近づく選挙:3億人が考えていること

2006年10月24日

Vol. 87

近づく選挙:3億人が考えていること

 
10月に入り、シリコンバレーも、ようやく本格的な秋本番となりました。雨季の始まりはもう少し先と見えて、連日カラリと晴れ上がり、木々も色づき始めています。

 そんなすがすがしい気候ではありますが、11月初頭には、国を挙げての選挙も開かれるので、いろいろと騒々しい毎日なのです。


<3億人突破!>
 まず、なんといっても、今月一番のニュースは、アメリカの人口が3億人を突破したことでしょう。計算でいくと、10月17日の早朝5時前に、アメリカに3億人目の国民が誕生したのです。2億人を達成したのが1967年のことですから、ここ39年間で、1億人も増えたことになります。
 まあ、誰が3億人目かというと、それははっきりとはわからないわけですが、多分、シリコンバレーへのインド系移民ではなくって、ロスアンジェルス郡で生まれた、ラテン系の男の子でしょう、と推定されています。

 ご存じの通り、アメリカは先進国の中でも、人口増加の大きい国です。11.3秒にひとり、人口が増えています。近い将来、人口減少が訪れるであろう先進諸国と比べると、実に、頼もしい限りです。このままで行くと、西暦2043年、今から37年後には、4億人に膨れ上がると推計されています。
 では、どうしてアメリカの人口は増え続けるのでしょうか。

 ここで、ちょっとアカデミックな話ですが、人口増加のメカニズムには、ある黄金の方程式が使われます。
 PI = B - D + IM - OM(「人口増加population increase」とは、「出生births」マイナス「死亡deaths」プラス「移入in migration」マイナス「移出out migration」である。言い換えれば、「人口増加」とは、「自然増・減」プラス「移住増・減」である)
 いや、何の事はない、単なる足し算・引き算なのですが、要するに、出生と移入の合計が、死亡と移出の合計を追い抜けば、人口は増える、ということです(とまあ、ごく単純ではありますが、この方程式はとっても偉いものでして、人間の社会現象の中で、これほど正確に働く数式とは他に類がないのですね)。

 それで、人口が増え続けているアメリカの場合、この数式から考えると、プラスの要因である「出生」と「移入」が、マイナスの要因である「死亡」と「移出」を超えているということになりますね。実際には、出生は死亡の1.85倍。移入は移出の約3倍。だから、着実に人口が増えているのです。
 医療技術が進むにつれ、死亡数は減る。これは当たり前のことですね。そして、移民の国であるアメリカの場合、建国以来、常に移民を受け入れてきたという背景があります。アメリカンドリームを抱き、移入の方が常に移出よりも多いのです。

 それでは、プラスの要因である「出生」と「移入」を比べると、どっちが大きな要因なのかというと、出生数は、移入数の約4倍。なんと、意外なことに、赤ちゃんの誕生による増加の方が、移民の流入よりも大きいのですね。
 どうしてアメリカは先進国なのに、誕生が多いのでしょう?これは、ラテン系の移民の人たちの出生数が大きいからです。もともとラテン系人口が増えていることもあります。それから、ラテン系の国々は、先進諸国に比べ、文化的に出生率が高いこともあります。だから、今となっては、アメリカの病院で生まれる半分は、ラテン系の赤ちゃんだと言われています。そのうち、3分の1は、不法移民のお母さんの子供だとも。

 増え続けるラテン系人口。出生と移入両方を加味すると、アメリカ全体の人口増加の半分は、ラテン系によるものとなっています。この国がもし白人だけだったら、他の先進諸国と同じく、近未来に人口減に転じていたでしょう。

 そこで、近年、アメリカではおもしろい現象が起きています。もはや、白人がマジョリティー(多数派)ではない州があるのです。
 ご存じの通り、ハワイは以前からそうでしたが、近年、カリフォルニア、ニューメキシコ、そして、テキサスがその仲間入りを果たしています。いまや、「マイノリティー(人種的少数派)がマジョリティー(多数派)の人口」という意味で、"majority-minority populations"などという、ややこしい表現もお目見えしています。
 現在、アメリカ全土では、人口の3分の1がマイノリティーですが、2050年までには、半分以上がマイノリティーとなる見通しです。

 冒頭で、3億人目のアメリカ人は、ロスアンジェルス郡で生まれたラテン系の男の子だと推定されていると書きました。もうおわかりだと思いますが、統計的に見ると、生まれる赤ちゃんはラテン系である確率が高いわけですね。男の子というのは、出生の確率は、男の子の方が女の子よりもやや高いからです。ロスアンジェルスというのは、この辺りの人口増加数が多いところから来ています。
 それにしても、3億人目はいったい誰だったのか、ちょっと興味ありますよね。


<老後の蓄え>
 アメリカでは、若い人口がどんどん誕生している反面、高齢層もどんどん増えています。戦後生まれのベビーブーマーたちが年齢を重ねるにつれ、毎日、1万人が50歳の誕生日を迎えているといわれています。いまや、50歳以上の人口は、8千6百万人にもなっています。
 そんな人口の加齢にともない、ある社会問題が出てきています。それは、退職したくても、退職できない人たちが増えるのではないかという懸念です。

 アメリカの老後の生活は、いくつかの財源の上に成り立っています。社会保障制度、会社の年金、それから個人資産。
 日本に比べ、あまり個人貯蓄が盛んでないアメリカのこと。今までは、会社の年金と国の社会保障制度が当てにされてきました(アメリカの場合、退職金という形でいっぺんに支払いを受けるのではなく、退職後の生涯年金という形で受け取るのが一般的です)。
 ところが、ここに来て、大きな変化が出てきました。国の財政は悪化の一途をたどるし、企業の方も、今までよりもシビアな経営状況に追い込まれています。そこで、国や企業を当てにするのではなく、各個人で、自分の年金をまかなってもらおうではないかと。

 アメリカには、1980年代から、「401(k)」と呼ばれる個人年金貯蓄制度があります(発音は、「フォーオーワン・ケー」となります)。これは、会社の給料の何パーセントかを月々積み立て、その投資をもって老後の生活費の一部とするものです。会社からも、相応の補助金が出ますし、積み立て分は税金控除となったりします。そして、実際、老後に引き出す場合、国からの税金優遇措置もあります。

 ところが、如何せん、この401(k)の参加率が芳しくない(参加資格者のうち、3分の1は不参加)。しかも、貯蓄額も、お世辞にもいいとは言えない(昨年の平均は6万3千ドル)。つまり、401(k)で自活できる人はとっても少ない。だから、そこのところを変えていこうじゃないかという法律が、この夏誕生しています。
 たとえば、会社が自動的に従業員を401(k)に登録できるようにしよう。そうすれば、参加率は増えるだろう。それから、今まで配偶者の相続のみに限られていた税の優遇措置を、401(k)を譲り受ける者すべてに拡大しよう。これによって、同性のパートナーなどでも相続しやすくなるだろう。また、かの悪名高きエンロン社のケースを再発防止するため、投資の仕方についても、金融機関が積極的にアドバイスできるようにしよう(エンロン社の場合は、投資先として自社株を選択していた従業員が多いので、積み立てが泡と消えてしまいました)。

 しかし、現状を考えると、このような法の改正があったとしても、一朝一夕に個人の年金貯蓄が増えるわけではないようです。なぜなら、401(k)などの年金プログラムに参加できるのは、アメリカの労働人口のせいぜい半数。401(k)からもれている人もたくさんいるのです。
 しかも、近年、企業の積み立て補助金がどんどん減少する中、老後に必要とされる額を積み立てるのも至難の業なのです。年収の8倍、他に貯蓄がなければ、年収の15倍とも言われる401(k)の積み立て目標。実際それだけの貯金ができる人は、そんなにたくさんはいないのかもしれません。だとすると、いつまでも働き続ける?

  実際、そういった人たちが出始めているのです。退職したのはいいけれど、もう一度、職探しをしなくてはならなくなった人たちが。

 ベビーブーマーたちの老後。今はあまり大問題にはなっていませんが、そのうち、国中で大騒ぎし始めるんだと思っています。まあ、アメリカ人は一般的に、「アリとキリギリス」で言えば、「キリギリス型」の性格ですから、実際に真冬にならないと、あっ、しまった!と気が付かないのかもしれません。
 アメリカの家具屋の商法にこういうのがあるのです。来年までは、何も支払わなくても結構ですと。これは、即刻、商品を使い始め、支払いは数ヵ月後に行えばいいというヘンテコな商法なんです。支払いなんていう嫌な事は、なるべく先延ばしにしたい、というアメリカ人の性格をうまく捕らえているのですね。みんな喜んで乗せられています。
 日本人はまったく逆ですよね。借金はなるべく持ちたくないし、支払いはさっさと済ませたい。先に不安があることが許せない。

  日本も、今後の社会保障制度が心配だと言われていますが、それよりも、アメリカの方がより重大な問題を抱えているのではないか、そんな気がしてしょうがないのです。これから、アメリカ人の"nest egg(老後の蓄え)"は、どうなっていくのでしょう。


<選挙戦:全米版>
 さて、話題を政治の方に切り替えましょう。今年は、二年に一度の大きな選挙の年。大統領選挙こそありませんが、各地で連邦議員戦や知事選が賑々しく行われます。11月7日に向かって、あとわずか。各陣営は、追い込みに忙しい毎日です(アメリカの選挙日は、日曜日ではなく、火曜日なのです)。

 まず、国政レベルの選挙戦は、実にホットな展開となっています。なんといっても、1994年から12年間、上院も下院も共和党(ブッシュ大統領の党)に牛耳られてきたのです。対する民主党は、ここで上院6議席、下院15議席を共和党からもぎ取り、両院とも手中に収めたいところなのです。
 長引くイラク戦争のお陰で、大統領の人気は低迷し、おまけに、連邦議会の共和党議員のスキャンダルが白日の下に晒される中、国民はそろそろ勢力交代を願っているようでもあります(最新の世論調査では、連邦議会の民主党主導を希望する人は52%、共和党希望は37%。これほどの大差がつくのは、二大政党制のアメリカでは珍しいことなのです)。
 そんな追い風に乗って、少なくとも、下院の方は、民主党が奪回するだろうと予想されています。

 9月初旬の「労働の日(Labor Day)」。この日は、11月初頭の選挙に向かって、大統領が自分の政党の候補者を支援し始める日なんですね。しかし、今年、ブッシュ大統領のもとには、誰も現れなかった。候補者はみな、彼との繋がりをできるだけ隠密にしておきたかったからです。
 選挙戦も追い込みの今は、ブッシュ大統領よりも、人気の高い奥方ローラさんが、各地のキャンペーンに呼ばれているそうです。

 アメリカというのはおもしろい国でして、ある要因が、大統領の人気を大きく左右するのです。それは、ガソリン価格。冗談ではなく、過去30年間を振り返ると、ガソリン価格の上下と、大統領人気の上下は、きれいな相関関係を描いています。
 それで、今年は?春から夏にかけて、石油価格は大高騰。そのお陰で、ガソリンスタンドでは、連日信じられないような価格に塗り替えられていました。一ガロン当たり3ドルは軽く越え、一時は、4ドルまで届くかという勢い。
 しかし、夏が終わり、バーベキューシーズンも終わると、なぜかガソリン価格は急に下降し始めます。今は、全米平均は2ドル30セントくらいで、カリフォルニアは2ドル50セントほどです(10月16日現在)。

 そこで、大統領の人気は回復したか?というと、そうでもないのです。「きっと大統領が選挙を狙って、石油価格を操作しているに違いない」という陰謀説が流れているからです。正直な話、わたしもこの説を耳にする前にそう思っていました。だって、タイミングがあまりにも素晴らしいからです。
 専門家の間でも、この陰謀説は正しい、正しくないと意見が分かれるところではありますが、まず、夏のドライブシーズンが終わると少しは需要が下がってくる、そして、石油価格などという大きな現象を操作するのは容易ではない、という説明は納得できます。
 けれども、ブッシュ大統領一家は、サウジアラビア王家との親交も深いではありませんか。そのブッシュ家にチェイニー副大統領が加われば、陰で何でもできる、と自然とそんな気になってしまうのです。
 わたしだけではありません。アメリカ国民の実に42パーセントが、この陰謀説を信じているのですね。
 それに、ガソリン価格がちょっとぐらい下がったからって、選挙が終わると、どうせまた上がるんでしょ。それよりも、イラク戦争はこれからどうなるの?銀行の利子がどんどん上がる中、経済はいったいどうなるの?毎年2ケタの勢いで高騰する医療費はどうなっていくの?そんなモヤモヤが頭の中を行き来して、なかなか陰謀説を払拭する気にはならないようです。

 まあ、両院が民主党の勢力下に置かれたからといって、大統領はそのままホワイトハウスに居座るわけです。国の政治がドラマティックに変わるわけではありません。
 それよりも、国民が望んでいるのは、政治がもっと透明になることなのでしょう。議会も今までよりも強く問題提起し、要人をどんどん議会に召還することで、問題を根本まで追及できるようになります。イラク戦争、エネルギー問題、国の巨額の財政赤字、医療費の高騰、云々。財政ひとつ取っても、このまま浪費を続けていくと、30年後には、国の赤字はGDPの2割にまで膨れ上がるとか。問題は山積しているのです。


<選挙戦:カリフォルニア版>
 一方、こちらは、カリフォルニア。今年の選挙戦は、まったくつまりません。カリフォルニア知事選はあるのですが、多分、シュワルツネッガー知事が再選されるでしょう。なぜなら、彼を追い出すほどの大きなスキャンダルがないからです。

 彼は俳優だけのことはあって、いろいろとパフォーマンスがお上手なのですね。昨年は拒否権を発動した州の最低賃金も、今年はちゃんと引き上げたし、去年はじゃんじゃん切り捨てた教育予算も、今年はずいぶんと増やしてあげたし、人道的立場から、アフリカ・スーダンへの投資は固く禁ずるなんて、新手のスタントも考え出しています。
 環境問題の大好きなカリフォルニア人。シュワルツネッガー知事の地球温暖化への取り組みも好ましく映ります。2020年までに、温室効果ガスの放出を25パーセント削減する!
 勿論、そんなことは容易に達成できることではありません。それに、他の州が続いてくれなければ、カリフォルニア一州ではどうにもならない。けれども、そんなことは、多くの州民にとってはどうでもいいのですね(ちなみに、このターゲットは、カリフォルニア中の2千6百万台の車が一台も動かず、石炭や天然ガスを燃やす発電所が全部水力・原子力発電に代わったにしても、達成し得ないような厳しい数値だそうです)。

 そういえば、ひとつ、おもしろいことがありました。今月初頭、ブッシュ大統領が、共和党下院議員の再選を応援しに、カリフォルニア中央部に来たときのことです。それこそ、大統領が目と鼻の先に来ているのに、シュワルツネッガー知事は、会いにも行かなかったのですね。
 そんなことは、前代未聞なんです。選挙の直前に、同じ政党に所属する現職の大統領が来ているのに、知事が出向かないなんてことは。よっぽど、ブッシュ大統領を連想させるのが嫌だったんでしょうね。自分は、彼とはまったく違うんだというパフォーマンスなんでしょうかね。

 シュワルツネッガー知事の対抗馬、アンジェリーデス候補もテレビでこう宣伝しています。シュワルツネッガー知事こそ、ブッシュ再選のときには彼にべったりの伏兵だったのだと。けれども、残念ながら、この宣伝の効果はあまりないようではあります。
 それどころか、民主党の州知事戦対抗馬が力強くないので、民主党支持者は投票に出向かず、勝利が危ぶまれる民主党候補者がたくさんいるとも言われています。
 もしかすると、カリフォルニア州は、国の潮流とは逆に、共和党に要職を牛耳られるかもしれないと。まあ、金を持つ共和党議員の相手をこきおろすテレビコマーシャルは、有権者の耳につくようでもありますし(アメリカの選挙戦は、テレビのコマーシャルが重要な位置を占めるので、お金を持っていないと、なかなか人の目に触れない難点があるのです)。

 もうひとつ、余興のようなお話がありました。今回の地方選では、ブッシュ大統領を弾劾する決議案が出されている都市が、全米で6箇所あるのです。そのうち2箇所はカリフォルニアで、民主党のメッカ・サンフランシスコと、橋を渡ったお隣さんのバークレーなのです。
 勿論、市には、大統領を弾劾する力はありません。州が弾劾案を可決し、連邦下院に提出する権限はあります。しかし、この場合も、下院はこれに従う必要はないそうです。まあ、法的には何にもならないけれど、何か行動を起こさなければ気が済まない、そういったところでしょうか。
 もし今回の選挙で民主党が連邦下院を取るとなると、下院議長は、おそらくサンフランシスコ選出のナンシー・ペローシ議員となります。弾劾案は、そんなことをにらんでのサンフランシスコ独特のパフォーマンスなのでしょうか。


<おまけのお話>
 いや、これも余興のようなものですが、サンフランシスコ・ベイエリアに住む、うら若き女子高生のお話です。

 ある日、彼女が生物の授業に出ていたときのこと。突然、FBIの捜査官が教室に踏み込んできて、彼女を連行していくではありませんか。
 まあ、取調べの後、無事に帰してもらったわけではありますが、罪状は、なんと、大統領暗殺計画。
 なんでも、その一年ほど前、彼女が参加しているソーシャルネットワーキング・サイトMySpace.com上で、「ブッシュ(大統領)を殺せ」と写真入でコメントしていたらしく、それが、お上の目に留まってしまったのですね。
 まだあどけなさが残る14歳の女の子。顔はソバカスだらけで、微笑むと歯の矯正ブレースが覗く、典型的なアメリカの高校1年生。どこから見ても、暗殺を計画するような悪者には見えません。

 この大騒ぎで、インターネット上で何かを書くときには、すごく気をつけなくてはいけないことを学んだわ、と言う彼女。今までのアカウントは解約し、心機一転。

 それにしても、彼女を取り調べた捜査官殿。虚しくはなかったのでしょうか。


夏来 潤(なつき じゅん)

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