今年は熱い!: 大統領と最高裁

2016年3月25日

Vol. 200

今年は熱い!: 大統領と最高裁


 日本でも話題になっていますが、今年は大統領選挙の年。が、アメリカには、大統領選よりも重大なことがあるんです。

 そんな二つのお話の前に、象さんなども登場します。


<インドで熱いスマートシティー>

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 先月号冒頭では、フィリピンのジュゴンを守ろうと、スマートフォンアプリが活用される例をご紹介しておりました。

 イギリスのスマートアース・ネットワーク(Smart Earth Network)と現地のC3 という自然保護団体が開発した「ジュゴン・アプリ」と、Kii 株式会社のクラウドプラットフォームを活用するもの。

 それで、スマートアース・ネットワークの新たな試みとして、「アフリカ大陸の象を救おう!」というプランもあるそうで、象さんにタグをつけて、生態観察に利用しようとしているとか。

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 象さんの数が減っているのは、おもに人間のしわざ。ワシントン条約で取引が禁止されているにもかかわらず、象牙を求めて密猟(illegal poaching)は跡を絶ちません。
 アフリカ象は、メスも牙を持つこと、そして赤ちゃんが生まれるまでに2年かかり、次世代が増えにくい種属でもあることも災いしています。
 スマートタグを使って、象さんを守ることができれば、これほど有意義な使い方はありませんよね。

 フィリピンからアフリカ大陸へ、そして世界へと「スマート利用」はどんどん広がっていますが、今度は、インドでこんなお話があるんだとか。
 

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 カリフォルニア州と同じように、近年、インドでも干ばつ(drought)が深刻な問題となっていて、作物が順調に育たない被害が相次ぎます。
 そこで、作物を植える土壌の水分検知センサーを活用するばかりではなく、作物が枯れたりした場合には、写真を専門家に送って診断してもらうシステムを構築したい。

 さらには、近年、熱波(heat wave)が襲ってくるケースが増えているので、そこら中に温度センサーを張り巡らせてデータベースを構築し、熱波がやってくる前に住民に予報を出せるようにしたい。

 そんなお話が、ハイデラバード(Hyderabad)の高官から Kii株式会社にあり、クラウドプラットフォームの提案を依頼されているそうですが、普段から「摂氏40度は当たり前」の国にとっては、センサー活用が問題対処の秘密兵器となるのかもしれません。
 

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 なんでも、インドには、官民協力体制で国内100都市を「スマートシティー化」しようという、でっかいプランがあるそうで、プラン実現に向けて、ハイデラバードなどのテクノロジー都市が、ぐいぐいと牽引していくことでしょう。
(写真は、Kiiの現地パートナー、ideabytes ハイデラバード・オフィスのみなさん。手を振っていらっしゃるのが、KiiのCEO荒井 真成氏、右隣が最高製品責任者ファニ・パンドランギ氏)

 というわけで、お次は、アメリカのお話です。


<微妙な大統領候補者レース>
 変な話、アメリカに何十年住んでいても、いつまでも不思議なことがあるんです。

 ひとつは、日本食といえば、寿司屋のカウンターでも、みそ汁を真っ先に食べること。みそ汁は「締め」ではなく、洋風コースのスープみたいに「お腹を温めるもの」と思っているようです。

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 ふたつ目は、太陽が雲間から顔を覗かせると、とたんに袖無しやタンクトップを着たがること。辺りはひんやりと真冬のような寒さでも、そんなことはお構いなし。お日様で暖めればいいや! とでも思っているのでしょうか。

 今年は、またひとつ不思議なことが増えました。他でもない、11月の大統領選挙の「候補者レース」で見せる、ドナルド・トランプ氏の破竹の勢い。

 昨年7月号第2話でもご紹介したように、トランプ氏は、まったく政治経験のない、不動産王であり、リアリティーテレビ番組のスター。
 わたし自身も彼を知ったのは、究極の面接プロセスとも言える人気番組『アプレンティス(Apprentice)』。
 各エピソードの終わりで放たれる「きみはクビだ(You’re fired!)」と、最終回で右腕となる部下を選ぶ「きみを採用するよ(You’re hired!)」は、名ゼリフとして人々の心に残りました。

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 現時点では、トランプ氏が、残るふたり(テキサス州選出のクルーズ上院議員とオハイオ州のケイシック知事)を大きくリードしていますが、ひとつに、「数のマジック」もあるのでしょうか。(Photo by Rhona Wise / Agence France Presse via Getty Images)


 数字の上で、ここまでトランプ氏が代議員を獲得しているのは、多くの州が、郡(county)単位で「勝者総取り(winner-take-all)」の方式を採用しているからで、このやり方だと、たとえ州全体に見て得票率が拮抗していても、郡ごとに勝者に与えられる代議員の数では、大きな差がでてくるのです(6月に行われるカリフォルニア州の共和党予備選挙でも、同様の方式を採用。一方、民主党は得票率で比例配分)。
 

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 その一方で、一部の有権者にとっては、これ以上あり得ないほどの「優れた候補者」でもあるのでしょう。

 だいたい専門家が指摘するのは、支持者は「白人、男性、ブルーカラー、学歴が高卒以下」。
 さらには、海沿いのリベラルな地域よりも、内陸部の保守的な地域、とくに「ラストベルト(Rust Belt)」と呼ばれる、製造業がさびれた中西部と南部で人気が高いでしょうか。

 人気の背景には、トランプ氏の歯に衣着せぬストレートトークがあって、それが、ブルーカラー層の白人男性の「怒り(anger)」や「失望感(frustration)」と呼応し、得票に結びついているようです。

 「移民をアメリカから締め出せ!」「国境に壁をつくってメキシコに支払わせろ!」「イスラム教徒は登録制にしろ!」「アメリカ人から職を奪う自由貿易なんて、ぶち壊せ!」

 そんなシュプレヒコールが、トランプ氏から支持者へ、そして支持者から仲間へと広まっていって、あれよ、あれよと言う間に、候補者指名レースのトップに躍り出ています。
 そう、今の時代、組合や団体の組織票よりも、どれほどメディアで知られるか、ネットを使ってどれほどわかりやすく個人に訴えかけられるか、どれほど人々の怒りと共鳴できるか、が得票の鍵となるようです。
 

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 先日、友人とランチをしていたら、「あなたは、ヒラリー(クリントン前国務長官、民主党候補者トップ)を支持するでしょ?」と問うので、そうだと答えると、「わたしも、11月の総選挙では、絶対にヒラリーに投票するわ!」と言います。
 彼女は、「共和党支持者」として有権者登録しているのですが、人の心に憎しみ(hatred)を植え付けるトランプ氏が、どうしても許せないとか。
 6月の予備選では、候補者選びに参加しないのかと問えば、「だって、共和党に誰がいるっていうの?」と反語で返されました。(Photo by Carolyn Kaster / Associated Press)

 同様に、「トランプ氏に投票するくらいだったら、ヒラリーに投票するわ」という共和党関係者も現れていて、元ニュージャージー州知事で、ブッシュ政権下で環境保護庁長官を務めたクリスティーン・ホイットマンさんも、新聞インタビューでそう明言しています。

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 ニュージャージー州といえば、大統領候補からトランプ氏の支持者に鞍替えしたクリス・クリスティー氏は、現職の知事。それが余計に「知事のくせに、そんな暇はあるの?」と、元知事の反感を買ったのでした。(Photo by Andrew Harnik / Associated Press)

 そして、ブッシュ前大統領のファーストレディー、ローラさんは、「もしも共和党がトランプ氏を指名したら、あなたは彼に一票を投じますか?」とCNNリポーターに問われると、「・・・」と絶句。
 「答えられない」と取り繕ったものの、彼女の表情からは、嫌悪感(disgust)が読み取られました。

 もちろん、体制側は、共和党を外から乗っ取ろうとしているトランプ氏を好むわけはありませんが、共和党内部からだけではなく、思想的に敵対するリベラル派からも、トランプ抗戦の動きが出ているのは事実のようです。
 

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 たぶん、大票田のカリフォルニア州予備戦(6月7日)まで、共和党指名レースはもつれ込むと思われますが、得票数が規定に満たずに、7月18日から開かれる共和党全国大会では、大もめにもめることも懸念されています。
(写真左から3番目のマルコ・ルビオ上院議員は、地元フロリダ州を獲得できずにレース撤退を表明、上院の再選も目指さないと発表)

 近所の不動産業の方が、「ここ3、4年は、2週間くらいしか先が読めない」とおっしゃっていましたが、不確実性(uncertainty)という点では政界も同じかもしれません。


<大統領選よりも大事なこと>
 というわけで、万が一、大統領選で「変なおじさん」が選ばれたとしても、悪いことは永遠には続きません。なぜなら、大統領の任期は、米国憲法で「二期8年」と定められているから。

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 そう、前大統領のブッシュ政権だって、2001年から8年続いた暗黒の時代は、オバマさんが選ばれたことによって、終止符を打ちました(ま、オバマさんの御代が、バラ色だとは言いませんが; Official White House Photo by Pete Souza

 ところが、そう簡単に話が終わらないのが、アメリカの司法のトップ、連邦最高裁判所(the Supreme Court of the United States、略称 SCOTUS)。

 2年ほど前にもご紹介しましたが、こちらの9人の裁判官は、ひとたび任命されると、終身制(life tenure)。つまり、自ら退任しない限り、「死」をもって職を去る。

 それで、つい先日までは、5対4で保守派が勝っていたんです。が、「保守派のボス」とも言えるアントニン・スカリア判事が、先月ハンティング旅行先のテキサスで急逝したことによって、5対4でリベラル派に傾く可能性が出てきたのです。

 なぜなら、連邦最高裁判事を指名するのは、大統領。これまで女性判事ふたり(ソニア・ソトマヨール判事とエレナ・ケイガン判事)を任命したリベラル派のオバマさんは、誰かもうひとりを指名し、連邦上院議会にお伺いをたてる権限があるのです。
 

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 というわけで、たいそう不謹慎な話ではありますが、スカリア氏の訃報を受けて、リベラルなサンフランシスコの街角では、歓声が上がりました。
「よし、これで、5対4で最高裁を奪還できる!」と。
(こちらの3年前の風刺漫画では、左がスカリア判事、リベラル派の4人は、右から(任命順に)ルース・ギンズバーグ判事、スティーヴン・ブライヤー判事、ソトマヨール判事、ケイガン判事: Cartoon by Nick Anderson / Houston Chronicle, March 3, 2013)

 ところが、「そんなことになったら、一大事!」と死に物狂いの抵抗をしているのが、共和党の上院議員。
「ふん、大統領が指名したって、絶対に承認公聴会なんて開かないもんね!」と、オバマ大統領の任期が終盤に入ったことを理由に、次期大統領にゆだねるべき、と主張します。
 

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 そんな中、3月16日オバマ大統領は、連邦控訴裁判所(首都ワシントンD.C.)のメリック・ガーランド裁判長を指名しました。
 この方は、ユダヤ教徒の63歳。これまで、企業訴訟の弁護士、検察官を務め、クリントン政権下では司法次官補代理として司法省刑事局を任され、「オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件」など大事件の捜査と訴追チームを指揮しています。(Photo by Chip Somodevilla / Getty Images)

 その後、クリントン大統領に「全米第二の裁判所」とも呼ばれるワシントン地区・連邦控訴裁の裁判長に任命されましたが、「穏健な中道派」と誰もが認める方のようです。
 実際にそばで働いた方々も、「予断を持つことなく、案件ひとつひとつに真摯に、丁寧に向き合う法律家だ」と口々に褒めています。

 リベラル陣営は「物足りない中道派」と難癖をつけるほどバランスの取れた御仁で、保守派にとっては「民主党大統領からは、これ以上あり得ないくらい絶好の指名」ではありますが、それでも、共和党上院議員の面々は、「誰が指名されようと、絶対に公聴会は開かないし、表決もしない!」と、あくまでも主張を曲げません。
 

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 この背景には、失ったスカリア判事という、とにかくでっかい存在があるのです。最古参「保守派の司令塔」としての絶大な存在感が。(Photo by Franz Jentzen / U.S. Supreme Court)

 わたし自身も、スカリア氏のご逝去を知って「よし!」と膝を打ったひとりではありますが、それは、ブッシュ政権下の副大統領ディック・チェイニー氏と親友だったから。

 副大統領として関与したエネルギー政策が自然保護団体に情報開示を求められ、最高裁で決着をつける案件があったのですが、チェイニー氏にハンティング旅行に招待されたことのあるスカリア氏が、審理の忌避(辞退、recusal)を求められながらも、「そんなことはしない」と発した言葉が、こちら。

 もしも最高裁判事がそんなに安く買えると思えるんだったら、この国は、わたしが想像していたよりももっと深刻な状態にある。
(2004年3月のスカリア氏の発言: 悔しかったので、いまだに新聞記事を持っています!)

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 とは言うものの、だんだんとスカリア判事を知ってみると、彼の主張には、とにかく一貫性があって明快であることにも気づくのです。
 それは、審議の内容が何であれ、「米国憲法は、書かれた当時の解釈にもとづくべきであって、『今の時代に当てはめると、こうであろう』などと勝手な解釈はしてはいけない」というもの。

 この主張に賛同するかどうかは、意見が分かれるところですが、ご自身が判決(Opinion of the Court)に賛成(concur)であろうと、反対(dissent)であろうと、法律家が参考にしたい明瞭な見解を書かれる御仁ではありました。
 そして、意外なことに、リベラル派をリードするギンズバーグ判事とも、バーベキューをする仲良しだったとか!

 いずれにしても、連邦最高裁判所といえば、ときに大統領府よりも甚大な権限を持つ存在。

 2000年の大統領選挙では、彼らの判決によって、「アル・ゴア大統領」ではなく、ブッシュ大統領が誕生しました。
 米国内の住民全員に医療保険加入を義務化した、いわゆる「オバマケア」も、すでに口頭弁論が始まっています。
 テクノロジー業界でも、「アップル対サムスン」を審議することが決まり、来期10月以降に「盗作」の問題に決着がつけられることになっています。

 アメリカ社会を揺り動かす、重大な判事指名と任命ですので、今後の展開に乞うご期待!


追記: 蛇足ではありますが、実のところ、最高裁判事が任命後どのように「変身するのか?」は、まったく読めないケースもあるんです。

 たとえば、もう退官なさいましたが、ブッシュ元大統領(父親の方)に任命されたデイヴィッド・スーター判事は、まるで民主党大統領に任命されたがごとく、多くの案件で「リベラル派」に賛同なさっていました(退官も、オバマ大統領のタイミング)。

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 そして、最古参となったカリフォルニア出身のアンソニー・ケネディー判事は、「保守派」に数えられるものの「中道派」とも言え、多くのケースで審判を決する浮動票(swing vote)となっています。

 ですから、オバマ大統領が指名したガーランド判事にしても、国のトップの法廷では、これまでの拘束(最高裁の前例など)から解き放たれ、どのように変化するかはわからないとも言われます。

 「自然と誰かが中道になって、バランスを保つ」ようにと、最高裁も生き物のように変化するのかもしれません。


夏来 潤(なつき じゅん)

 

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