ブランドイメージ: スマートテレビは韓国製

2012年6月17日

Vol. 155

ブランドイメージ: スマートテレビは韓国製

 

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 6月は、サンフランシスコで毎年恒例のアップル WWDC(Worldwide Developers Conference)が開かれるなど、真夏を目前にIT業界がヒートアップする時期です。

 が、今月は、趣向を変えて、スマートテレビ、白物家電、そしてブランドイメージと、家電のお話をすることにいたしましょう。


<アメリカで売れ筋のテレビは?>
 先日、ちょっと変な体験をしました。ガレージが開く音がしたので、連れ合いが帰って来たのかと思って行ってみると、扉は閉まったまま、車のスペースはもぬけの殻。
 「変だな、たしかにガレージの開く音だったのに・・・」と、そこに突っ立っていると、数秒後にガレージが開いて、連れ合いの車が登場したのでした。

 どうやら、実際に扉が開く前に、開く音を感知していたようなのですが、そういうことって、ときどきあるでしょう。
 電話が鳴る前に、電話がかかってくることがわかったり、警察が犯人を捕まえる前に、面識も無い犯人がわかっていたり・・・。

 で、このときガレージが開くのがわかったのは、連れ合いの「ある信号」をキャッチしていたからのようでした。
 それは、「恐れ」とでも言いましょうか、わたしに怒られるんじゃないか・・・という懸念。

 どうして怒られるのかって、新しく買った薄型テレビが日本製じゃなかったから!

 今まで、我が家は「日本ブランド」のテレビしか購入したことがありません。ソニーのブラウン管に始まり、シャープの液晶や東芝のDVDプレーヤ内蔵型、そしてHD(高画質)の時代になると、立て続けにソニーの大型液晶テレビを2台買ったのでした。

 そう、我が家にとって、「テレビは日本」だったのです。
 

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 ところが、この日、連れ合いが注文したテレビは、韓国のサムスン電子製というではありませんか!

 日本ブランドじゃない製品や車が快く受け入れられないことを熟知していた彼は、我が家を目前にして、頭の中でシャカシャカと言い訳のシナリオを書いていたのでした。
 

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 家電量販チェーンBest Buy(ベストバイ)に行って、販売員と一緒にフロアサンプルを比べてみたら、とにかくサムスンの大型液晶テレビ「Smart TV(スマートテレビ)」の画質が、群を抜いて良かった(LEDバックライト、フルHD、2D/3D(3次元)液晶テレビ:写真は55型7500シリーズ、量販店価格2,600ドル)。

 単に画面がきれいだけじゃなくって、付属品の3Dメガネ(タダで4つ付いてくる)をかけると、3D映画だって観られるんだから。

 鮮明な画像に加えて、テレビの下のスピーカーと床に置くサブウーハーから出る音質は、もう音響システムが必要ないくらいに立派なもの(サウンドバーとサブウーハーは別売セット価格450ドル)。
 

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 アップルの「iPhone(アイフォーン)」からテレビに音楽を送って、iTunesに入っている好きな曲をスピーカーから出して楽しむこともできるんだよ(iPhone用Wi-FiアダプターはAmazon価格110ドル)。

 しかも、「スマートテレビ」という名の通り、かなりのお利口さんで、アップルの「Apple TV」やグーグルの「Google TV」といったインターネット接続機器を使わなくても、Wi-Fi経由でネットにつながり、音楽・画像配信、インターネット電話、ソーシャルネットワークと、ネットサービスの恩恵を受けられるスグレもの。

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 それに、任天堂のゲーム機「Wii」みたいに、テレビの前に立って、ジェスチャーで音量調整などの指示を出せるし、声でパワーオンなんて芸当もできるんだ。
 家族みんなの顔写真を登録しておくと、ちゃんとユーザを認識してくれて、ネットサービスを利用するときに、いちいち各自がログオンする必要もないんだから、と。

 そんなことを力説する連れ合いに、こちらも納得せざるを得なかったのですが、それにしても、テレビが日本製じゃないなんて、時代はどんどん流れ行くものだと、一抹の寂寥(せきりょう)をおぼえたのでした。


<ブランド神話>
 ところで、アメリカで有名な「日本ブランド」というと、どんなものがあるでしょうか?

 もちろん、車のトヨタ、日産、ホンダは「必需品」の域に達しているブランドですが、ふと日常生活に目をやると、Makita(株式会社マキタ)や Ryobi(リョービ株式会社)、Shoei(株式会社Shoei)や Arai(アライヘルメット)、そして Rinnai(リンナイ株式会社)と、いろんなブランドが頭に浮かんでくるのです。
 

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 Makita と Ryobiは、アメリカ人の大好きな日曜大工に使う電動工具の一流メーカーで、Shoei と Araiは、オートバイのヘルメットの老舗。
 そして Rinnaiは、アメリカの一般家庭のガレージにでんと居座る給湯タンクになり代わり、省エネルギーの瞬間コンパクト給湯器として、近頃とみに普及し始めているようです。

 さらに、TOTO や INAX(株式会社LIXIL)も、ウォシュレットのコンセプトではアメリカで大失敗でしたが、トイレや浴室のブランドとしては、店舗や一般家庭に深く浸透しています。
 我が家もトイレは全部 TOTO に取り替えましたし、改築業者が選んだ浴室の換気扇は、「一番静かだ」という理由で Panasonic でした。

 そんなわけで、アメリカの日常生活にすっかり溶け込んでいる日本ブランドですが、こと家電となると、一昔前の威力がどんどん失われているようです。

 中でも、白物家電の衰退は、著しく感じるのです。

 アメリカでは、白物家電製品の普及(売上額の伸び率)がもっとも目覚ましかったのは1980年代ですが、少なくとも、その頃は、Sanyo(三洋電機、現 Panasonic傘下)など、日本製の冷蔵庫を目にしていた記憶があります。
 たぶん洗濯機も、Hitachi(日立製作所)を始めとして、日本製はたくさん流通していたのでしょう。(個人的には、アメリカで日本製の冷蔵庫や洗濯機は使ったことはありませんが、電器店では目にしていた記憶があります。)
 

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 その様相ががらりと変わったのは、2000年頃からでしょうか。1990年代前半は、アメリカ国内ブランドが俄然強かったものが、後半になると、ヨーロッパやアジアから海外ブランドがどんどん流入するようになったのです。

 90年代には貿易の自由化が進み、アメリカブランドでもカナダやメキシコから逆輸入する製品が増え、海外製品の障壁が低くなったことと、好景気や住宅ブームのおかげで、家電製品の需要が伸びたことも追い風となったのでしょう。

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 Whirlpool(ワールプール)、GE、Maytag(メイタグ:後にWhirlpool傘下となる)といったアメリカの家電ブランドに加え、スウェーデンのElectrolux(エレクトロラックス、写真)、ドイツのBosch(ボッシュ)、Miele(ミーレ)、イギリスのDyson(ダイソン)と、ヨーロッパブランドも店頭で肩を並べるようになります。

 そして、目覚ましいのが韓国勢。LGエレクトロニクスやサムスン電子といえば、今や家電量販店の花形ブランドとなっています。そう、白物家電と娯楽家電の両分野で、おしなべて強いのです。

 その結果、日本ブランドの家電製品は、影をひそめてしまった・・・。

 これは門外漢の個人的な見解に過ぎませんが、韓国ブランドがここまでアメリカで成長した背景には、大きな要因が3つあると思うのです。

 ひとつは、彼らのアメリカ市場に適応しようとする努力。

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 たとえば、アメリカで洗濯といえば、今でも洗濯機と乾燥機の単体式が主流なのですが、全自動一体型に特化した日本メーカーとは違い、韓国勢はアメリカの消費者が望む製品をつくり続けた結果、ここまで裾野を広げることができたのでしょう。

 個人的には、一体型ほど便利なものはないと思うのですが、なぜかアメリカでは、2台をでんと並べる(もしくは写真のように重ねる)方式が好まれています。この伝統はなかなか消え去らないように見受けられるなら、その消費者環境に適応した製品を売るべきではないでしょうか。

 その一方で、もしも自分たちの一体型が優れていると自負するのなら、消費者の古くさい考えをくつがえすほどの「熱いメッセージ」を贈るべきなのでしょう。

 ヴァレンタインデーのチョコレートに秘める熱烈な想いと同様に、一体型は「便利」「おしゃれ」「効率的」といったラヴコールを消費者に送り届けなくてはなりません。
 さらには、「こんなにおしゃれな製品をつくっているのは、我が社です」と、イメージづくり作戦を繰り広げるべきなのでしょう。

 それが、「ブランディング(branding)」であり、ブランドイメージを築き上げることです。アメリカ市場でうまくブランディングを繰り広げたのが、他でもない韓国メーカーであり、これが、彼らの成長の第2の要因。
 

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 洗濯機の例で言うなら、従来の洗濯機(上から洗濯物を入れ、中に歯車の付いた、白い、四角い洗濯機)から、赤や銀のカラフルな、丸みを帯びた、前面扉(front load)の歯車の無い洗濯機に生まれ変わらせたのも、韓国勢の「おしゃれな、優れた製品」という「イメージづくり」の功績が大きかったのだと思うのです。

 このイメージづくりによって、消費者自身が、「あ、新しい洗濯って、歯車はいらないんだ!」「こんなにオシャレな機械でも、きれいになるんだ!」と開眼したおかげなのでしょう。
 

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 そう、基本的に、消費者とは「教えてくれなきゃ、わかんな~い!」方々だと心に銘ずるべきだと思うのです。とくに多民族社会では、「黙っていても心は通じる」ことはないでしょうから。

 ブランディングとは、5年後、10年後にようやく開花するもの。「明日のお客さま」を開拓するには、開発・生産コストを割いてでも、今、種まきしておかなくてはならないものなのでしょう。

 そして、もうひとつの韓国勢の成長の要因は、販売力。これは、前線で消費者と向き合う販売員への心配りという意味です。
 端的に言えば、「見返り」。製品を売ったら、販売員にキックバックがあるか、無いかということです。

 実は、連れ合いがサムスンの薄型テレビを購入したとき、家電量販チェーンBest Buyの販売員は、こう答えたそうです。

 「今、テレビはどのメーカーが一番いいのかな?」という質問に対し、「そりゃもう、圧倒的にサムスンか LGだね」と。
 

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 これには、製品自体の性能が良いこともあるのでしょうが、多分に「サムスンや LGを売ったら、僕の実入りが大きい」という販売員の動機もからんでいるのでしょう。
 たとえば、残念なことに、アメリカの電器店ではシャープ製品は褒められない伝統があるのですが、これなどは、販売員への見返りが極端に少ないか、まったく無いことを示唆しているのでしょう。

 やはり、売るのは人ですから、どんなに製品が優れていても、「技術だけで売る」ことはあり得ない気もするのです。そこで強力な販売チャネルをつくりあげ、うまく成功したのが、韓国勢ということではないでしょうか。

 振り返ってみると、第二次世界大戦直後は、「安かろう、悪かろう」の象徴だった日本製品。それが、アメリカのメーカーを駆逐するほどのブランド力を築き上げたのは、高度成長期に頭角を現した日本の家電メーカーであり、自動車メーカーです。

 この急激な変遷は、「質(quality)」による世代交代であり、それは日本メーカーがもっとも得意とするところだったのでしょう。

 そして、「質は当たり前」になった今、はからずも次の世代交代を迎えているようです。それは、もしかすると、「イメージ(image)」による世代交代と呼ぶべきものなのかもしれません。
 

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 おしゃれなオープンスペースに笑い合う家族。キッチンには真新しい冷蔵庫や調理器、カウンターを超えて大画面のテレビ。すべてが造り付けの家具のようにしっくり納まった家では、「Life’s Good(人生ってステキ)」。

 これは、LG のテレビコマーシャルのひとコマですが、会社名をもじった「Life’s Good」は、彼らのブランディングメッセージ。観ていて、思わず「うまい!」とうなったイメージ作戦なのです。

 元来、人の心は移ろいやすいもの。そして、「独自技術」なんて、つかみどころのない蜃気楼のようなもの。

 いつかは「廉価版」も「高級ブランド」に変化するのかもしれませんし、「絶大なブランド力」と言われていても、すっかりと風化してしまうこともあるのでしょう。


夏来 潤(なつき じゅん)

 

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