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2013年06月23日

アップル vs. 米国: 電子書籍の価格カルテル裁判

Vol. 167

アップル vs. 米国: 電子書籍の価格カルテル裁判

 


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6月と言えば、世間では、あこがれのジューンブライドの月。
そして、テクノロジー業界では、アップルのWWDC(世界開発者会議)がやってくる季節。

毎年、サンフランシスコで開かれるこのイベントは、あくまでもアップル環境の開発者向けではありますが、アップルの一挙手一投足には、みんなの目玉がグイッと集中します。

そんなわけで、今月は、WWDCとは直接関係はありませんが、もうひとつアップルが世間を騒がせた話題を取り上げることにいたしましょう。

<アップルと電子書籍>


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第24回WWDCの初日、モスコーニ・ウェストの壇上では華々しい製品発表が行われました。
新しいiPhone OS「iOS 7」にマックOS「OS X Mavericks」、新型デスクトップMac ProにノートブックMacBook Air、そして、これまで他社(Pandora、Spotify等)に先を越されていた音楽ストリーミングサービス「iTunes Radio」と、盛りだくさん。

でも、華々しさとは裏腹に、「う〜ん、どちらかというと、今までの機能の延長線であって(evolutionary)、あっと驚くような革命的な(revolutionary)発表ではなかったかなぁ」という巷の声も聞こえてきたでしょうか。

新機能を見てみると、どれも他社の優れた点を真似ているという批評もありましたが、わたし自身が「あれ?」と思ったのは、OS X Mavericksの紹介をアップルウェブサイトで読んだとき。


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新しいマックOSでは、iPad、iPhone、iPod touchのモバイル環境で購入した電子書籍を自動的にマック(パソコン)でも読めるようになる、というもの。
単に本が読めるだけじゃなくて、今読んでいるページ数だって、メモ書きや「ここ重要!」とハイライトした箇所だって、iCloud(アップルのクラウドサービス)が自動的に各デバイスにプッシュ通知してくれるので、「あなたは何もする必要はありません!」という新機能。

でも、これって、電子書籍の第一人者アマゾン(Amazon.com)が以前からやっていたものではありませんか?
「Kindle(キンドル)リーディング・アプリ」をパソコン(やマック)にダウンロードしておけば、専用端末「Kindle」を持たなくたって、パソコンでもスマートフォンでもタブレットでも購入した本が自動的に読めるようになるし、自分で「手を加えた」箇所だって、今読んでいるページ数だって、Whispersync(アマゾンの同期技術)ですべてのデバイスに瞬時に行き渡るようになっているでしょう。

だとすると、アップルはアマゾンの真似をしている?

しかも、Kindleアプリがすべての環境(マック、Windows、iOS、アンドロイド、ブラックベリー、Windowsフォーン)に対応している分、アマゾンが遠く先を行く?

このように、電子書籍分野ではアップルは他社の後塵を拝したわけですが、この点に関して、現在、アップルと米国の熾烈な闘いが起きています。

そう、米国司法省がアップルを訴え出て、法廷に「故人」や「架空のキャラクター」まで登場する裁判劇が繰り広げられているのです。

<司法省の訴状>


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事の発端は、昨年4月、米国の代表者である司法省がアップルと国内主要出版社5社を相手取り、ニューヨーク・マンハッタンの連邦地方裁判所に訴状(写真)を提出したことでした。
民事訴訟の趣旨は、価格カルテルによる独占禁止法違反。商取引を制限する共謀(conspiracy)を禁止したシャーマン法第一条(合衆国法典第15編第1章)に抵触するので、改善を求めるというもの。

この36ページの訴状は、実に平易に論理的に書かれていて、まるでスパイ小説を読むようなスリル感も漂います。それによると、罪状はこうなのです。
2007年11月、アマゾンが専用端末「Kindle」を発売して以来、「新刊とベストセラーは9ドル99セント均一」という安値で電子書籍(e-books)が消費者に広まった。が、これを不服とする出版大手5社は、皆で結託して秘密裏に対抗策を講じようとしていた。
ここに、タブレット新製品「iPad」の発表(2010年1月27日)を控えたアップルが加わり、自社と出版大手に有利となるビジネスモデルを打ち立て、電子書籍の流通網に圧力をかけた。
その結果、電子書籍は12ドル99セント、ときに14ドル99セントと価格が跳ね上がり、今まで安値を享受していた消費者は、アップル・出版社連合(プロジェクトZ)の「合気道の技(aikido move)」に足をすくわれてしまった。

要するに、アマゾンの存在に脅威を感じた出版大手が、アップルと一緒になって電子書籍の値段をつり上げようと裏工作したという訴状ですが、ここで有名になったのが、新たなビジネスモデル「エージェンシーモデル(agency model)」。
電子書籍ストア「iBookstore」の導入で電子書籍の小売店となるアップルを出版社が「エージェント」として指定し、30パーセントのコミッションをいただけるなら、出版社側が販売価格を設定してくださって(値段を上げてくださって)結構ですよ、というビジネスモデル。

これは、今まで百年続いた出版界の「卸売りモデル(wholesale model)」をひっくり返すものでした。
今までは、出版社が定価(list price)の半分を卸値(wholesale price)としていただければ、あとはいくらで売ろうと、売値(retail price)は小売側が決められるという商習慣でした。
そこで、アマゾンは「新刊人気書籍の電子版は、均一9ドル99セント」という画期的な値付けをして、「iPad以前」の電子書籍分野をほぼ駆逐していたのでした。

ところが、「いずれは電子書籍の値崩れが出版界全体に悪影響を及ぼす」と危機感を抱いた出版5社がアップルと結託し、「新たにエージェンシーモデルを採用しなければ、本を卸してあげませんよ」と電子書籍販売網に圧力をかけ、結果的に「9ドル99セント」の価格がつり上がったと、司法省は問題視したのでした。
(現在は、アマゾンもエージェンシーモデルを採用し「新刊均一9ドル99セント」は廃止しています。そして、iPad発売(2010年4月3日)以来、アマゾンの電子書籍シェアは約6割に下がっています)

国内の出版大手6社(Big Six)のうち、昨年3月までアップルのiBookstoreに参加しなかったランダムハウスは、訴状には含まれていません。
そして、被告となった出版5社のうち、3社は訴状提出日に、残る2社は数ヶ月後に司法省と和解していますので、残る被告は「首謀者(司法省の言う“リングマスター”)」とされるアップルのみ。

けれども、最後の一社になろうと、CEOティム・クック氏は「何も悪いことはしていない!」と抗戦の構えを崩さず、いよいよ6月3日の開廷を迎えたのでした。

連邦政府の独禁法の訴えが裁判にもつれ込むことはまれで、実際、この裁判を担当するデニース・コート判事も和解を勧めたそうですが、それほど、アップルの決意は固いということでしょう。

<ペンギン対クマさん!>
というわけで、6月3日、陪審員なしの裁判が始まると、内部事情を知る出版社CEOやアップルの責任者、はたまた数字を語る経済学者たちと、連日、証人喚問が続きます。
アマゾンやグーグルからも弁護士が出廷し、自分たちのビジネスシークレットを明かしてくれるなと、裁判官に懇願する一幕もあったとか。

米出版界は複雑怪奇な世界ですので、証言もややこしくなるのですが、最大の論点は、アップルが出版社側の価格つり上げ工作に意図的に加わっていたのか? ということ。もちろん、ここで言う「意図的」には、「アマゾンに対抗するために」という伏線が隠されています。

司法省は、アップルと出版社が仲良く結託して価格をつり上げたことを証明したいわけですが、これが、なかなかうまくいきません。司法省が喚問した出版社CEOの証言ですら、思うようには運ばないからです。

たとえば、次々と証言台に立つ出版社CEOの発言からは、アップルと出版社側が価格交渉でもめていた構図が読み取れます。
出版社側は、つり上げられるなら16ドル99セントでも良いと主張したが、当時のアップルCEO故スティーヴ・ジョブス氏は、「それは高い! せめて14ドル99セントじゃないとダメだ」と、交渉にあたっていた自分の右腕エディー・キュー氏(インターネット/ソフトウェアサービス・シニアヴァイスプレジデント)に価格上限の設定を指示したと。


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価格に関しては、ジョブス氏自身もiPad発表直前まで大いに揺れていたようで、出版親会社重役のジェイムズ・マードック氏(メディア王ルーパート・マードック氏の次男)にこんなメールを送っていたそうです。
「ふん、アマゾンは9ドル99セントで本を売ってるんだよ。もしかすると彼らが正しくって、12ドル99セントでは失敗するかもしれないじゃないか」と。

さらに、司法省のスター証人のひとり、ペンギン(ペンギングループUSA)CEOデイヴィッド・シャンク氏は、こう証言しています。
アップルとエージェンシーモデルの契約をしたのは、新製品iPadが世の中の「狂ったフィーバー(irrational enthusiasm)」によって8千万から1億台を販売するほどの人気商品になると判断したからであると。


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そして、反対尋問に立ったアップル側弁護士オリン・スナイダー氏が、iPad発売時に「おまけ」となったカラー版『クマのプーさん(Winnie-the-Pooh)』を話題に上げると、ペンギンのシャンク氏は、こう答えています。
当時はまだ白黒だったアマゾンKindleに比べて、iPadは実に「美しい(beautiful)」製品であった(人気が出るのは当然だ)と。
(ここでスナイダー氏は、インパクトを狙っていたんでしょうね。「プヨプヨした、ちっちゃなクマさん(chubby little cubby)」を、ペンギンは「美しい」と認めたぞ! と。きっと「ペンギンとクマさん」という見出しの話題性まで、思い描いていたに違いありません!)

それから、「共謀によって電子書籍の価格はつり上がった」と主張する司法省ですが、アップル側の経済学者は、「エージェンシーモデル導入で、かえって平均価格は下がっている」と真逆の証言をしています。
出版社側も同様の証言をしていて、「出版社の実入りは従来方式の3割ほど減っている」「だが、それでもエージェンシーモデルを導入し、自ら価格を設定することで(アマゾンが破壊しようとしている)出版界を守りたかった」と、アシェット(アシェット・ブックグループ)CEOデイヴィッド・ヤング氏は述べています。

6月20日、3週間にわたる裁判は最終日を迎え、両陣営の最終弁論で幕を閉じました。あとは、今年中に出るコート判事の判決を待つのみです。

<この先の出版界は?>
というわけで、アップルが指揮したとされるエージェンシーモデルの導入で、電子書籍の価格は上がったのか下がったのか、果たして何がホントで何がウソなのやら、煙に巻かれたような気分でもあります。

ここまでくると、複雑怪奇を通り越して「魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界」にもなってくるわけですが、わたし自身は、この裁判劇を傍観していて、ひどく疑問に感じたことがありました。
それは、そもそもアマゾンが電子書籍を売り始めたとき、市場を駆逐したいがために「出血覚悟」で9ドル99セントの価格を設定したことは、問題にはならないの? ということです。


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新刊人気書籍の電子版を破格な値段で売れば、(値付けの高い)紙の本はどんどん売れにくくなって、「商売あがったり」の小売店も出てくるでしょう。
現に今は、個人経営の本屋さんが次々と店をたたむ時代になっていて、アメリカの街中で昔ながらの本屋さんを見かけることはほとんどありません。
書籍以外にも商品のセレクションを持つアマゾンだからこそ、原価割れで本を売っても生きていけるのであって、小さな書店には、それは不可能です。

しかも、流通の問題だけではなく、書く側にとっても、いずれは悲劇として跳ね返ってくることでしょう。そう、著者が何年も苦労して書き上げた本が二束三文で売られ、その結果、出版社は著者に(不当に)出し渋るようになる構図が。


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「著者の費やした膨大な時間や学術研究の量にかかわらず、すべての本が9ドル99セントで売られる状況を考えてみてください。(中略)そんなのは、まったく理不尽でしょう」と、アシェットのヤング氏も法廷で述べているように、モノには適切な値段というのがあるのでしょう。

ある著者が、テレビ討論でこんな発言をしたのが脳裏に刻み込まれています。
僕の作品は、アマゾンの電子書籍バーゲンセールで99セント(約97円)の叩き売りにされると、たった一日で、それまで(数年)の販売冊数を大きく上回った。もちろん、買う側は、安ければ安いほど嬉しいわけだけれど、99セントだよ、99セント・・・。
こう吐き捨てた彼は、円卓の場を中座したのでした。

さらに、もうひとつ大いに疑問に感じていることがあるのです。それは、この裁判の意義。
仮に、コート判事がアップルを「有罪」としたとしましょうか。が、ここで司法省の求める「改善」とは、何なのでしょうか? アップルに「悪うございました」と謝らせ、罰金を取ることでしょうか?
訴状を読む限り、「エージェンシーモデルを破棄させ、小売側に価格決定権を戻させる」とありますが、そんなにスムーズにいくものでしょうか?

冒頭でも書いたように、当初被告となっていた出版5社はすべて(罰金を払って)司法省と「和解」しているのですが、その後、肝心の電子書籍の値付けが下がった気配はありません。少なくとも、新刊書は、9ドル99セントで売られることはまれです。
だとすると、司法省の言う「和解」や「改善」とは、消費者にとってどんな意義があるのでしょうか?

どうも個人的には、この裁判は、政権の「点数稼ぎのパフォーマンス」のようにも思えるのです。
なぜなら、訴状が提出された昨年4月とは、アップルのスティーヴ・ジョブス氏が亡くなった半年後というタイミング。もしかすると、政権は、きらびやかな星の中でも、ジョブス氏のいなくなったアップルをターゲットに選んだのではないかと・・・。
 


Tim Cook iPad mini Ann 102312.png

と、まあ、勝手な私見を並べてみましたが、アップル現CEOのティム・クック氏には、ちょっとアドバイス差し上げたいことがあるのです。

そんなに、四角四面に正論ばかり主張してないで、オバマ大統領とビールジョッキでも傾けてみたらいかがでしょうか?
そこでゲプッと一発、顔に吹きかけてあげて、ふたりで腹を抱えて大笑いしてみては?

夏来 潤(なつき じゅん)

 

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