オレンジ色の10月: 法曹界とスポーツ界

2014年10月23日

Vol. 183

オレンジ色の10月: 法曹界とスポーツ界

 

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 10月は、野球のプレーオフシーズン。

 2010年、2012年のワールドシリーズ覇者サンフランシスコ・ジャイアンツが、今年もチャンピオンを目指して闘っていて、街は興奮の渦。
 ファンのプライドを表すオレンジ色のライトがあちらこちらに灯り、Orange October(オレンジ色の10月)となっています。

 そんな今月は、10月にちなんだ話題をお届けいたしましょう。最後にサンフランシスコの小話も付いています。


<たかがヒゲ、ではありません>
 10月に入ると、アメリカでは連邦政府の新年度となります。カリフォルニア州は、7月1日に新年度が始まりますが、連邦政府機関は10月が仕切り直しです。
 

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 10月には「First Monday of October(10月最初の月曜日)」という言葉も聞かれますが、これは、連邦最高裁判所(the Supreme Court of the United States)の年度始まりを指しています。

 1981年には、同名の映画もリリースされましたが、これは、史上初の女性最高裁判事が誕生したこと(1981〜2006年在任のサンドラ・デイ・オコナー判事)に材を取った作品でした。
 当時は、それこそ「記念すべき第一歩」でしたが、今では女性最高裁判事は3人になっています(最高裁判事は9人で、大統領の指名、連邦上院の同意で任命され、基本的には終身制)

 それで、新年度に入ると、先に最高裁が審議を決定した案件の中から、いくつかまとめて口頭弁論(oral argument)を行ったあと、金曜日に9人で合議し、審判を下します。

 連邦最高裁が取り上げる案件は、州では片付かない複雑なケースが多いので、すぐには審判は下りませんが、そんな微妙な案件の中に「刑務所のヒゲの規則」がありました。
 

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 アーカンソー州の刑務所では、ヒゲ(beard)をはやすのは一切禁止だそうですが、それを不服としたイスラム教徒の服役囚が、「ヒゲを伸ばすのが禁止なら、せめて二分の一インチ(約1センチ)だけでも伸ばさせて欲しい」と、最高裁に嘆願したのでした(Holt v. Hobbs)。

 日本人の感覚からすると、どうしてヒゲを伸ばすことが最高裁で審議されるの? と不思議に感じるわけですが、これは、「宗教の自由(religious liberty)」や「州や刑務所への服従(deference)」といった問題が絡んだ厄介なトピックなのです。

 なにせ、アメリカには、一般市民の宗教の自由だけではなく、服役囚のためにも宗教の自由を守る法律(RLUIPA: Religious Land Use and Institutionalized Persons Act)があったりしますので。
 

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 まず、上訴人(Petitioner)である服役囚の弁護士は、本人の宗教的理解では「自然に伸ばしたヒゲ(full beard)がだめなら、せめて1センチだけ伸ばした不完全なヒゲ(partial beard)でも(神に)許される」と主張します。

 すると、こういった質問が判事側から投げかけられます。

二分の一インチがいいなら、じゃあ1インチは? 2インチは? という疑問が生まれるので、ここでは何かしら法的原則(legal principle)が必要になってくる

もしも上訴人にヒゲを許したとしたら、それは彼個人に適用するものなのか、それとも他の服役囚にも適用するものなのかを明確にすべきである」など、など。

 そもそも、ヒゲは43州の刑務所では許されているそうで、「どうしてアーカンソーではだめなの? 頭髪が許されて、ヒゲが許されない理由は何?」といった上訴人の不信感も弁論の端々ににじみ出ていました。

 これに対して、被上訴人(Respondent)を代表するアーカンソー州法務副長官は、刑務所のヒゲは、「服役囚の識別(identification)」と「禁止物品(contraband)」という二つの観点から妨げになる、と主張します。

 頭髪とは異なり、ヒゲの有無で顔の識別が難しくなるので、たとえば刑務所を脱獄したり、屋外の労働時間にヒゲを剃り他の服役囚と入れ替わったりした場合には、すぐに発見できなくなる。
 また、たとえ二分の一インチのヒゲであっても、ヒゲの中に針やカミソリの刃の破片、薬物、携帯電話のSIMカードなどを隠す可能性は否定できないので、ヒゲは一切許されるべきではない。
 さらに、アーカンソーの刑務所は他州の重罪犯刑務所と異なり、管理の難しい「バラック小屋」の形態なので、他州の規則と比較されるべきではない、と。

 こちら側の質疑応答は、30分ほど続くのですが、中でもこんな判事たちのコメントが光りました。

もしも脱獄後にヒゲを剃ることを心配しているのだったら、ヒゲをはやす前に写真を撮っておいて、脱獄したらヒゲ無しの写真を関係者に配布すればいいじゃないか

ヒゲの中に禁止物品を隠すのを恐れているのだったら、何か新しいクシをつくって、そのクシでヒゲをとかせればいいじゃないか。そうしたら、SIMカードだって、小さなリボルバー(回転式拳銃)だって、二分の一インチのヒゲに隠れているものは、何でも落ちてくるだろうよ

 まあ、賢い判事が9人もいらっしゃると、おのおの「こだわり」があって質疑はいろんな方向へと飛んでいきますので、ここでは大部分を省略いたします。
 が、とにかく、「たかがヒゲの規則でしょ?」とは笑い飛ばせない、前例がなくややこしい、白熱の討論なのでした。
 

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 それで、どうして薮から棒に刑務所のヒゲを取り上げたかというと、ひとつに、アメリカでは「法の支配(the rule of law)」の理念が社会の根底にあるからです。
 つまり、どんな人でも、法律によって裁かれたり、救われたりと「公平性(equal justice under law)」に重きが置かれ、人々もそれが社会の屋台骨であることを知っているということです。
 実際には、世の中には不公平がたくさん存在しますが、少なくとも法の下に公平に扱われる権利があり、それによって社会の中で自由(freedom)を享受していることは、みんなが承知しているのです。

 そして、もうひとつの理由は、連邦最高裁判所は「どこか遠いところの関係ない人たち」ではなく、人々の日常生活に多大な影響を与える大事な判断を下すところ、だからです。

 たとえば、新年度最初の月曜日、最高裁判事たちは、「同性結婚禁止法(ban on same-sex marriage)を違憲とした控訴審の判決を取り消してくれ」という5州の上告を却下しました。
 最高裁がこれらの案件を取り上げなかったことで、新たに11州で同性結婚が認められることになったのです。(先の判決のうち、連邦巡回控訴裁判所の判断は管轄内の複数の州に影響を与えるので計11州。現時点では、50州のうち32州と首都ワシントンD.C.で同性結婚が認められることになっています)

 最高裁が取り上げても、取り上げなくても、まさに「鶴の一声」でしょうか。

 そして、アメーバのように激変するアメリカ社会にあっても、法の支配が変わらぬ理念として綿々と受け継がれる以上、最高裁の鶴の一声は、決して衰えることはないのでしょう。


参考資料: 連邦最高裁判所のウェブサイトで公開されている口頭弁論の音声ファイルと筆記録、Holt v. Hobbs, Docket number: 13-6827, Date argued: October 7th, 2014。

 まあ、筆記録を読んでも理解できない法律用語はありますが、音声を聞いただけで最高裁判事を識別できる自分は、結構「法律おたく」かも? と思ってしまいました。

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 近頃は、最高裁判事だってどんどん世間に顔を見せるようになっていて、サンノゼ州立大学に現れたソニア・ソトマヨール判事のように、「あなただってできる!」と若い世代に訴えかけ、希望の星となっているのです。
(Photo by Jeff Chiu/Associated Press, at San Jose State University on October 20th, 2014)



<マイクロソフトSurfaceをどうぞ>
 話はガラリと変わって、スポーツに関する話題です。
 

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 10月に入り、ひんやりとした秋風が吹き始めると、「スポーツの秋」本番となりますね。

 アメリカでは、9月に始まるフットボールがエンジン全開となり、誰が今シーズンの宿敵となるのか、そろそろ見えてくる時期なのです。(写真は、9月14日サンフランシスコ49ersのシーズン初ホームゲームとなる、新生Levi’s Stadiumでのシカゴ・ベアーズ戦開幕式)

 そんなフットボール界では、シーズン開けにこんなことがありました。

 9月7日の開幕日、順繰りに東の方から試合が始まり、まずは全米の眼が、NFC(ナショナル・カンファレンス)南地区ニューオーリンズ・セインツ対アトランタ・ファルコンズの試合に注がれます。
 セインツには、ドゥルー・ブリーズという名クウォーターバックがいますので、敵地では何かしらマジックのような芸当を見せてくれるに違いないと、みんなが注目していたのです。

 まあ、結果的には惜しくも3点差で負けてしまうのですが、わたしが「あれ?」と思ったのは、ブリーズ選手のサイドラインでの行動。もともと理知的なQBとして知られる彼は、何かしらタブレット製品を覗き込んでいたのです。

 青いカバーのかかった、何だかごっついタブレットですが、どう見てもアップルのiPadではないので、あれは何だろう? と思っていたんですよ。
 すると、映像を見ていた解説者が、「ブリーズ選手は iPadで映画を観ているわけではないんだよ。iPadを駆使して、敵の行動を分析してるんだよ」と言うのです。

 え〜っ、あれは絶対に iPadじゃないのに、この人にとっては、タブレット製品はみんな iPadなんだろうか? と、今さらながら iPadという名前の威力に舌を巻いたのでした。
 そう、まるで、コピー機のことを「ゼロックス(Xerox)」と言ったり、オンライン検索のことを「ググる(Google it)」と言ったりするのと同じではありませんか!

 あとでわかったのですが、こちらのタブレットは、マイクロソフトのタブレットSurface(サーフェス)で、今年からフットボールリーグNFLのスポンサーとなったマイクロソフトは、青いカバーを付けた「Surface Pro 2」数百台をリーグに供給し、リーグが全試合に配るようになったのです。

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 試合日には、各チームのサイドラインに13台、コーチ陣のブースに12台が支給され、動画ではなくカラー写真の分析に利用しますが、ズームもできるし、画面に書き込みもできるし、慣れれば便利なツールだそうです。

 アメフトは、試合進行中の敵方への調整が最も大事なスポーツですが、これで、今までサイドラインで使われていた白黒写真のバインダーは過去の遺物! (写真は、Levi’s Stadiumでフィラデルフィア・イーグルスのために待機中のSurface)

 試合中だけではなく、フットボールの中継番組では、スタジオの解説者たちの前にずらっと青いSurfaceが並べられ、「何かしら鮮明なブルー」が視聴者の視界に飛び込んでくるようになりました。
 

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 それにしても、せっかくサイドラインで試合の分析にタブレットを供給しているのに、「iPadを使ってるよ!」なんて言われたら、何の宣伝にもならないではありませんか。
 だって、マイクロソフトはNFLと数年契約を結び、4億ドル(およそ400億円)を払っていると言われるので、決して「はした金」ではないのです!

 新CEOのもと変身真っ最中のマイクロソフトは、「モバイル」や「クラウド」が新しい路線となっているので、タブレットSurfaceやクラウドプラットフォームAzure(アジュール)は大事なブランド。

 Surfaceは、昨年世界タブレット市場の2パーセントに過ぎず、人気ブランド5位にも入っていないそうですが、最新版「Surface Pro 3」に関しては「なかなかいいよ!」という風評も聞こえます。
 が、その大事なブランドが、iPadと呼ばれては・・・。
 

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 さらには、9月19日、対するアップルがiPhone 第8世代「iPhone 6」とともに、でっかい5.5インチ画面の「iPhone 6 Plus」を出したことで、スマートフォンとタブレットが融合した「ファブレット(phablet)」という概念が定着し、世の中は違った方向に進みそうでもありますし・・・。
(写真は左から iPhone 6 Plus、iPhone 6、第7世代 iPhone 5S、iPhone 5C)


<おまけのお話:グーグルキッズ>
 最後に、サンフランシスコのこぼれ話をどうぞ。

 今年7月『シリコンバレーの今』というお話では、シリコンバレーとサンフランシスコの住宅事情の悪さをご紹介しました。
 

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 とくに、おしゃれなサンフランシスコには若いエンジニアたちが住みたがり、市内で起業する人に加えて、わざわざ1時間かけてシリコンバレーに通勤する人も多いのですが、それが、ちょっとした社会問題を引き起こしていることもご紹介しました。

 そう、テクノロジー企業の株価好調のあおりで、サンフランシスコの家の値段がどんどんつり上がり、今年6月には、史上初めて住宅価格の中間値が100万ドル(およそ1億円)を超え、地元の人たちが家を買えなかったり、借家の立退き勧告を受けたりと、市内では摩擦が起きているのです。(新築と中古を含めた一軒家・マンション物件。中間値は、物件数を上下に半分に分ける中間の値段)

 アパートだって、9月末、一ヶ月の賃貸料が平均3,400ドル(約36万円)を記録したそうで、市内で住む場所を探すのは日に日に難しくなっています。

 そんなホットな不動産業では、サンフランシスコで家を買いたがるテクノロジー従事者に対して、こんなあだ名がついているそうです: Google kids(グーグルのガキたち)。

 いや、僕はグーグルには勤めてないよとか、そんなに若くはないよ、というのは関係がありません。
 厳密にはバイオテクノロジーの会社に勤務していようと、「不惑」と呼ばれる四十を超えていようと、グーグルキッズと呼ばれるとか。

 残念ながら、この言葉には、「人生経験も少ないのに、会社の株で小金持ちになって好き放題に物件を買いあさるよそ者たち」という、テクノロジー業界への一種の侮蔑が含まれているのかもしれません。

 先日も、市内ミッション地区の公園で、地元の人たちと「グーグルキッズ」がサッカー場をめぐって火花を散らす場面がありました。
 「僕たちは、お金を払って予約してるんだよ」と、グーグルキッズたちが先に来ていた地元のサッカー同好会を蹴散らそうとしたそうですが、急遽サンフランシスコ市は、サッカー場の有料予約制をやめたそうです。
 

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 こういった意識の隔たりや不信感は、なかなか消えてなくなるわけではありませんが、こういうときこそ、野球やフットボールと、地元チームの活躍で心をひとつにまとめられればいいなと思うのです。

 10月16日、ナショナルリーグ覇者となったサンフランシスコ・ジャイアンツ(写真)は、現在、ワールドシリーズでカンザスシティー・ロイヤルズと一勝一敗と分けています。

 Go Giants!!


夏来 潤(なつき じゅん)
 

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