ひと味違うカリフォルニア: スポーツと政治のお話

2010年11月29日

Vol. 136

ひと味違うカリフォルニア: スポーツと政治のお話


 この11月は、北カリフォルニアの住民にとって、とても幸先の良いスタートを切りました。
 そんなおめでたい話から始まる今月は、3つのお話をいたしましょう。まずは、スポーツ、それから政治のお話にうつりましょう。


<サンフランシスコ・ジャイアンツ!>

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 ハロウィーンの翌日の11月1日。メジャーリーグ野球(MLB)では、今シーズンの覇者が決まりました。
 ワールドシリーズを制したのは、サンフランシスコ・ジャイアンツ(the San Francisco Giants)。シーズン中は、誰も勝つとは思っていなかった「ダークホース」のジャイアンツです。
 この歴史的な快挙に、ベイエリアの住民はもう大騒ぎ!

 サンフランシスコに野球チームがやって来たのは、1958年のことでした。ニューヨークから名門チームのジャイアンツ(ニューヨーク・ジャイアンツ、1883年ナショナルリーグ加盟)が引っ越して来たのです。
 その頃、同じニューヨークのドジャーズ(ブルックリン・ドジャーズ、1890年ナショナルリーグ加盟)もロスアンジェルスに引っ越そうと計画していたのですが、「一緒にカリフォルニアに移ろうよ」とドジャーズのオーナーがジャイアンツのオーナーに働きかけて、両チームの移転が実現したそうです。

 それ以来、カリフォルニアに移っても「ライバル」の闘いが続いているわけですが、ジャイアンツファンにしたって、南のドジャーズとの試合が一番燃えるのです!
 

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 名のあるチームが北カリフォルニアにやって来るということで、サンフランシスコ市民は大喜びでした。ジャイアンツを歓迎するために、ダウンタウンではパレードが開かれ、選手たちは暖かく市民に迎えられたのでした。
 なにせジャイアンツは、それまで5回もワールドシリーズを制したチーム。そんなに強いチームが来てくれたら、すぐに優勝トロフィーを持って帰ってくれることでしょう。(写真左端は、ニューヨークから移って来たウィリー・メイズ選手。右端は往年のジャイアンツスター、ウィリー・マッコヴィー選手)

 けれども、世の中はそんなに甘くはありません。サンフランシスコ・ジャイアンツは、ナショナルリーグのペナントを3回も獲得したのに、そのたびにワールドシリーズでは敗退しているのです。
 たとえば、1989年のワールドシリーズ。このときは、サンフランシスコからベイブリッジを渡った対岸のオークランド・アスレチックスがお相手でした。
 2敗してホームグラウンドに戻って来た第3戦、サンフランシスコで大地震が起こり、試合は延期となりました。そして、10日後に開かれた第3戦、第4戦と連敗し、ストレートで敗退したのでした。

 2002年には、同じカリフォルニアのアナハイム・エンジェルズを相手に闘ったのですが、最後の最後(第7戦)で、敵地で破れ去っています。

 そんなイヤな記憶のいっぱいあるジャイアンツですから、今シーズン、誰からも信用されなくても文句など言えません。なにせチームが若い。経験が足りない。そして、スーパースターがいない。
 チーズン中も、あちらこちらからクビになった選手たちを引っ張って来ては、チームは絶えず形を変え、少しずつ毛虫から蝶へと変身を遂げていったのです。

 だって新しいチームがしっくりと落ち着くには時間がかかるでしょう。そんなわけで、ナショナルリーグ西部地区を制したのは、レギュラーシーズンの最終日でした。
 

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 が、若いチームには勢いがあります。試合の流れをグイッと変える力があります。その後どんどん調子を上げ、ワールドシリーズでは、今シーズン最高の波に乗って、お相手のテキサス・レンジャーズをシリーズ4勝1敗で破ったのでした。

 (ニューヨーク)ジャイアンツが最後にワールドシリーズに勝って56年、サンフランシスコにやって来て実に52年の快挙なのでした。

 11月3日には、サンフランシスコのダウンタウンで優勝パレードが開かれ、市庁舎前では市が主催する祝賀会が開かれました。52年前、ニューヨークからやって来た選手たちと同じコースを通って市庁舎に到着したのです。

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 沿道にはジャイアンツのチームカラーであるオレンジと黒をまとったファンが詰めかけ、空には鮮やかなオレンジの紙吹雪が舞い上がります。サンフランシスコ市にとっても、北カリフォルニアのファンにとっても、これほど誇らしいことはないのでしょう。

 1982年、フットボールのサンフランシスコ49ers(フォーティーナイナーズ)が初めてスーパーボウルを制したときも、市内で華やかなパレードが行われ、市庁舎広場では優勝祝賀会が開かれました。広場に駆けつけたわたしは、ファンが多過ぎて選手をひとりも垣間みることができなかった経験があります。
 けれども、この日のジャイアンツの祝賀会には、もっともっと大勢のファンが近隣から集まったようです。シーズン中は誰も期待していなかったチームが勝ったとなると、喜びも倍増なのでしょう。
 

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 市庁舎前の壇上には、選手や監督ひとりひとりが迎えられ、ファンの拍手喝采を受けました。
 エースのサイヤング賞投手、ティム・リンスカムを始めとして、全員20代の先発投手たち。彼らを導くのは、23歳のルーキーキャッチャー、バスター・ポウジー(その後、ナショナルリーグ最優秀新人賞を受賞)。そして、シリーズMVPのエドガー・レンテリアを筆頭に、試合ごとに代わる打撃のヒーローたち。

 守りでは、決してスリムじゃないのに機敏な動きのショート、フアン・ウリベ。いつもニコニコ笑っているので「スマイル」というニックネームのコウディー・ロス。彼に「パンダ」と名付けられた、小太りのパブロ・サンドヴァル。かわいいパンダの帽子は、球場に集まるファンの証(あかし)ともなりました。

 けれども、中でも一番目立ったのは、モヒカン刈りのクローザー、ブライアン・ウィルソンでしょうか。彼の真っ黒なひげと剛球が一躍有名になり、「Fear the Beard(ひげを恐れろ)」というのは、敵方に贈るスローガンともなりました。
 

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 そして、忘れてはならないのは、カラフルな選手たちをチームとしてまとめあげたブルース・ボウチー監督と、彼らの才能を見抜いてサンフランシスコに引っ張って来たブライアン・セビアンGM(スカウト出身の総支配人)。
 若い選手たちであるがゆえに、監督も練習の仕方から指導したことでしょう。

 選手たちだって、日々厳しい練習に耐えてきたのでしょうが、そんなことはおくびにも出さずに、ファンの歓声とカリフォルニアの明るい陽光を思う存分に楽しんでいたのでした。

 まさに、「Basking in glory(栄光を体じゅうで享受する)」というにふさわしい一日なのでした。


<オバマさん、始球式に来てください!>

 そうなんです。オバマ大統領を来年の始球式にご招待したんです。お呼びしたのは、サンフランシスコ・ジャイアンツの筆頭オーナー、ビル・ニューコム氏。

 ワールドシリーズ制覇を祝って、オバマさんがニューコム氏に電話をくれたそうですが、そのときに「来年のシーズン始めのホームゲームでは、ぜひ始球式で投げてください」と、オバマさんに頼んだそうです。

 オバマさんは「覚えておくよ」と答えたそうですが、なにせ野球は彼の得意種目ではありません。昔から大好きなバスケットボールと最近覚えたゴルフは得意とするものの、たぶん野球なんて子供の頃にやったことがないのでしょう。
 今年4月のシーズン開幕では、ワシントン・ナショナルズ(首都ワシントンD.C.のチーム)の始球式で投げてみたのですが、「あ、あんまりうまくない」との不評を買ってしまったのでした。
 ご本人は「ちょっと外角高めだったね」と弁明なさっていましたが、それにしても、もう少し練習する必要があるでしょう。

 まあ、どんなに野球がヘタクソであっても、始球式のような楽しい行事のために、カリフォルニアに来ていただきたいと個人的には思うのです。
 だって、オバマさんがいらっしゃるのは、選挙運動の資金を募りに来るか、「カリフォルニアはクリーンエネルギーの先端を行っている!」といった政治的パフォーマンスをしに来るか、何かしらの動機があるのです。

 そういえば、11月2日の中間選挙の目前にも、オバマさんがベイエリアにいらっしゃっていましたね。大統領専用機「エアフォース・ワン」が降り立ったサンフランシスコ空港から真っ先に訪ねたお相手は、他でもない、アップルのCEOスティーヴ・ジョブス氏。
 ジョブス氏とはアメリカのテクノロジー企業の行く末を語ったのだそうですが、想像するに、近頃とみに低迷するといわれる子供たちの学力問題なども出てきたのではないでしょうか。

 ジョブス氏との会談を終え向かった先は、グーグルの副社長マリッサ・メイヤーさんのお宅。「ジョブス氏の大ファン」と自身を評するお方です。

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 マリッサさんは、金髪に青い目の「アメリカン・ガール」の典型のような方ですが、実は、スタンフォード卒のグーグル女性エンジニア第一号。「社員番号20番」のベテランで、今や、グーグル製品の動向を決定するほどの実力者。
 たとえば、今話題のスマートフォン基本ソフト「アンドロイド」などは、彼女の「そうねぇ、やってみたら?」というゴーサインで、プロジェクトとしてスタートしたのでした。

 そんな彼女の家にどうしてオバマさんが? とお思いのことでしょうが、この晩は、民主党政治家たちの応援資金を募るために、マリッサさんのパロアルトの自宅で「大統領との晩餐会」が開かれたのでした。

 この晩、パロアルトの閑静な住宅街は、地元警察やらシークレットサービスで厳戒態勢がしかれたわけですが、おもしろかったのは、マリッサさんのお宅。ハロウィーンの直前ということで、玄関先にはパンプキン、屋根の上には大きな黒猫のお人形と、かわいらしく飾り付けられていたのでした。
 そんな(普通の)家に大統領が訪れるなんてちょっと滑稽ではありますが、この晩の参加者は「大統領はひとりひとりの意見を熱心に聞いてくれた」「やっぱり彼にはカリスマがある」と、大いに満足なさっていたのでした。
 すべての円卓には、ひとつずつ余分に椅子が置かれ、オバマさんはこれに座ってじっくりと耳を傾けてくれたということです。

 けれども、その直後の中間選挙は、オバマさんにとって厳しい結果となりましたね。連邦上院は辛くも民主党が死守したものの、連邦下院はガッチリと共和党に握られてしまったのです。

 こちらの風刺漫画にもあるように、「ねじれ国会」では、これからホワイトハウスもやり難いことでしょう。(by Tom Toles – the Washington Post, November 8, 2010)
 

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 象さん(共和党議員)は、大統領にこう言うのです。「我々には、あなたとともに実現していきたいバスケット一杯のアイディアがあるんです」と。

 そう言われたオバマさんの先には、ギロチンが待っている!(そんな甘い誘いに乗ってクビを入れようものなら、2012年の大統領選挙ではチョキンとやられてしまう・・・)

 そう、なんともシビアな残りの2年が、オバマ大統領を待ち受けているのです。

 ですから、オバマさん。たまには、サンフランシスコ・ジャイアンツの始球式に来るとか、ベイエリア名物のダンジェネス・クラブ(11月に解禁となる冬の味覚のカニ)を食べに来るとか、そんな楽しい理由でベイエリアにいらしてください。

 だって、ベイエリアには、まだまだオバマ支持者は多いのです。全米に「オバマ政権をやっつけろ!」の反旗がひるがえっていたにしても、ここはきっと天国のような所ですよ。
 鎌倉で食べた抹茶アイスはおいしかったでしょ。平和な場所では何でもおいしいですよ。


<ティーパーティーはロッキー山脈なんて超えられない!>

 なんだか長い題名ですが、先月号でご紹介した「ティーパーティー(茶会)」運動のお話です。

 11月2日の中間選挙の前は、全米でティーパーティー旋風が吹き荒れ、「オバマの仲間の民主党員を引きずり下ろせ!」とシュプレヒコールがこだましていたのでした。

 そんな「反オバマ」の潮流の中で、連邦下院では、民主党が60議席以上を逃し、来年1月からは共和党に主導権が移ることになりました。
(連邦下院の435議席は、現時点で共和党242、民主党192、未定1議席。ちなみに、3分の1が改選となった上院の100議席は、共和党系47、民主党系53と、辛くも民主党が過半数を死守しています。)

 この逆転劇の中で、共和党が民主党から議席を奪い取った地域は、南部の23議席、中西部の19議席と、やっぱりティーパーティー候補者の強い場所が目立っているのでした。

 が、どんなに強いティーパーティー旋風であっても、どうやらロッキー山脈を乗り越えて西海岸3州にたどり着くことはできなかったようです。
 だって、カリフォルニア、オレゴン、ワシントンの西部3州で共和党が奪った議席は、ワシントンのわずかひとつ。

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 カリフォルニア選出の連邦下院53議席は、民主党34、共和党19と、ひっくり返った議席はひとつもありません。
 そして、連邦上院も、今までどおりに2議席とも民主党ベテラン議員です(写真は、4期目を獲得したボクサー上院議員(右)とファインスタイン上院議員)。

 今回の中間選挙を分析したワシントン・ポスト紙(首都ワシントンD.C.の主力紙)は、こんな結論を出していました。ティーパーティーが強かった場所は、白人のブルーカラーが多かった地域であると。
 なんでも、共和党候補が人気だったのは、全米平均に比べて白人の率が高い場所。そして、大学の学位取得率が低い場所。

 要するに、ヒスパニック系やアジア系の人種の混じる海側の州や、高学歴の白人の多い都会ではなくて、「純粋培養」の白人の多い農村地帯や、製造業などブルーカラー層の多い地域だということです(大学の学位取得は、「ブルーカラー」「ホワイトカラー」のめやすとなるそうです)。
 もともとオバマさんは、こういう有権者層は苦手としていましたので、それが如実に選挙結果に反映されたというところでしょう。

 そういった観点では、カリフォルニアだって、同じ傾向はありますね。海側の都市部は「ブルー(民主党寄り)」で、内陸の農村地帯は「レッド(共和党寄り)」と二分されるのですが、都会の人口が圧倒的に多いので、全体的には中間の「パープル」にもならずに、ブルーのままだという現象が。

 まあ、西海岸3州は人種もかなり混じっていますし、新しい考え方を採用する人が多いのだと思うのですが、海の中のハワイなんて、もっと「進化」しているそうですよ。
 ここでは「ブルー化」がさらに進んでいて、ハワイ州上院議会では、共和党議員が絶滅の危機に瀕しているそうです。こちらはたったひとり、あちらの民主党議員は24人。これでは、多勢に無勢ではありませんか!

 けれども、そこは友好的なハワイ。ひとりをいじめることもなく、一緒にやって行きましょうよと、仲良く協力体制にあるそうです。

 それにしても、ティーパーティー。あれだけ世間を騒がせておきながら、実のところ、ティーパーティー支持者は全米の有権者の3割しかいなかったそうですよ。そう、共和党支持者の中でも、ものすご~くオバマさんが嫌いな3割。(the Associate Press-GfK Poll, conducted November 3-8)

 だとすると、声の大きな3割が、国政選挙を牛耳っていたということでしょうか?


<おまけのお話:アーノルドさん、メグさん、カーリーさん>

 蛇足ではありますが、カリフォルニアでは、州知事を目指していたメグ・ホイットマン氏(共和党、元eBay CEO)と、連邦上院議員を目指していたカーリー・フィオリナ氏(共和党、元HP CEO)は、民主党のベテラン対立候補の前に破れ去っています。

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 そればかりではなく、州知事、副知事、州務長官、財務長官、司法長官、保険長官、会計監査長官、公立教育長と、州の要職はすべて民主党に流れています。(写真は、来年1月から州知事となる、ジェリー・ブラウン州司法長官)

 このような全米に逆行する動きには、カリフォルニアがいたってリベラルなことがあるのでしょう。しかし、それだけではなくて、すでにカリフォルニアがティーパーティー運動のような新しいものを試して、ことごとく失敗したことがあるのでしょう。
 それは、7年前のアーノルド・シュワルツェネッガー氏による州知事リコール運動。7年経って「政治の素人が舵取りをするのは良くない」と悟ったカリフォルニアの有権者は、今回の選挙では、共和党の素人候補者をすべからく嫌ったようです。

 この仮説を唱えていらっしゃったのは、ローカルテレビ局KTVUの政治担当記者ランディー・シャンドビル氏。彼は、カリフォルニアの政治を何十年も追ってきたベテラン記者ですので、彼の説にはかなりの説得力があると思うのです。
 

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 今回の選挙では、こんなダイレクトメールも見かけました。「軽量級の共和党員たち(Republican Lightweights)」。

 こちらは、シリコンバレーのあるサンタクララ郡で、郡会議員に立候補した候補者を非難する広告なのですが、左のお方には、見覚えがありますよね。そう、若き日のアーノルドさん。

 今となっては、有名人の州知事も、その名誉は失墜しているのでした。


夏来 潤(なつき じゅん)

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