Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2014年07月11日

シリコンバレーの今: 景気回復の代償?

Vol. 180

シリコンバレーの今: 景気回復の代償?

今月は、いつもよりも掲載が早いですが、「シリコンバレーの今」をお伝えしてみましょう。必ずしもバラ色とは言えない日々なのです。

<景気がイイのは良いけれど・・・渋滞が!>
以前もご紹介していますが、「シリコンバレー(Silicon Valley)」というのは、あくまでもニックネーム。サンタクララの谷間(バレー)にある、サンタクララ郡(Santa Clara County)とほぼ同義語と考えていいでしょう。

「シリコンバレーの首都」と自称するのは、北カリフォルニア最大のサンノゼ市(San Jose)ですが、他にはアップルのあるクーパティーノ市、ヤフーのあるサニーヴェイル市、グーグルのあるマウンテンヴュー市と、サンタクララ郡だけで15都市がひしめいています。
 


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シリコンバレーの生い立ちは、計測器から出発したヒューレットパッカードや、「シリコンバレー」の「シリコン」の名声を築いたショックリーセミコンダクタ、フェアチャイルドセミコンダクタ、インテルなどの半導体企業、そして記憶装置の開発・製造を担ったIBM(本社ニューヨーク州)の研究開発部門など、戦後の成長期の新しいチャレンジが原動力でした
(写真は「8人の反逆者(Traitorous Eight)」とも呼ばれるフェアチャイルドの創設者たち。真ん中が中心的存在のロバート・ノイス博士、左端がインテルの共同設立者ゴードン・ムーア博士)


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その後、ゼロックス・パロアルト研究所やアップルコンピュータがコンピューティングの新たな方向性を示唆し、オラクルやシスコシステムズ(写真手前)のビジネス向け企業が一世を風靡し、インターネットの幕開けとともにヤフーやグーグルのネット企業が誕生し、バブルが生まれ、バブルははじけ、そんな荒廃の中からもアップルは「iPhone(アイフォーン)」で盛り返し、フェイスブックやツイッターの「ソーシャル」が現れ、世界をつなぐ媒体に成長しています。


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気が付いてみると、シリコンバレーの黎明期を支えてきた「でっかい平屋建ての製造業」はすっかり影を潜め、モノづくりは海外へと流失。
サンノゼ市南端にあったIBMの記憶装置生産工場(写真)も、今は大型店舗や集合住宅に生まれ変わっています(この開発グループに籍を置いたことのあるわたしにとっては、解体作業は感無量の光景でした)
 


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けれども、常に変化し続けるのがシリコンバレー。「ソーシャル」や「モバイルアプリ」が起爆剤となり、Tシャツに短パンの昔気質のエンジニアに、サンフランシスコのオシャレなカフェでひらめく若手起業家が加わり、なにやら大変身の真っただ中。

変身とともに景気もグングン右肩上がりで、今や、シリコンバレーやサンフランシスコを網羅する「ベイエリア(the Bay Area)」は、全米で雇用拡大(job growth)をリードする地域。
昨年(2013年)シリコンバレーでは全米平均の2倍、年間4パーセントの雇用拡大が見られ、サンフランシスコとともに、2008年の金融危機(リーマンショック)で失われた雇用(job losses)をすっかり取り戻したそうです(6月12日発表のカリフォルニア大学ロスアンジェルス校Anderson School of Management分析結果)

そんなわけで、景気がイイのは良いのですが、それとともに諸問題も深刻化しています。
 


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まずは、交通事情。シリコンバレーの一番の幹線道路は、国道101号線(US 101)と州間280号線(Interstate 280)のフリーウェイですが、渋滞は日に日にひどくなるばかり。
101号線沿いには、インテル、グーグル、フェイスブック、オラクルなどの大企業がひしめき、朝夕のラッシュアワーは全米でもトップを争う渋滞地獄。サンノゼ南端の我が家から普段は40分で着く距離も、朝は2時間かかります。
そして、スタンフォード大学やベンチャーキャピタルが近い280号線(写真)も、昔の「逃げ道」のステータスを返上し、101号線並みの混みようです。
 


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渋滞の原因は、公共の交通機関が限られることでしょうか。サンノゼとサンフランシスコの間にはCalTrain(キャルトレイン)という列車が走っていますが、なにせ遅い! 本数も限られるので、通勤時間帯をはずすと利用は難しい。
東の内陸部からはサンフランシスコに向けてBART(ベイエリア高速鉄道、通称バート)が走っていますが、サンノゼやシリコンバレーの大部分は経路から外れています。
そして、交通機関を利用したくても、最寄り駅が自宅から離れていると車で駅まで行くわけですが、駐車スペースが少ないので、だったら目的地まで車で行った方が簡単でしょう。

 
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アップルやグーグルのような大企業だと、「コーポレートバス」を走らせ、サンフランシスコとシリコンバレーの間をピストン輸送しています。
若いエンジニアは「シティーライフ」の楽しいサンフランシスコに住みたいので、シリコンバレーまで一時間かけて社バスで通勤。が、小さなスタートアップに勤めていると、そんな恩恵にあずかることはできません(社バスは、写真のように覆面の場合が多く、内部は企業が指定した通りに贅沢に改造してあります)


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まあ、サンフランシスコ湾に面したベイエリアですから、フェリーという海の交通手段もあります。これで自転車通勤も可能ですが、運行数も旅客定員も限られるので、残念ながら機動力は低いようです。
グーグルは、社バスに加えて、自社フェリーを運行しているようですが、そのような企業はごく少数派です。

そんなわけで、大量輸送の交通機関は利便性が低く、道路や橋には自然と車があふれかえってしまうのです。

が、どんな理由があろうとも、40分の行程が2時間になったり、フリーウェイの出口が混み過ぎて大好きなコーヒー豆を買えなかったりすると、「何かが狂っている!」と叫びたくなるのです。

<景気がイイのは良いけれど・・・家が!>
そして、通勤事情に加えて、住宅事情も極めて悪いです。

ま、道路に車があふれかえるのと同じ理屈で、住む場所が見つからないのですが、こんな話がありました。


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昨年、我が家の二軒隣の家が売りに出されたのですが、約2時間で買い手が決まったそうです。
そして、知り合いは、家探し11軒目にして、ようやく一軒家を購入できたのですが、それまでの10軒は、すべてビッド(せり)で負けたとか。
そう、売値(asking price)というのは「あって無きが如し」で、それにたくさん上積みした人が最終的には勝つという競売(bidding war)状態になっているのです。

我が家の二軒隣の家だって、小さいながらも、おそらく百万ドル(約一億円!)はしたのだと思いますが、海外の投資家も含めて、買主の3割は現金購入という事情も災いしています。
アップルのあるクーパティーノ市などは、小学校から高校の学区(school districts)が優秀なので、借家すら困難だと聞いています。教育熱心な中国系やインド系が多い地域では、学年終了で夏休みに入るタイミングを逃すと「滑り込み」は難しいとか。

そんなわけで、一昨年(2012年)中頃から住宅事情は悪化していて、家の値段やアパートの賃貸料が恐ろしく高いのがシリコンバレーの現実となっています。


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狭いサンフランシスコ市に至っては、北東部の金融街やSOMA(サウス・オヴ・マーケット)地区は職場に近く、オシャレなレストランやバーも集中するという理由で、高層マンションは毎月のように坪単価(price per square foot)を更新しています。
Just soldRecord sale!(売買成立、(坪単価)記録更新!)」とは、売り手を誘い出す不動産屋の常套句となっています。

そして、ダウンタウンから外れた一軒家では、賃貸者に「立ち退き勧告(eviction notice)」が届いたり、平均年収の人には手の届かない高値となったりして、それはひとえに市内に住みたがるグーグラー(グーグル社員)やアップル、フェイスブック従業員のせいだと、ちょっとした社会問題に発展しています。
現在、市内で家を買おうとすると、平均的には一億円かかるので、テクノロジー企業のコーポレートバスを取り囲み、非難のシュプレヒコールも上がっています。


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サンフランシスコの北東部には、クレーンが数十基そびえ、高層ビル・集合住宅の建設ラッシュとなっています。が、年に一万人という市の人口増加を支えるのは難しいようです。

景気がイイ、気候が良い、移民が多く文化的にコスモポリタンで、誰でも認める社会意識が進んでいると、ベイエリアが人気の理由はたくさん挙げられます。
ですから、これから先も、人口は増えることはあっても、減ることは無さそうです。


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つい先日、全米で10番目に大きいサンノゼ市が「100万都市」となりましたが、シリコンバレーには180万人、ベイエリアには750万人が、サンフランシスコ湾を囲んだ狭い地域に集中して住んでいます(シリコンバレーでは民間企業に勤める約3割、およそ22万人がテクノロジー業界に従事)

シリコンバレーだけで、向こう25年で70万人の増加(!)が見込まれるそうで、そろそろ真剣に人口増加と街のあり方を検討する時期がきているようです。
 


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カリフォルニアは、全米でも屈指の自然保護にうるさい州なので、空き地に見える場所も「保護区(open space preserves)」として未来の世代のために守られています(写真は、パロアルト市の東に広がる湿地帯Palo Alto Baylands Park。先住民族の時代は、ベイエリアの沿岸はすべてこのような湿地帯でした)

自然保護に熱心ということは、開発には容易に着手できない事情があり、「街づくり」には斬新な発想が求められますが、たとえば、サンノゼ市で構想が膨らんでいる「通勤不要な街づくり」も魅力的な試案でしょうか。
ダウンタウン地区に効率的にオフィスと集合住宅を配置し、人口増加に備えながらも、通勤者数を減らすアイディアです。

そんなわけで、深刻な諸問題を抱えるベイエリアですが、「従業員満足度」では全米トップ!


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求人サイトのGlassdoorによると、全米50都市で「すごくハッピーな従業員(happiest employees)」が多いのが、シリコンバレーのサンノゼ市。次いで、サンフランシスコ。
さらに、首都ワシントンD.C.、ヴァージニア州ノーフォーク、ユタ州ソルトレイクシティーと続くそうです(Glassdoor年間調査をビジネスチャンネルCNBCが紹介)

全般的に会社の待遇も良く、転職もしやすいのが「ハッピー」の理由のようですが、何かとサンフランシスコと比べられて「みそっかす」になるサンノゼも、大いに胸を張れる調査結果なのでした!

<電話屋さんのテレビ、がんばる!>
最後にちょっと、テレビのお話をいたしましょうか。

「電話屋さん」とは、米電話業界の大御所AT&T(元SBC)のことですが、今は、携帯ネットワークAT&Tモビリティも強いですし、『U-verse(ユーヴァース)』というテレビ配信にも乗り出し、ケーブルテレビや衛星テレビの競合を相手に善戦しています。
基本的に、アメリカでは何かしらのテレビ配信サービスに加入しないとテレビを十分に楽しめないので、ここに巨大なビジネスチャンスが存在するのです。
 


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AT&Tの『U-verse』を初めて目にしたのは、2007年のコンスーマ・エレクトロニクスショー(CES)のこと。その頃から「電話屋さんのテレビって、どんなのだろう?」と関心を持っていたのですが、2年前から使ってみるチャンスに恵まれました。

それで、6月中旬に開幕したワールドカップサッカーを観戦していて、「U-verseはイイな!」と思ったことがありました。
それは、デジタル放送のプラスアルファーを活かした『ワールドカップ(2014 FIFA World Cup)』チャンネル。
 


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ワールドカップを放映するスポーツチャンネルESPNESPN2を鑑賞中に、リモコンの「OK」ボタンを押すと、自動的にこちらのチャンネルに移行し、画面の左側にメニューが出てきます。
「国々」「スケジュール」「グループ」といったメニューで、生中継を観ながら、各国チームの成績や、すべての試合結果と今後のスケジュール、グループごとの状況(写真)といった情報が入手できます。
これさえあれば、テレビを観ながらパソコンやスマートフォンの「セカンドスクリーン」で情報チェック、という手間がはぶけるのです。
 


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そして、試合が始まってしばらくすると、「マルチヴュー(Multiview)」というメニューが出現します。
そう、グループ(一次)リーグが最終戦ともなると、グループ内の試合が同時刻でダブるでしょう。だから、両方の試合を同時に観ちゃえ! という欲張りなメニューなのです。
横目で見ていて「あ、あっちの方が白熱してる!」と思ったら、「OK」ボタンを押して、瞬時にそちらにスイッチ。戻りたかったら、また「OK」を押して元の試合へ、と嬉しい機能も付いています。
まあ、画面はちょっと小さくなりますし、ときに補足の得点データが遅れたりしますが、おかげで開催国ブラジルの「グループA」で、ブラジル、メキシコ、クロアチアのどこが次に進むのか? と、リアルタイムで楽しめました。
 


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「マルチヴュー」の機能は、AT&Tがニュース、スポーツ、子供向け番組で4年前から提供しているもので、こちらの『ワールドカップ』チャンネルは、サッカーの祭典に備えて6月にリリースされた、テレビアプリケーション。
インターネットに接続するテレビ(スマートテレビ)で利用できます。

AT&Tは過去にもゴルフの『マスターズ』チャンネル、テニスの『フレンチオープン』チャンネルを提供しているので、そろそろスポーツ中継のコツもつかんだことでしょう。

一方、ケーブルテレビ最大手のコムキャスト(Comcast)では、こんな新手のトリックはなかったので、やっぱりテレビ配信の新参者は、それなりに新しいことを考えて工夫を凝らしているようですね。

蛇足ですが: 三十余年前にサンフランシスコに渡って来たとき、中南米の子が多い学校を除いて、サッカーはアメリカでは「みそっかす」でした。それが、ここまで熱心にワールドカップ全試合を放映するようになるとは、隔世の感があります。

まだ決勝は行われていませんが、システマティックなドイツとメッシのいるアルゼンチンの対戦は、たぶん「ロボットみたいに冷静な(Cold as ice)」ドイツが勝つのではないでしょうか?

夏来 潤(なつき じゅん)

 

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