Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2010年12月27日

テクノロジーの明日: 広がる仮想世界

Vol. 137

テクノロジーの明日: 広がる仮想世界

いつの間にかクリスマスも終え、2010年も残りわずかとなりました。

例年この時期になると、「今年の総括を書かなきゃ!」と頭の中にいくつもトピックが渦巻くのですが、今年はごくシンプルに、二つのお話で一年を締めくくりましょう。

<iPadはリモコンにどうぞ>


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今年もまた、アップルさまがやってくれましたね。そう、話題の新製品「iPad(アイパッド)」が、鳴り物入りで世界市場に登場したのでした。

「タブレット型」という新しいフォーマットの製品が、どんな可能性を秘めているかって、そりゃぁもう、メディアも一般ユーザも大騒ぎでしたね。
ビデオがきれいでしょ、音楽も聴けるでしょ、画面が大きいのでゲームは臨場感があるし、カラー画面では本だって読みやすい。使い道は、いくらでもあるのです。

そんな巷(ちまた)の騒ぎをうらやましく思ったのか、連邦下院(the U.S. House of Representatives)でも、来年1月からiPadやスマートフォンの携帯電子機器が解禁となります。おじさんたちだって、審議の合間にメールやニュースをチェックしたいのです。
 


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ところが、そんな画期的な新製品は、なんとなく中途半端でもあるのです。だって、音楽を聴きたい人は「iPod(アイポッド)」があれば十分だし、本を読みたい人には、アマゾンの「Kindle(キンドル、写真)」や、本屋チェーンBarnes & Nobleの「Nook(ヌック)」といった電子ブックがある。
今は「Nook Color(ヌック・カラー)」というカラー版も出ていることだし、わざわざ、ずしりと重いiPadなんて、持ち歩く必要はないのです。

そんなこんなで、「結局、僕にはノートパソコンとiPhone(アイフォーン)があれば、それでいい」と悟ったユーザも、ひとりやふたりではないでしょう。


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気がつくと、いつの間にか、iPadにはうっすらとホコリが・・・。で、「これはいかん!」と、あわてて計算機として使ってみたりする・・・(写真は、最もダウンロード件数が多いといわれる「Jumbo Calculator」。ご丁寧に、太陽電池も付いています。って、もちろんニセモノですが)。

白状いたしますと、わたし自身もそうでした。最初は、喜び勇んでiPadくんと遊んでいましたが、そのうちに、スリル感を失ったといいましょうか・・・。

けれども、ごく最近、そのiPadくんが、また愛用されるようになったのです!
意外にも、テレビのリモコンとして。

これは、ケーブルテレビ配信会社のComcast(コムキャスト)が始めたサービスなのですが、普段はテレビ画面で表示する番組表をiPadで観られるようにして、iPadの画面上で「チャンネルころがし」や「録画予約」ができるようにしたものなのです。
これだけ聞いていると、「なんだ、それだけ?」とお思いでしょうが、実は、使ってみると、「こんなに便利なものはない!」って感心してしまうのですよ。
 


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いやはや、アメリカのテレビ配信というのは、やたらにチャンネル数が多くて、チャンネル2から999まで、何百とあるのです。すると、テレビ画面の番組表でチャンネルを変えようとすると、何十回も「次画面」のリモコンボタンを押し続けなければならないのですね。
さらに、我が家の場合、週末に日本語放送をやっているKTSF局のチャンネル「8」と、HD(高画質)のチャンネル「700番台」との間を、ポンポンとジャンプしなければならないのに、それが非常にやりづらい。
(なぜだか、Comcastのサービスでは、数字を入力してチャンネル変更というのができないのです。だったら、なんでComcastのリモコンには、数字ボタンが存在するんでしょうね?)
 


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そんな問題を解決すべく、ここでさっそうとiPadくんが登場するのです。Comcastのリモコンアプリをダウンロードすると、番組表が手元で観られるばかりではなく、「HD」と「普通」のチャンネルをふるい分けできるようになっているのです。
すると、「普通」のチャンネル8と、「HD」のチャンネル702番以降が、スムーズに変更できるようになるのですよ!

しかも、これはiPadの利点ではありますが、画面上の番組表をスクロールするのが、とっても速い。これで、700番台だろうが、900番台だろうが、指先でチョチョイとアクセスできるのです。

そんなこんなで、現在、わたしのiPadくんは、もっぱらテレビのリモコンとして大活躍しているのでした。
(厳密にいうと、Comcastのリモコンを使って「メニュー」をテレビに表示すると、HDチャンネルにはジャンプできるようになっています。でも、普通チャンネルに飛ぶことができないので、あまり意味がないのです。)

実は、テレビのリモコンになるのは、iPadくんだけじゃなくって、iPhoneやパソコンもOKなんです。
ですから、オフィスで思わぬ残業をしているときに、好きな番組をパソコンで予約しておくとか、海外に出張しているときに、iPhoneで予約するとか、そんな芸当ができるんですよ(唯一の欠点は、このサービスでは、放映の30分以内には録画予約ができないということでしょうか)。

そうそう、「iPhoneをリモコンに」といえば、おもちゃのヘリコプターの操作リモコンっていうのも、結構話題になっていましたね。(Parrot社の「AR. Drone」という、4つのローターが付いた模型ヘリコプターですが、デモはこちらでご覧になれます。)

iPadにしてもiPhoneにしても、何か新しい「おもちゃ」を手に入れると、それでいろんなものを動かしてみたくなる。これは、人情ってやつでしょうか。

ま、アップルさまの製品をリモコンに使うなんて、なんともお高いリモコンではありますが、「ホコリだらけ」になるよりも、よっぽどマシですよね!

アメリカでは4月3日、日本やヨーロッパでは5月28日に発売となったiPadですが、「6ヶ月で750万台」という爆発的な売れ行きを記録しています。
それって、もしかすると、「リモコン予備軍」がゾクゾクと世の中に出現しているということでしょうか?

 


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追記: いえ、真面目な話、iPadは多方面にどんどん進出しているようではあります。
たとえば、アメリカの学校では、とくにシリコンバレーを中心に、教科書やノートの代わりに使うという動きも出ています。無味乾燥な教科書にも写真やビデオが取り入れられたり、自分のイラストを入れながらノート取りができたりと、子供たちの意欲が上がったという報告もあるようです(写真は、12月15日付けサンノゼ・マーキュリー紙より)。
今はまだiPad用教科書が少ないし、必要な章だけ購入することができないという足かせもあるようですが、それも時間が解決してくれるでしょう。
そして、わたしがお世話になっている病院システムでは、お医者さんのカルテに使うという極秘プランもあるようです。
なるほど、教育や医療の現場って、iPadが最も浸透しそうな分野ですよね。

<仮想世界>


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今年の夏、ある小説を読み返していました。それは、中学生のときに読んだ『声の網(こえのあみ)』。
「ショート・ショート」と呼ばれるサイエンスフィクション短編の第一人者、星新一氏(ほし・しんいち、故人)の作品です。

こちらは珍しく長編小説となっていますが、表紙のカラフルなイラストにつられて買ったという不純な動機のわりに、ワクワクしながら読み進んだ覚えがあります。
「一月」「二月」と、ひと月ごとに季節を歩んで行く章の構成も、子供にとっては読みやすかったのかもしれません。

大人になって、IT産業に勤め、世の中の仕組みが少しはわかるようになった今、改めてページをめくってみると、子供の頃よりももっと強烈な印象を受けたのでした。
それは、「主題」となっているコンピュータによる人間社会の席巻。それに反抗しつつも、ついには言いなりになる人間たち。


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まるで、2004年のサイエンスフィクション映画『I, Robot(アイ、ロボット)』に出てくる VIKI(ヴィキ、女性の顔を持つコンピュータ群)を思い起こすような、空恐ろしいプロットではあります。

この小説は、1970年、星氏が43歳のときに書かれたものです。今から、ちょうど40年前ですので、まさに、インターネットの前進である「アーパネット(ARPANET)」の実験が、スタンフォード大学とカリフォルニア大学ロスアンジェルス校の間で成功した直後となります。
東京大学大学院で農芸化学を研究した経歴を持つ星氏にとっては、「これは、科学で世界が変わる!」と、心を躍(おど)らせながら小説のネタを温めたことでしょう。無機質なネットワークが人間を支配するためにワナをしかけるなんて、まさに先進的なアイディアではあります。

一方、さすがに40年前というと、どんなに科学に精通した方にとっても、「今」を予測するのは難しかったようにも思えます。
たとえば、携帯電話。七月のお話の中には、明らかに「公衆電話」から電話をかけてくるシーンがあります。
今となっては、携帯電話を持たない人は少ないでしょうし、さらに進化して、「今どき、誰がケータイで話なんかするのよ?(ケータイって、メールやテキストメッセージを送るためにあるんでしょ?)」というような時代にもなっています。人はもはや、肉声では会話しないのです。

そして、興味深いことに、小説とは正反対の現象が起きているようにも感じるのです。
小説には、秘密というものは人類最大の発明であり、だから、秘密をひた隠しにするために、人が秘密を貯め込む『情報銀行』なるものが存在する、といった伏線がしかれています。
けれども、もしかすると、これは現代社会では当たっていないのかもしれない、とも思うのです。なぜなら、人はブログやソーシャルネットワーキングを通して、自分の心の奥底にある秘密までも暴露しようとするから。相手が不特定多数である安心感があるのか、赤裸々に自分を語ろうとするでしょう。

なぜそうするかって、仮想世界では、いつも誰かとつながっていたいからなのでしょう。そんな世界では、相手は自分を十分に理解してくれるし、そんな相手に秘密を「自白」することが、すがすがしく、「浄化作用」があり、自分の存在を肯定してくれる効果もあるから。そして、秘密を自白することが、相手をつなぎとめておく武器にもなるから。

けれども、そんな仮想世界がどんどんリッチになって、等身大の自分が投影されるようになると、思わぬ「しっぺ返し」をくらうことになるやもしれません。だって、諜報部員じゃなくたって、誰もが自分の親密な情報を把握しているのですから。
何が好きで、お友達は誰だとか、昨日は誰と会って、今はどこで何をしているとか、そんなことはみんな筒抜けなのですから。

現に、アメリカでは、離婚弁護士の3分の2が、ソーシャルネットワーキング最大手のFacebook(フェイスブック)を証拠として採用しているそうですよ。だってみなさん、Facebookでは嘘をつかないですもの。
それから、スマートフォンで撮った写真も利用価値があるでしょう。iPhoneなどの写真には位置情報が載っているので、誰かとお忍びで行った場所で撮った写真を、ネットなんかに掲載してはいけません。

でも、そんなものは、仮想世界にはゴロゴロ存在しているのです。裏を返せば、ネットでは包み隠さず心を語ったり行動したりするわりに、それが後に自分の不利益となる可能性があることを考えない人が多い、ということでしょう。
そして、その気になれば、情報の使い道もいろいろ。ちょうど、小説『声の網』のコンピュータが思い付いたように、弱みを握る手だてにも使えるのです。

そのうち、仮想世界を通して人々は自分のすべてを掌握され、ふと気がつくと、「クラウド」と呼ばれる雲をつかむような存在に首根っこをつかまれている。もしかすると、そんな時代もすぐ目の前なのかもしれません。

でも、心配はいりません。『声の網』の登場人物が皆そうであったように、何かしら大きな存在に身を委(ゆだ)ねることが、そのうち平和に感じてくるはずですから。何かが自分を支配してくれることが、至福の喜びにも思えてくるはずですから。

<後記>
今年は、渡米30周年、ライター転向10周年と、個人的にめでたい年ではありました。
その一方で、年明け直後に大切な友の死を知らされたり、身内の具合が芳しくなかったりと、思い悩むことも多い一年ではありました。

わたし自身、年が明けたら「松の内」に手術を受けることになっているので、落ち着かない年末を過ごしておりますが、そんな状態で考え事をしていると、普段とは違った思考回路になっているようにも思えるのです。
大袈裟な言い方をすると、「もし、これが最後だったら」という極限状態にあると言いましょうか、「本当に大事なものって何だろう?」みたいなことを考えるようになるのです。

そして、ひとつ思い付いたことは、大切にしなければならないものは、目の前にいる家族や友達なんだろう、ということでした。そう、生身の血の通った人たち。触れれば暖かいし、声をかければ返事が戻って来るような、身近な人たち。

亡くなった友は、仮想世界にはまったく関係のない人ではありましたが、最晩年は家族から離れ、人知れず街角で暮らしていました。自分で選んだ生活だったとはいえ、寂しがり屋の彼が人の輪から外れ、ポツンと公園でたたずむ姿は、想像すら難しいのです。
 


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そう思って、今年は、こちらの写真をデスクトップiMacの壁紙に使っていました。できることなら友に見せてあげたかった、エーゲ海サントリーニ島の写真です。

あのねぇ、「壁紙」って言っても、キッチンに貼るような花柄の壁紙のことじゃないからね。今度会ったら、ゆっくりと説明してあげるから!

どうぞみなさまも、この写真の空のように、すがすがしい新年をお迎えくださいませ。

夏来 潤(なつき じゅん)

 

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