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2014年05月23日

日常のひとコマ: 医療と運転の規則

Vol. 178

日常のひとコマ: 医療と運転の規則

カリフォルニアは、暑くなったり、寒くなったりと、不安定なお天気です。ひとつ安定していることと言えば「カラカラに乾燥している(dry as a bone)」ことでしょうか。

そんな今月は、医療制度、テスラ愛好家、自動運転車と、身近なお話を3ついたしましょう。

<アメリカの怪文書>
先日、珍しく、連れ合いを救急病院に連れて行くことになりました。

床で滑って転倒し、肩と頭をひどく打ち付けたので、本人は痛がっているし、深刻な状態になるかも・・・と心配して連れて行ったのでした。

すぐにトリアージュの看護師さんに診てもらって、肩のX線写真を撮ったまでは良かったものの、先生に会うまで約2時間、「骨は折れてないかなぁ」「頭は大丈夫かなぁ」と、不安を抱えながら待合室で待つことになりました。
 


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この病院は、わたしが何度も救急車や連れ合いの車で運び込まれた「馴染みの病院」ですが、待合室を見渡してみると、以前と比べて、とくに「お客」が増えたわけでも、減ったわけでもなく、例の『オバマケア(医療保険制度改革法)』の影響はあまり感じませんでした。

そう、アメリカでは、今まで住民全員が医療保険に入らなければならない規則がなかったので、保険を持たない人は、近所の救急病院(Emergency Room)に出向くことも多く、それが医療保険制度全体に多大なる負担をかけている、とも言われていました。

しかも、国民健康保険という制度のないアメリカでは、民間の医療保険となるので、持病(pre-existing conditions)があると加入を断られるし、自営業の人が個人プランに入ろうとすると、月々の保険料がえらく高い、と問題も山積。
 


Pres.Obama signs Health Care Reform bill March23-10.png

そこで、4年前に法律として制定されたのが『オバマケア(正式名称:患者保護および医療費負担適正化法、the Patient Protection and Affordable Care Act)』。
いよいよ昨年10月からは申し込みが始まり、今年3月31日の締切日をもって、全米で7百万件を越える新規加入があったそうです。(写真は、2010年3月23日ホワイトハウスで法律に署名するオバマ大統領;Official White House Photo by Pete Souza)

もともと未加入者の多いカリフォルニアのように、法律に賛同し、州独自の保険ネットワーク(health insurance exchange)を構築した州もありますが、独自のシステムを持たない36州は、国が構築したヘルスケア・サイト(Healthcare.gov)を利用します。が、当初こちらが問題だらけで、昨年末の締切日が3月まで延長された背景があったので、全米で7百万件の新規加入とは、ひとまず「成功」と言うべきでしょう。

それにしても、「住民全員が医療保険に加入する」という、先進国では当たり前の制度をオバマ大統領が布こうとしたら、国中で激しい反発が巻き起こったものでした。

「俺たちは社会主義国家じゃないぞ!」「自分のことは自分で守るから、国からとやかく言われる筋合いはない!」というのが主たる反対理由ですが、法律制定に先立ち、保守派の方々の間で、こんな怪文書メールが流れるのを目にしました。

日本には、アメリカのような社会保障制度(Social Security)は一切ないらしい。だが、65年前に原爆で焼け野原になった広島の街には、うらぶれた地区はまったくなく、国の助けがなくとも、人々は自分たちの力で立派にやっている。が、アメリカはどうか? れっきとした社会保障制度があるにもかかわらず、たとえばデトロイトには、もはや修復不能なすさんだ地区が存在するではないか? 結局は、国が市民生活に介入しても無駄なのだ』と。

この奇々怪々なメールを目にしたのは、「日本に社会保障制度がないって本当?」と良心的に質問した方がいらっしゃったからなのですが、「それは間違いよ」とウソを指摘された方以外は、延々と次の人へと怪文書を転送することになったのでしょう。

こんな風に、自分の論理に合わせてうまく正当性(justification)を編み出せるのが、アメリカ人の良いところでもあり、悪いところでもあるでしょうか。
 


Pres.Obama with Sebelius June24-09.png

まあ、そんなわけで、大荒れの中で日の目を見たのが『オバマケア』であり、連邦最高裁判所で護憲性(constitutionality)が認められた今でも「チャンスがあれば反故(ほご)にしよう!」と画策する人もたくさんいるようです。(写真は、法律制定の前年6月、「同志」であるセベリウス保健福祉長官(当時)と語らうオバマ大統領。同長官は激務を完了し先月退官;Official White House Photo by Pete Souza)

が、反発の火種は消えなくとも、「みんなが医療を受けやすくするためには、最低限度の医療保険に入るのが住民の義務であり、未加入の場合は罰金を徴収されますよ」というのが現行の法律です。

ですから、先日、連れ合いを救急病院に連れて行ったときには、「未加入の人が減って、救急病棟には患者が少ないのではないか?」と思っていたのですが、あまり変化はなかったので、いつの世も、具合が悪い人は大勢いるということでしょうか。
ちなみに、こちらの病院は自治体から「コミュニティー病院」の指定を受けているので、こういった救急施設では保険の有無で患者を拒めず慢性的に混む、といった事情もあるのかもしれません。

というわけで、病院の待合室で社会勉強をさせていただいたのですが、幸い、連れ合いのケガは肩の腱の捻挫(sprain)と頭のたんこぶ(bump, contusion)で済んだので、夜中の2時には我が家に戻って来ることができました。

さすがに何教徒でもないわたしも、「自分の寿命を縮めてもいいですから、どうか軽傷でありますように」と願い事をするくらい心配していたのですが、あぁ、悪魔と魂の取引をしなくて良かったなぁ、と胸をなでおろしたのでした。

<「テスラ」考>
「テスラ」というのは、シリコンバレーの電気自動車(EV: Electric Vehicle)メーカー、テスラモーターズ(Tesla Motors)のことですが、べつにたいしたお話ではありません。
 


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カリフォルニアには法律があって、車の前方と後方の両方にナンバープレート(license plates)を取り付けることになっています。が、ここで問題が生じるのです。
なぜなら、現在テスラが販売するスポーツセダン「モデルS」は、ほとんどの場合、前方のナンバープレートを取り付けていないから。

もしも何らかの理由で警察に止められ、前方プレートが無いことがわかると、違反チケット(a ”fix-it” ticket)を受け取ることになります。ヘッドライトが片方切れているときと同じで、「改善できる違反(a correctable violation)」として手直しを求められるのです。
 


Tesla Model S Front View.png

けれども、モデルSは、美しいラインが売りの車。そこに目立つナンバープレートなんか付けたら、台無しではありませんか!

ですから、ほとんどのモデルS愛好家は、違反であることを知りながら前方のプレートを付けないんです。「誰にも見つかりませんように」と祈りつつ。

そう、遠くからモデルSが近づいてくるのを見ると、持ち主ではないわたしだって、彼らの心情はつくづく理解できるのです。

いえ、カリフォルニアの法律では、車を売ったディーラー(テスラの場合は直営店)に責任があることになっているんです。けれども、購入時に買い手が「法律を理解した」と署名すれば、ディーラーは免責となります。
そうなんです、ディーラーは無理やり車体の前方に穴を開けることはできないので、そこのところが「悪用」されているわけです。
 


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まあ、モデルSに限らず、シボレー・コルヴェット(Corvette、’Vette)やフェラーリ(Ferrari)なども、「美しい車体を傷つけたくない」という理由で、後方にしかプレートを付けない持ち主も多いようです。
が、モデルSの違反率は、ダントツに高いとお見受けします(こちらのモデルSは、珍しく法律に従っていますが、なんとなく無惨な光景・・・)。

ということは、警察が「成績を上げよう」と思ったら、理論的には、道行くモデルSを全部ターゲットにすればいいということ?
 


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たしかに、「僕のもう一方の車は大丈夫なのに、テスラだけターゲットにされた」という逸話は存在します。けれども、あからさまに警察がそんなことをしたら、モデルS愛好家が黙ってはいないでしょう。
だって、高価なモデルSは、テクノロジーに明るい(お金を持っていそうな)人が買うことが多いでしょうから、そういう方々ってコミュニティーの中で発言力が強そうではありませんか。

そこで、ふと思ったのですが、日本には、カリフォルニアみたいな法律があるのでしょうか? だとしたら、みなさん、(涙を流しながら)前方にプレートを取り付けるんでしょうか?

<グーグルに先を超された陸運局>
最後に、「自動運転車」の小話です。英語では autonomous car とか self-driving car、はたまた driverless car とか robotic car とも呼ばれていますが、人が運転しなくても自分で動く「お利口さんの車」のことですね。

この分野にグーグル(Google)が真剣に取り組んでいるのは広く知られますが、マウンテンヴューのグーグル本社の辺りでは、周辺の試乗からフリーウェイの試験走行へと大きく進化している、今日この頃。

そんなグーグルのスピードに負けるな! とばかりに、カリフォルニアの陸運局(California Department of Motor Vehicles)が新しい規則を制定しました。
 


CA Vehicle Code Section  38750.png

5月19日付けでカリフォルニアの車両法(California Vehicle Code)に追加されたのは、『自動運転車(Division 16.6, Section 38750, Autonomous Vehicles)』という項目。
延々と14ページに書かれた規則は、自動運転車の製造元に対するもので、陸運局に認可されれば公道で試験走行を行っても良いというもの。認定は一年に一回更新すること、自動運転車のオペレータは製造元の訓練を受けること、製造元は事故に備えて5百万ドル(およそ5億円)の保険に入ること、といった条項が定められています。

一方、公道での一般利用に関しては、年内に法整備されるそうです。

近頃、国道101号線や州間280号線といったシリコンバレーのフリーウェイでは、「あ、運転手がハンドルから両手を離してる!」とか「へぇ、車線変更も結構うまいじゃん」といった歓声が聞こえます。

逆に「お前の腕前を見せてみろ!」とばかりに、車線変更の兆しを察知すると、わざとスピードを上げて割り込みを阻止したり、急に前に割り込んでブレーキを踏んだりという意地悪なドライバーもいるようです。
 


Google autonomous cars-Lexus RX450h.png

5年前に始まったグーグルの自動運転車プロジェクトですが、すでにフロリダ、テキサス、首都ワシントンD.C.を含めてハイウェイ走行距離は100万キロ。これからは、いよいよ市内の公道でも見かけることになりそうです。

これまでの走行テストで起こした唯一の事故は、人間が機械に代わって運転しているとき。実は、安全に関しては人間よりも慎重なんだとか。

今は、大掛かりなレーザーにカメラと、一台に15万ドル(およそ1,500万円)の設備が乗っかっていますが、あと10年もしたら、そろそろ普通の人が買える値段に下がっているのかもしれませんね。

Reference cited: “Google’s Driverless Cars: Look, Ma! No hands – or drivers” by Gary Richards, the San Jose Mercury News, May 14, 2014; photo by John Green

夏来 潤(なつき じゅん)

 

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