あ〜、バッテリーが!: 飛行機と車の場合

2013年2月28日

Vol. 163

あ〜、バッテリーが!: 飛行機と車の場合


 今月は、話題沸騰のバッテリーにまつわるお話をいたしましょう。


<失速! サンノゼ〜成田路線>
 先月、1月11日、シリコンバレーのサンノゼ空港(正式名称:ミネタ・サンノゼ国際空港)が、めでたく成田と直通便で結ばれることになりました。
 

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 あまり知られてはいませんが、サンノゼ(San Jose)という街は、北カリフォルニア最大の都市。そして、自称「シリコンバレーの首都(the Capital of Silicon Valley)」。
 観光都市として有名なサンフランシスコよりも、人口も面積も大きいし、カリフォルニア州の都市の中で一番古い、という由緒正しい街なのです。
 1777年にできた集落の名は、「グアダルーペの聖ヨセフの村(Pueblo de San Jose de Guadalupe)」。スペイン人(その後はメキシコ人)がカリフォルニアを統治していた頃の名残です。

 ところが、その後、サンノゼのあるサンタクララの谷(the Santa Clara Valley)が豊かな農業地帯となったため、どうも「田舎」のイメージが抜けないのです。ハイテク産業がどっさりやって来ても、やっぱりどこかに牧歌的な雰囲気が漂っている。

 そんなわけで、海外の都市と北カリフォルニアを結ぶ路線は、ライバルのサンフランシスコ国際空港に集中することになり、数年前まで存在したサンノゼ〜成田路線も、アメリカン航空の路線変更で、あえなく消失。
 日本に向かうシリコンバレーのビジネスマンは、せっせと小一時間かけてサンフランシスコ空港に通う日々なのです。
 

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 そんな中、にぎにぎしく登場したANA(全日本空輸)の定期便は、サンノゼの希望の星!
 サンフランシスコに負けずに「北カリフォルニアのアジアの玄関」になろうと、地元の人々の期待を一身に背負います。
 いえ、これは誇張でも何でもなく、行政から地元企業から一般市民と、みんなが成田への定期便に熱い視線を向けていたのです。
 通常、サンノゼの規模では空港ラウンジなんて無いところがほとんどだそうですが、ANAに来て欲しいがために、自腹を切って、空港側がANA専用ラウンジを整備したくらいです。

 わたし自身も「就航便に乗らなくっちゃ!」と、数ヶ月前からいそいそと予約をしていて、初就航は逃したものの、翌日の便に乗り込み、成田へと向かいました。
 

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 ところが、ここで問題が発生! ANAがサンノゼ〜成田路線に採用したのは、かの有名な新型機ボーイング787「ドリームライナー」。
 リチウムイオンバッテリーの問題をはじめとして、いろんな不具合が続出して、いつどこで事故に遭遇するかわからない!

 サンノゼ空港から飛び立つ直前に、ラウンジの日経新聞の一面で「トラブル続出」を読んだわたしにとっても、人ごとではありません。
 日本滞在中、ずっと気をもむことになりましたが、間もなく、ドリームライナーは全機、陸上待機。帰りの飛行機は、いつものサンフランシスコ便となりました。

 いまだ諸問題の解決策が見つからない状況ではありますが、その間、サンノゼ〜成田定期便は、お休み中。メキシコ便のみの国際ターミナルは、閑古鳥。
 地元紙によると、サンノゼ周辺は一日に21万ドル(約2千万円)の売り上げを逃していることになるんだとか・・・。

 サンノゼ市の経済発展ディレクターも、「ANAの責任じゃないし、空港の責任でもないのは十分に承知しているけれど、この状態はどうにか改善されないといけないわね」と、複雑なコメントを出していらっしゃいました。


<リチウムイオン、もうひとつの論争>
 そんなわけで、サンノゼにとっては、予期せぬところで「とばっちり」を受けているわけですが、焦点となっているリチウムイオンバッテリーは、近頃、べつの場所でも、取り沙汰されています。

 電気自動車(EV)メーカー、テスラモーターズ(Tesla Motors、本社:シリコンバレー・パロアルト)の新型セダン「モデルS」をめぐって、ニューヨークタイムズ紙と同社CEO(最高経営責任者)イーロン・マスク氏の間で論争が巻き起こったのです。
 

NY Times by Broder, Feb10 2013.png

 事の発端は、ニューヨークタイムズ紙の記者ジョン・ブローダー氏が、1月末の極寒の中、モデルSのテストドライブを行ったことでした。

 テスラ社は12月、東海岸2箇所にチャージステーション(Supercharger stations)を設けたので、これさえあれば長距離のドライブができるだろうと想定して旅に出たら、一泊したあとバッテリーが激減してしまって、結果的には、トラックでコネチカット州のステーションに運ばれるハメになった、と2月中旬に同紙に掲載した記事でこき下ろしたのでした(写真は、トラックから降ろされるモデルS。ブローダー氏ご本人の撮影)。
 

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 問題のチャージステーションは、ひとつは首都ワシントンD.C.の郊外(デラウェア州ニューアーク、地図のA地点)、もうひとつはニューヨーク州を通過した先のコネチカット州ミルフォード(B地点)にあって、200マイル離れています。
 これは、環境保護庁が査定したモデルSの走行距離265マイル、テスラ社が自認する300マイル以内なので、ワシントンD.C.で車を受け取ったブローダー氏は、常識的には何の問題もなく到達するはずでした。
 

Rebuttal by Musk, Feb 13 2013.png

 この記事に憤慨したマスク氏は、もちろん黙ってはいません。十分にバッテリーをチャージしなかった、トラックを呼んだときだってバッテリーは決してゼロじゃなかった、度重なる警告を無視して暖房を高く設定していた、途中マンハッタンで身内を乗せて余計なテストドライブをした等々、激しく反論したのでした(車の状態は遠隔地からモニターできるので、テスラ社は問題のドライブを詳しく分析し、同社のウェブサイトで公開しています)。

 すると、それに対して、「実際にバッテリーは空っぽになっていて、車全体が完全にシャットダウンした」と応酬するブローダー氏。
 

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 のちに態度をやわらげたマスク氏は、「あと60マイルはチャージステーションを近づけるべきだった。東海岸にもっとステーションを設置したら、もう一度テストドライブをしてもらいたい」と、ブローダー氏に持ちかけたそうです(写真は、シリコンバレーのアップル本社にあるEVチャージステーション)。

 でも、無傷では済まなかったみたいで、マスク氏のブルームバーグテレビとのインタビューによると、ブローダー氏の記事のおかげで、2〜300台のモデルSの予約キャンセルがあったとか。
 今年末までの生産計画2万台には揺るぎはないそうですが、やはり、有力紙ニューヨークタイムズの発言力は強いということでしょうか。

 ちなみに、ニュース専門局CNNの記者が、同じルートでモデルSをドライブしたら、一日のうちに運転を終えたと断りながらも、「問題なく到達した」と報告しています。

 まあ、このふたりの論争がどうにかおさまったにしても、事の根本は解決していないんですよね。極寒の中で一泊したら、バッテリーが激減してしまったという問題が。
 そう、華氏10度(摂氏マイナス12度)で一夜を過ごしたら、90マイル分あったバッテリーが、25マイル分に減ったという深刻な問題が。

 もともとバッテリー(電池)は難しいのです。

 話題のリチウムイオン電池(Lithium-ion battery)に限らず、以前、デジタルカメラやノートパソコンに使われていたニッケル水素電池(Nickel-metal hydride battery)にしたって、とくに寒冷地では性能が下がったりするので、いろいろと問題になりました。

 わたしが日本IBMの開発研究所に勤めていた頃、こんなエピソードがありました。ここではノートパソコンの「ThinkPad(シンクパッド)」シリーズを開発していましたが(現在は中国レノボのブランド)、あるとき、ニューヨーク市警からThinkPadを使いたいという依頼があったから、さあ、大変!
 アメリカの北東部は、夏は蒸し暑いわりに、真冬は極寒の地。そんな雪に閉ざされた極限状態でも、開発者はパソコンが使えることを保証しないといけないのです。テストにテストを重ねて、ニューヨーク市警のお巡りさんに使っていただけることになったようですが、担当の方々にとっては、幾晩も泊まりがけの「イヤな顧客」となったのではないでしょうか?

 先日、東京で再会した昔のIBMの仲間が、こんな話をしていました。
「同期のOくんは、電池一筋の技術者だけど、彼はいつもこうボヤいていたねぇ。士農工商、電源、電池って」
 なんでも、電池というのは、身分制度で言うと「一番下」で(パソコンの)電源よりも立場が弱い、という意味だそうです。

 すると、その晩お会いしたN社の方は、こんなことをおっしゃっていました。
「あぁ、我が社にもそういうのがありますよ。半導体部門では、士農工商、犬・猫、半導体って言うんですよ」と。
 いつ、どこで半導体製品を使っていただけるかわからない。だから、道ですれ違う犬や猫、牛さんにも頭を下げておけ、という意味だそうです。

 まあ、なんとも身につまされる表現ではありますが、わたし自身も記憶媒体部門にいたことがあるので、「部品屋さん」の苦労は身にしみています。そう、何かあると、採用していただいた製品屋さんにたたかれるんですよねぇ。

 と、話がすっかりそれてしまいましたが、電池と言えば、今や花形ではありませんか。これからの時代は、電池が勝負。
 

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 エネルギー貯蔵(energy storage)の技術者や起業家を育てようと、シリコンバレーのサンノゼ州立大学では、今夏、「電池大学」を設置するそうですよ。
 当初は、50人くらいの入門コースひとつで始めるそうですが、テスラモーターズみたいな電気自動車メーカーの発展や、カリフォルニア州の再生エネルギー強化政策を考えると、これから先、より多くの専門家が求められ、電池学科も大きく成長することが期待されています。

 もう、電池は「部品屋さん」では済まない時代なのです。
 

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 というわけで、頭がバッテリーでいっぱいになってサンフランシスコの街をお散歩していたら、こんな光景が目に飛び込んできました。

 なんと、テスラのモデルSが、レッカー車に引かれようとしている!

 え、例のバッテリーの問題? と、すかさずiPhoneで証拠写真を撮ったのですが、レッカー車を手配したサンフランシスコ市交通局の担当者によると、単なる駐車違反だったそうです。
 なんでも、ここ(ダウンタウン付近の3番通り)は、午後3時から6時は駐車してはいけない地域だそうで、目の前のWホテルにちょいと用事で・・・というのも許されないのです。

 なんだ、つまんないとガッカリしたものの、わたしの他に3人はパチパチと写真を撮っていたので、彼らはきっと「バッテリーの問題でレッカー車に引かれる!」という見出しで、ソーシャルネットワークに書き込んだに違いありません。

 まあ、一度何かがあると、民衆の信用を回復するのは難しい、ということでしょうか。

 テスラさん、これに懲りずにがんばってください。


夏来 潤(なつき じゅん)
 

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