ラジオでは語れなかった新製品: マイクロソフトのタブレット

2012年10月25日

Vol. 159

ラジオでは語れなかった新製品: マイクロソフトのタブレット


 そうなんです、先月に引き続き、またラジオ番組に出演いたしました。

 そんなわけで、今月は、番組でざっくりとご紹介したアメリカのタブレットの動向や、残念ながらご紹介できなかったマイクロソフトの新製品、そして、マイクロソフトとアップルのアプローチの違いと、タブレット界のお話をいたしましょう。


<アメリカのタブレット進化論>

JFN Flowers Radio.png

 10月中旬に出演したラジオ番組は、JFN系列の『Flowers(フラワーズ)』という午後の番組。
 先月のFM東京『Blue Ocean(ブルーオーシャン)』と同様に、こちらも女性をターゲットとした番組です。

 世界各地のリポーターにインタビューをする「World Flowers Network(ワールド・フラワーズネットワーク)」は、日本時間では午後4時の枠。
 シリコンバレーは前日の真夜中で、日本から戻ったばかりの時差ボケの中、眠い目をこすりながらの電話インタビューとなりました。

 話題は、ずばりタブレット。2010年4月にアップル「iPad(アイパッド)」が発売されて以来、タブレットはどこでも持ち歩ける小型コンピュータとして、大人気のフォームファクタ(形状)。
 

Apple San Jose event 102312 iPad mini.png

 翌週10月23日には、いよいよアップルが「iPad mini(アイパッド・ミニ)」を発表するぞ! と噂され、先月の「iPhone 5(アイフォーン5)」発売に引き続き、またまたアップルフィーバー到来の兆しです。
 タブレットの話題を取り上げるには、絶好のタイミングです。
(写真は、23日のアップル・イベントの招待状。「We’ve got a little more to show you(もうちょっとお見せするものがあるんです)」の「little(小さい)」という言葉は、小さい「ミニ」を指しているに違いない!と、みんなで大騒ぎ)

 というわけで、ラジオ出演を控えて、わたしなりに、タブレットの進化について考えてみました。
 

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 日本とは対照的に、アメリカでは、アップルiPadがお目見えする前に、オンラインショップ・アマゾン(Amazon.com)の「Kindle(キンドル)」が広く市民権を得ていました。
 これは、いわゆる「電子書籍(e-book、e-reader)」と呼ばれるもので、白黒画面の「本を読む」ことに特化した製品でした。

 「イーインク(e-ink)」と呼ばれる表示技術を使い、黒の濃淡でイラストも表示されるし、太陽光の下でも文字が読みやすいし、おまけに1000冊くらいの本をいつも携帯できると、人気商品となりました。
 AT&Tの携帯ネットワークにも(無料で)つながるので、公園のベンチや駅の待合室と、思いついたらサクッと本が買えるところも受けました。

 もともとアメリカ人は、パソコンなどの機械に慣れている人が多いので、あまり抵抗なく、電子書籍が広まった背景もあります。

 そして、隠れた理由としては、何を読んでいるのかバレにくいということも。
 そう、アメリカでは、日本のように本にカバーをかける習慣がないので、何を読んでいるのかすぐにバレてしまうのですが、電子書籍だったら、画面を覗き込まない限り、人にはわからないでしょう。
 「これで、あのセクシー度満点のベストセラー(たとえば『Fifty Shades of Grey』三部作)を読んでいても、ぜんぜん恥ずかしくないわぁ」と、女性読者の電子書籍好きがクローズアップされたりもしています。
 

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 そんな風に、人気バツグンの電子書籍。ところが、2年半前、アップルがiPadを売り出すと、ガラリと様相が変わってくるのです。

 だって、あれほど美しいカラー画面で、きれいな色を再現できるとなると、白黒画面は見劣りするでしょう。
 ページをめくるのだって、ペラ〜ッとあれだけリアリティー満点に再現されると、カキッ、カキッとキーを押してページを進めるのが、まったくウソくさく感じるでしょう。

 そう、あの「おまけ」に付いてきた『熊のプーさん』。ページをめくってみて感動しなかった人などいないでしょう。

 そこで、しまった! とあせったアマゾンは、昨年11月にKindleのカラー版を出すことになるのです。

Kindle Fire.png

 この「Kindle Fire(キンドル・ファイア)」は、もう単なる電子書籍ではありません。
 グーグルのアンドロイドOSをもとにした立派なタブレット端末で、本が読めるだけではなく、テレビ番組を観たり、音楽を聴いたり、ゲームをしたりと、アップルiPadに酷似した製品なのでした。

 これを期に、アマゾンが出すKindleシリーズは、従来通りの白黒画面Kindleと、iPadみたいなカラー画面タブレットKindle Fireの両刀使いとなりました。
 先月、HD(高画質)対応の「Kindle Fire HD」が発表されたこともあって、白黒版Kindleは4機種、カラー版Kindle Fireも4機種と充実の品揃えです。

 今では、アメリカで売られるタブレット製品の2割は、Kindleファミリーだとも言われています。

 というわけで、いつの間にやら、電子書籍とタブレットの垣根がすっかりボヤけてしまったのですが、ここでプレッシャーを感じたのが、iPadを売るアップル。
 いくらタブレットの先駆的存在で、教育界を始めとして圧倒的な強さを見せるiPadであっても、もっと小さくて、もっと安いタブレットに首位の座を脅かされることもあるのではないか・・・と。

Kindle Fire horizontal.png

 そう、アマゾンの「Kindle Fire」やグーグルの「Nexus 7(ネクサス7)」と、人気のタブレット製品は、7インチ型(画面サイズが斜めに18センチ)。
 9.7インチ型(斜めに25センチ)のiPadと比べると、小さくて、軽くて、上着のポケットにも入るくらい。

 もともとiPadの大きさは、「美しいiPadの魅力を味わってもらうには、これくらい大きくないといけない」という故スティーヴ・ジョブス氏の信念からきています。
 「7インチ型の小ささなんて、ヤスリで指を削らなければ操作できないじゃないか」と主張していたジョブス氏ではありますが、最晩年には、もう少し小さいiPadでもいいかもね・・・と、妥協を見せていたといわれます。

 それから、値段。アマゾン「Kindle Fire HD」の普及モデル(容量16GB、Wi-Fi接続のみ)も、グーグル「Nexus 7」(8GB、Wi-Fi接続のみ(注))も、199ドル(約1万6千円)と格段に安いでしょう。
 一番安いiPad(第3世代、16GB、Wi-Fi接続のみ)が499ドル(約4万円)であるのに比べると、破格の値付け。
(注: 後日グーグルは、10インチ型「Nexus 10」を発表したと同時に、「Nexus 7」16GBモデルを199ドルに値下げしています。)

 そんなわけで、世の中の動きを注視してみると、小さくて安いiPad miniは、アップルにとって、どうしても必要な製品なのでした。
 

iPad mini.png

 そこで、10月23日。アップルは、サンノゼの特別イベントでiPad miniを発表したのです。

 新製品の仕様は、だいたい噂の通りでした。7.9インチ型(斜めに20センチ)の画面を持ち、オリジナルiPadの3分の2の大きさ。
 Kindle Fire や Nexus 7に比べても、ほぼ半分の薄さで、もっと軽い。

 が、意外なことに、iPad miniの廉価モデル(容量16GB、Wi-Fi接続のみ)は、329ドル(約2万6千円)と、噂よりも高かったのでした。
 「きっと249ドル(約2万円)近辺だろう」との予想より、ずっと高い!

 個人的には、「せめて299ドル(約2万4千円)にすべきだった」と思うのですが、アナリストの多くは「299ドルも、329ドルも変わらない」とおっしゃっています。

 まあ、27万以上のiPadアプリの品揃えと、アップルというネームバリューを考えれば、「少々高くたって、売れるさ」という予見なのでしょう。


<マイクロソフトのタブレットSurface>
 と、そんな風にiPadやKindleがしのぎを削るタブレット界ですが、ここで「俺も!」と乗り出してきたのが、マイクロソフト。
 

Microsoft Surface.png

 10月16日に「Surface(サーフェス)」というタブレット製品の値段を公表し、いきなり予約受付を開始したのです。
 それと同時に、動画配信サイトYouTubeで、アップルを意識したようなヒップな宣伝ビデオを流し、若い視聴者を集めるNBC系列『The Voice(ザ・ヴォイス)』など、テレビでも熱い宣伝合戦を繰り広げます。

 残念ながら、この「事件」は、わたしのラジオ出演当日に起きたので、事前の打ち合わせからはもれてしまって番組ではご紹介できませんでした。が、個人的には「おもしろい!」と、エキサイトしてしまったのでした。

 だって、このSurfaceタブレットは、アップルの「ミニ化」に逆行して、iPadよりも大きい 10.6インチ型(斜めに27センチ)の画面なのです。
 基本ソフトとして、新しいWindows 8のモバイル端末バージョン「Windows RT」が載っていて、魅力を引き出すためには、これくらい大きな画面じゃないとダメだという考えです。

 そして、iPadくらい大きいということは、iPadと同じくらい、値段が高いのです。

Microsoft Surface w:o touch cover.png

 Surfaceは、携帯ネットワークにもつながる機種を持つiPadとは違い、いずれの機種もWi-Fi接続のみですが、容量32GBの基本モデルが、499ドル(約4万円、写真)。
 「タッチカバー(Touch Cover)」というキーボードカバーが付いたモデルが、599ドル(約4万8千円)。
 そして、64GBモデル(タッチカバー付き)が、699ドル(約5万6千円)となっています。
(ちなみに、最新のiPad第4世代(Retinaディスプレイモデル)は、64GBで699ドルなので、Surfaceと同じ値付けですね)

 ふ〜ん、なるほど。世の中にあるタブレットの廉価モデルには目もくれず、アップルに似た路線で行くようですね。つまり、世に製品を出す限り、ちゃんと利益を価格に盛り込もうじゃないか、という方針。

 そうなんです。商売の観点からすると、小型のタブレットは、おいしい商品ではありません。アマゾン「Kindle Fire」普及モデルも、グーグル「Nexus 7」も、ほとんど原価で売られていると伝えられています(IHS iSuppli社の分析による)。

 それが証拠に、アマゾンのCEOジェフ・ベィゾズ氏は、「自分たちは、あくまでも本(電子書籍)を売って利益を得る方針で、Kindleで儲けようとは思っていない」と公言しています。
 同様にグーグルも、「Nexus 7は原価で売られていて、利益はない」と公表しています。
 

Microsoft Surface front and back.png

 そんなわけで、いよいよ明日(10月26日)Surfaceタブレットが発売となりますが、16日に予約を開始したマイクロソフトは、「最廉価モデルは、わずか一日で完売した」と、強気の発表をしています。
 が、これに対して、「初期ロットとして何台用意されていたかは不明」「(高位機種の販売を促進するため)廉価モデルの出荷を控えている可能性もある」と伝える米テクノロジー誌もあります。

 新しいアップルiPad(第4世代)とiPad miniが発表された今、Surfaceがどれくらい売上を伸ばすのか、興味あるところです。


<マイクロソフトとアップル>
 というわけで、アメリカのタブレット界の動向をざっくりとご説明しましたが、マイクロソフト「Surface」とアップル「iPad」には、決定的に異なる点がひとつあると思うのです。

 それは、キーボードに対する考え。
 

Microsoft Touch Cover.png

 かたやマイクロソフトは、キーボード付きカバー(「Touch Cover」と「Type Cover」)を売り出し、「執着心」とも呼べるくらいにキーボードにこだわっています。
 これに対し、アップルは、「そんなものいらないんじゃない?」と当初の主義を貫きます。

 たぶんマイクロソフトにとって、タブレットとは「パソコンの小型版」であるところが、アップルにとっては、あくまでも「新しいコンピュータのあり方」なのです。

 そんな新しいコンピューティングの道具に、キーボードやマウスやトラックパッドと従来の入力方式は似つかわしくない。
 ガラスの表面を指でなぞるのが新しいやり方であって、文字を入れるには、画面上に出てくるバーチュアル(仮想)キーボードや音声入力で結構。だってバーチュアルキーボードは使い易いし、今や音声認識だって実用レベルでしょう。

Apple iPad wireless KBD.png

 万が一、昔風の物理キーボードが欲しい方は、どうぞワイヤレスキーボード(69ドル)をオプションとしてお求めください。

 こういったアップルの主張に対し、マイクロソフトは、「パソコンとキーボード」という既成概念からは抜けきれないようです。「抜けきれない」のか、企業向けの戦略を考え「抜けたくない」のかはわかりませんが、とにかくマイクロソフトにとって、キーボードはコンピューティングの必須条件なのでしょう。

 ここでふと思い付くのが、キーボードからは完全に脱却したマイクロソフトの過去の製品です。
 奇しくも、今回のタブレット製品と同じ名の「Surface(サーフェス)」。
 

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 2008年7月号第4話「マイクロソフトの優れもの」でもご紹介していますが、Surfaceとは、アクリルガラスの表面を持つテーブル状の装置。

 まるで、喫茶店のテーブル(または昔のインベーダーゲーム機)みたいな製品ですが、テーブルの表面にワインなどの物体を置くと、底に貼られたラベルからもっと詳しい情報を検索してくれたり、Wi-Fi付きデジタルカメラを置くと、今まで撮った写真を大きく映し出してくれたりと、なんとなく魔法みたいなテーブルでした。
 

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 こちらもiPadと同様に、操作は指で行い、たとえば、指でお絵描きなんて楽しい遊びもできるのでした。
 写真を拡大したり、並び替えたり、Surfaceテーブルに保存したりするのも、全部指先でチョチョイなのです。つまり、「マルチタッチ」の賢いテーブル。

 実際に、シリコンバレーのAT&Tショップで、携帯端末の紹介に使われているのを見たことがありますし、全米でも、ホテルチェーンのシェラトン(Sheraton)でロビーに導入された実例がありました。
 それが、いつの間にか姿を見かけなくなってしまって、次にタブレット製品が出てきたときには、名前すら奪われていたのでした。
 

Microsoft original Surface with Samsung.png

 まあ、「Surface」という輝かしい名前はタブレットにとられたものの、製品としてはいまだ健在です。なんでも、韓国のサムスン電子とのコラボで、「Samsung SUR 40 with Microsoft PixelSense」という名で販売中。

 「複数の人が同時に50箇所を触ったって大丈夫!」というマイクロソフトのマルチタッチ技術に、「PixelSense(ピクセルセンス)」という難しい名が付けられています。が、要するに、「指先を使ったマルチタッチ方式は、捨て去ったわけではありませんよ」という意思表示のようではあります。

 このSurfaceテーブルがお目見えした頃、マイクロソフトの共同設立者ビル・ゲイツ氏は、こうおっしゃっていました。
 「(マルチタッチの製品は)絶対に世の中に浸透していくだろう。みんなのオフィスとか、自宅とか、居間とか、あらゆるところ(everywhere)にだよ」と。

 どうやらゲイツ氏ご自身は、キーボードやマウスから解放された「マルチタッチ」の可能性を大いに買っていたようです。
 その点では、アップルの共同設立者、故スティーヴ・ジョブス氏と同じ見解をお持ちだったのでしょう。

 ふ〜ん、だとすると、カバーにキーボードが付いてくる新しいSurfaceタブレットは、ゲイツさんにはどう映っているのでしょうか?

Microsoft Chair Bill Gates.png

 Surface 発売を控えて、マイクロソフトは、自社ブログサイトにゲイツさんのインタビュービデオを載せています。
 「これからは、マルチタッチ、音声入力、カメラ入力が大事になってくるけれど、今までのPC(パソコン)に慣れた人には、キーボードだって大事だよ」と、キーボードの存在を擁護します。

 黒いタッチカバーのSurfaceを愛用するゲイツさんは、「(キーボードにマルチタッチと)こんなに使い易いSurfaceは、信じられないくらいのスグレもの(absolutely incredible)」とおっしゃっています。

 ま、ゲイツさんが自社製品の悪口を言うわけはありませんが、一般ユーザにはどういう風に受け止められるでしょうか?


夏来 潤(なつき じゅん)
 

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