日本の青年: シリコンバレーに挑戦!

2013年9月25日

Vol. 170

日本の青年: シリコンバレーに挑戦!

 

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 今月は、新製品リリースを期待されていたアップルが、iPhone7代目となる「iPhone 5s」とカラフルな廉価版「iPhone 5c(写真)」を発売する目玉ニュースがありました。

 が、ちょっと趣向を変えまして、起業に関するお話をいたしましょうか。

 第1話では、シリコンバレーで起業に挑戦する日本人の青年、第2話では、シリコンバレーと日本の起業に対するメンタリティーの違いをお話しいたしましょう。


<高橋さんとAppSocially>
 9月の第一週、東京で青年起業家とお会いする機会がありました。

 彼の名は、高橋雄介さん。慶応大学・湘南藤沢キャンパスで博士号(政策・メディア)を取られているので、Dr. Takahashi とお呼びした方がいいのかもしれません。そう、コンピュータやインターネットと難しいことの専門家です。
 

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 でも、そんな経歴とは裏腹に、投資家とのミーティングが長引き、約束の時間にちょっと遅れて麻布十番の鉄板焼き屋に現れた高橋さんは、自分の会社 AppSocially (アップソーシャリー)のロゴ入りTシャツに、水玉模様の短パンと、ごく軽快ないでたち。
 おまけに、「これは僕のオフィスです」と称する大きな黒いバックパックを背負い、つい「これからご旅行ですか?」と声をかけたくなるような、カジュアルな雰囲気。
 このオフィス代わりのバックパックには、アップルのノートパソコン、iPad、iPhoneがそれぞれ複数台入っていて、どこでも仕事ができる態勢です。自転車の実業団チームで鍛えた脚力で、どこにでも身軽に参上するのです(写真は、高橋さんと起業支援家デイヴ・マックルー氏)

 それで、高橋さんのスゴいところは、シリコンバレーに居を構えて、サービス展開に挑戦しているところ。分野は、「Growth Hacker(グロウス・ハッカー)」と呼ばれる新手のフィールドです。

 「ユーザ獲得担当者」とも訳されるGrowth Hackerのお仕事は、ユーザをより多く獲得することで、会社の成長(growth)を助けること。
 「ハッカー」なんて穏やかな名前ではありませんが、なんでも、企業は良い製品やサービスをつくるだけでは不十分で、その製品自体に成長の仕組みを入れておいて、ひとたび製品をリリースしたら、さまざまな成長要因を技術的に実践(ハック)していくというのが、Growth Hackerの役割と存在価値なんだそうです(高橋さんが書かれた記事を参照。こちらをお読みになると、詳細がわかります)

 このGrowth Hackerのひとつの手法として高橋さんが起業したのが、AppSocially

 FacebookやTwitter、メールやSMS(ショートメッセージ)、そして大人気のLineと「ソーシャル」を利用して友達に勧められる仕組みを導入して、アプリユーザを増やしましょう! という成長を狙ったプラットフォームです。
 たとえば、どんな「お勧め」を友達に送ったら効果的かと、ダッシュボードで視覚的に分析できたりと、アプリ開発者にとってはユーザ獲得の手助けとなる味方なのです。
 アプリ開発者だけではなく、慈善団体や政治団体と「仲間をヴァイラルに(口コミで)増やしたい」組織には、うってつけの仕組みとなっています。
 

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 高橋さんの名刺の裏側には、「アプリの広め方がヘタクソだよ(You suck at app distribution)」とスゴいメッセージが掲げられているのですが、「広めるためには、インテリジェンスが必要だよ」といった信念が、根底にあるのではないでしょうか(実際に、この絵のようなサングラスをフランスのデザイナーにつくってもらって、コンベンション会場で配ったこともあるとか!)。

 これまでは、日本のリクルートやエキサイト・ジャパンと大企業と協業してきましたが、間口を広げて、アプリ開発者に向けてサービスを展開しようと、シリコンバレーのど真ん中、マウンテンヴュー(Mountain View、グーグルが本社を置く街)で会社を起こしました。

 この起業のチャンスを与えてくれたのが、500 Startups(ファイヴハンドレッド・スタートアップス)というインキュベータ(incubator、起業支援者、「アイディアの卵を孵化させる孵化器」の意)。
 シリコンバレーでは、先輩格の Y Combinator(ワイ・コンビネータ)と並び称されるインキュベータで、彼らの「アクセレレータ(The 500 Startups Accelerator)」と呼ばれるプログラムに選ばれました。

 世界各地から応募してきた起業アイディアを厳選し、起業するための資金(seed money、シードマネー)や場所、メンター(mentor、業界の先輩)による緻密なアドバイスを提供し、アイディアの種をビジネスに育てていく。そんな起業プログラムです。

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 高橋さんの AppSocially が選ばれたのは、5月に結果発表された第6期(Batch 6)。
 日本からは、もう一社WHILL(ウィル、未来型車いすで歩行障害の克服を目指す)が選ばれています(さらに、Undaというビデオメッセージング・サービスは、メキシコと日本の方のコラボのようです)
 この二社に加えて、世界各国(イスラエル、インド、ヨルダン、ガーナ、アメリカ、チリ、ヴェトナム、スイス、ブラジル、台湾、メキシコ、ウクライナ)から27社がプログラムに参加しています。

 もちろん、これに選ばれるところから試練ではあるのですが、高橋さんは、こんなエピソードを披露されました。

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 自分が暖めているアイディアを試すためには、とにかく話を聞いてもらって感触を得たい。だから、500 Startupsの設立パートナーであるデイヴ・マックルー氏のもとには、連日、若者たちが集まり、5分でも彼の時間を割いてもらおうと涙ぐましい努力をする。
 あるときは、デイヴが空港に向かうタクシー代を払って、タクシーの中で話を聞いてもらった人がいた。
 また、あるときは、デイヴが出かけてしまったあとに「僕はデイヴさんのマッサージをしに来ました」とマッサージ師が現れ、彼が不在ならと、そこにいた人たちのマッサージを始めたことがあった。
 マッサージがヘタクソなわりに、やたらシステムに詳しいので事情を聞いてみると、自分のアイディアを聞いてもらいたくてマッサージ師になりすました、という裏があった(せっかくマッサージ台に「投資」したのに、そのときはデイヴをミスる結果となった・・・)。

 そう、アメリカで起業する若者は、自分の尊敬する人に話を聞いてもらおうと、同じビルに机を置いてみたり、彼(彼女)が出没する場所に出かけてみたりと、積極的にアプローチする人も多いようです。
 今年1月号・第2話「サンフランシスコに集合!」でもご紹介していますが、起業のアドバイスや投資家の紹介などを期待しつつ、先輩との遭遇を試みるのです。
 ビルのエントランスで見かけたら、サッと一緒にエレベータに乗り込み、上階に向かう短い時間で、自分のビジネスプランを聞いてもらう。だから、コンパクトに、見出し程度にまとめたプランを「エレベータ・ピッチ(elevator pitch)」とも呼びますね。

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 このエレベータの遭遇で有名だったのが、故スティーヴ・ジョブス氏。「なかなかいいアイディアだねぇ」と褒められたり、「きみたちの方向は間違っているよ」と叱責されたりと、狭いエレベータの中はスリル感で満ちあふれていたとか。

 このように、先輩との「遭遇」は大切なものですが、500 Startupsのような起業プログラムでは、メンター(アドバイスをくれる業界の先輩)の体制が整っていて、彼らの助言や理解、ときに批評が、成長の鍵ともなっているようです。
 メンターの方も、「僕は忙しいんだ」と面倒くさがることもなく、連絡ひとつでアドバイスをしに来てくれるとか。

 そんな環境にいる高橋さんがおっしゃったことが、とても印象に残りました。「シリコンバレーに住み、いろんな人と出会って、話をしているうちに、子供の頃に読んだ絵本を思い出しました」と。
 それは、地獄と極楽を説いた仏教のお話。地獄を訪ねてみると、長いテーブルにずらりとご馳走が並んでいて、いざ食べようとすると、手に持っていた箸が急に伸び始める。我先に食べようと皆がもがいても、箸が長過ぎて、誰も口に運ぶことができない。
 ところが、極楽に行ってみると、箸が伸びても誰もあわてることなく、こちら側の人は向こうの人に食べさせ、あちらの人もこちらの人に食べさせ、皆が満足している。

 この説話のように、シリコンバレーは「性善説」で動いているような気がすると、高橋さんはおっしゃいます。起業というアドベンチャーに向けて、皆が助け合う環境がしっかりと整っていると。

 東京からアメリカに戻るときには、ロスアンジェルス空港から入国し、ハリウッドのメディアの牙城を訪ねるとおっしゃっていましたが、バックパックを背負った青年起業家は、今日はどちらにいらっしゃるのでしょうか?


付記: 高橋さんとお会いしたのは、インタビューのためではなく、あるビジネスディナーにお邪魔したからでした。
 この『シリコンバレー・ナウ』シリーズのスポンサーでもあるKii(キイ)株式会社の代表取締役会長・荒井真成氏から「シリコンバレーで起業した、おもしろい青年がいる」と伺い、興味津々で麻布十番に出かけたのでした。

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 なんでも、協業を打診したKiiに対して「今は時期尚早」と丁重に断られたあとの会談だったそうですが、「荒井さんの本(不肖わたくしが執筆を担当した『世界シェア95%の男たち』)を読みましたよ。そんな先輩の方に時間をとってもらって光栄です」と高橋さんが言えば、「Kiiの協業を断ったビジネス決断は、素晴らしいものだった!」と褒めて返す。そんな興味深い会談ではありました。

 それにしても、おふたりともシリコンバレーに自宅があるのに、麻布十番で(高橋さんの奥方が苦手な)しいたけの鉄板焼きなんぞをつっついていらっしゃるとは、まさに「太平洋をまたぐビジネスマン」とお見受けいたします。


<資金調達も起業のうち>

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 と、ここまで、シリコンバレーに挑戦する日本人起業家をご紹介したわけですが、高橋さんに習って、「成功したいならシリコンバレーにおいでよ!」と主張しているわけでは決してありません。
 なぜなら、日本で起業しても、成功の種はいくらでもころがっているはずですから。

 ただ、シリコンバレーと日本を比べると、起業に対するメンタリティーが違っている点も多々あります。その最たるものは、起業資金。

 シリコンバレーの場合は、自分の財産を投入してビジネスをスタートすることはまれです。スタート資金(seed money、シードマネー)は、誰からか調達します。
 高橋さんのケースのように起業プログラムだったり、エンジェル(angel)と呼ばれる個人投資家(成功を治めた業界の先輩)だったり、ベンチャーキャピタリストだったりと、誰からか出してもらうのです。

 いえ、「自分のお金がもったいない」とケチっているわけではなくて、人から調達するのもビジネスの一環なのです。
 だって、お金を調達するには、「出してちょうだい」と誰かを説得しなければならないでしょう。自分のアイディアを論理的に相手に伝え、なおかつ、どれだけ魅力的なものかとアピールしなければならない。
 そういった相手と対等に渡り合う話術や手法は、ビジネスを行う上で最も基本的なことであり、起業は、ここから始まるのです。

 おまけに、海千山千の投資家(ベンチャーキャピタリストやエンジェル)を相手にすることで、ほんとに自分たちが生き残るチャンスはあるのか? もし望みがあるとしたら、今の自分たちに欠けている点は何なのか? と、重要な示唆を得る絶好の機会ともなることでしょう。

 この資金調達のプロセスで、一回投資家に蹴られたからって、あきらめることはありません。彼(彼女)にコケにされた分、次の投資家に会うときには、欠けていた部分を取り込んで、自分たちのプランを魅力的なものにすればいいのです。

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 次の投資家もダメ、次のもダメ。そんな失敗を繰り返しているうちに、ようやく起業までこぎ着けたのが、オンラインショップ・アマゾン(Amazon.com)の創設者ジェフ・ベィゾズ氏(昨年12月号でご紹介)。
 「インターネットってこんなものです」と基礎的な説明から入らなければならない時代でしたが、今はもう、アメリカの代表的企業となっています。そして、ベィゾズ氏自身は、アメリカで最も信頼のおける新聞ワシントン・ポスト紙の個人オーナーともなりました。

 それで、残念ながら、シリコンバレーのような起業が盛んなアメリカの地域に比べると、日本では資金を調達するのは難しいのかもしれません。が、だんだんとベンチャーキャピタルやエンジェル、そしてベンチャーに出資する企業が増えているのも事実ではないでしょうか。

 ただ、ここで起業する側が留意すべき点は、資金提供者(個人なり機関投資家なり企業)は、単なる「金貸し」ではなく「投資家」であるべき、ということかもしれません。
 そう、一定の金利でローンを貸し出す「金貸し」ではなく、起業家を支援することは投資の一環であると理解する「投資家」であるべきなのです。

 前者には「ともに成長しよう」という意識は薄く、後者は「あなたに出資するからには、あなたの成長を助け、めでたく成功のあかつきには、ありがたく見返りをいただきますよ」という投資の原則によって動いている(この「投資」に対する考えの違いは、銀行(banks)と投資銀行(investment banks)のクライアントに対する姿勢の違いにも表れているのかもしれません。後者は「あなたを儲けさせてあげるから、わたしにも分け前(手数料)をちょうだいね」という利益共有(Win-Win)の原理で動いています)

 だからこそ、ひとたび投資家が出資を決めたら、資金提供にとどまらず、ビジネスアドバイスをしたり、協業できるパートナーを紹介したりと、有形・無形の支援をしてくれるのです。
 今年4月号・第2話「シリコンバレーという土壌」でもご紹介しているように、投資家は「コーチ」という重大な役割を担っているのです。
 

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 そして、起業家がビジネスを成功させるためには、単にシードマネーを調達して試作品をつくり(seed round、シードラウンド)、次の資金調達で本格的にビジネスを展開する(Series A round、シリーズAラウンド)ばかりではなく、そこから大きく「スケール(scale、拡大)」しなければなりません。

 最初は仲間数人と徹夜でガリガリとやっていた「家内工業」を、どうにか「オートメーション化」して、手間ひまかけずに懐にザックザックと小判が入ってくる仕組みをつくりあげなければならないのです。

 もちろん、この成長(growth)が最も難しい段階であり、よっぽど突発的にヒットしないかぎり、なかなかうまく運ばないのが世の常ではあります。
 が、そんなときに助けてくれるのが、資金提供者であり、社外アドバイザーであり、ときには業界に築いたお友達の輪だったり、上述の高橋さんのGrowth Hackerサービスみたいな工夫だったりするのではないでしょうか。

 というわけで、起業や資金調達のお話をしてみましたが、シリコンバレーのメンタリティーは、日本とはちょっと違っているみたいです。


夏来 潤(なつき じゅん)
 

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