Essay エッセイ
2008年10月30日

Silicon Valley NOW 2008年10月号〜その1.経済編

シリコンバレー・ナウの読者のみなさまへ:

2000年12月から毎月連載を続けている『Silicon Valley NOW(シリコンバレー・ナウ)』ですが、今後は、こちらのウェブサイト「夏来 潤のページ」に統合いたします。
もちろん『シリコンバレー・ナウ』の内容は、のんびりとした、きままな「夏来 潤のページ」とは異なりますので、ウェブサイトの中に新しく専用のセクションを作成いたします。現在、ウェブサイトを改築中ではありますが、残念ながら、今月号(10月号)には間に合わなかったで、急遽こちらの「エッセイ」の欄に3部作として掲載させていただきます。
11月号からは、従来の『シリコンバレー・ナウ』のスタイルで掲載いたしますので、来月からもどうぞご愛読ください。

「夏来 潤のページ」の読者のみなさまへ:

そういうわけですので、この「エッセイ」のセクションには、3つだけ毛色の変わったお話が出てきます。これは、今月だけのことと予定しておりますので、どうぞご了承くださいませ。

Silicon Valley NOW 2008年10月号

Vol.111(その1)

さて、10月号3部作のトップは、やはり、経済のお話にいたしましょうか。

<第1話: いったい誰が払うの?>

9月中旬、ウォールストリートを震源地として全世界に広まった金融危機は、困ったことに、庶民の間にも確実に広がりを見せているようです。
たとえば、比較的経済が安定しているシリコンバレーでも、個人破産をするケースが増えていて、7月から9月の四半期では、前年に比べてほぼ倍のペースとなっているそうです。お陰で、昨年一年間で4千件強だったところが、今年は9月の時点で、すでに5千件を軽く越えているのだとか。
ざっくり言って、シリコンバレーの人口は2百万人くらいなので、年間数千件の個人破産と言っても、決して無視できる数字ではないでしょう。その多くは、住宅バブルに乗って購入した家の価値が、抱えているローン額を大きく割り込んだことによるもので、貸し渋りをする銀行側ともローンの借り直し交渉がうまく行かず、仕方なく破産となってしまうようです。

そして、そんな不動産物件はどんどん市場に出回り、ますます値崩れを起こす・・・

破産とまでは行かなくとも、株式市場の壊滅的な暴落のお陰で資産が大きく目減りし、そのことが人々の心に大きな翳を落としています。すでにリタイア(退職)している人からは「また働かなくっちゃ食べていけない」という不安の声がもれていますし、ティーンエージャーを抱える親たちからは「希望の大学ならどこでも行っていいよと、子供に自信を持って言えない」といった悲観的な声も聞こえています。

投資の神様であるウォーレン・バフェット氏は、「今は、下がりに下がったアメリカ企業の株が買い時だ。わたしはどんどんアメリカ株に投資する」とおっしゃっているのですが、そうしたくても、庶民にとっては、株を買うお金もありません。

下手に投資なんかすると、日に日に目減りするので、「ベッドのマットレスに隠した方がいいや」と、ジョークとも本音ともつかないようなヤケッパチの発言を耳にしたりします。(アメリカの場合は、お金の隠し場所はタンスの引き出しじゃないんですね!)


ジョークと言えば、わたしの大好きな深夜コメディー番組『ジェイ・レノー・ショー(The Tonight’s Show with Jay Leno)』では、ホストのジェイ・レノーさんがこんなことを言っていました。
「あなたがチョンボすると、あなた自身が尻ぬぐいをする。しかし、彼らがチョンボすると、やっぱりあなたが尻ぬぐいをすることになるんだよね。(If you screwed, you pay. If they screwed, you pay.)」

レノーさんが言う「彼ら」というのは、ウォールストリートの銀行屋さんのことですが、彼らが好き勝手にやって(世界中の)経済をめちゃくちゃにしたのに、彼ら自身ではなく、税金を払ってる庶民がツケを払うことになる、という熱いメッセージなのです。

連邦議会では、財務長官の音頭取りに乗って、少なくとも7000億ドル(約70兆円)の公的資金の投入を決めたわけですが、この論理は、庶民にとっては、自分たちの血税から銀行屋に対して信じられない額のサラリーやボーナスを払っているとしか映らないのですね。
たしかに、破綻が決まって、何十億円という「さよならボーナス」をもらった銀行トップはたくさんいて、どうしてそうなるのかと、頭を抱えるしかないのは事実です。

けれども、わたしにとっては、そもそもいったいどこに金融界に投入するお金があるのかと、疑問視せざるを得ないのです。もちろん、公的資金は必須だとは思いますが、その出所はいったいどこなんでしょう?

ブッシュ大統領になって、早8年。その間に、アメリカの財政は急激に悪化し、今は、毎年赤字に次ぐ赤字という状態です。
9月末に終わった2008年度には、史上最悪の財政赤字(budget deficit)となる4550億ドル(約46兆円)を記録しています。これは、イラク戦争を始めたせいで、それまでの赤字記録となった2004年度の4130億ドルを塗り替える結果ともなっています。

お陰で、国が抱える負債(national debt)はどんどん膨らみ、現在は10兆ドル(約千兆円)という規模。今の時点で、負債の比率はGDPの7割にもなっているのに、新たに7000億ドルの投入を行えば、もっともっと負の財産が増えていく・・・これって、アメリカがどんどん借金地獄にはまっていくってことでしょう。


この困った状況をジ〜ッと睨んで、おもしろい事を言い出した人がいます。「いっそのこと、金持ちがみんなでお金を出し合ったら?」と。

これは、シリコンバレーの地元紙、サンノゼ・マーキュリー新聞のコラムニストであるマイク・キャシディー氏が書いていたことなのですが、フォーブス誌が発表した「金持ちトップ400」のリストを眺めていて、こんなことを思い付いたそうです。
この400人全員が自分の資産の半分を出し合ったら、ちょうど公的資金の7000億ドルになるじゃないかと。
なんでも、400人の総資産は、実に1兆5700億ドル(約157兆円)。だから、みんなが半分ずつ出し合ったら、7000億ドルなんて軽いものでしょうと。(ちなみに、1兆6000億ドル近くなんて額は、クリントン大統領時代のアメリカの国家予算に匹敵するものなのです!!!)

普段、わたしは、このキャシディー氏の意見には賛同しないことが多いのですが、このときばかりは、「なるほど、妙案だ!」と、膝を打つことになりました。
だって、このリストの中で一番「貧乏」な人でも、資産は13億ドル(約1300億円)。半分に目減りしたって、6億ドル(約600億円)は手元に残るんですよ。そんな額は、一生かかったって使えやしません。
まさか墓場に札束を持って行くわけにはいかないし、それだったら、いっそのこと、困っている国民のためにポンと出してあげたらいかがでしょう? そうすれば、自分だって、「人助けをしたぞ」と、いい気分になれるでしょうに。

残念ながら、そんな奇特な人はほとんどいないとは思いますけれど、自分の資産の8割をビル&メリンダ・ゲイツ財団に投げ出した、ウォーレン・バフェット氏という実例だってあるではありませんか。

経済構造がここまでゆがんでしまった以上、誰かがまともなことをしないと、どうにもならないところまで追い詰められていると思うのですけれど・・・

さて、お次はガラッと話題が変わり、グーグルさんの新しいケータイ「G1」のお話をいたしましょう。こちらへどうぞ。


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