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2002年09月23日

ハワイあれこれ:ガイドブックのおまけ

Vol. 38

ハワイあれこれ:ガイドブックのおまけ

9月11日のテロ1周年も無事に終わり、ほっとしているところです。今回は、ちょっとのんびりと、先日行ってきたハワイについて書いてみようと思います。

<自然と人>
ハワイと言えば、"一度は行ったことのある外国" の筆頭に挙げられる場所ですが、昨年のテロ事件後も、さすがにその人気は根強い印象を受けました。筆者にとって、ハワイは地球上で最も好きな場所とも言え、過去数回の旅行でメジャーな島は全部訪れてみました。
ハワイの魅力は、ひとつに遠すぎず、近すぎず、適度な距離があること。観光客
が暖かい歓迎を受けられること。各々の島に独自の特色があり、何度行っても飽きないこと、などがあります。でも、何と言っても、雄大な自然が最大の魅力なのです。
まず、海がきれいです。ばかばかしい事を言うようですが、海はもともと透明な水でできている事実を知ったのは、昔岩手の陸中海岸を旅行した時だったのですが、ハワイの海も、同じように透き通っています。そして、街の喧騒をちょっと離れると、すぐに非日常の世界に迷い込めます。険しく切り立った濃い緑の山には、今でも神々が住み、激しい雨が降ると、神々が地上の何かに対して怒っているのではないかという畏敬の念が湧いてきます。ハワイ島の火山地帯を訪れ、壮大なカルデラを目の前にすると、人間も恐竜もいなかった時代の、地球の成り立ちがわかるような気がしてきます。

ハワイの人達にとって、人間というのは自然の一部であって、それに対峙するものではありません。遠い昔、あらゆる存在はココナッツの実の根から生まれ、実の底にあった "偉大な両親" から生まれた私達人間は、長い時間を掛け実の中を昇り、今、実の表面にあります。
人は自然界の頂点に立つものではありますが、身の回りの世界とのコミュニケーションは欠かさず、海に行けば魚の言う事を聞き、花を摘む前に耳を傾けます。自然と超自然の区別はきわめて曖昧で、動物、鳥、魚、虹、雲、森、山など、自然のいろんな形に祖先の霊(アウマアクア)が宿ります。
有名なキラウエアの女神、ペレは、そんな祖先の霊の代表格です。彼女にまつわる伝説は多数ありますが、その中にこんなお話があります。

ある時、カウアイ島の長が、夢で出合った美しい乙女を探しに、ハワイ島までやって来ました。このハンサムな青年に、火山の女神ペレと、雪山の女神ポリアフが恋をしてしまいました。彼を巡ってふたりの争いが始まり、ペレは、恋敵ポリアフの住みかであるマウナ・ケアを噴火させました。
驚いたポリアフは、あわててここから逃げ出し、山の頂きを覆う雪は全部解けてしまいました。しかし、間もなく力を取り戻したポリアフは、大きな吹雪を起こし、その雪でマウナ・ケアの火を永遠に消し去りました。
結局、ふたりとも青年の心を奪うことはできませんでしたが、ふたりの争いは今になっても続き、時々、ペレの住みかであるマウナ・ロアには、地中の煮えたぎる炎を覆い隠すように雪が積もります。

追記: この女神ペレは、実に恋多き女性で、夢で出合った別のカウアイ島の長と恋に落ち、妹に奪われたかと思うと彼を炎で焼き切ったり、恋人のいる地元の青年に一目惚れして、カップルごと殺してしまったりと、あまりお目に留まりたくない相手と言えます。
でも、時には涙を流すこともあるようで、キラウエアの火山博物館には、"ペレの涙" と名付けられた溶岩の粒が飾られています。1983年から噴火が再び活発となり、現在も真っ赤な溶岩がどくどくと海に流れ込んでいます。一方、ポリアフの住みかであるマウナ・ケアは、ハワイ諸島で一番高い山で、今は世界各国から天文学者が集い、天体観測最前線の地となっています。

<楽園の問題>
伝説に囲まれた地上の楽園ハワイも、今はさまざまな問題を抱えています。その多くは、島の外からやって来たものが原因となっています。19世紀以降さかんになった移住、観光王国としての開発、人や物の流れに伴い運ばれて来た異種の動植物などが、豊かな、独自の生態系を脅かしています(ハワイの動植物の9割は、長い隔離の時代を経て、この地特有のものと進化しています)。そして、もうひとつ、水不足の問題があります。

ハワイの島々の水源は雨水ですが、その豊かな雨水でさえ足りなくなってきていて、主食だったタロイモを育んできた小川が、あちらこちらで干上がっています。特に深刻なのはマウイ島で、このままで行くと、水が5年持てばいい方だと警告する専門家もいるほどです。
ハワイの島々に降った雨は、地下の火山岩の穴に貯まり、浸透する海水の上に真水のプール(地質学者の表現では "真水のレンズ" )を形成します。この薄いレンズと海水の均衡を保つのは難しく、30センチの真水の層を引き出すと、塩水が12メートルも押し上げられると言います。
過去4年の干ばつに悩むマウイ島では、真水のレンズは120メートルの厚さまで減っており、このままでは予測される人口増加を養えないと危惧されています。また、近いうちに、地下の主水源には塩が侵食し、作物、魚、動植物に被害を及ぼす危険があります。

近年、水がここまで急激に減ってきているのは、観光や宅地開発に伴う人口増加もあります(ハワイ諸島の中心地ホノルルですら、20世紀初頭は、その大部分はタロイモ畑で覆われていました)。そして、水を大量に必要とする、サトウキビなどの大規模農場の拡大もあります。
マウイ島の場合は、更に追い討ちをかけるように、水利権の問題があります。1870年に宣教師の息子達によって設立された会社が、現在も事実上水利を統制しており、役所に申告されていない私設水源から、何百万リットルもの農業用水が毎日引き出されていると言います。
今はまだマウイ島ほど深刻でなくても、オアフ島、カウアイ島、モロカイ島など、他の島々でも水不足の危機が懸念されています。

水は、島に生活するハワイの人々にとって、最も大切な資源です。"命の水(ワイ・オラ)" は、すべての生き物に力を与え、栄えさせるものと信じられています。
その偉大な力を持つ命の水でさえ、地中に染み込むお休みの時間が必要なのだと、警告を出しています。何千年後かに姿を現すロイヒ島(Lo’ihi)も、同じ運命を辿ることがないようにと、今人間が、ワイ・オラの警告に耳を傾ける時のようです。

<オアフのイトおばあちゃん>
オアフ島に、イトというおばあちゃんがいます。普通のおばあちゃんではありません。先月、アメリカで最高齢だったアデリナ・ドミンゲスおばあちゃんが亡くなったので、イトさんは、112歳にして、国で3番目の高齢者となりました。現最高齢者の、ミシガン州のジョン・マクモラン翁とは、たった6ヶ月違いです。
1889年末にイトさんが生まれた頃は、アメリカには42州しかなくて、ハワイはまだ君主国でした。

イトさんの苗字は、コンノ・キナセといいますが、この名前が示すと通り、彼女は日本で生まれました。26歳の時、ワシントン州の鉄道労働者と結婚し、働きながら5人の子供を育てました。後にオレゴン州、ハワイ州と移ったのですが、イトさんは、当時の日系移民が皆そうであったように、どの地にあっても、良く働き、我慢強く、心温かい女性でした。有色人種への偏見などの逆境にも耐え、第二次世界大戦中は、日系人の強制収容所にも入りました。ふたりの夫には死に別れ、自らもガンを二度克服しています。
"自分がこんなに年を取ったなんて信じられない" と日本語で語るイトさんは、新しい事に挑戦するのがお好きなようです。90歳にして初めて馬に乗り、100歳の時ダイアモンド・ヘッドに登ってみました。視聴覚は弱冠衰えてはいますが、健康状態は良好で、杖をつきながらも自分で歩き、週に一度車に乗ってお出かけもします。あまり大きな声では言えませんが、80歳の時、マリファナも試してみたそうです。やはり、人生でいろいろ違った事を経験してみるのが、長生きの秘訣なのでしょうか。

イトさんが80代だった1970年代までは、ハワイはカリフォルニアを上回り、日系人口が米国で一番多い州でした。そういった歴史を反映し、ハワイの島々のあちらこちらに、日本の昔のたたずまいがそのまま残されています。
たとえば、人口3000人の小さな島、ラナイでも、2、3ブロックしかない商店街には、日系の苗字を看板に掲げるお店が並んでいます。昔はパイナップル畑が広がった赤土のこの島も、今はすっかり、静かなリゾート地として変身し、本土から静寂を求める観光客を迎えています(マイクロソフトの会長、ビル・ゲイツが結婚式を挙げ、その際、参列者のためにホテルの部屋を全部押さえた島として有名です)。
このちっぽけな島のどこかにも、イトさんのような、日本語をしゃべるおじいちゃん、おばあちゃんがいて、夜空に広がる天の川の下で、ひ孫達に日本の子守唄を聞かせているのかもしれません。

<パール・ハーバー>
ご存じのように、オアフ島には、1941年12月8日の真珠湾攻撃の地、パール・ハーバーがあります(現地では7日、日曜日、午前8時頃でした。この日発行された、ホノルル・スターブルテン紙の号外第一号には、"WAR!" と大きな見出しが載り、ついにアメリカが戦争に突入したことを市民に知らせています)。
毎年12月7日、真珠湾攻撃の記念日がテレビや新聞で報道されると、日本人としては、大いなる屈託を感じます。そして、今まで、オアフ島に行っても、何となくパール・ハーバーを避けて来ました。今回、初めてこの地を訪れてみると、期待に反して、"行ってみて良かった" と素直に感じました。

パール・ハーバーでは、撃沈された戦艦アリゾナ号の上に建てられたアリゾナ記念館、潜水艦ボウフィン号博物館、そして4年前まで現役だった戦艦、ミズーリ号が公開されています。歴史に詳しい人はすぐ思いつくはずですが、戦艦ミズーリは、1945年9月2日、東京湾停泊中に、日本の降伏宣言の調印がなされた船です。1991年の湾岸戦争でも使われ、トマホーク・ミサイルの発射台ともなっていました。
1945年2月に進水されたミズーリ号には、甲板の右側面に、不自然なへこんだ部分があります。同年4月11日、日本軍の特攻隊の飛行機が激突した跡です。真っ二つに折れたその飛行機は、後部は海に落ち、前部は甲板に留まり、大きく火を吹きました。衝突のショックで、操縦していた19歳のパイロットは、甲板に投げ出されました。おそらく、戦艦に激突する前に、銃撃戦で命を落としていたと言われます。
乗組員達が甲板の火を消し止め、ホースの水でパイロットの遺体を海に落とそうとしているところを、艦長が即座に待ったをかけました。敵、味方に分かれていようと、同じ海で戦う同士ではないかと。翌日、甲板に安置した棺には日本海軍の軍艦旗を掛け、手厚く葬礼を営み、海の習い通り、棺を海に流したそうです。

パール・ハーバーを訪れた翌日、ワイキキの居酒屋で知り合った現地の紳士が、こんなお話をしていました。彼は、毎朝ダイアモンド・ヘッドに登るのを日課としていますが、何年か前、その頂上で、日本から来た男性と出合いました。この男性は、真珠湾攻撃に参加したパイロットだったそうです。
ホノルルの街を見下ろしながら、ふたりは戦争の事、家族の事、人生の事など語り合いましたが、最後に、日本の紳士がこう言ったそうです。"私は日本が好きだ。そして、アメリカも好きだ"。その後、ふたりはかたく抱き合って別れたそうですが、そう語るホノルルの紳士には、61年前のしこりはかなり小さくなっているようでした。

<海の旅路>
"月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也" と詠み、芭蕉翁は旅路につきましたが、旅を人生とするのは、古今東西色褪せない憧れでもあります。
そんな希望を簡単に叶えてあげましょうと、バハマ船籍の客船、ザ・ワールド号が、今年3月オスロー港を出帆し、七つの海に向かいました。先日北米大陸に到達し、ニューヨークにも寄港しましたが、その後、米国東海岸からカリブ海、メキシコ、サンディエゴ、サンフランシスコとゆっくり廻り、今年のクリスマスから新年にかけて、乗客達は、ハワイ島(コナとヒロ)とオアフ島(ホノルル)でのんびり過ごします。

実は、この客船はただの豪華クルーズ船ではなく、世界初の海に浮かぶマンションなのです。12階建ての4万3千トンのこの船には、約2億円から8億円の価格帯のマンションが110戸あり、既に8割が売れています。
記念すべき一年目は、40カ国、140港に寄港する予定で、それぞれ一日、二日、多い所で一週間滞在します。ウィンブルドンのテニスや、モンテ・カルロのF1レース、リオやヴェニスのカーニヴァルなど、いろいろなイベントに合わせて寄港が計画されています。その他は、当然ながら、海の上での生活となります。
クルーズを経験してみると、海を航行中もまったく飽きる事がないのに驚かされますが、この船にも、多言語の図書館、インターネット・カフェ、カジノ、スパ、そしてスポーツ派のために、テニスコート、ゴルフのシミュレーターや打ちっぱなしなどが完備されています。丘に着いたらすぐ、ゴルフフリーク達を現地のゴルフ場にも案内してくれます。グルメのためのスーパーマーケットもあり、自分で料理を作るのが面倒な人のために、多国籍レストランが4つ店を構えています。さしずめ、動く小さな街といった感じです。

この海上マンションの住民は、平均すると50代半ばで、一代で財を築き上げ、新しいアイデアにも物怖じせず挑戦していくタイプの人のようです。4割はアメリカ人、4割はヨーロッパ人、残りの2割は南アフリカやオーストラリアなどから参加しています。
船の耐久年数である50年が契約期間ですが、"気に入らなかったら、また別の船を試すまでさ。うまく行くまで、黙って気長になんか待っていられないよ。何せ、年には敵わないからね"、と語るアリゾナ州からの60歳の男性もいます。特別海が好きでなくとも、自分の家にいながら世界中を旅して廻るというのも、案外悪くないかもしれません。第一、スーツケースのパッキング(荷づくり)なんか一切必要ないですし。

ザ・ワールド号は、ハワイに立ち寄った後、太平洋のフィジー、オーストラリア、ニュージーランドなどを航海し、来年の3月からはアジア各国を巡ります。6月には、沖縄から北海道の日本の8都市も訪ねる予定です。この何となくきな臭く、世知辛い世の中、幸いにして船を迎える港に選ばれた現地では、乗客達の財布は、さぞかし魅力的なものとなるでしょう。
ちなみに、日本で寄港地に選ばれているのは、那覇、長崎、鹿児島、神戸、東京、青森、函館、札幌の8都市です。

後記: 冒頭に出てきたハワイの伝統的世界観については、Michael Kioni Dudley, 1990, Man, Gods, and Nature, Honolulu: Na Kane O Ka Malo Press を参考にさせていただきました。

夏来 潤(なつき じゅん)

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