Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2011年03月31日

シリコンバレーの祭典: アンドロイド開発キャンプ

Vol. 140

シリコンバレーの祭典: アンドロイド開発キャンプ

今月は、シリコンバレーらしく、3月初めに開かれたアンドロイドの開発キャンプのお話をいたしましょう。

文中には「災害」対策の発案なども出てきますが、このお話は、東北沖大地震・大津波が起きる前に書かれたものです。決して興味本位で話題を選んだわけではありません。

震災で身内や友人を亡くされた方々には、心からお悔やみ申し上げます。また、被災された方々が一日も早く元の生活に戻れますようにと、切に願っております。

<アンドロイド・アプリの開発キャンプ>


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3月最初の週末。雨が明けきらない曇天の中、サンノゼ北部に開発のギーク(おたく)たちが集いました。スマートフォンOS「アンドロイド(Android)」向けのアプリケーションをつくろうじゃないかと、開発キャンプが開かれたのです。

その名も「シリコンバレー・アンドロイド開発キャンプ(SV Android DevCamp)」。
シリコンバレーのアンドロイド開発者グループ(Silicon Valley Android Developers Meetup)が主催し、協賛はオンライン決済サービスのPayPal(ペイパル:現在は世界最大のオークションサイトeBayの傘下)となっています。
 


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同グループは、定期的に技術者の集いや一般向けの催しを開いているそうですが、なんでも「今回は、ぜひうちで開発キャンプを開いてちょうだい」と、PayPalの方からアプローチがあったそうです。
これからアメリカでも、スマートフォンを使って、お金のやり取りが増えて行く。そんな現状を考えると、早い段階からモバイルの支払いシステムだっておさえておきたい! との動機が働いたのでしょう。
だって、いまやパソコンを使った個人決済は、PayPal、アメリカ最大のオンラインショップAmazon(アマゾン)、iTunes(アイチューンズ)ストアを運営するアップルなど、ごく少数が駆逐するも同然。成長曲線をキープするには、モバイル分野への進出は不可欠なのです。

このアンドロイド開発キャンプは、金曜日の午後から日曜日の午後までの2日半で、どれだけ素晴らしいアプリケーションがつくれるかをグループで競うもの。
「開発キャンプ」と名付けられていますが、グーグルなんかで開かれる開発キャンプとは違って、午前零時には建物が封鎖され、自宅に帰って睡眠をとる形式で行われました。(だって、放っておくと、みなさん寝ないでコードを書き続けますからね。)

そして、2日半の成果は、最終日の日曜日に各グループがお披露目するのですが、この発表会に「聴衆」として参加してみたのでした。
 


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場所は、PayPalの講堂。まず、入ったら自分の名前を名札に書き、名札を付けて登録は完了(いちおう、事前にオンライン登録はしていますが、当日はチェックなしでした)。つまるところ、来る者は拒まず。誰だって参加できるのです。
入り口では、ひとり5ドルを寄付するのですが、ギークたちの食べ物代といいながら、その辺にベーグルやらサンドイッチやらが広がっているので、誰でも勝手に食べられるのです。アメリカ人の大好きなドーナツが見あたらなかったが、ちょっと残念ではありましたが。(やはり、ギークは健康志向?)
 


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ふと、窓に視線を向けると、「わたし仕事探してます」と「わが社は人を雇ってます」の2枚の張り紙があって、自由に連絡先を書き込めるようになっています。
なるほど、みなさん、週末に開発コンテストに参加しようとするくらいですから、かなりのスキルと情熱をお持ちなのでしょう。ここで新たな勤め先が見つかれば、ご本人にとっても雇い主にとっても、願ったり叶ったりですね。

時間前に辺りをうろちょろしていると、講堂のまわりの会議室は「開発部屋」になっていて、丸テーブルに向かって開発中のグループや、仲間から離れてひとり静かにパソコンに向かう人など、いろんなスタイルの技術者を見かけました。(でも、みなさん一様にアップルのMacBookを愛用しているところがおもしろい)。


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中には、コンテストに参加するお父さんを激励するために、奥さんと子供が駆けつけたファミリーも見かけました。そうやって、子供のうちから開発の雰囲気を肌で感じ取っていくのでしょう。

さて、時間が来ると講堂に集まり、発表会が始まります。ここでは、発表者も聴衆も、実によりどりみどり。
白人、インド系、中国系と民族はバラバラだし、年齢層もバラバラ。男も女も入り混じり、まさに「アンドロイドに興味があれば誰でもOK」といった雰囲気です。
コードを書くことに命をかけた白人のおじさんの隣では、英語になまりのあるインド系の若者がプレゼンを分担します。女性エンジニアもたくさん参加していますので、彼女たちの声は会場によく響きます。
 


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けれども、各グループの持ち時間はわずか3分なので、時間内に構想を説明し、プロトタイプ(試作プログラム)を動かしてみせるのは、なかなか至難の業なのです。
持ち時間を長くすると、プレゼンに凝り過ぎてダラダラと長引くだけなので、ここは、イエローカードできっちりと時間厳守。それが、シリコンバレースタイルなのです。

そして、もうひとつのシリコンバレースタイルは、発表会に投資家が参加していること。ベンチャーキャピタリスト(起業間もない会社に長期投資する機関投資家)二人とエンジェル(当初の起業資金を提供する個人投資家)二人が審査員として参加していて、願わくは将来性のあるビジネスの種を見つけようじゃないかと、目を光らせているのです。

さて、発表会には全部で27のチームがこぎ着けたのですが、どのチームも、さすがに発想はおもしろいものでした。
まあ、発想を作品に転換するのはなかなか難しいところではありますが、中でも、アイディアも出来映えもいいなと思ったものがありましたので、4チームを簡単にご紹介いたしましょう。

まずは、協賛者のPayPalの支払いシステムを利用したものの中で、「クーパル(Coupal)」というのがありました。
割引券のクーポン(Coupon)とPayPalをかけた名前ですが、ちょうど、ソーシャルネットワークとグルーポン(Groupon:共同購入型クーポンサイト)をブレンドしたようなものなのです。

スマートフォンでゲットしたクーポンを店舗で利用したあと、このクーポンをフェイスブック(Facebook:世界最大のソーシャルネットワーク)のお友達に紹介します。もしお友達が実際にクーポンを利用したら、紹介した自分にもいくらかキックバック(払い戻し)があるという、ちょっと嬉しいサービスなのです。そう、たくさんのお友達が使えば、それだけ実入りも大きくなるという仕組み。

この手のお金がからむサービスは、ユーザの信用を得て、大規模に稼働させるのは難しい部分もありますが、「クーパル」にはキックバックという立派なご褒美がありますので、「使ってみようかな?」と動機付けになるのかもしれません。

同じようにPayPalを利用しながらも、ちょっと毛色の変わったものに「グッドアクセス(Good Access)」というのがありました。ある人にアプローチしたいときに利用するアプリケーションです。

世の中には、会ってみたい有名人がたくさんいるでしょう。でも、いきなり電話やメールをしたって、取り合ってはもらえません。そんなとき、この「グッドアクセス」を利用すると、5分、10分、15分と、その方とお会いできたり、電話できたりするのです。
こちら側は、PayPalを使って所定の料金を支払うのですが、相手の方は、それを懐に納めるのではなく、自分の好きな慈善団体(favorite charity)に寄付するのがミソなのです。
 


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このグループのプレゼンでは、ベンチャーキャピタリストの超有名人ジョン・ドーア氏(先月号・第2話「オバマさんはシリコンバレーがお好き」で登場した方)が、引き合いに出されました。
彼とのミーティングは15分で100ドル。スマートフォン画面には、ドーアさんの空いている日時がリストされ、自分が好きな日時を選ぶと、PayPalを使って自動的に100ドルが支払われます。そして、その100ドルは、ドーアさんが指定した全米ガン協会に寄付されるのです。

自分もドーアさんにお会いできて嬉しいし、ガン協会だって、一度に100ドルも寄付してもらって嬉しいし、有名人の人助けとしては、なかなか合理的ではありませんか。このサービスが実現されれば、知名度はかなり上がるかもしれません。

ちなみに、シリコンバレーの裏情報によると、実物のドーアさんはデニーズ(Denny’s)がえらくお気に入りだそうなので、デニーズでのランチミーティングにすると喜ばれるのかもしれません。(アメリカの超金持ちは、変なところで質素だったりするのですね。)

さて、協賛者のPayPalとは無関係のものにも、優れた発想のものがありました。

たとえば、「ASL辞書(ASL Dictionary)」。ASLというのはAmerican Sign Languageの略称で、アメリカで広く使われている「手話」のことです。
聴覚に障害のある方々にとって、手話は大事なコミュニケーションの手段ですが、いかんせん、大多数の人は手話がわからない。だから、「誰でも少しは手話を理解できればいいな」という発想で生まれた、辞書風のアプリケーションなのです。
なんでも、リーダー格のエンジニアのお父さんは耳が不自由なそうなので、日々の生活から生まれた身近な発想だったのでしょう。
 


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まだまだ完成品にはほど遠いプロトタイプではありましたが、たとえば、こちらの人間のイラスト。頭とか、胸とか、各部位を画面上でタッチすると、その部位を使った手話と意味が出てきます。
一方、音声認識を使って、声でインプットした単語から手話のサインに変換することもできます。プレゼンで使われた言葉は、「アンドロイド」。リーダー格のエンジニアが両手を頭上につんつんと突き出す、そんな映像が画面に出ていました。

実用化を考えると、これからどんどん語彙を増やすという命題は残されていますが、「ユーザ自身が新しい語彙をインプットして、辞書の収録語数を増やせるようにすればいい」と、審判員のベンチャーキャピタリストの助言もありました。

今は、パソコンメールやケータイメールと、視覚によるコミュニケーションもずいぶんと発達してはいますが、手話にチャレンジしてみたいという人には、とても便利なアプリケーションになることでしょう。

そして、カリフォルニア独特の発想としては、「Disaster Radio」というのがありました。Disasterとは「災害」のことで、つまり「災害ラジオ」というネーミング。
 


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ご存じのように、カリフォルニアは、山火事などの自然災害の多い場所。ひとたび山がぼんぼん燃え始めたら、素早く、効率的に攻めなければ、周辺に燃え広がってしまいます。
そのため、延焼しそうな箇所の草木をなぎ倒すとか、こちらが先に火を放っておいて、迫り来る火を迎え撃つとか、そんな攻め方が有効となるのです。

けれども、現在のやり方には問題があって、山火事と闘う消防士たちがリアルタイムの情報を持っていないことが足かせともなっています。山火事は、ちょっとした風向きの変化で進行方向が変わるもの。まさに生きた魔物と闘っているも同然なのです。

そこで、地上に散らばった消防士や消火ヘリコプター/固定翼機のパイロットがスマートフォンを持ち、リアルタイムに更新される延焼状況の地図を参考にしながら消火活動ができればいいな、といった発想で生まれたのが「災害ラジオ」です。
 


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こちらのピンぼけ写真は、山火事の延焼範囲を示した地図ですが、これはNASA(米航空宇宙局)とグーグルの技術の結晶ともいえるものです。
NASAは「Ikhana(イクハナ)」という無人偵察機(米空軍の無人攻撃機「MQ-9 リーパー」の前身)を持っていて、Ikhanaが上空から撮影した熱赤外線映像は、通信衛星を介してシリコンバレーのNASAエイムズ研究所に送られ、ここでグーグルアース(Google Earth)の地図と合成されたあと、現地の災害指令本部に送られる仕組みになっています。
熱赤外線映像を使うと、煙が濃い場所でも温度差によって延焼範囲が明確にわかるのですが、このシステムが広く導入されると、わずか10分で延焼の最新情報が現地に送られるようになるのです。

このようなほぼリアルタイムの情報は、消火活動に携わる全員のスマートフォンに配布され、火の前線を効率的に抑えられるようになるのです。
さらに、周辺住民のために「避難経路(escape route)」を示したり、付近に延焼があれば、消防署に逐一通報できたり、また、災害を知った人が義援金をPayPalで送金できたりと、「災害ラジオ」には、いろんな機能が拡張できる構想となっているのです。

というわけで、無事に27チームが発表を終えたあとは、審査員4人がベストアプリ賞を選んだり、聴衆が自分の好きなアプリを投票したりと、それなりにコンテスト的な一面もあったのでした。

上記4つのチームは、わたし自身の独断と偏見で選んでみましたが、実は、聴衆が選んだトップ3は、1位が「災害ラジオ」、2位が「クーパル」、3位が「グッドアクセス」でしたので、わたしの感覚もまんざら捨てたものではないでしょう。

ちなみに、審査員の「金賞」には「クーパル」、「銅賞」には「グッドアクセス」、「ベスト・メッシュアップ(多機能統合)賞」には「災害ラジオ」、「審査員賞」には「ASL辞書」が選ばれたのでした。

そして、審査員のベンチャーキャピタリストとエンジェルのコンセンサスは? というと、「アイディアは素晴らしいものが多いが、単体ではビジネスになりにくいので、二つをくっ付けたら可能性が出てくるものがたくさんあった」とのことでした。

なるほど、こんなときに、常日頃いろんな新規ビジネスに触れ、建設的なアドバイスをしてくれるベンチャーキャピタリストやエンジェルといった仲介役が生きてくるわけですね!

<シリコンバレーの肥沃な土壌>
というわけで、ある日曜日を有意義に過ごさせていただきましたが、この開発コンテストの会場が居心地の良いものだったことが深く印象に残ったのでした。
久しぶりにギークたちの健康的なエネルギーに触れたとでもいいましょうか、皆が同じ周波数のエネルギーを発していたといいましょうか、その場にいて、とても気持ちが良かったのです。
そう、誰の足を引っぱり合うわけでもなく、皆が互いのアイディアや開発スキルを認め合っている。そんな「正」のエネルギーに満ち満ちていたのです。

そして、この会場が建つ場所も、正のエネルギーに満ちているところなのですよ。
 


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シリコンバレー全体がそうであったように、このサンノゼ北部の周辺には、ひと昔前まで農場や果樹園が広がっていました。
近くのブロコウ・ロード(Brokaw Road)などは、ここに入植したブロコウさん一家の農場があったと、知り合いのおばあちゃんに聞いたことがあります。なんでも、この日系おばあちゃんの一家は、ブロコウさんの農場で働いていたこともあったとか。

その頃は、一面に畑が広がり、鉄道のサンタクララ駅に向かうブロコウ・ロードは、立派な楡(にれ)の木に縁取りされていたのでしょう。そして、作物が実を結ぶ頃になると、辺りは収穫の喜びに満ちあふれていたことでしょう。シリコンバレーの昔のニックネーム「喜びの谷(the Valley of Heart’s Delight)」のままに。

時代は変わり、今はブロコウ・ロードを突っ切ってミネタ・サンノゼ空港の滑走路が走り、空港のまわりはIT企業が集中する地区となりました。
そして、IT企業にはギークたちが集い、新しいビジネスを成功させようと、皆がしのぎを削っているのです。

どんな分野であろうと、新しいことを始めるのは容易ではありません。何かしら素晴らしいものをつくり上げたとしても、それで食べていける保証などないのですから。

たとえば、アンドロイドのアプリケーションをつくってみたら、それが人気アプリとなり、100万人のユーザがダウンロードしたとしましょう。
最初は「お試し」で無料ダウンロードを提供したのですが、ユーザの5パーセントが5ドルを払って「プレミアム版」を購入したとします。
実に5万人がお金を払ってくれたわけですが、それで、収入はわずか25万ドル(およそ2千万円)。パソコンツールを単品100ドルで売っていた頃とは、時代が違うのです。

個人がお遊びでつくったのなら、それで十分なお小遣いとなりますが、数人の会社だとしたら、これはちょっと厳しい数字ですね。しかも、開発に何年かかけたとすると、もっと厳しい状況です。
ということは、売り切り型ではなくて、月額とか年額とか、売上が繰り返し発生する形式(recurring payments)が望ましい。が、かといって、頻繁にお金を取ろうとするとユーザに嫌われるし・・・などと、いろいろと工夫をしなければなりません。

今は、世の中がパソコンからモバイルへと商売の過渡期にあって、アップルがiOSアプリ(iPhone/iPadアプリ)の定期購読型課金サービス(subscription、定期的な自動定額課金)を認めたことに習い、いよいよ今月末に、グーグルもアンドロイドのアプリ内課金(in-app payment、すでに購入したアプリ内の追加購入)を始めてみたりと、まさに業界全体が模索中なのです。

そんな過渡期にあるので、何が正しいのか間違っているのか、誰にもわからない混沌とした状況となっています。
けれども、万が一、一回目の商売がうまくいかなかったにしても、「経験」という立派な財産が残るのです。そして、また同じ仲間が集ったり、違うDNAを入れてみたりして、二度目、三度目のチャレンジに挑むのです。
 


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豊かな作物を育んできた肥沃なシリコンバレーの土壌には、今でも、人々の情熱と収穫の喜びがしみ込んでいるような気がします。

そして、ここに暮らす人たちにも、チャレンジを怖がらない「正」のエネルギーを与えているような気がするのです。

夏来 潤(なつき じゅん)

 

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