年末号: オンディマンド経済、ドローン、 etc.

2015年12月24日

Vol. 197

年末号: オンディマンド経済、ドローン、etc.



 今月は、一年を総括する年末号。ビジネス用語、オモチャ、社会問題と、みっちり3話ありますので、お好きな話題からどうぞ。


<今年のビジネス用語>
 まあ、近頃は、世の中の変わりが激しくって流行語も一年ともちませんが、印象に残るビジネス用語を4つご紹介いたしましょう。

 1) On-demand economy:「オンディマンド経済」は、「シェアリング経済」「共有経済」とも呼ばれます。一般市民が持ち物や時間を共有して、サービス提供者になったり、まるでテレビのリモコンで好きな「オンディマンド番組」を選ぶように、スマートフォンを使って気軽にサービスを利用したりする、新しい経済構造のことです。
 

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 言うまでもなく、スマホでちょちょいと車を呼べる配車サービス Uber(ウーバー)や、一般家庭に泊まれる民泊サービス Airbnb(エアビーアンドビー)といった共有サービスから生まれた言葉です。
 サービス提供者も利用者も、誰にも束縛されることなく、気楽に瞬時に「共有プラットフォーム」に参加できるところが受けています(タクシーやホテルより安価なところも評価が高いですね)。

 たとえば、配車サービス Uberでは、ドライバーの7割が別の定職を持っていて、週に12時間働き、世帯収入の2割を補完する、というのが平均的だとか(カリフォルニア州だけで Uberドライバー登録者は16万人)。

 そんなわけで、数年前は「〜を超える」という意味の流行語 überが、今では「オンディマンド」サービス Uberとして定着し、「なんとか分野のウーバー」という言葉もお目見えします。

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 来年に向けて注目されるオンディマンド分野には、食べ物の宅配(food delivery)がありますが、DoorDash(ドアダッシュ)などは、さしずめ「食べ物宅配業のウーバー」。
 インキュベーションで名高い Yコンビネータから生まれたサービスで、地元のレストランから45分以内で食事を運んでくれる、というもの。ピザ以外で「出前」のなかったアメリカでは、画期的な発想でしょうか。

 でも、個人的には、レストランの雰囲気や行き帰りの街歩きだって大事だと思うのですが・・・。
 

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 2) Unicorns:「ユニコーン」とは、ユニコーン(一角獣)のツノのように突出する様を表しますが、評価額が異常に高い(!)未公開企業のことです。
 通常、評価額10億ドル(約1,200億円)以上のプライベート会社を指します(評価額(valuation)は、未公開企業が投資を募るときに、ベンチャーキャピタルなどの金融機関が算出)

 先述の UberAirbnb は、全米ユニコーンチャートの1位と2位で、他には、ソーシャルサイトの Snapchat(スナップチャット)や Pinterest(ピンタレスト)、データ共有サービスの Dropbox(ドロップボックス)、ロケット開発の SpaceX(スペースX:創設者はテスラ自動車のイーロン・マスク氏)などが名を連ねます。

 米テクノロジー業界では、今年、株式公開(Initial Public Offering:通称 IPO)を果たした企業が少なく、昨年62社だったところが、今年は28社にとどまりました。
 ひとつの理由として、「評価額の高いユニコーンが公開したがらない」というのがありますが、その背景には、潤沢に与えられる投資とともに、公開すると株価・時価総額を保てない(つまり、公開を果たした企業は業績を厳しく吟味されるので、ある意味、それが怖い)という心理があるのでは? とも言われています。

 今年は、中国経済に陰りが出たり、アメリカ経済も期待値ほど上向かなかったりと、不安材料もありましたので、せっかく公開したユニコーンの中にも、公開時の株価を下回る企業も出ています。

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 ツイッターの創設者のひとり(現在は再びCEO)ジャック・ドーシー氏が設立した、モバイル決済サービス Square(スクエア)も、残念ながら、その一例となっています。
 路上アートショーの版画家も、iPhoneを落としてガラスを割ったときに自宅に来てくれた修理屋さん(iCracked)も、Squareを愛用していたのになぁ・・・。


 3) Talent war:「才能戦争」と直訳するとわかりにくいですが、つまり、「才能があると見込んだ人」をめぐって、企業が「人の取り合い」合戦を繰り広げることです。たぶん、一番の激戦区は、シリコンバレーでしょうか。

 まあ、「シリコンバレーはもう古いよ」「我が街こそ新しいテクノロジーの中心地だ」と、全米各地の「シリコンなんとか地域」は主張します。
 今は、ユタ州にだって、シリコンスロープ(Silicon Slopes)と呼ばれる ITエリアが存在するくらいですから、競争は激化する一方です(ユタ州には、昔からノベル(Novell)社やワードパーフェクトを開発したブリガムヤング大学など産学協業の素地が培われる)

 が、まだまだ「タレント」と呼ばれる才能はシリコンバレーに集まっているようで、従業員数の年間伸び率が全米最大なのはサンタクララ郡、いわゆるシリコンバレー。2位は、北に隣接するサンフランシスコ・サンマテオ郡、3位は、上記のユタ州シリコンスロープ(米労働省労働統計局発表の2015年10月時点の年間推移データ)
 

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 サンフランシスコ・ベイエリアに憧れ、国内外からやって来る若人は後を絶ちませんが、それは、仕事がしやすい環境、穏やかな気候、東西が混じり合う文化に加えて、西部開拓時代のような「何でもあり」の精神が浸透しているからなのでしょう。

 「何でもあり」の中には、伝統や常識にとらわれないこともあるようで、フェイスブックCOOとして名高いシャール・サンドバーグさんは、「(自分が取得したハーヴァードの)MBAはフェイスブックでは必要なかったし、IT企業で働くには重要だとは思わないわ」と、先日インタビューで述べていらっしゃいます。

 やっぱりスキルに比べると、学歴は二の次であり、何をできるか(what people can build and do)で採用を決める、と。


 4) Perk war: Perkというのは、特典とか福利厚生の意味ですが、「福利厚生戦争」とは、上の「才能戦争」に付随して起きる企業間の争い。つまり、我が社は、他社よりも魅力的な福利厚生を提供していますよ! と知恵比べをする状況を指します。

 福利厚生と言えば、お金の面とライフスタイルのサポートがありますが、昨年年末号でご紹介したアップルフェイスブックの「卵子の凍結」などは、その両面を満たしているでしょうか。そう、女性社員の未受精卵を今のうちに凍結して、あとで使えるように保存してあげるよ、という特典です。
 今年10月には、デンマークの研究機関が「卵巣の細胞を凍結したあと、がん治療を終えた女性の卵巣に戻したら、3分の1が出産できた」と発表していますので、そのうちに「卵巣細胞の凍結」も福利厚生に入るのかもしれません。

 その他、女性に関しては、妊娠したら妊婦服を買う補助をしたり(ビジネス共有アプリの「ユニコーン」Domo)、赤ちゃんが誕生したら出張先から自宅へと母乳の宅配便を負担したり(不動産データのZillow)と、いろんな「生む」サポートが登場しています。

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 それから、座禅を組んで瞑想とかバンドのジャムセッションと、オフィス内のタイムオフを奨励する会社もありますが、ちょっと変わった福利厚生も。

 クラウドファンディングの Tiltでは、一年以上勤続すると、世界じゅう好きな目的地まで飛行機代を負担してくれるだけではなく、一年に一回「感謝の日」と称して「あなたの人生で大切な人に感謝してあげてください」と、一日のデイオフと250ドル(約3万円)を提供してくれるとか。(参照:”Perk, line and sinker” by Patrick May, San Jose Mercury News, November 27, 2015; 写真はSAPの座禅セッション:by Lipo Ching, SJMN, November 1, 2015)

 ちなみに、こちらの『シリコンバレーナウ』を提供される Kii(キィ)株式会社(本社:東京都港区赤坂)では、出産祝いを奮発するなど「仕事は家族のサポートありき」をモットーとされているようです。
 ひとり目から段階的に増える出産祝いは、3人目は50万円、4人目は100万、5人目は500万(!)と定められるとか。


<今年のオモチャ>
 お次は、オモチャのお話です。

 ある晴れた午後、郵便局から戻ってくると、家の前でドローンをいじっている女性がいます。
 「これは、怪しげなヤツ!」と警戒しながら声をかけると、お隣さんが売りに出した家の航空映像を撮ろうとする写真家でした。どうやら、前庭から裏庭の上空映像をネット上の物件紹介に使うようです。

 ドローン(無人航空機、drone、Unmanned Aerial Vehicle)といえば、2010年7月号でご紹介したような戦闘用のドローンと、日本でも話題になっている趣味の小型ドローン、それからフェイスブックやグーグルが開発中のインターネット配信用の巨大ドローンと、機能もサイズもまちまちです。

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 が、小型ドローンが広まるにつれ、アメリカではドローンを嫌う人も増えています。
 ひとつに、民間航空機や警察ヘリ、山火事の消火活動機と超接近するケースが増えていることと、プライバシーの問題があります。
 我が家の周辺でも、「誰かが裏庭にドローンを飛ばしてきて、家の中を盗み見られた!」と、近隣ソーシャルネットワークで騒ぎになったことがあります。この辺りは、グーグルの「ストリートビュー」撮影車ですら入れませんので、プライバシーにはちょっとうるさいのです。

 そして、飛行機とのニアミス(near-collisions)については、全米でかなり問題になっていて、過去2年弱の間に「ドローン接近」が921件も FAA(連邦航空局)に寄せられ、そのうちの241件は明らかに「ニアミス」。
 うち90件は商用ジェット機とのニアミスで、28件でパイロットが航路を変更せざるをえなかった、とのこと(バード大学ドローン研究所が2013年12月から今年9月までのデータを分析。FAAのニアミスの定義は、二機の飛行機が500フィート(150メートル)以内に接近すること)

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 我が家のあるサンノゼ市は、全米ワースト6位(19件のニアミス)。
 サンノゼ空港の辺りは、まだまだ土地がゆったりしているので、のんびりとドローンを飛ばしたい気になるのでしょうが、この空港を利用するわたしとしては、ちょっと怖いデータです。

 そんなわけで、クリスマスプレゼント用にドローンが大ブレークする前に、FAAはドローンの登録制度を始めました。当面は、所有者と機数を明らかにするのが目的ですが、割り振られた登録番号をドローンに貼るのが規則だとか。

 これまで FAAは、高さ120メートルを超える飛行と、空港6キロ圏内の飛行を禁じてきました。が、それでもニアミスは減らないので、果たして登録制度は効果的なのか? と疑問視する声も聞かれます。
 

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 だったら、ドローンのクリスマスプレゼントは止めにして、こんなのはいかがでしょうか?

 そう、こちらの愛くるしい小僧は、映画『スター・ウォーズ/フォースの覚醒(Star Wars: The Force Awakens)』のキャラクターをオモチャにしたもの。

 Sphero(スフィロ)社が出す『BB-8(ビービーエイト)』ドロイドで、スマートフォンで操作するようになっています。
 ダーッと床を駆け抜けたり、興味深げに周辺を探索したりと、なんともユニークな動きを披露します。誰かにぶち当たって「お友達」を発見すると、じっと相手を見つめる仕草が、なんとも愛くるしいのです。
 

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 そう、「体」がコロコロと転がる間、「頭」はちゃんと体に乗っかって、ドロイドの形をキープ。何かに激突すると真っ赤になって怒るし、冷静に青の光を発したり、指示を受けるときは賢そうに白く光ったりと、なんとなく感情を持っているようにも見えるのです。

 惜しむらくは、ドロイド本体は言葉を発しないので、その点では、オモチャの老舗 Hasbro(ハズブロ)社が出す『BB-8』の方が可愛らしいかも。
 でも、赤外線リモコンではなくスマートフォンで操作するSphero社の方が、活動範囲は圧倒的に広いようです(勝手に家じゅうを走り回っています)。

 べつに宣伝しているわけではありませんが、『BB-8』は、今季目新しいオモチャ。「今年は新製品が少ないわねぇ」と出足が鈍るクリスマス商戦を、一気に盛り上げてくれるのかもしれません。


<「目には目を」って正しいの?>
 というわけで、最後は社会に目を転じたいのですが、今年は、どちらかというと「殺伐とした一年」と言えなくもないでしょうか。

 街角を歩けば、「黒人住民を目の敵にする白人警官の暴挙」がクローズアップされ、国を語れば、「民主主義を脅かすイスラム勢力」が浮き彫りになっています。

 今年は、奴隷制の廃止(abolition of slavery)を定める米国憲法修正第13条の制定から150周年。
 12月6日が記念日でしたが、150年たった今も、「白人」と「黒人」は対立した構図で描かれるし、アジア系やヒスパニック系を含む「有色人種(person of color)」という言葉は死語にはなりません。

 いつまでも「肌の色」は、人の属性として日常生活に編み込まれたままです。

 そこに、イスラム勢力の脅威が加わったことで、「自分」と「ヤツら」を隔てる垣根が強固になったように見受けられます。そう、「ヤツら」とは、自分のグループ(人種、宗教・思想、社会経済層、居住環境など)には属さない者のことですが、心に垣根ができると、理解できない相手として「敵視する」ことにもつながります。

 11月のパリ同時多発テロ、その直後に起きたカリフォルニア州サンバーナーディノの銃乱射事件は、海外のイスラム勢力だけではなく、国内に住むイスラム教徒を敵視する引き金となってしまいました。

 サンフランシスコ・ベイエリアのようなリベラルな地域でも、イスラム教徒を罵倒する光景が報道されますし、乱射事件の近隣では、漠然とした恐怖心から銃を求めて住民が列をなす光景も見られます。
 ヴァージニア州では、銃の持ち込みを許可する私立大学も出ていますし、遊園地ディズニーランドでは入り口に金属探知機が置かれました。

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 FBIは、「どうやって銃乱射事件を乗り切るか?」のハウトゥービデオを公表しています。「まずは逃げろ隠れろ。でなければ抗戦しろ(Run. Hide. Fight.)」と、オフィス環境で生き伸びる術を絵解きします。
 なにせ、乱射事件は、誰が当たるかわからない「宝クジ(lottery)」のようなもの。次の弾丸には、自分の名前が刻まれているやもしれません。(Cartoon by Tom Toles / Washington Post, December 4, 2015)

 その一方で、オバマ大統領をはじめとして、銃を買いにくくする銃規制(gun control)を説く人も大勢います。

 個人的には、銃規制に賛成ですし、自ら銃で武装しようとは夢にも思いませんが、それでも、銃規制に反対する(善良な)一般市民の心情はわからないでもありません。
 

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 アメリカは、とてつもなく大きな国ですので、ニューヨークやサンフランシスコといった都会があるかわりに、内陸部には農業・酪農地帯が広がります。
 言うまでもなく、人口密度の低い地域では、「誰かが不法侵入しても、警察はすぐには来てくれない」状況にあり、子供の頃から自警(vigilance)の精神が根づくことになります。

 それこそ、「自分のことは自分で守れ」と小さい頃から銃に慣れ親しむわけですが、現代のアメリカ社会では、規制が求められる都会であろうと、自警の精神が根づく酪農地帯であろうと、もはや「後戻りできない地点(Point of No Return)」を越えているのではないか? と、そんな気もするのです。

 なぜなら、あまりにも手軽に銃が買える時代が長過ぎたため、今さら「銃はダメ」と規制されても、世の中から消す方法が誰にもわからないから。

 たとえば、カリフォルニア州は全米でもっとも規制が厳しく、警察は「銃の買い取り運動(gun buy-back program)」を頻繁に実施しています。一切不問で買い取ってくれますが、本当に銃を使おうと思っている人間が、進んで売りに出すでしょうか?
 サンバーナーディノの事件では、州内で正規に購入した銃を改造して使った、と伝えられています。

 だとしたら、善良な一般市民は、どう考え、どう対処するでしょうか?

 エルサルバドルから来た友人は、子供の頃にお父さんから教えられたそうです。強盗が「金を出せ」と銃で脅してきたら、黙って相手を撃ち殺せ、と。
 お父さんの心の中では、もはや「正しい、正しくない」の議論はどうでもよくて、ただ自分を守る方法を子供に教えておかなくては、という義務感に満ち溢れていたのでしょう。
 

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 アメリカは、まだそこまでではありませんが、自分とは異質の「ヤツらを敵視する」精神が広まると、これに似た状況におちいってしまうのかもしれません。
 現に、アメリカが真珠湾攻撃を機に第二次世界大戦に巻き込まれると、日系アメリカ人12万人が砂漠の小屋に隔離された過去があります。
 「目には目を」の理屈は、社会の良心を曲げても通ることがあるのです。

 そりゃ FBIに教えられるまでもなく、誰かが銃を持って侵入してきたら、「逃げるか、隠れるか、でなければ倒れるまで戦う」でしょうけれど、遊園地に金属探知機が置かれたり、「学びの場」である大学で銃が許されたり、銃の専門店に行列ができたりというのは、社会全体が憂えるべき現象だと思うのです。

 「ヤツら」という心の悪魔を退治するのは、決して銃ではないはずだから。
 

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 というわけで、思いのほか堅い話になってしまいましたが、来年こそは、地球人みんなが互いを理解し合って、「たった一つの地球を守ろうよ!」と我に返ってくれればいいのになぁ、と願うばかりなのです。


夏来 潤(なつき じゅん)

 

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