Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2013年08月18日

夏の音色: 鳴り響く太鼓と自由の音

Vol. 169

夏の音色: 鳴り響く太鼓と自由の音

 


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8月は、霧で肌寒いサンフランシスコと、フライパンで焼かれるようなシリコンバレーと、ベイエリアのお天気は両極端。
今年は、どこも平均気温を下回る幕開けでしたが、ようやく夏本番となりました。

というわけで、今月は、夏にふさわしい「音色」のお話をいたしましょうか。

<夏の太鼓>
8月の第一土曜日。楽天株式会社の創設者/会長兼社長、三木谷浩史氏のシリコンバレーのお宅にお邪魔しました。
いえ、わたし自身が招かれたわけではなくて、連れ合いがこの日開かれた「楽天バーベキューパーティー」に招かれたので、それにくっついて行ったのでした。

あれだけ成功なさっている三木谷氏ですので、世界のあちらこちらに家をお持ちだそうですが、シリコンバレーのお宅は、アサートン(Atherton)という高級住宅地にあります。
プロフットボール・サンフランシスコ49ersの往年の名選手、ジョー・モンタナやジェリー・ライスも住む閑静な住宅地で、キョロキョロと見渡したところで、背の高い緑の生け垣に囲まれた豪邸は、道路からは垣間みることもできません。

迷路のような小道のつきあたりに三木谷氏のお宅があって、シャンペンを受け取ってプールサイドに向かうと、あら、パラソルの下に、HP(ヒューレットパッカード)CEOのメグ・ホイットマン氏がいらっしゃるではありませんか!
彼女は、オークションサイトeBay(イーベイ)のCEO職からHPに移られる間、カリフォルニア州知事の座を目指して選挙運動をなさっていたこともあり、シリコンバレーを越えてアメリカの有名人。ご本人は、写真で見るのとまったく同じ(普通の人の)雰囲気で親しみすら覚えました。
たとえば、故スティーヴ・ジョブス氏は「魂を見透かすような目」で人を見つめたと言われますが、メグさんは生来、人間が優しいのかもしれません。

あとで名簿を見てわかったのですが、この晩は、ベンチャーキャピタルで有名なアンドリーセン・ホロウィッツのベン・ホロウィッツ氏もいらしていたようですが、残念ながら、どのパラソルの下で談笑なさっていたのかわかりませんでした(なにせお庭が広いものですから)。

それで、実は、個人的に一番楽しみにしていたイベントは、太鼓でした。


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パーティーの幕開けとして、『サンノゼ太鼓』のメンバーにプールサイドで華々しく演奏を披露してもらう、という粋な趣向です。(こちらの写真では、左端にカジュアルな格好でいらっしゃるのが三木谷氏)

やっぱり、夏って、太鼓ではありませんか?

きっと青森の『ねぶた』みたいな夏祭りを思い浮かべるからでしょうか、夏は太鼓と笛の音、シャンシャンと鳴り響く鈴、そして、踊り手の掛け声。そんなイメージがあるのです。

サンノゼやサンフランシスコの日系コミュニティーでも、夏のお盆祭りには「太鼓道場」の面々が舞台に上がり、威勢のいい演奏で聴衆を魅了します。
太鼓の音に日本人は浮かれ立ち、「じっとしていられない」暗示にかかるのですが、それはアメリカ人だって同じでしょう。
 


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三木谷氏のお宅にいらした若々しい太鼓のメンバーは、私立スタンフォード大学と州立カリフォルニア大学バークレー校で太鼓を始めたとおっしゃっていたので、今は大学でも太鼓道場が盛んなのでしょうか。

まあ、日本の大太鼓に比べれば、ちょっと勢いに欠ける部分もありますが、こうやって海を越えて、アメリカの若者が日本の太鼓の音色をしっかりと受け継いでいるなんて、素敵なことではありませんか!
 


Ramen Burger  from GoRamen on CNBC 081613.png

そうそう、この同じ土曜日、ニューヨーク州ブルックリンのフードフェストでは、『ラーメンバーガー』なるものがデビューし、2週間で全米の話題となっているようですが、太鼓もラーメンも、アメリカ人は大好き!

(写真は、日系2世ケイゾー・シマモトさんが発案した、特製醤油ダレ『ラーメンバーガー』。日本でラーメンの修行をしてgoramen.comというサイトを運営する彼は、短編映画『Ramen Dreams』の主人公)

<オバマさん、白髪が増えましたね!>
というわけで、夏の音色のあとは、夏に誕生日の方のお話をどうぞ。

いやはや、大統領というお仕事は、気苦労の絶えないものと見えて、近頃、オバマ大統領は白髪がずいぶんと増えましたよね。

8月4日に52歳の誕生日を迎えたオバマさんは、2009年1月、大統領職(一期目)に就任したときには、まだ若々しいイメージの「新米政治家」でした。


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それがもう二期目ともなると、日夜ホワイトハウスに舞い込む「国家の一大事」に取り組んでいるうちに、なんとなく老成した表情となってきました。(写真は、8月7日サンディエゴ郊外のペンドルトン海兵隊基地でスピーチをするオバマ大統領)

そんな大統領には、近頃「シルバーフォックス(銀狐、カッコいいおじさま)」とあだ名が付いたそうですが、深夜コメディー番組『ジェイ・レノ・ショー』のホストのジェイさんは、「いつもフォックステレビに突き上げられてるから、かわいそうに大統領は髪が白くなっちゃったよ」とジョークを飛ばします。

フォックステレビ(FOX TV)とは、人気ドラマ『Glee(グリー)』やアイドル発掘番組『American Idol(アメリカンアイドル)』で有名な放送局ですが、系列のニュースチャンネル「フォックスニュース」は、極右とも呼べるほどに(オバマ大統領の所属する)民主党が大っ嫌い。
だから、フォックスにキャンキャンと吠えられているうちに、大統領は銀髪になってしまったのさ、というジョークでした。
 


Pres Obama with Jay Leno 08-06-2013.png

このジョークの直後に登場された大統領ご本人に向かって、「髪が白いわねってからかわれたら、(奥方の)ミシェルさんをからかい返すの?」と問うジェイさんに、大統領はたった一言「いや(No)」と答えます。それが、結婚生活を20年以上続かせる秘訣だとか。

そして、いわく「先日、ホワイトハウスにハリー・ポッターみたいにかわいい男の子が訪ねてきて、グラフやチャートを使って難しい話をしてくれたんだよ。だから、いくつなのかいって尋ねると『7歳になったばかりだよ。あなたは?』と聞くので、『52だよ』と答えたら、彼はただ『ウォー』と絶句するんだよね。きっと彼には、人の年齢に52なんて大きな数字が存在することが想像もできなかったんだろうねぇ。
(写真は、8月6日NBC『ジェイ・レノ・ショー』のジェイさんと語らうオバマ大統領。Official White House Photo by Pete Souza, from the White House Blog)

ま、52という数をどう捉えるかは人それぞれだと思いますが、アメリカ人に「あなたはいくつまで生きたい?」と質問をしたところ、7割の人が79歳から100歳、平均すると90歳と答えたとか。
今、アメリカで生まれた赤ん坊の平均寿命(0歳時の平均余命)は、女性で81年、男性で76年なので、もうちょっと長く生きたいなぁ、というのが願いでしょうか。
(8月6日発表のPew Research Center世論調査『Living to 120 and Beyond: Americans’ Views on Aging, Medical Advances and Radical Life Extension』より。今年3月、全米2千人の大人に電話で行ったインタビュー調査)

その一方で、100歳を超えてしまうと「どうかなぁ?」と疑問視する人が多いようで、100歳以上生きたいという人は、わずか9パーセントだったとか!
なぜなら、ずっと元気で生きられる保証はないし、地球の資源枯渇や医療制度への負担を考えると、自分だけ長生きしても・・・というのが理由だとか。

個人的には「120歳まで生きて、世の中がどう変わるか見てみたい!」と漠然と考えていたのですが、そういう人生観って、意外とポピュラーではないんですね。

それから、日本と同様に、アメリカもだんだんと高齢人口の割合が増えているのが現状(65歳以上は13%)ですが、9割の回答者が「それっていいことじゃない?」とか「べつに問題ないんじゃない?」と答えたそうな。

やっぱり国土がでっかくて、どんどん若い人を受け入れている国は、包容力があるのかな? とも感じたのでした。

<『I HAVE A DREAM…』スピーチ50周年>
というわけで、最後にちょっと真面目なお話をいたしましょうか。これ抜きには、アメリカを語ることはできないような気がしますので。
 


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この8月28日は、公民権運動の父マーティン・ルーサー・キング牧師が、かの有名な『I HAVE A DREAM…』のスピーチを披露して50周年となります。

1963年8月28日、キング牧師が中心となり首都ワシントンD.C.で行った抗議行動「ワシントン大行進(the March on Washington for Jobs and Freedom)」にて、リンカーン記念堂の前で牧師が行った有名な演説です。

まるでゴスペルを歌い上げるかのようなこの演説は、リンカーン大統領が「奴隷解放宣言(the Emancipation Proclamation)」に署名してちょうど100年になるのに、黒人はいまだ差別や偏見の鎖につながれ自由にはなっていない、と始まります。

自由と平等を勝ち取るのは、今しかない。だが、この建設的な抗議行動を暴力行為におとしめてはならない。我々は、白人の兄弟とともに前を向いて進もうではないか。「いつになったらあなたは満足するのか?」という問いには、黒人への差別的な行為がなくなるまで、我々は満足できないのだと答えよう、と続きます。
 


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そして、後半部分になって、有名な「I have a dream that…(わたしには夢がある)」という表現がいくつも続きます。
それまでチラチラと原稿を見ていた牧師は、ここから20万人の聴衆をしっかりと見据え、声高らかに「I HAVE A DREAM…」の渇望を唱えます。

いつの日か、「すべての人が平等につくられたことは自明の事実である」との信条(注:1776年採択『独立宣言』の最も重要な部分)が、真の意味を持つ社会となることを。
いつの日か、ジョージアの元奴隷の息子たちと元奴隷主の息子たちが仲良く同じテーブルに付くことを。
いつの日か、たとえ不正義や抑圧にあえぐミシシッピであっても、自由と正義のオアシスとなることを。(後略)

「アメリカ全土に、自由を鳴り響かせようではないか(Let freedom ring)!」と結ばれる演説は、聞く者の心に力強い余韻を残すのです。

このように、1960年代、キング牧師らを指導者として公民権運動(civil rights movement)の大きなうねりが出現したのは、リンカーン大統領の奴隷解放宣言が国是となっても、南部では旧態依然として「組織的な差別」が行われていたからです。
米国憲法修正第13条で奴隷制度の廃止が定められると、服役中の人々を奴隷のようにこき使う制度が生まれる。
修正第14条で解放された人々の人権が守られると、「隔離しても平等である(separate but equal)」と奇異な理屈を唱え、さまざまな人種隔離政策(いわゆるジム・クロウ法)が生まれる。
修正第15条で選挙権が認められると、2代前にさかのぼって選挙権を要求するグランドファーザー条項(既得権条項)が盛り込まれ、それが連邦最高裁判所で違憲と判断されると、有権者の識字能力を問い始める。

このような決して消え失せない組織的な差別(institutional racism)にあらがったのが公民権運動ですが、たとえば、交通機関の人種隔離に立ち向かった「フリーダムライダー2001年10月30日号でご紹介)」にしても、学校や公共の場の人種隔離と闘った「アラバマ州バーミングハムの抗議行動」にしても、地元警察や武装した白人至上主義者からは激しい暴圧を受けています。
ワシントン大行進の直後、教会が爆破され、4人の少女が犠牲となったバーミングハム(Birmingham)が「ボミングハム(Bombingham、bombは爆弾)」と不名誉なあだ名を持つゆえんです。
 


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残念ながら、「I HAVE A DREAM…」のスピーチから50年経った今でも、キング牧師の夢は完全には実現していないのでしょう。
いまだに警察は、肌の色で人を判断する「人種的プロファイリング(racial profiling)」を盛んに行なっているし、キング牧師のワシントン大行進で勝ち取った「1965年の投票権法(the Voting Rights Act of 1965)」は、今年6月の連邦最高裁の判決で、効力を失いかけているし・・・。
(6月25日の「Shelby County v. Holder」判決で、事実上、南部の州は連邦政府の監督無しに選挙法の改正(改悪?)が許され、有色人種有権者の抑圧につながると懸念される。写真は、ワシントン大行進の日、ホワイトハウスで大行進のリーダーたちと面会するジョン・F・ケネディー大統領)

けれども、ひとつキラキラと一番星みたいに輝いていることがあるとするならば、それはオバマ大統領かもしれません。
いえ、彼個人がキラ星だと主張しているのではなくて、白人でない大統領がアメリカを治めていることが、です。

若い頃、クー・クラックス・クラン(the Ku Klux Klan)に所属し、公民権運動の若者たちを殴り倒した白人至上主義者ですら、オバマ大統領が誕生すると、すっかり心を入れ替えたという実話があります。

今年4月、76歳で他界したエルウィン・ウィルソンさんは、「死んだらどこに行くと思いますか?」という質問に「地獄だよ」と答えるほどに、1960年代は(人を殺めないまでも)極悪非道な行為を繰り返しました。
それが、オバマ大統領が就任すると、南部から首都に出かけて行って連邦下院議員ジョン・ルイス氏の許しを乞うたそうです。昔、「フリーダムライダー」に参加したルイス氏を無抵抗のまま殴打した過去があるからです。


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再開したふたりは涙を流し合い、それから何度かインタビューにご一緒されましたが、ウィルソン氏は、CNNのインタビューでこうおっしゃっています。
いつも親父が言っていたよ。『馬鹿者は心を入れ替えず、賢者は心を入れ替える』って。心変わりしたことを何も恥じてはいない。
(Photo of Rep. John Lewis (D-Georgia) and Mr. Elwin Wilson from New York Times)

長い人類の歴史の中で、「自由(freedom)」というものは、元来、誰かに当たり前のものとして与えられるのではなく、自分の力で勝ち取るものだったのでしょう。

一歩、二歩、三歩と前に進んでは、一歩後退し、また前に進んでは、後退する。そういった繰り返しで、いつしか気がついてみると、ちょっとは前に進んでいる。そんな自由と平等と人権の歴史だったのでしょう。

2009年1月、オバマ大統領就任を前に初公開された英BBCのインタビューで、キング牧師は「40年後には黒人大統領が誕生するだろう」と予言なさっています。

実際は「45年後」となりましたが、「うん、そんなに悪くはないかな?」と、牧師もあちらの世界で微笑んでいらっしゃるのかもしれません。

夏来 潤(なつき じゅん)

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