Silicon Valley NOW シリコンバレーナウ
2004年10月18日

10月の話題:万歩計とストライキ

Vol.63
 

10月の話題:万歩計とストライキ

今月も、あれやこれやと、いろんな話題を盛り沢山にお送りいたしましょう。


<デジタル音楽>

まず、前回9月号の最初のお話で、アップル・コンピュータのiPodに関し、明確でない表現がありましたので、補足説明いたします。
前回、アップルのデジタル音楽プレーヤiPodと、オンライン音楽サイトのiTunes Music Storeでは、AACというフォーマットが使われると書きましたが、iPodはAACに加え、MP3、Real10、WAVなどもサポートしています。ゆえに、iTunes以外のアメリカの音楽サイト、たとえばRealPlayer、eMusic、Audio Lunch Boxなどでも使えます。
また、レパートリーの広さで定評のあるiTunes Music Storeは、Mac OSでもWindowsでも利用できますが、このサイトから音楽プレーヤにダウンロードするには、iPodを使う必要があります。ですから、アップル路線として、ハードとソフトの"相乗効果"があるわけです。
一方、iPod には、MSN Music、Napster、SonyConnectなど相性の悪い音楽サイトもあるわけですが、便利なもので、パソコン上のデジタル音楽コレクションをiPodに書き込めるソフトを出している会社もあります。iPodは、今やちょっとしたステータスシンボルでしょうか。

そんなアップルですが、クリスマス商戦に向けて、新しい音楽プレーヤを準備中と噂されています。1インチハードディスクを内蔵するiPodと違って、フラッシュメモリを採用し、小型の安いモデルになると予想されています。四半期に2百万台売れるiPodの人気にあやかれるのか、楽しみな噂話です。

先日、ジャズシンガーのロゼアナ・ヴィートゥロさんが、ブラジルの香りのする、心地よい音楽とともに、こんなお話を披露していました。彼女は、ジャズ音楽の熱心な教育者でもあるのですが、ある日、生徒のひとりが同級生に向かって、こんな風に話しかけていました。
"おい、これ見てみろよ。昔のジャズミュージシャンのかっこいい写真があるぜ" と。これを聞いたロゼアナさん、あわてて曰く、"あのねえ、それは写真じゃなくて、LPレコードって呼ばれるものなの。そんな形してるけど、中に音楽が入っているのよ。"


<番号ポータビリティーと政治>

昨年11月、全米の主要100都市で、携帯電話の番号ポータビリティーが始まりました。加えて、今年5月には、すべての地域が網羅されるようになりました。この制度については、施行直後にご説明しましたが、簡単には、自分の番号を持って、他の携帯キャリアに移れるシステムのことです。
9月上旬、連邦通信委員会(FCC)が発表したところによると、7月末までの時点で、540万人がこの制度を利用したということです。全米での利用が可能となった5月以降には、利用数はそれまでの半年を上回り、加速傾向を示しています。
中には、従来の自宅の電話番号をケータイの方に移行した人もあり、こういったユーザーは、全米で54万人を超えるそうです。

自宅の電話におさらばし、ケータイ一本に絞ったのは、若い層が多いと思われますが、このことは、政治に少なからず影響を与えます。従来の電話を使う世論調査が、正確ではない可能性があるからです。ケータイ一本の若い人の声が、調査に反映されていない可能性があるのです(来春には、全米の携帯番号がデータベース化されるようですが、業界最大手のVerizon Wirelessは、プライバシーの観点から、このデータベースには参画しないことを表明しているので、いずれにしても不完全なものとなるようです)。

ご存知の通り、11月2日には、大統領選挙が行われます。2001年に就任したブッシュ大統領は、彼の政策に心から賛同する者と、激しく反発する者とに分かれ、アメリカ史上、もっとも国民を二分する大統領と言われています。持つ者と持たざる者を分かち、考えぬ者と熟考する者を分かちます("uniterではなくdivider"(まとめ役ではなく、国を二分する者)と表現される大統領の地盤は、彼自身がいうところの"haves and more haves"(持つ者と、もっと多くを持つ層)なのです)。
そういった中、選挙を占う世論調査も、事あるごとに乱高下し、ブッシュ陣営も、対抗するケリー陣営も、戦略の調整が頻繁に必要となっています。調査から漏れていると考えられる若い層は、反ブッシュを唱える人が多いので、ブッシュ陣営としては、これを忘れては痛い目を見るかもしれません。

筆者は、ブッシュ政権の政策の動向をつぶさに追ってきましたが、ここではスペースもないし、政治コラムでもないので、ひとつだけ逸話をご紹介しましょう。
世に知られた政治リポーターに、ヘレン・トーマスさんという人がいます。彼女は、ジョン・F・ケネディーからビル・クリントンの歴代政権を伝えてきた、歴史の証人ともいえるジャーナリストです。大統領記者会見の際は、彼女は、真っ先に質問を許されます。
その伝統を踏襲し、ブッシュ大統領は、就任後初めて開かれた記者会見で、ヘレンさんを最初に指名しました。そこで彼女はズバリと、"あなたはどうして、政教分離を定めた法律を守らないのですか" と質問しました(ブッシュ大統領は、キリスト教原理主義のEvangelical教会の信者で、政策には信仰が深く影響しています)。
それを聞いた大統領はびっくり、声も出ません。きっと挨拶代わりの簡単な質問を期待していたのでしょう。アーとかウーとかうなったあとに、何事か意味を成さないことを答えたのですが、"鳩が豆鉄砲を食らったような" とか、"目が点になる" といった表現は、まさにこのことを言うのでしょう。

これに懲りたのか、ブッシュ大統領は、就任後3年半の間に、わずか15回しか正式な記者会見をしていません。これは、JFKの60数回、クリントンの40回、父親のブッシュ一世の70回に比べると、圧倒的に少ない数です。
そして、ヘレンさんはというと、この会見以降、二度と指名してもらえませんでした。今は、新聞のコラムニストに変身しています。


<たかが歩行、されど歩行>

春に日本に行った時に、万歩計を買ってきました。東京の街を歩くと、普段どんなに歩いていないか身に沁みて感じるのです。シリコンバレーのオフィスにおこもりしていた頃などは、一日に千歩も歩いていなかったと思います。自宅のガレージからオフィスの駐車場まで車で移動するわけです。歩く場所がないのです。
こちらに戻って来て、さっそく万歩計を使ってみたのはよいものの、いくらがんばっても "万歩" に届かないので、いつの間にか引き出しにしまわれてしまいました。

ところが、先日、こんな研究結果を知り、万歩計の復活です。米国医学協会誌(the Journal of the American Medical Association)で発表されたふたつの研究によると、歩くことは、高齢層のおつむの働きに良い効果をもたらすというのです。
ハーバード大学が70代の女性を対象に行った調査では、週に1時間半歩く人は、40分未満しか歩かない人に比べ、脳の働きの劣化の可能性が2割も低いそうです。また、ヴァージニア大学とハワイ大学が共同で行った70代、80代の男性の調査では、一日に400メートル未満しか歩かない人は、3.2キロ(2マイル)以上歩く人よりも、痴呆になる可能性が8割も高いそうです。
ソクラテスだったか、弟子のプラトンだったか忘れましたが、考える時は、いつも弟子を引き連れて歩いていたとか。歩くことは脳の刺激になるのでしょうね。

考えてみると、アメリカの生活は、歩かない行動パターンの繰り返しです。だから、年齢を重ねるごとに、だんだん足腰が弱くなり、電動椅子でお買い物している人もよく見かけます。足腰が弱くなると歩かなくなり、歩かなくなると体の方も弱まるという悪循環なのでしょう。
高齢層だけではありません。郊外のベッドタウンに住む人は、若い人でも不健康になりやすいという調査結果も出されています。どこに行くのも車だし、長時間の通勤で時間がないので、太りやすいファストフードに頼るし、ジムでワークアウトする余裕もない。そこで、関節炎や頭痛、喘息といった慢性病になりやすくなるというものです。
"郊外" と健康という漠然とした因果関係に、この調査を "偽科学" だと批判するお医者さんもいますが、筆者は、あながちウソではないと思っています。当然、車社会も悪さしているのでしょうが、ケータイやインターネットのインスタントメッセージの発達で、同じオフィスの人でも相手の席まで歩くことがないという近頃のトレンドも、状況を悪化させる一因でしょうね。

ちなみに、筆者の万歩計ですが、絶対に "万歩" なんか表示しないだろうと思っていたところ、先日ついに達成しました! サンフランシスコに一泊で遊びに行った時、フットワーク軽く歩いていたら、めでたく万歩到達となりました。やはり、"都会" は歩きますね。


<ライナスさんのお引越し>

先日、冷やかしでモデルハウスの見学に行ってみました。別に引っ越すつもりはないのですが、近くにできたので、ふらっと出向いてみたのです。そこで驚いたのですが、近頃は、建売住宅に映画館まで付いているらしいのです。
映画館というとちょっと語弊はありますが、奥まった居間に、ゆったりとした座席が3つずつ2列に並べられ、正面には大きなプロジェクター画面が据え付けてあります。完全な暗室になるように、部屋には窓はありません。
ちょっと前までは、自宅に映画館を作るのは、大邸宅を構える金持ちと相場が決まっていました。けれども、どうやら近頃は、居住面積5千平方フィート級(465平米)の大型建売住宅にも、映画ルームみたいな贅沢品が採用されるようになったようです。わがままなシリコンバレーの消費者をターゲットとしたものでしょうか、それとも、贅沢に慣れたベビーブーマーの老後の楽しみを狙ったものでしょうか。
先日、ヒューレット・パッカードは、秋の製品ラインナップとして、高画質プラズマテレビや液晶テレビに加え、ホームシアター用のデジタルプロジェクターを発表しています。彼らの狙いは、案外良いのかもしれません。

贅沢といえば、キッチンもいい例です。花崗岩や大理石の調理台は当たり前で、レストラン仕様のガス台やオーブン、大型冷蔵庫を備え、"グルメキッチン(gourmet kitchen)" などと誉めそやされます。どうせ "油で汚れるから" と、料理なんかしないくせに。
キッチンの新兵器としては、韓国のSamsungとLG Electronicsが、インターネット冷蔵庫に飽き足らず、インターネット・テレビ冷蔵庫を発売しました。いくら便利だからといっても、普通の冷蔵庫が7、8百ドルで買えるところを、5千ドルから8千ドルも出して買う人がいるかどうかは疑わしい限りです。まあ、自宅の壁の中に光ケーブルを敷くような人にとっては、"自慢の種(bragging rights)" として、必需品かもしれません。

贅沢ついでに、カリフォルニアらしく、こんな家はいかがでしょうか。庭にワイン用のぶどう園が広がる家です。Syrah、Cabernet、Merlotといったぶどうが、居間からの眺めに美しい緑を添えてくれます。勿論、手入れは自分でする必要はありません。お隣にあるワイナリーが全部面倒を見てくれます。
シリコンバレーの南端にあるこのワイナリーでは、1999年に植えた20種以上のぶどうが、ようやく昨年9月に実を結び、今秋その一番手として、自家製Sauvignon Blancをデビューさせました。実は、ワイナリーにとって、自家製ぶどうを使うことは理想的なことなのです。自らが納得行くよう栽培・収穫できるし、収穫直後の新鮮なぶどうをワイン製造に使えるからです。ですから、庭にぶどう園というのは、ワイナリーにとってもありがたいし、住んでいる方にとってもリッチな気分で嬉しいのです。

ところで、筆者が映画館付きモデルハウスを見に行った辺りには、Linux OSを発明したライナス・トーヴォルズさんが住んでいました。彼のことだから、きっと奥さんと子供3人と大きな家に住んでいたのでしょう。けれども、どうやら夏の間に、シリコンバレーからオレゴン州のポートランドにお引っ越ししたようです。
ライナスさんは、昨年、マイクロプロセサメーカーのTransmetaから休職をもらい、Linuxの方に心血を注いでいました。Linux自体も、携帯電話のOSとして注目されてもいるし、さまざまな亜種が互いにうまく働くよう、業界標準の設定も約束され、昨今、更なる盛り上がりを見せています。
ところが、私生活の面では、彼の奥方がシリコンバレーをお気に召さなかったといいます。人は多いし、車は多いし、暮らしにくいのはわかります。
でも、フィンランドみたいに寒くはないし、こんなに気候のいい場所はそんなにたくさんはありませんよ。オレゴンなんて、雨ばっかりではありませんか? そのうちきっと、こっちに戻りたくなりますよ。


<サンフランシスコのストライキ>

さきほど書いた、サンフランシスコの "万歩達成" の小旅行ですが、ここでは珍しい体験をさせていただきました。市内の主要ホテルが、二十数年ぶりに一斉ストライキをしていたのです。勿論、ストライキを覚悟で泊まったのですが、複雑な気分で帰って来ることとなりました。

宿泊したフェアモントホテルは、ノブヒルという街中を見下ろす丘の上に建つ、有名な老舗ホテルです。1902年に建設が始まり、1906年のサンフランシスコ大地震の時は、まだ営業はしていなかったものの、大理石の柱で支えられた建物は震災後の大火でも焼け残り、市長の災害対策本部に使われていたそうです。
このノブヒルの丘は、ゴールドラッシュで栄えたサンフランシスコの、まさに繁栄の象徴のようなところで、ここに建つホテルは一流とされ、国賓級のゲストも泊まります。1980年代には、"Hotel" という連続テレビドラマの舞台ともなり、全米に名を馳せたこともあります。
今まで、お隣のマークホプキンスホテルは利用したことがありましたが、なんとなく気後れがして、フェアモントとは無縁でした。ですから、フェアモントに泊まるということは、若い頃をサンフランシスコで過ごした筆者にとって、特別な意味を持つのです。

というわけで、ストライキでごったがえしていることを知りつつ、サンフランシスコに向かいました。着いてみると、テレビで報道されている以上の騒ぎです。
人数はそう多くはないのですが、ホテルの正面玄関前をぐるぐると輪になって廻り、メガフォンでがなり立てるシュプレヒコールとともに、シンバルやドラム、太鼓代わりのバケツの音が耳をつんざきます。これが、朝6時から夜10時まで延々と続くのです。ベルボーイのおじさんも、監視している警察官も耳栓なしでは立っていられません。
ホテルロビーにも騒音がこだましていますが、さすがに12階の部屋では、うるさいほどではありませんでした。けれども、ピンチヒッターの従業員を雇ったお陰で、サービスはいつもより劣っているのは確かなようです。
まず、ルームサービスはあきらめるとして、古くからの目玉であるアジア料理のレストランは、扉をかたく閉ざしています。部屋に昇るエレベーターはどこかとボーイに尋ねると、"僕は今日が初めてなので、よくわかんないよ" という答えが返ってきました。
部屋に入ると、前の客が使ったシャンプーやローションがリサイクルされていたし、シーツのフィッティングも下手くそでした。それでも、ディナーは親切なコンシェルジュに手配してもらい、金融街のモダンなレストランで、お祝いのひとときを過ごしました。

今回の一斉ストライキは、8月中旬に切れたホテル雇用者の契約を更新し、それに際し、医療補助の改善や若干の昇給を要求するものです。ホテル側との交渉が9月中旬に決裂し、10月に入って、市内14の主要ホテルにストライキが飛び火しています。
そして、今回身に沁みてわかったことは、アメリカ流ストライキの矛先は、交渉相手であるホテルだけではなく、客にも向けられているということです。雇用者と和解しないホテルに泊まる客は、立派な敵なのです。
ホテルに入る際、ビラをもらいましたが、読むこともなく、レストランに向かうタクシーを待っていました。そこでは、筆者たちに向かって、"Shame on you!(恥を知れ!)" と罵声が浴びせられます。翌日、読んでみてわかったのですが、ビラには、"お願いだから、今すぐこのホテルをチェックアウトして、交渉の成立したホテルに移ってくれ" と書いてありました。裏面には、"良心的な" ホテルの一覧表まで添えてあります。

この大騒ぎに、サンフランシスコのギャヴィン・ニューサム市長の立場は複雑です。3年前のテロ事件以降、低迷していた観光業を盛り返そうと、街を挙げて頑張っている矢先の事でした。かと言って、"働く者の味方" の民主党員としては、ストライキをあからさまに批判もできないので、口を閉ざしたままです。

筆者としては、言いたいことはただひとつ。客にも、自分なりの事情があるんですけど。

 

夏来 潤(なつき じゅん)

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