Naming Rights : スタジアムの名前を替えるな!

2001年3月19日

Vol. 10

Naming Rights : スタジアムの名前を替えるな! 


 最近サンノゼ市で、物議をかもし出したことがありました。市が税金で建設し所有しているアリーナ、San Jose Arena の名前を替えるというのです。この建物は現在、プロアイスホッケーチームのシャークス(the San Jose Sharks)の本拠地となっており、昨年はNHL(the National Hockey League)のオールスターゲームやフィギュアスケートの国内チャンピオンシップ、また、オフシーズンには、コンサートや各種催し物などが開かれ、サンノゼ市の目玉ともなっています。建った当初からサンノゼ・アリーナと呼ばれ、7年間その名で市民に親しまれてきました。
 変更した後は、民間企業の名前が冠に付き、Compaq Center at San Jose となるそうです。Compaqとは、勿論、コンピュータ会社のコンパック社(Compaq Computer Corp.、本社テキサス州、ヒューストン)のことで、今後15年にわたり毎年約3百万ドル、合計4千7百万ドル(約51億6千万円)を支払うことで、名前を付ける権利を買い取ったそうです。このお金は、市と、建物の運営を担当するNHLで折半し、NHLからは、事実上の運営者であり、建設費用の一部を負担したサンノゼ・シャークスに、お金が落ちる仕組みのようです。この契約の一環として、現在市との契約が2008年に切れる予定のシャークスが、2018年までこの建物を本拠地とすることも合意されました。

 名付け親、張本人であるコンパック社の見解は、1997年のタンデム・コンピュータ社(Tandem Computers)買収以来、ベイエリアには3000人もの従業員を持っているが、自社の名前を付けることで、シリコンバレーやベイエリアとの繋がりをもっと深めたい、またそうすることで、シリコンバレーでも信頼できるプレーヤーというイメージを築きたい、ということです。
 また、同じコンパック・センターの名を持つアリーナで、地元のプロバスケットボールチーム、ヒューストン・ロケッツが本拠地としている建物が近々建てかえられるそうで、新しく名前を付ける場所を探していたという事情もあるようです。

 サンノゼ・アリーナの名称変更は、12月下旬に市議会で可決されましたが、それも全会一致というわけではなく、8対2での決定だったようです(ちなみに、サンノゼ市の人口は約92万人ですが、市会議員は10人しかいません)。
 そして、市民の大多数は、この変更に対して抵抗があるようです。"さしたる特徴もない街を代表する良い名前だったのに、愛想のない名前に変更してもらっては困る" とか、"市民が投票で決めた名前で、非常に愛着がある" など、10月に変更案が発表されて以来、続々と市会議員やマスコミの元に反対意見が届いたそうです。
 確かに、全米11番目、州内3番目の都市人口を誇り、シリコンバレーの中心地となりつつあるにも拘わらず、カリフォルニア州以外の人から見ると、"サンノゼ市って、いったいどこにあるの?ロスアンジェルスの近く?"、と疑問に思う人が多いようです。そして、サンフランシスコ、ロスアンジェルス、サンディエゴといった知名度の高い街に隠れ、陰が薄い感があります。そういった中で、唯一全国放送で名前が出るアリーナから街の名が消えてしまったら(おしりの方に、"at San Jose"とお印程度に付きますが)、市民の誇りがもみ消されてしまう、という心配が反対意見の大勢を占めるようです。

 一方、市民が建てたアリーナに、どうして民間企業の名前を頂かなくてはいけないのか、と疑問視する声もあります。たとえば、"私は自分の街を誇りに思っており、街の名を付ける機会があれば、できるだけその名前を使いたいと思います。大企業にそれだけ大金を使う余裕があるなら、困っている人達に使うべきです。Compaq Homeless Shelter(コンパック・ホームレス施設)というのがあってもいいのではないでしょうか?" という意見がありました。また、"公共の建物の名前を売り払い、市民にそれを喜べと言うのか?それだったら、いっそのこと、シスコ市役所とか、ヤフー州立大学とか、公共の名前を全部売り払えばいいじゃないか!" というのもありました。
 ゴンザレス・サンノゼ市長は、"スポーツ・フランチャイズの移転が全国的に盛んな中、サンノゼ・シャークスが、市の最大級の投資であるアリーナに居着いてくれる結果になったことを歓迎すべきだ" としていますが、市民の溜飲を下げることはなかなか難しいようです。

 ベイエリアにあるスポーツ施設が、名付けの権利(naming rights)を民間企業に売るのは、何もこれが初めてのことではありません。オークランドにあるプロ野球チーム、アスレチックスとプロフットボールチーム、レーダーズが共同で本拠地としているオークランド・コロシアムは、ネットワーク アソシエッツ・コロシアムとなりました。プロフットボールチーム、サンフランシスコ・フォーティーナイナーズの本拠地、キャンドルスティック・パークは、スリーコム・パークと変更されました。いずれも、セキュリティーソフトウェアのネットワーク アソシエッツ社(Network Associates Inc.)、ネットワーク関連機器のスリーコム社(3Com Corp.)が名称変更権を獲得した結果です。
 また、昨年オープンしたばかりの、プロ野球チーム、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地である海沿いの美しいスタジアムは、最初から民間電話会社の名前が付き、パックベル・パークと呼ばれています。
 こういった名前のお陰で、市や所属リーグだけではなくスポーツチームも恩恵を受けており、ジャイアンツは年間210万ドル(約2億3千万円)をパックベル社(Pacific Bell)から、フォーティーナイナーズは80万ドル(約8千8百万円)をスリーコム社から戴いているそうです。

 ベイエリアに限らず、民間企業が名付けの権利を獲得することは、ここ2,3年のトレンドとなっており、全米で、実に58のプロスポーツチームの本拠地が、名称を変更したそうです。これら契約金の合計は、30億ドル(約3千3百億円)にもなるそうです。勿論、これは一括払いではなく、2,3百万ドルずつ15年、20年契約で支払うもので、大企業にとっては、年間マーケティング費用の中から、簡単に捻出できるものと言えます。
 特に目につく契約では、流通システムのフェデックス社(Federal Express Corp.)とフットボールチームのワシントン・レッドスキンズ(約226億円)、インターネット総合企業CMGI社(CMGi Inc.)とニューイングランド・ペートリオッツ(約121億円)、インターネット・ソリューションのPSIネット社(PSINet Inc.)と今年のスーパーボウルの覇者、ボルティモア・レイブンズ(約116億円)などがあります。
 しかし、何と言っても一番スケールが大きいのは、テキサス州、ヒューストンに建築中の総合施設群、Reliant Parkのようです。電力・ガス供給で国外でも急成長し、カリフォルニアにも発電所を持つ地元企業、リライアント エネルギー社(Reliant Energy Inc.)がスポンサーとなるこの施設群には、スタジアム、アリーナ、ドーム、見本市会場、ホールが含まれ、すべてにリライアントの名が付きます。スタジアムの新居住者は、2002年に新設されるフットボールチーム、ヒューストン・テキサンズですが、ここでの名称権は32年で3億ドル(約330億円)だそうです。前述のバスケットボールのヒューストン・ロケッツは、実はコンパック・センターから、ここのリライアント・アリーナにお引っ越しするようです。

 ところで、どうしてこういう風潮が最近頓に激しくなったかというと、やはり最大の理由は、会社のブランド認識度(brand recognition)を高め、それによって株価を上げたい、というもののようです。実際、デジタルワイアレス技術のクウォルコム社(Qualcomm Inc.)は、地元サンディエゴにあるジャックマーフィー・スタジアムに自社の名前を付け、それと共に株価が上がったそうです。それまでは、"いったい何の会社だろう?" とか "会社名は何と発音するのかな?" 程度の認識しかなかったらしいですが、それが一転して、株式市場の注目株になったようです。
 そういったブランド認識度アップは、スウェーデンに本社のある携帯電話会社、エリクソン社(LM Ericsson Telephone Co.)にも言えます。ノースキャロライナ州に1995年に新設されたフットボールチーム、キャロライナ・パンサーズの本拠地は、当初からエリクソン・スタジアムと呼ばれてきました。シーズンのうち8週は、全国的にその名が放送されるお陰で、携帯電話の爆発的な普及に伴い、有名メーカーであるという認識を一般消費者の間に育て上げ、ノキア、モトローラに次ぎ業界3位の地位を獲得しました。

 また、短期的なビジネスを狙い、一石二鳥を考えている企業もあるようです。たとえば上記CMGI社は、ペートリオッツのWebサイトの構築や運営も手がけています。また、ヒューストンにある世界的な電力・ガス供給会社のエンロン社(Enron Corp.)は、野球チームのヒューストン・アストロズと契約し、新施設、エンロン・スタジアムのインフラ整備やエネルギー供給を引き受けています。
 企業ばかりではなく、プロスポーツチームの側から言っても、最近のスター選手の年棒高騰に頭を痛めている状態で、それを少しでも緩和してくれる民間企業との名称権契約は、とってもありがたい仕組みといえるようです。  

 蛇足になりますが、前述サンフランシスコのスリーコム・パークは、何の会社がスポンサーかわからない人が多かったらしく、スポーツ専門テレビ局、ESPNのある人気キャスターは、先シーズンまで、"スリー・ドットコム・パーク" と間違って呼んでいました。昨年は、コムと付けばドットコムのこと、と皆が思っていたようです。年間4百万ドルを払っているスリーコム社には気の毒な話でしたが、今シーズンは、さすがに正しい名前で呼んでくれていました。
 また、このスリーコム・パークをお手本に、サンフランシスコの市営トロリーバスの停留所も、数カ所に限り、企業に名付け権を売り出す計画だそうで、このトレンドは留まるところを知らないようです。

 ところで、サンノゼ・シャークスですが、今シーズン勢いに乗って、プレーオフで上位まで行ったとします。それで全米の皆さんに "コンパック・センター" の名が轟いたとしたら、"えっ、サンノゼってテキサス州だったっけ?" という人が必ず出てくると思います。
 地元の最大企業、シスコ社は、"シスコ・センターにしてちょうだい"、と名乗りを上げなかったのでしょうか?


夏来 潤(なつき じゅん)

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