Essay エッセイ
2008年10月30日

Silicon Valley NOW 2008年10月号〜その3. 大統領選挙編

Silicon Valley NOW 2008年10月号

Vol.111(その3)

さて、テクノロジー編に引き続き、3部作の最終話では、政治のお話などをいたしましょうか。

<第3話: 脳と政治>

世の中には、ざっくり言って、ふたつのタイプの人間がいるのでしょう。ひとつは「かっこいい、クールな」商品を目ざとく見付けて、そちらに釘付けになるタイプ。そして、もうひとつは「かっこ悪い、ダサい」商品を見付け出し、そちらの方にどうしても気を取られるタイプ。
 これは、ファンクショナルMRI(fMRI)を使って人の脳の働きを研究しているカリフォルニア工科大学のグループの研究成果でもあるのですが、脳の無意識の反応によって人間を大別すると、瞬時にかっこいい物を識別し、「ああいうのっていいなあ」と好感を抱くタイプと、逆にかっこ悪い物に反応し、「ああいう風にはなりたくないものだ」と拒絶を示すタイプと、ふた通り存在するということです。

前者は、「あんなクールな物を持ってると、人にかっこよく見られるよなぁ」と感じるタイプ。そして後者は、「あんなダサい物を持ったら、みんなにかっこ悪いって思われるじゃん」と決め込むタイプ。そう、人間は社会動物であるがゆえに、人にどう見られているのかが頭の隅でいつも気になっている生き物なんですね。

このような人の分類は、昨今注目を浴びつつある「ニューロマーケティング(Neuromarketing、脳に直接訴えかけるマーケティング)」の研究テーマのひとつでもあるのですが、個人的には、この二種類の人の大別は、政治の世界にも通用するのではないかと思っているのです。
 つまり、世の中には、かっこいいものに強く反応するタイプの候補者と、かっこ悪いものに強く反応するタイプの候補者と、ふた通り存在するのではないかと。

すなわち、有権者に向かった選挙キャンペーンにおいても、自分の「かっこいい」政策を打ち出し、自らのクールさを訴えるのか、それとも相手の「かっこ悪い」弱点をあげつらい、相手のダサさを攻め立てるのか、候補者がどちらのタイプかによってキャンペーンの仕方がまったく異なってくると思うのです。


いよいよ11月4日に迫るアメリカの大統領選挙ですが、現在、両候補が採っているアプローチは、きれいに二手に分かれると見ています。
 民主党のバラック・オバマ氏は前者、つまり自分のクールな政策を主に打ち出すタイプ。そして、共和党のジョン・マケイン氏は後者、つまり相手のダサい弱点をあげつらうタイプ。

たとえば、オバマ氏は、こう訴えます。ここで8年も続いたブッシュ政権のしがらみを打破しよう!そのためには、金持ちを優遇する不公平な税制を改革し、中流階級や低所得層の負担を軽減しようじゃないか。自分にはそれを実現する具体案もあるし、実行力もあるのだと。

それに対し、マケイン陣営は、「オバマ氏は危険なほどに青二才で、彼じゃ大統領になっても何もできないんだよ」と、否定的に訴えます。
 そして、金融危機の嵐がアメリカ中を襲い、いよいよ経済音痴のマケイン氏が形勢不利になってくると、「オバマという奴は、1960年代にFBIがテロリストの地下組織と認定したグループと深い付き合いがあったのだ」と、テロに対する有権者の恐怖心を扇動する心理作戦に出ます。
 さらに、オバマ氏が経済救済策の理念を説くと、「彼は銀行を国営化しようとしている社会主義者だ」と、アメリカ人の大嫌いな「社会主義」という言葉を巧みに駆使するのです。

今では、マケイン支持者の間では、オバマ氏に対する「危険人物」「テロリスト」「アラブ人(イスラム教徒を示唆する言葉)」「社会主義者」「共産主義者」といったレッテルが独り歩きしています。

よくもまあ、恥ずかし気もなくウソを並べ立てるものだと、こちらは不快感を通り越して感心すらしてしまうわけですが、アメリカという国は、とにかくでっかい不思議な国でして、ひと口で「こうだ!」とはステレオタイプ化などできないのですね。だから、有権者も実にいろいろ。
 たとえば、アメリカの各種研究機関は、ノーベル賞を受賞するような優れた研究者を育む素地を持ち、そこには天才ともいえるような卓越した人材が集ってきます。わたしの知り合いの男の子などは、たった14歳でコミュニティーカレッジを卒業し、コンピュータを人間の脳に近づける研究をしているグループに招かれ、この秋、カリフォルニア大学バークレー校の3年生に編入しています。
 その一方で、一桁の足し算や引き算も危うい人や、「地球は5千年前に神によって7日間で造られた」と、本気で信じている人もたくさんいるのです(共和党副大統領候補のサラ・ペイリン氏などは、このクチですね)。
 そして、後者のタイプの人たちは、自分の脳細胞で独立独歩に物を考えようとしないから、選挙キャンペーンの扇動にコロッと乗せられてしまう・・・


けれども、そんな悪口作戦は、もう風前の灯(ともしび)かもしれません。現時点での世論調査からいくと、前回2004年の大統領選挙で共和党のブッシュ大統領に傾いた州でも、今回は民主党のオバマ氏支持に翻(ひるがえ)りそうな州はたくさんあるようです。

そういった寝返り現象は、そのまま、今回の選挙に対する有権者の関心の高さを表しているのでしょう。今までは、ともすると、若い人や有色人種、そして社会の底辺にいるような人たちは、投票する関心や機会がないケースが多かったのです。けれども、そんな風に投票に縁のなかった人たちも、今回ばかりは有権者の登録(voter registration)を済ませ、実際に投票する意気込みでいるようです。

カリフォルニア州のような大きな州でも、実際の投票率(turnout)は、登録者の85%まで伸びるのではないかと期待されています。(写真は、シリコンバレーのあるサンタクララ郡の広告で、有権者に投票を促すもの。)

そう、昔は、投票率は高かったんですね。カリフォルニア州では、1952年から1976年の間に行われた7回の大統領選挙では、すべて8割を超えていたそうです。
 ちょうどその頃は、アメリカ自体が大きな変革を遂げている時代でした。第二次世界大戦後のソビエト連邦との冷戦、ひと筋の明かりだったケネディー大統領の暗殺、黒人の権利と平等を訴える公民権運動の激化とキング牧師の暗殺、そして、ヴェトナム戦争。まさに荒海とも言えるような世相だったのでしょう。だから、多くの有権者が、投票して世を変えたいと望んでいた。

そして、今回も、荒海の真っただ中なのかもしれません。そう、金融危機と社会・経済構造に対する信用失墜の荒波。
 そんな世相を反映して、国中の投票率はグンと伸びるのでしょうが、伸びた分のほとんどは、民主党のオバマ氏に流れることでしょう。「ストレート・トーク(まっすぐに物を言うこと)」で知られるマケイン氏が悪口作戦に出るなんて、幻滅を感じる国民も多いでしょうから。

思えば、今のブッシュ大統領という人は、歴代の大統領の中でも最も悪運の強いお方なのでしょう。2005年8月にルイジアナ州を襲ったハリケーン・カトリーナが、もしもその前年に起きていたのならば、2004年の大統領選挙では彼が再選されることはなかったでしょう。
 しかし、あの大惨事とそれに続く政権の大失態は、ブッシュ大統領の二期目が始まった後に起こった。これはまさに、神の悪戯(いたずら)としか言いようのないタイミングでした。

けれども、今回は、金融危機という未曾有の大混乱が全世界を襲い、経済構造の根本的な建て直しが迫られている。そんな中では、庶民の味方とのイメージが強い民主党が中心となって政治を進めることが望まれているし、経済政策にも明るいオバマ氏が大統領候補としての名声を高める結果ともなっています。
 しかも、皮肉なことに、8年間に渡るブッシュ大統領の悪政が、オバマ氏の大きな追い風ともなっているようです。

今回ばかりは、勝利の女神はオバマ氏ににっこりと微笑んでいるのでしょう。

〜10月号終わり〜
夏来 潤(なつきじゅん)


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