを誇りに思っている。その歴史的事実をおもしろおかしく描くのは、どこが間違っているのだろう。このTシャツに怒る人こそ、自分達の民族性を恥じ、劣等感を持っているのではないか、というものです。

しかし、現在も低賃金で働く層は確実に存在し、働きながらも、生活保護を受けなければならない人はたくさんいます。サンタクララ郡では、その8割がベトナム系ですし、その北のサンマテオ郡では、3割がラテン系となっています。その他、中国系、カンボジア系の移民も多く、時代が変わって、人が変わっても、誰かが安い賃金で、工場の製造ラインで働き、オフィスを掃除し、レストランの後片付けをしているのです(ちなみに、サンタクララ、サンマテオ両郡では、ハイテク産業従事者も含め、郡人口の3分の1が外国生まれとなっています。ベイエリア全体では、4分の1が外国生まれ。サンフランシスコ郡やロスアンジェルス郡では、その数は4割近い)。
このように、移民の比率が高いカリフォルニアでは、昨今、所得の両極化が進み、"バーベル経済(barbell economy)" という言葉まで耳にします(金持ちと低所得層が多く、中間層が少ない経済構造)。

A&F社のTシャツ論争自体は、今は下火となっていますが、同じような論争は、人の意識が完全に変わるまで、これからも何度となく蒸し返されるのでしょう。それは、移民の国アメリカが、世界のあらゆる国からの移住を受け入れ続ける限り、終わりなどあり得ないのかもしれません。

夏来 潤(なつき じゅん)

最近の出来事:確定申告の締め切り迫る

Vol. 33

最近の出来事:確定申告の締め切り迫る

今回は、最近ベイエリアで耳にする事を、話題満載でまとめてみようと思います。


<4月1日>

ついこの前、新年を迎えたような気がしますが、いつの間にか、エープリルフールズ・デイも過ぎてしまいました。毎年この日になると、シリコンバレーのいろんな会社が、冗談やいたずら(prank)を仕掛けます。
いつも常連になっているサン・マイクロシステムズは、Java Oneコンファランスと四半期の締めに迫られ、今年は惜しくも棄権してしまいましたが、ネットスケープやイーベイ、グーグルなどが、ここぞとばかりにギャグの競い合いをしました。

そんな中、非営利団体のコンサルタント会社、コンパスポイントは、こんなニュースEメイルを流しました。黒い疑惑のエンロン社の元CEO、ケネス・レイ氏を、取締役会のメンバーに迎えたというのです。"彼のビジネス感覚と、政界とのコネクションで、お互いが得をする関係が築ける。また、彼のお陰で、新しい会計監査会社として、アーサー・アンダーセンと破格の契約ができた" と、ご丁寧に経営者の談話まで載せています。
この会社は、4年連続、このような偽のニュースで、人をかついでいるそうです。

ところで、経済界の会計疑惑はどんどん広がり、大手エネルギー会社のウィリアムズや、ケーブル・サービス会社のアデルフィアが、最新のリストに名を連ねています。米国証券取引委員会(SEC)が調査を始めた会社は、今年1月から2ヶ月間で49社に昇り(今までの記録は、昨年の18社)、特に、フォーチュン500にリストされる大企業が増える傾向にあります。


<終わりのない合併劇>

この話を抜きに、ベイエリアの最近のお話はできません。ご存じの通り、ヒューレット・パッカードとコンパックの合併騒ぎは、3月19日の臨時株主総会が終わっても、まだ終息していません。2000年の大統領選挙のように、あまりに僅差なので、票の数え直しをしている最中なのです。

その間、反対派の代表者、ウォルター・ヒューレット氏は、デラウェア州の裁判所に、投票を無効とするよう訴えを起こしました。HPが、有力株主のひとつ、ドイツ銀行に圧力を加え、反対投票を引っくり返したというものです。また、合併後1万5千人を解雇すると発表しておきながら、実際は、解雇者は2万4千人に昇るはずで、合併のシナリオは明らかに株主を惑わしたとも主張しています。
HP側としては、臨時株主総会の直後、CEOフィオリナ氏の勧めで、役員ひとりがヒューレット氏と談話しましたが、この時は、和やかな会見で終わったそうです。突然のヒューレット氏の訴訟に驚きながらも、すかさず、4月26日に行なわれる役員選出投票の候補からヒューレット氏を下ろす事を発表し、更に、デラウェアの裁判所にも、彼の訴訟を棄却するよう申請をしました(HPは、もともとカリフォルニア州で設立されていますが、1998年に設立場所をデラウェア州に変更しています。コンパックは、デラウェア州の創設です。アメリカの公開会社の過半数は、本社の場所に拘わらず、法的システムの利点から、デラウェア州で設立されています)。

これを書いている時点では、ヒューレット氏の訴訟が実現するかはわかっていませんが、合併に関しては、賛成派と反対派がほぼ互角だったという投票結果からすると、両陣営に言い分があったということでしょう。
ただ、臨時株主総会が終わって手元に残った印刷物の山を眺めていると、このエネルギーと資源をどこか別の場所に使えなかったものか、という気がしてきます。経営者であるフィオリナ氏も、株主説得のため、全米行脚の旅で本社を留守にする事もあったし、合併話にフルタイムで従事しているHP社員は、千2百人もいると言います(HPは、このために合併専門子会社を設立)。

もしかしたら、この合併騒ぎで一番儲かっているのは、IBM、サン、デルなどの競合会社、マーケティング・メッセージを作成した代理会社、弁護士、報道関係者、そして何と言っても、噂好きのアメリカ国民なのかもしれません。


<オンライン・スーパーが戻って来た日>

過去2回に渡って、ベイエリアからオンライン・スーパーマーケットが消えてしまったお話をしました(2001年7月31日と8月22日掲載)。
1回目に取り上げたWebvanは、サンのCEOスコット・マクニーリーが、自分の奥さんがWebvanを利用できなくて憂鬱になっている、と冗談を披露するほどの人気でした。2回目の終わりの方では、倒産したWebvanに成り代わり、巨大スーパー・チェーンが、試験的にこの分野に乗り込んで来た事をお伝えしました。そのテスト期間が終わり、いよいよベイエリアにも、本格的にオンライン・スーパーが戻ってきました。

ベイエリアの街角で一番たくさん見かける、セーフウェイ(Safeway Inc.)とアルバートソンズ(Albertson’s Inc.)が、3月中旬に、本格的にオンライン部門を稼動し始めました(Luckyという名前のスーパーを覚えていらっしゃる方もいるかと思いますが、これはAlbertson’sに買収され、全店名称変更されました)。
2社とも、商品は店舗と同じ値付けにしていますが、Webvanの失敗から学び、一律10ドルの宅配料を徴収しています。アルバートソンズの方は、5ドルの手数料で、店で商品をピックアップできるようにもなっています。
両社とも、Webサイト上での商品のリストの仕方や、在庫切れの商品の払い戻しなど、細かいところは改善が必要ですが、なかなかの評判でスタートしたようです。マクニーリー氏の奥さんも含め、喜んでいるシリコンバレー住民もたくさんいるはずです。

ところが、嬉しい事ばかりとは限りません。たとえば、プライバシーの問題があります。セーフウェイの店舗では、以前から無料のメンバーカードを発行し、一部の商品にメンバー割引を適用していました。カード発行には、名前、住所、電話番号などの個人情報を登録する必要があり、そのため、レジでカードをスキャンした途端、どの消費者が、いつ、どの店舗で、何を買ったか全部記録が残ることになっています。
セーフウェイ側は、これは大まかなマーケティング情報収集であり、直接個人とは結びつかないとしていますが、プライバシー保護団体は、消費者に注意を促しています。たとえば誰かが法廷で訴えられた時、原告側の弁護士が、個人のアルコール飲料の購入履歴を提出させ、やり込める材料に使ったりする可能性もあるからです。
店舗での割引カードがそうなら、Webサイト上では尚更記録が残りそうです。現に、一回セーフウェイのオンラインでお買物すると、次回からは、一回目の購入商品だけではなく、過去にメンバーカードを提示して買った物が、"私のお気に入り" として全部リストアップされます。
ほとんどの消費者は、同じ商品を繰り返し購入する事を考えると、これは便利な機能とも言えますが、何となく気持ちが悪くもあります。悪い事をしていなくても、見られるのは嫌なのが人情です。


<苦戦するオンライン確定申告>

前回のインターネットに関するお話で、連邦政府の税務機関IRSの推奨する、オンライン確定申告をご紹介しました(確定申告することをfile a tax returnと言うところから、e-fileと呼ばれています)。
それに関して、4月15日の最終期限までにはまだ間がありますが、先日IRSから中間報告が発表されました。その報告によると、3月末までに申告した件数の半分弱がオンラインでなされており、昨年の同時期に比べると、2割も増加しています。ところが、IRSの予測では、最終的にオンラインで申告される件数は、全体(約1億4千万件)の3割ちょっとにしかならないだろうということです。
これは、個人と税金サービス会社の代理申告を合わせた数で、個人のオンライン申告に至っては、全体の6パーセントのみだと予測されています。

IRSは、2007年までに、確定申告の8割がオンラインでなされることを目標としており、今年の申告だけで、TVコマーシャルなどに23億円のマーケティング費用を遣っています。こういったIRSの思惑に反し、実際はなかなかe-fileが受け入れられない理由のひとつとして、セキュリティー問題を恐れる人が多いことがあります。昨年は、コンピュータで申告準備をしながら、最終的には郵送申告した人は、4千万人もいたそうです。
また、タダとかバーゲンに弱いお国柄なので、e-fileに必要なソフトウェアにお金を払うのが気に食わない人もいます。そして、根本的に、何が利点なのかよくわからないと言う人も多いようです。
クリントン前大統領は、オンライン申告の特典として、税金割引案を提案しましたが、議会で却下されました。ブッシュ現大統領は、来年から、オンライン申告に限り、最終期限を15日延長する案を出しています。何らかの餌がないと、皆すぐには飛びつかないのが現実のようです。

さて、この話題のIRSですが、先日おもしろい事を言い出しました。今年から、減量するために掛かった費用を、医療控除とするというのです(減量プログラムの受講費や、食事療法カウンセリング費用が控除対象)。
勿論、ちょっとお腹に肉がついたから、体重を減らしたいというだけではだめで、医学的に減量する必要がある人に限ります。それでも、これは画期的な計らいと言えます。今までは、何らかの病気を治療する過程での減量しか控除として認められなかったのですが、今回は、肥満(obesity)そのものが疾病であるという見解を取っているからです。

一年ほど前、アメリカ人の肥満は社会問題に発展しているというお話をしましたが(2001年3月16日掲載)、今や大人人口の3割が肥満(obese)、6割が肥満気味(overweight)を越えるとされる中で、体重を減らす事に、国の将来が掛かっていると言っても過言ではありません。

IRSは、近年、国民の健康を憂慮し、禁煙プログラムに掛かった費用や、アルコール中毒の治療費を控除対象としていましたが、ついに肥満も、堂々とその仲間入りを果しました。今回のIRSの決定が引き金になり、今後、肥満治療に保険が利くようになる事が切に期待されています。


<メージャーリーグ野球>

ご存じの通り、4月2日、新庄剛志選手のいるサンフランシスコ・ジャイアンツの開幕戦が、ロスアンジェルスで開かれました。永遠のライバル、ドジャーズには開幕から3連勝し、幸先の良いスタートとなりました。

残念な事に、開幕戦は午後1時からだったので、多くのファンは、テレビ観戦すらできませんでした。また、どんな試合だったのか知りたいけれど、ローカルニュースのたった30秒の報道では、物足りません。そういった不満を持つファンのために、メージャーリーグ(MLB)は、今シーズンからインターネット放送を始めました。
www.MLB.comでは、毎月5ドルで、ひと試合20分に凝縮されたビデオを観戦できます。試合終了後90分で放送が準備され、元気がある人は、その日行なわれた十数試合すべてを観戦できるのです。
これは、ヒットやホームラン、アウトを生んだ投球のみを集めたダイジェスト版で、フォアボールや三振前のストライク、監督とアンパイアの口論、ゲーム前のファンサービスのイベントなど、余分なものは一切取り除いてあります。忙しくて時間がないというよりも、20分掛けても、試合を詳しく知りたい通をターゲットとしており、今シーズンは、2万人のユーザーを目指しています。
テレビやケーブルチャンネルでは、スポーツ番組のオンパレードですが、それとは違った味を出してくれるはずです。

ところで、注目の新庄ですが、サンフランシスコと契約した頃は、疑問視するスポーツ評論家もいたようですが、オープン戦での活躍で、一躍スター選手の仲間入りを果したようです。その後、ちょっと調子に乗り切れていないですが、目立つ存在であることは確かです。
スポーツキャスターには "flashy Shinjo(ぴかぴかの新庄)" などと言われていますが、プロである以上、目立つことは大切な事なのです。

夏来 潤(なつき じゅん)

インターネット:日常生活への浸透

Vol. 32

インターネット:日常生活への浸透

アメリカでは、インターネットの一時的な過熱ブームが去り、"ドットコムの破綻(dot-com bust)" だとか、"内部破裂 (implosion)" などと言われるようになって久しい今日この頃です。けれども、そんなドットコム会社達の大騒ぎを尻目に、月日を追うごとに、インターネットは広く深く人々の生活に浸透しています。

今回は、そんなインターネットの利用法について、公共機関を重点的にまとめてみようと思います。



【カリフォルニア州の公共利用】

先日、年に一度の、自家用車の登録更新をする必要があったのですが、カリフォルニア州の運輸局(California Department of Motor Vehicles、通称DMV)は、今年から、オンライン登録更新を選択肢として採用していました。
従来の更新方法は、送ってきた更新料請求書に、小切手と自動車保険加入証明書のコピーを同封して郵送するというものでした。新たなオンラインの方法だと、DMVのWebサイトで、指示された身分証明番号を入れ、出てきた内容を確認し、更新料支払いのためクレジットカード番号を入れるだけで、すべての処理が完了します。三日後には、早々と、更新証明ステッカーが送られてきます(これを後部ナンバープレートに貼ります)。

これが実現できたのは、勿論、州のIT改革という基本的な事もありますが、それとともに、州内で営業している保険会社の協力があったからでもあります。この新システムの開始に伴い、保険会社は、法律で定められる自動車保険に加入する車を、DMVに事前報告するようになりました。お陰で、DMVでは、更新の際、保険加入証明を紙面で確認する手間が省けるようになったのです。
従来の更新方法でも、たとえば、排気ガス検査が必要な登録車の場合、ガソリンスタンドなどにある検査所から、自動的に報告書がDMVに送られていました。今回の新システムでは、これが一段階進化し、DMVや更新者の負担を更に軽減してくれます。このオンライン更新の利用には、4ドルのサービス料が取られますが(郵送の場合の、34セントの切手よりずいぶん高いですが)、便利さには替えられません。

最近、カリフォルニア州では、"e-Government(電子政府)" という掛け声の元、更なる仕事の効率化を目指し、IT改革に励んでいるようです。その一環として、裁判所が課す、スピード違反などの交通法規違反者の講習(traffic school)まで、オンライン化されているらしいです。参加する人にとっても、その方が自分の都合に合わせ易いのは事実ですが、完了最終期限が厳しく定められているので、コツコツとやるタイプの人でないと、更なる罰金の対象になってしまうかもしれません。

州政府だけではなく、地方自治体もがんばっています。たとえば、サンノゼの北西に位置するクーパティーノ市では、市議会の様子がインターネットで見られるようになりました。従来、どの都市でも、議会の様子をケーブルTVチャンネルで放映していましたが、最近、クーパティーノでは、市のWebサイトでも同時放映するようになりました。
インターネットの選択肢を加えることによって、住民に対し、より開かれた議会を目指しているようですが、同時に、"シリコンバレーらしさ" にもこだわりを見せています。

 



【連邦政府の場合】

一方、連邦政府のオンライン化と言うと、まず税務署が思い浮かびます。財務省の内国税収入部門(Department of the Treasury, Internal Revenue Service、通称IRS)では、2年前の1999年分納税から、オンライン申告を採用しました(呼び名はIRS e-fileと言います)。

ご存じの通り、米国では、収入のあるすべての人が確定申告(tax return)をする必要があり、毎年4月15日の最終期限の頃には、みんな計算機を片手に、複雑怪奇な算数に四苦八苦します。毎年、税法が変わり、何がいくら控除になるかも把握しておく必要があります。そのために、TurboTaxなどの税金ソフトウェアが流行り、パソコンの普及にも一役買ったとも言われます。
これが一歩進化したのが、IRSのe-fileです。IRSのパートナーとなっている税金ソフトウェア会社のWebサイトから、プログラムをダウンロードし、指示された箇所に必要な情報を入れていくだけで、税金を追加支払いするのか、払い戻しがあるのか、自動的にIRSに報告が行くようになりました。確定申告があまりに複雑なので、代わりにやってくれるサービス会社が巷にたくさんありますが、IRSに認定されている所だと、やはりオンラインで代行してくれます。

オンラインでやるメリットは、ひとつに、申告書をIRSに書留郵送する手間が省けることがあります(毎年4月15日の深夜12時まで、ほとんどの郵便局が営業していて、入り口まで長蛇の列ができます)。それだけではなく、申告から48時間以内に、IRSが申告を受諾したか却下したかがわかるので、いつまでも認否の返事を待つ必要がありません。
税金が戻ってくる場合も、追加支払いがある場合も、従来の小切手の郵送に代わり、指定した口座で自動振込みや引き落としができるのも、ありがたいことです。また、オンライン申告開始の頃は、勤めている会社から発行される収入証明書(W2と呼ばれる源泉徴収票)を郵送しなければいけませんでしたが、今は何も紙面で送る必要がなくなり、完全にオンライン化されています。IRSは、今後、自分のWebサイトで、直接申告ができるように計画しています。

一説によると、申告の間違いのせいで、必要以上に税金を支払っている人が多く、平均すると、一人当たり600ドルほどにもなるそうです。国は勿論、自分からは税金を返してはくれないので、納税者は知らぬが仏ということになります。オンライン、オフラインは問わず、少なくとも税金プログラムを使うことは不可欠のようです。

また、IRSは、申告後、個人監査を抜き打ちで行なうのですが(昨年は、申告漏れも含み、174人にひとりが監査されました)、オンライン申告だと、ある程度信用されるので、監査されにくいのかもしれません。最近のトレンドとしては、高所得者の監査率が減り、代わりに低所得者層の監査が増えているそうです。

 



【インターネットの利用者】

ところで、インターネットの利用が確実に広がっているとは言うけれど、いったいどれだけの人がインターネットを使っているのか、という疑問が出てきます。
少し統計的な話になりますが、2月に商務省(Department of Commerce)が発表したデータによると、赤ん坊は別として、アメリカの人口の54パーセントがインターネットを利用しており、毎月2百万人が新たにユーザーとなっているそうです。子供達に至っては、実に10人に9人が、学校か家庭でインターネットにアクセスしています。
家庭でのインターネット利用も、今や全世帯数の半数を超えています。3年前には4分の1の世帯でしか利用されておらず、年収や人種・民族など社会経済的要因による "デジタル格差(digital divide)" が、徐々に減少していることがわかります。

次に、皆どのようにインターネットを使っているかというと、やはり2月に発表されたUCLAのインターネット・リポートによると、ネット・ユーザーの9割が、Eメイルやインスタント・メッセージを愛用しています。また、8割の人が、Webサーフィングを行なっています。一方、オンライン・ショッピングやニュースを読むのにインターネットを利用している人は、全体の半数ほどのようです。
この中で、インスタント・メッセージは、特にティーン・エージャーの間で、人気絶大のようです。電話では言えない事も、文字にすると表現し易いらしく、一日数時間、コンピュータで会話するのも珍しくないようです(ダイヤル・アップ接続の場合でも、市内の番号に接続するため、電話料金は、毎月定額の、安い電話サービス料で補われます)。
また、Eメイルの利用は、高齢層にも広く浸透しており、遠くにいる子や孫との会話をきっかけに、バーチュアル世界が広がる例が多いようです。

オンライン・ショッピングは、現在、半数のネット利用者しか参加してはいませんが、この分野は、毎年確実に成長しています。商務省の統計によると、昨年のオンライン一般消費は326億ドル(4兆円強)で、一昨年より2割も増加しています。やはり歳末商戦のがんばりは大きく、売上の3割は年末3ヶ月で計上されています。
インターネットを始めて、単なるおしゃべりからオンライン・ショッピングに移行するには、ある程度の試行期間が必要なようですが、すぐに脱皮するのは、やはり、16歳から18歳のティーンのようです(平均14ヶ月)。驚く事に、それと同じくらい果敢なのは、65歳以上の高齢層で(平均15ヶ月)、20代から50代の人の先を行っています(平均20ヶ月前後)。ひとたびインターネットの魅力を知ると、どんどん未知の世界に飛びこむ勇気があるようです。

話は脱線しますが、オンライン・ショッピングの陰の魅力として、州内に物理的な店舗を持たないオンライン・ショップから購入すると、消費税が掛からないという事があります(州民から消費税を徴収し、地方自治体に納税するのが煩雑になってしまうからです)。
カリフォルニア州では、消費税8パーセント以上の自治体が大部分で、この課税の有無は、特に高額の買物の場合、支払いに大きく左右します(カリフォルニアの場合、消費税は州によって一律ではなくて、郡ごとに異なります)。
本来は、購入者がオンライン・ショップに支払うべき消費税を自己申告する必要がありますが、そんな(奇特な)人はめったにいないようです。

 



【オークション・サイト】

オンライン・ショッピングもさることながら、インターネットの魅力を最大限に利用しているのは、オークション・サイトと言えるかもしれません。今まで使われずに、手元で眠っていた物品を、ネット上で一番高く入札した人に売れるというのは、サザビーなどの高級品オークションに無関係の庶民にとって、とてもありがたいことです。
サンノゼに本社のあるイーベイは、そういったオークション・サイトの先駆者と言えます。先月末、ヤフー・ジャパンに太刀打ちできず、日本からは撤退してしまいましたが、他の18カ国ではいずれも一番の人気を誇り、4千2百万人もの登録者を持ちます(日本撤退と同時に、台湾最大のオークション・サイトNeoComを買収し、アジア進出を目指しているので、日本に戻って来ることもあり得るのかもしれません)。

そのイーベイの本国のサイトで、先日変なものが売りに出されました。ヒューレット・パッカードの株主とおぼしき人が、HPとコンパックの合併の是非を問う、臨時株主総会の投票権を売りに出したのです。もし、落札者が合併に賛成なら、この株主が賛成に投票するし、もし反対なら、反対投票するというものです。1000株ほどの投票権でしたが(HP全体では、19億株)、29人が入札し、最高額は76ドルだったそうです。
結局、偽のブランド品や臓器などの売買を禁止しているイーベイ側が、投票権や株の売買も認めないとし、オークションは成立しませんでしたが、この合併案に対する最近のメディアの関心度を鑑みると、もうちょっと高額の入札があってもよかったような気がします。

3月19日に迫った株主総会に向け、フィオリナ氏を中心とするHP陣営と、HP役員であり、創設者ウィリアム・ヒューレットの子息であるウォルター・ヒューレット氏陣営の闘いは、今年1月くらいから更に過熱し、毎日のように両陣営は新聞に全面広告を載せて、株主の理解を求めています。
株主の手元にも、ヒューレット氏からの合併をこき下ろす手紙を始め
として、相対するHP役員会からも、応援を求める手紙が届きました。その後、数回に渡って送られてきた反対投票のための緑の投票用紙には、ヒューレット氏のラブコールが、賛成投票のための白の投票用紙には、合併成功を描くバラ色のシナリオがそれぞれ同封されています。
インターネットが浸透し、株主総会の投票も通常はオンラインや電話でできるアメリカではありますが、さすがに今回の投票は、紙面で行なわなくてはいけないようです。この際、郵送が面倒くさいなどと言っている場合ではないのです。

夏来 潤(なつき じゅん)

情報社会:あなたも見られているかもしれません

Vol. 31

情報社会:あなたも見られているかもしれません

冬季オリンピックが始まり、毎晩テレビにかじりついています。オリンピックの競技に関しては、思うところがいろいろありますが、今回は、そこから派生した最近の関心事を、ふたつみっつまとめてみようと思います。



【もうひとつのセキュリティー】

前回のオリンピックの記事で、開催地であるソルトレーク・シティーの警備の様子に触れましたが、セキュリティーに気を使うのは、何も会場だけではありません。オリンピックの運営に不可欠な情報網も、陰に隠れた警備に支えられています。
刻々と変わる競技の記録や、選手達の過去の成績などを持つデータベースは、間違った手に落ちると大変な事になります。記録が改ざんされたり、選手の個人データが漏れ、悪用されたりする可能性があります。そのため、ソルトレーク・オリンピックで採用されたのが、サニーベイルに本社のあるソニックウォール社(SonicWALL, Inc.)の、アクセス・セキュリティー製品です。
この会社は、おもに中小企業に向けて、ネットワーク・セキュリティー製品を提供していますが、今回採用されたものは、ルーターのような小さな筐体に、システムを外敵から守るファイアーウォールや認証アプリケーションが仕込まれています。これをインストールすることにより、許可された報道関係者以外のアクセスが、確実にシャットアウトされているようです。

昨年9月のテロ事件以降、特に企業ユーザーの間で、システム上のセキュリティーへの関心が一段と高まっています。たとえば、セキュリティー・ソフトウェアの最大手、シリコンバレーのシマンテック社では、12月末までの四半期に、売上が前年比3割もジャンプアップしたそうです。同じような伸びは、競合会社のネットワーク・アソシエッツ社でも記録されており、今年この分野は、全世界で18パーセント成長し、43億ドル産業になると予測されています(ガートナー社の発表)。

実は、このようにシステム・セキュリティーに気を使わなければいけないのは、個人もまったく同じ事で、最近は、ハッカー達の魔の手が、一般ユーザーにも伸びて来ています。ひとつに、近頃は個人用のコンピュータでも、企業で使われる物と同等のパワーを持つものが増え、ハッカー達にとって、よりおもしろいターゲットになってきたことがあります。
また、DSL(電話のデジタル専用回線)やケーブルTV回線を利用した高速インターネット・アクセスサービスが広がり、繋ぎっぱなしの状態のユーザーが増えてきたこと。加えて、一般ユーザーのセキュリティーに対する意識の低さも災いしています。個人ユーザーであっても、ファイアーウォールや抗ウイルス・ソフトウェアを定期的にインストールする必要がありますが、"私は大丈夫" と、それを怠る人が多いのが現実のようです。

数年前までは、ウイルス製造者達は、ただコンピュータのデータを破壊するだけで満足していました。しかし、最近は、パスワードやクレジット・カード番号などの個人データを盗んだり、忍び入ったパソコンから他のシステムを攻撃したり、Eメイルのアドレス帳を使って、友達のパソコンを感染したりと、良からぬプログラムをウイルスに忍ばせることが流行っています。大企業や有名人だけが狙われる古き良き時代は、もうすっかり過去の話となっているのです。

困った事に、コンピュータユーザーが気をつけなければいけないのは、ハッカー達の攻撃だけではなく、敵は意外にも身近にいるかもしれません。最近、静かに人気を得ているのが、キーボードのキーストロークをつぶさに記録するという意味の、"キーロガー(key logger)" と呼ばれるソフトウェアです。これは、自宅やオフィスのパソコンに仕込まれ、まるで監視カメラがパソコン・モニターを撮影しているかのように、利用者のコンピュータ上の行動を、緻密に記録します。
インターネットでは、教育上好ましからぬサイトが多々存在します。子供達がそういったサイトに訪れないように、フィルター・ソフトウェアが生まれました。ところが、これらは必ずしも確実な方法ではなく、それだったらいっそのこと、子供達の行動を監視しようということになりました。
子供が訪れたサイト、ダウンロードしたアプリケーション、チャットルームやEメイルで打った内容などが、定期的に保存されるのです(極端な話、1秒間隔でも記録できます。平均的な一日8時間の監視で、10MBほどのディスク容量が必要です)。中には、子供が禁止されたサイトを訪れた途端、オフィスにいる親に、警告Eメイルを送るプログラムまであります。

この手のソフトウェアは、子供達だけではなく、配偶者や、会社の従業員に対しても使われています。見られているだけで、禁止された行為が激減するとも言われますが、陰で身上調査の役割を果している場合もあります。
法的には、勿論、パソコンを利用する人の承諾を取り、また、他人の所持するパソコンにはインストールできないという名目になっていますが、利用者に知られないための "ステルス・モード" などもあり、必ずしも規則が守られているわけではないようです。
このステルス・プログラムに対抗するため、利用者がスパイされていることを知らせるソフトウェアまで登場し、この分野は一段とホットになって来ているようです。

昨年夏、FBIが、ニューヨークのマフィアの会計違法行為を立証するため、キーロガーを利用した事件がありましたが(マフィアの方は、これは違法な盗聴行為だとしています)、このようなスパイ行為は、法の執行機関に限られた話ではなくなっています。

 



【人気コーシャルはどれ?】

オリンピックの民間スポンサーシップがすっかり常識となってしまった中、ソルトレークでは、全世界から400人もの社員を集結させたマクドナルドなどが、マーケティング戦略にしのぎを削っています。
でも、宣伝と言えばもっと上手がいて、少し前に開かれたプロフットボールの天王山、スーパーボウルでは、さらに激しい宣伝合戦が繰り広げられました。この祭典は、NFL一のチームを決定するスポーツイベントではありますが、国民の関心は同じくらい、試合中に流れるコマーシャルにも集まります。
試合が行なわれる約3時間は、トイレに立ったり、ビールやスナックを取りに行ったりできないほど、皆テレビにかじりつくとも言われています。翌日には、オフィスでも、どのコマーシャルが一番だったかと議論が白熱します。ゆえに、スーパーボウルを制覇した企業は、世界を制覇した気になります。

一昨年前までは、ドットコム会社の奇抜なコマーシャルが話題の中心となっていましたが、昨年からはそういった会社も激減し、Eトレード、ヤフー、求人サイトのモンスター・ドットコムなどの大御所を除いては、すっかり陰を潜めてしまいました。
代わりに、自動車、アルコール・清涼飲料、電話業界など大手が息を吹き返しています(ちなみに、30秒間のコマーシャル・スポットは、今年2億5千万円の値が付きました。昨年は、好景気の余波のせいか、3億円でした。一方、ソルトレーク・オリンピックでは、これが一気に8千万円弱に下がり、一番の人気ドラマでも、4千5百万円ほどです。1ドル130円換算)。

そういった中、今年一番の人気を誇ったのが、ペプシ・コーラのコマーシャルでした。ティーンの間で絶大な支持を集め、新たにスクリーンデビューも果した、歌手のブリトニー・スピアーズが出演していたからです。1950年代から2000年代の6つのコスチュームで登場する、メドレー形式のもので、90秒間の歌とダンスは一見の価値がありました。

実は、このコマーシャル・ランキングは、別に視聴者の投票で行なわれるわけではなく、今年のデータは、ビデオ録画サービスの会社、ティボー(TiVo Inc.)が発表したものです。
アメリカの場合、テレビを見るにはケーブルTVに加入するのが一般的ですが、このケーブル回線を通して放送された内容をデジタル録画するサービスが、最近家庭に浸透しつつあるのです。
この手のサービスには、最大手のティボーの他に、マイクロソフトのUltimateTVや、ソニックブルー(S3の改名)のReplayTVなどがあります(ケーブルTVに限らず、衛星放送やアンテナ受信にも使えます)。現在、全米で80万人のユーザーがいますが、数年のうちに4千万人を超えるとも言われています(フォレスター・リサーチ社の発表)。

どの会社も、好きな番組を毎回逃さず録画するだけでなく、視聴者が見ている内容を、その場で一時停止したり、巻き戻したり、スローモーションにできることを、うたい文句にしています。各家庭に備え付けられた録画機には、ハードディスクが内蔵され、毎日の放送スケジュールと新たに追加された機能を送ってくるサービス・オフィスとは、電話回線で繋がれています。
今回のスーパーボウルでは、ティボーは、この電話回線を使って、無作為に選んだ1万人の行動パターンを調査しました。その結果、一番巻き戻しの回数が多かったのが、ブリトニー・スピアーズのコマーシャルだったと発表しました。本文であるフットボールの試合などよりも、圧倒的に巻き戻しが多かったようです。
2位は、やはり彼女のペプシのコマーシャルで、30秒間に簡略したバージョンでした。彼女の根強い人気も驚きですが、茶の間での行動パターンを誰かに見られている事にも驚きではあります。
ティボーがこのような調査をしたのは初めての事ですが、"決して最後ではない" と明言しています。

 



【おまけ:愛すべきユタの噂話】

ソルトレーク・オリンピックのお陰で、何かとユタ州が話題になっています。大抵は、州外の人間が持つ偏見を、ユーモラスに正す報道です。たとえば、奥さんはひとりだけだよとか、ユタ州にも有色人種は住んでいるんだよとか、アルコール飲料は禁止されてはいないよとか、そんな他愛もないものです。
スキーイベントが開かれているおしゃれなリゾート、パーク・シティーは、毎晩パーティー会場となっているようで、そういう意味では、他の州とあまり変わりはないようです。ただ、バーで出されるビールは、アルコール3パーセントと薄められており、コストパフォーマンスを求める人は、ウィスキーやヴォッカに走ります。これでは、何のためにビールを薄めているのか、本末転倒と言えるようです(ただし、ユタ州は海抜が高いため、高山病になり易いし、アルコール摂取に気を付けた方が良いのは事実です)。

また、オリンピック・イベントが始まる直前、論議を呼ぶ出来事がありました。開会式の前日、オリンピック選手村では、各国から集まった選手達に無料でコンドームが配布されました。選手村の売店で使えるコンドーム割引券も一緒に配布されたそうで、これが、地元のモルモン教徒の反感を買うこととなりました。教会は、結婚前の関係を禁じており、オリンピック委員会の行為は、若者に悪しき影響を与えるというものです。
勿論、AIDS感染を防止するために取られた策なのですが、それにしては、場所柄をわきまえた方が良かったのかもしれません。
一方、当のオリンピック選手達はと言うと、一様に "今は21世紀だぜ" と、笑い飛ばしているようではあります。

その他、ユタ州の奇妙なところでは、一人当たりのゼリーの消費量が、国で一番多いというのがあります。アメリカでは、Jell-Oという商標で売られている、赤やら緑やらの、いやにカラフルなプルプルしたデザートです。
実際、みんながこれを食しているのか、何かの儀式に使われているのかは、まったく謎に包まれています。

夏来 潤(なつき じゅん)

冬季オリンピック:ソルトレーク・オリンピックの周辺

Vol. 30

冬季オリンピック:ソルトレーク・オリンピックの周辺

皆様良くご存じの通り、2月8日から、ユタ州ソルトレークシティーで、冬季オリンピックが開催されます。
ところが、スポーツイベントとしてはタイミングの悪い事に、今はまだ、フットボール、バスケットボール、アイスホッケーなどのプロスポーツのシーズン中です。ゴルフもテニスもシーズンが始まったばかりだし、加えて大学バスケットボールなどの視聴率の高い催しも災いし、みんなのオリンピック熱はあまり高まってはいないようです。テレビ局も、冬季オリンピックを初めて放映する栄を受けたNBC以外は、押しなべて無関心を装っています。
そんなこんなで、通常人気の高い開会式の入場券もまだ余っていて、900ドルのチケットが、700ドル以下で売られているという話も聞かれます。

でも、せっかく4年に一度のオリンピックだし、アメリカで開かれるということで、このスポーツの祭典に纏わる話を、いくつかまとめてみたいと思います。



【技術提供】

今回の冬季オリンピックでは、シリコンバレーからも選手が出場します。でも、この地域を代表するのは、何も選手達だけではありません。今までIBMが一手に引き受けていたオリンピックのIT管理を、今回からコンソーシアム形式で、複数の会社が担当することになり、サン・マイクロシステムズ、オラクル、シスコ・システムズ、インテル、ヒューレット・パッカードなどの地域の重鎮達が参加しています。
総元締めは、ニューヨークのシュランバジェー・シーマというIT会社が努めていて、今回の祭典では、4000台のゲートウェイのPCとサーバー、145台のサンのUNIXサーバー、700台のシスコのルーターとスウィッチ、1200台のゼロックスのプリンターを、5万キロメートルにも及ぶ光ファイバーで繋げるという大仕事をこなします。
また、ソフトウェア側では、オラクルのデータベース、インテルのLANDesk、HPのOpen Viewなどが選ばれ、これらをスムーズに起動させ、遠隔地でのデータ収集や分析、さらにコメンテーターやプレスへの瞬時の情報開示を保証する、という大きな責任を担っています。
既に1月中旬にシステムは稼動していますが、本格的にスタートする開会の日までには、ボランティアも含め、3000人がIT管理に従事するそうです。今回から、実況中継中、コメンテーターが過去の記録や統計をタッチスクリーンで見られる、という細やかな機能も追加されており、情報社会のオリンピックを陰で支えるのも、どうやら至難の技のようです。

ところで、UNIXサーバーを提供しているサン・マイクロシステムズは、最近新たにアイスホッケー・リーグ(NHL)と契約を交わし、リーグのインターネットサイトのアップグレードを担当することになりました。それに加え、オールスターゲームやドラフトなどの特別なイベントのスポンサーも務めることとなり、リーグとの関係を深めていくようです。

ソルトレーク・オリンピック委員会が、IT関連に割く予算は390億円だそうですが、どうやら、スポーツ分野には、テクノロジー会社にとっておいしいビジネスが、たくさんころがっているようです。

 



【テロ防止】

今回のオリンピックのもうひとつの課題は、セキュリティーです。多くの人が集まり、テロのターゲットになり易いということで、警備体制もかなり強化されています。国の治安やテロ活動への応戦というのは、ブッシュ政権の最重要課題でもあります。
ところが、先日アッシュクロフト司法長官が現地を視察したところ、イベントの前後に人が流れて来る、付近のレストランやお店の警備がまだまだ生温いと指摘され、急遽、警備要員を増やし、パトロールを強化することになったそうです。

ソルトレークに向けては、シリコンバレーからも助っ人が派遣されました。ニューヨークのワールドトレード・センターでも活躍した、災害救助専門のレスキュー隊です。今回のオリンピックでは、全米から集まった6つのレスキュー隊が待機していますが、その中には、唯一連邦政府から認証されている、爆弾事故専門のロスアンジェルスのレスキュー隊もいます。こういったレスキュー隊は、テロ事件だけではなく、スキー場のリフトが動かなくなったとか、大雪で建物が倒壊したといった事故にも活躍します。

オリンピックと同様に、2月3日に開かれるフットボールの祭典、スーパーボウルでも、今までに類を見ない警備体制が取られます。このもうひとつの国民的イベントの開催地、ニューオーリンズのスーパードームでは、周囲に高さ3メートルのコンクリートフェンスが張り巡らされ、入場者は、ファン、報道陣、売り子を問わず、徹底的なセキュリティー・チェックを受けます。
通常、スタジアムに黒塗りのリムジンで乗りつけるVIPといえども例外ではなく、フットボール・リーグ(NFL)のコミッショナーであろうと、チームのオーナーであろうと、車で入場することはできません。みんなかなり遠くにある駐車場から、テクテクと歩いて来ます。頭上はと言えば、6万5千人の命を守るため、無飛行地帯(no-fly zone)として警戒されます。

イベントでの惨事としては、1996年のアトランタ・オリンピックでの爆破事件も記憶に新しく、冬季オリンピックしかり、スーパーボウルしかり、何とか無事に終わってほしい、と関係者は神経を尖らせているようです。

 



【聖火リレー】

現在、アメリカでは、各地を巡る聖火リレーが行なわれています。12月4日にアトランタを出発した聖火は、46州にまたがり、65日間、2万2千キロメートルを走り継がれ、目的地ソルトレークシティーに向かっています。聖火ランナーには、全米で、約1万2千人が選ばれました。中には、昨年のホームラン王、バリー・ボンズ選手のような有名人もいますが、大部分は、一般人から選出されています。
ベイエリアでも、200人ほどの老若男女がリレーに加わりましたが、中には車椅子や義足の人も参加しています。選考の基準は、勿論、速く走れるといったことではなく、難関を乗り越え、いかにコミュニティーのみんなの励みになったかということです。
シリコンバレーを走り抜けた中には、白血病、大脳麻痺、肺炎を次々と克服し、パラリンピックの水泳で金メダルを獲得した20歳の女性や、腎臓移植を受けながら、ガンとも3回闘い生き残った21歳の男性などもいます。彼は、今通っているバスケットボールの名門、サンタクララ大学で、チームの学生マネージャーを元気に務めています。

サンフランシスコで聖火を繋げた37歳の男性は、4年間闘い続けている白血病を押して、300メートルの距離を歩きました。その3日前には、あと4日しかない命だからと、医者から参加を断念するように言われていました。しかし、ついひと月前にはトライアスロンにも出場し、17時間の制限時間ぎりぎりで完走しています。そういう彼にとって、今回の聖火リレーは、何としても実現したい事で、救急車の運転手をしている友達を巻き込み、病院脱走計画まで練っていました。最後には担当医も根負けして、ゴーサインを出したようです。
参加当日の早朝、入院しているシリコンバレーの病院から救急車で運び出され、途中、別の病院で痛みを抑えるモルフィネを調達し、サンフランシスコに到着しました。前リレー走者からバトンタッチされると、車椅子から立ち上がり、弱々しい足取りではありましたが、笑顔で聖火を高く掲げ、大役を見事に果しました。
そして、応援してくれた家族や友達、沿道の人達に別れを告げ、病院に戻り、間もなく昏睡状態に入りました。そのまま意識は戻らず、3日後には息を引き取ってしまいました。普通の人には考えもつかない事ですが、彼にとって、オリンピックの聖火とは、きっと自分の命の象徴だったのでしょう。

今回のソルトレーク・オリンピックには、いくつかのテーマがあって、そのひとつに、"Light the Fire Within(内なる火を燃やせ)" というのがあります。この言葉には、オリンピックという一大イベントを成功させることにより、昨年9月の悲惨な事件を乗り越え、国民全体が早く立ち直れるように、という願いが込められています。
この言葉はまた、世界中のひとりひとりに向けられた応援メッセージでもあるようです。

 



【ユタ州】

今さらご説明するまでもなく、ソルトレークシティーというのは、ユタ州の州都です。このユタ州というのが、他の州とはちょっと違っていて、210万人いる州民の7割がモルモン教徒という所です。モルモン教会、正式名称、末日聖徒イエスキリスト教会(The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints)では、信徒がアルコール飲料を飲むことを禁じていて、よって州全体にも、アルコールに関して厳しい規則があります。
たとえば、酒屋は州が経営し、日曜日に店を開けることはできません。また、バーやナイトクラブなどのお酒を専門に出す所は、プライベート・クラブと定義され、一杯のビールを飲むにも、メンバーシップ料を払って入場します(2週間有効だと一人5ドル、1年間有効だと12ドルから100ドルと様々)。
これは、何教徒であろうと、どこの州民であろうと、ユタ州にいる限り、従わなければいけません。教会は、信徒以外の飲酒を禁じているわけではないのですが、これでは好き勝手にお酒が飲めるという雰囲気ではありません(レストランでは、メンバーシップ料なしにお酒を飲むことはできますが、一杯目を飲んでしまわないと、次を出してはいけないルールのようです)。

このアルコールに厳しい伝統は、長い間変わらず守られてきましたが、オリンピックが近づいてきた2,3年前から、何かと論争の的となっています。世界中から人が集まるいいチャンスなのに、商売の邪魔になる、というアルコール飲料業界の反発が強くなってきたのです。
この "ユタ州の飲酒法の狂気" に対抗するため、Dead Goat Saloonというバーのオーナーは、他の6つのナイトクラブと連盟を組み、年間15ドルの会費を払えば、加盟店全部に自由に出入りできるというシステムを打ち出しました。インターネットで会員を勧誘していますが、開始早々、軽く300人は集まったそうです。ユタ州の法律では、複数の店の会員制については記述がまったくなく、盲点を突いた対抗策と言えます。

また、あるビール醸造会社の経営者は、挑発的なマーケティング戦略で、とことん飲酒反対派と闘っています。彼は、自分の新商品を、Polygamy Porterと名付けました(polygamyとは、多婚のことで、ここではモルモン教徒の間で伝統的に行なわれてきた一夫多妻制を指します。Porterとは、黒ビールのことです。教会は、1890年に一夫多妻制を禁じてはいますが、これは決して過去の話ではありません)。
このビールの宣伝には、"Why have just one?(どうしてたったひとつだけにしちゃうの?)" というメッセージが選ばれ、ラジオで堂々と流されています。本当は、ビルボードにでかでかと、数人の女性に囲まれた裸同然の男性の写真を載せ、"Take some home for the wives(奥方達に何本か持ち帰ろう)" というスローガンを掲げたかったのですが、これにはさすがにビルボード広告会社が躊躇し、掲載を断られたそうです。保守派の反応も素早く、かなりの攻撃もあったそうです。
このビール会社の経営者は、一年以上に渡って、モルモン教をもじった挑発的な宣伝文句を謳い続けてきました。これに反発し、宗教的な意味合いの強いアルコール飲料の広告を、全面的に禁止しようという案が出されましたが、州のアルコール飲料管理委員会は、昨年10月、これを棄却しました。米国市民権連合の圧力があったからです。そういうわけで、法的に規制のない限り、彼の宣伝攻勢は今後も続くようです。

ちなみに、先述のナイトクラブ連盟は、ユタ州を近々訪れる予定がなくても、アルコール法に対する宣戦布告に賛同してくれる有志から、義援金を募っています。興味のある方は、www.slcgetalife.comをご覧ください。(注:現在は、こちらに参照したウェブサイトは使われておりません。あしからず。)

夏来 潤(なつき じゅん)

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