素敵なおじさん: デイヴィッド・ペトレイアスさん

2011年6月27日

Vol. 143

素敵なおじさん: デイヴィッド・ペトレイアスさん


 4月号ではグーグルのエリック・シュミット氏とラリー・ペイジ氏、5月号では洋画家の吉岡耕二先生と、人物をご紹介しておりました。

 そこで、今月も引き続き「人物シリーズ」でいくことにいたしましょう。雰囲気はガラッと変わりますが。


<静かに熱いペトレイアスさん>

 アメリカという国には、「国のためになりたい」と願う国民は多いですが、中でも、とりわけ固い信念を抱いているのが、軍人でしょう。
 現在、アメリカは徴兵制度も兵役義務もありません。ですから、軍隊には自ら進んで入ります。自分の意志で入るのですから、それなりの決意と覚悟があるというわけです。

 そんなわけで、今月は、わたしが気に入っている軍人さんをご紹介いたしましょう。

 最初にお断りしておきますが、わたし自身は、いかなる戦争にも反対です。それは、人の命を犠牲にしてまで守らなければならないものは何も無い、と信ずるからです。
 それに、歴史的に見ても、宣戦布告の理由が明白でない場合が多いではありませんか。理由なんてものは、あとで時の指導者によっていかようにもでっち上げられるものなのです。
 さらに言うなら、兵器開発にかかわるお利口さんの頭脳は世のために平和利用されるべきだし、週に20億ドル(約1千6百億円)もアフガニスタンやイラクに費やす余裕があったら、それは自国で困っている人々に分配すべきなのです。だって、世の「貧困」こそが「争い」の種でしょう。

 けれども、軍人さんにとっては、そんな理念的な話は置いていて、どうしても「自分が守らなければならないもの」があるのでしょう。それは国家であり、国民が謳歌している自由(liberty)と正義(justice)なのでしょうが、そんな信念を抱いている彼らが間違っているとは思いません。
 ですから、軍人さんにもステキな人がいるんですよと、ご紹介しようと思ったのです。
 

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 前置きが長くなってしまいましたが、今月の主役は、デイヴィッド・ペトレイアス陸軍大将(4-star General)。現在は、アフガニスタンで戦うアメリカ軍・NATO軍の総責任者です。
 そして、オバマ大統領が次期CIA(中央情報局)長官に任命したお方。

 このペトレイアスさんは、アメリカ軍の中でも「頭脳派(cerebral)」といわれる切れ者でして、まあ、学歴にも経歴にもきらびやかなものがあります。
 ニューヨーク州生まれの彼は、高校卒業後、ニューヨーク郊外ウェストポイントにある米国陸軍士官学校(the U.S. Military Academy、通称ウェストポイント)に入学します。
 ここは4年制大学としても全米ランクの高い学校ですが、トップ5パーセントという優秀な成績で卒業したのち、陸軍指揮幕僚大学(the U.S. Army Command and General Staff College、陸軍の大学院)で学び、首席で卒業します。

 その後、アイヴィーリーグの名門プリンストン大学で国際関係学を学び、修士号と博士号(Ph.D.)を取得します(軍人さんなのに博士!)。博士論文は、「アメリカ軍とヴェトナム戦争が教えるもの:ヴェトナム戦後期の軍事的影響と武力行使の一考察」と、なんとも難しそうなタイトル。
 要するに、ゲリラ戦で泥沼化したヴェトナム戦争からアメリカ軍は何を学ぶべきか、そして、武力行使とは国際舞台にどのような影響を与えるのかと、そんな難しいことを研究なさったのでした。

 その後は、母校のウェストポイントで国際関係学を教えたり、指揮幕僚大学の責任者となったりと、軍隊の中でもアカデミックな畑を経験します。
 そのアカデミックな時期に『Counterinsurgency(対反乱戦略)』という重要な論文集を編纂し、これが「対反乱戦の世界的権威」とも呼ばれるきっかけとなったようです。

 ま、軍隊というと、なんとなく「脳ミソが筋肉でできている」イメージがありますが、アメリカの軍隊は、ある意味「頭脳集団」ともいえるのです。そして、そんな頭脳集団を代表するのが、この方。
 

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 このように一見「頭でっかち」なご仁ではありますが、学生時代からスポーツ万能で、とくに大学対抗チームで活躍したスキーは「プロ並み」だという話です。
 そして、ウェストポイントを出たあとは、陸軍の空挺大隊(Airborne、落下傘降下で本隊の前に前線に向かう軽歩兵)を始めとして、おもに歩兵隊(Infantry、戦車を使う機甲隊に対し、徒歩で任務に就く兵士)に配属され、前線での戦術を体で学ぶのです。
 

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 その後、陸軍指揮幕僚大学とプリンストン大学で論理武装したあとは、あれよ、あれよと言う間に出世の階段を駆け上がります。
 2003年には、少将(Major General)としてイラク戦争で空挺師団を指揮し、首都バグダッドの陥落、その後の反乱鎮圧とインフラ・政府軍の立て直しに寄与したとされています。
 このときの多国籍軍統括の任務が評価され、2007年には陸軍の最高位、大将(General)に任命されるのです(現在、陸軍大将は複数いますが、その上の「元帥(General of the Army、5-star General)」はいません)。

 イラクでは、持論の対反乱戦略を実践で展開してみせたのだから、これ以上、評価されるべきことはないでしょう。

 そんな輝かしい経歴のペトレイアスさんには、有名なエピソードがあるのです。
 

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 1991年、空挺大隊の指揮官として実弾演習を指導していたとき、部下が何かにつまずいて、手にしていたM-16ライフルを誤射してしまったのです。運悪く、これがペトレイアスさんの胸に当たったから、さあ大変!
 彼は基地のあるケンタッキーからテネシーのヴァンダービルト大学病院に運ばれ、緊急オペを受けるのですが、このときの執刀医が、胸部心臓外科のビル・フリスト医師。4年後には、連邦上院議員となる方です。

 手術は成功し、ペトレイアスさんは間もなく現場に復帰するのですが、このときの恩は忘れず、フリスト氏とは生涯の友となるのです。
 フリスト氏が上院の多数党リーダーとなり、外国の首脳を訪問したとき、同席したペトレイアスさんは、フリスト氏の役職名は使わず「わたしの命の恩人です」と紹介し、相手の首脳の信用を得たと伝えられています。
 

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 こんな風に、美化しようと思えば、いくらでも美化できるような人物なのですが、わたしがペトレイアスさんを気に入っている理由は、エリートのわりに「気さくなおじさん」にお見受けするからなのです。
 もちろん、実際にお会いしたことはありませんが、インタビュー番組では何度もお見かけしているので、その頭脳や人となりは、画面を通して少しはわかっているつもりです。そんなわたしに言わせれば、ペトレイアスさんは、気さくで誠実なおじさん。
 だって、「自分以外は、みんなおバカさん」なんて思い込んでいる人は多いでしょう。それに比べると、彼にはそんな気配は微塵もなくて、すがすがしさすら感じるのです。

 わたしだけではなく、世にペトレイアスファンは大勢いるようでして、秋には退任が決まっているマイク・マレン統合参謀本部議長(写真)の後釜には、アフガニスタンで指揮を執るペトレイアスさんが就くものだと踏んでいた人も多かったのです。

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 統合参謀本部議長(the Chairman of the Joint Chiefs of Staff)というのは、アメリカ軍最高位のポジションで、参謀本部の他のメンバーとともに、大統領、国防長官、国家安全保障会議に軍事上のアドバイスをする要職なのです。
 軍隊に直接作戦命令を出す権限はありませんが、各々の軍のトップが暴走するのをいさめるような、軍人でありながら広い視野に立った軍事アドバイザーとなります。

 そんな要職に就くのはペトレイアスさんだと予測していた人は多く、たとえば、ウォールストリート・ジャーナル紙は、「軍隊のトップにふさわしいのは、ペトレイアス大将だと考える」との見解を明らかにしていました。
 

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 結局、オバマ大統領がこのポストに選んだのは、同じく陸軍大将のマーティン・デンプシー氏。その代わり、ペトレイアスさんは、国防長官となるレオン・パネッタ氏(写真右)の後釜として、諜報機関CIA(中央情報局)の長官に任命されています。
 この任命に関しては、「オバマ大統領がペトレイアス氏をCIA長官に命じたのは、彼が適任かどうかよりも、ただ彼を統合参謀本部議長にしたくなかったという、それだけの理由なのさ」と、フラストレーションをあらわにする保守系シンクタンクの方もいらっしゃいました。
 きっとこの方も、熱心なペトレイアスファンのひとりなのでしょう。

 僭越(せんえつ)ではありますが、わたし自身は、この方とはまったく正反対の見解を持っています。それは、オバマ大統領は、ペトレイアスさんほどCIA長官にふさわしい人物はいないと考えているのではないかと。
 

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 6月22日、国民に向けて米兵一部撤退(来年9月までに3万3千人撤退)を表明したように、オバマさんは、アフガニスタンからはそろそろ引き揚げたいのです。なにせ、来年11月には大統領選挙が控えていて、国民や議会に不人気な戦争をいつまでも長引かせるわけにはいかないのです。
 これに猛反対していたのが、6月いっぱいで退任するロバート・ゲイツ国防長官とペトレイアスさんたち現場の責任者。
 とくに、来年はアフガニスタン南部から東部山岳地帯へと戦略の矛先を移す計画だったペトレイアスさんは、今ここで撤退すべきではないと唱え、激しい議論が交わされたとか。
 もしペトレイアスさんがCIA長官(つまり、軍隊を辞めて文民)となれば、彼をアフガニスタンから引き剥がすことができるでしょう。

 さらに、オバマさんが目指すものは、軍隊による幅広い戦闘ではなく、ピンポイントの隠密裏の攻撃。そう、昨年7月号の第3話「ドローンはお好き?」でご紹介したように、オバマさんはCIAによるドローン(無人航空機、略称UAV)ミサイル攻撃のような、小規模で効率の良いものがお好きなのです。
 現に、ドローンを始めとして、兵器の小型化は全米の研究機関で進められていて、幅広い「対反乱戦略(counterinsurgency)」からピンポイントの「対テロリズム(counterterrorism)」に路線変更する上で、ミニドローンによるミニミサイル攻撃が重宝されるようになるのでしょう。
 それとともに、CIAの役割もどんどん多角化していく。そんな諜報と攻撃の両翼を担うCIA長官にふさわしいのは、ペトレイアスさんのような、軍隊経験者ではないでしょうか?

 現に、ペトレイアスさんご本人によると、ゲイツ国防長官からは一年ほど前からCIA長官職の打診があったそうですよ。
 

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 大統領のCIA長官任命を受けて、6月23日、ペトレイアスさんに対する上院公聴会が開かれましたが、この中で、面白い一幕がありました。

 オバマ大統領がアフガニスタンの現場の声に反して一部撤退を決めたことに対し、どう思うか? という意地悪な質問があったのです。

 実際、ペトレイアスさんには、大統領に抗議するために、今のポジションを辞めたらどうかと何人かから進言があったそうですが、「自分は辞めたりはしない(I’m not a quitter)」ときっぱりと弁明します。

 そして、わかったとうなずく相手をさえぎり、自分にはこだわりがあるのでもっと言わせて欲しいと、こう続けます。
 

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 「我々の兵隊は途中で辞めることなんかできない。だから、指揮官だって辞めるなんてことは考えてはいけない(Our troopers don’t get to quit. And I don’t think that commanders should contemplate that)」

 「これは、自分たちがどうの、名誉がどうのという問題ではない。我々の国にかかわることなのだ(This is about our country)」と、彼にしては珍しく、熱を込めて主張したのでした。

 まあ、軍隊の最高指揮官(commander-in-chief)は大統領ですから、何があっても逆らうわけにはいかないのです。けれども、自分の配下をおもんばかる優しさや、国を思う正義感がほとばしるようなコメントなのでした。

 ペトレイアスさんは、翌朝には早々にアフガニスタンへと戻って行きました。7月に37年慣れ親しんだ軍服を脱ぐまでは、現場の責任者であることに変わりはないのです。そして、そんな彼の新しい任務を上院は満場一致で承認することでしょう。

 実際に戦地に立った軍人ほど、戦場の厳しさと命の尊さを知る人間はいないのかもしれません。

 自分が一兵卒となったとき、そんな人物を指揮官と仰ぎたいのだろうと思うのです。


夏来 潤(なつき じゅん)

<写真出典>
(上から順番に)戦闘服のペトレイアスさん、落下傘降下、戦場のペトレイアスさん、M-16実弾演習:Wikipedia、軍服のペトレイアスさん、マイク・マレン海軍大将:インタビュー番組『Charlie Rose』、レオン・パネッタ国防長官(7月より):英Financial Times、オバマ大統領:ホワイトハウス、ペトレイアスさんの上院公聴会:C-SPAN

 

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