卯月に感ずる:言葉が表すもの

2008年4月30日

Vol.105

卯月に感ずる:言葉が表すもの


 
4月に入り、シリコンバレーは変な天気が続いています。真夏のように暑くなったと思えば、また真冬のように冷たい風が吹き荒れると、いまひとつ安定しない天候となっています。
 けれども、辺りの花々は、競って花びらを開かせる賑やかな季節。そんな今月は、花のお話から始めましょう。


<こればっかりはしょうがない>

P1120784small.jpg

 日本よりひと足先に満開を迎えた我が家の八重桜も、もう散る季節となりました。八重桜なので、どちらかというと花全体がポタッと地べたに落ちる感じで、はらはらと舞い散るソメイヨシノの桜吹雪とはいきません。それでも、散り行く花びらが風に集められ、中庭の隅にはピンク色の吹き溜まりができています。
 それを観ていると、片隅にひっそりと集う花びらに「ご苦労さま」と声をかけたくもなりますし、まだ懸命に枝にしがみついている花が愛(いと)おしくも感じます。

 ここで、アメリカ人なら、このピンク色の塊をただの「ゴミ」だと定義し、いきなりブローワーでブ~ンと吹き飛ばすのでしょう(ブローワーとは、小型発動機で起こした風で、落ち葉を掃く機械。とってもうるさい上に、通常ガソリンで起動するので、大気汚染の観点から、ブローワーを禁止する地上自治体すらあります)。

 けれども、そこは、日本人。この淡いピンクの吹き溜まりは、季節を感じさせる実に風流なものではありませんか。
 そして、ふと思ったのです。この「風流」を感じることを英語でどう伝えればよいのかと。

 アメリカに生活していて、ときどきこの手の困った場面に出くわすのです。まあ、ネイティヴではありませんので、英語の語彙が限られているのかもしれません。けれども、懸命に頭の中の辞書をくっても、どうにも思い付かないのです。
 そこで、電子和英辞書で「ふうりゅう」を引いてみると、「風流人」という見出しで、「person of taste(趣味のよい人)」というのが出てきました。けれども、なんだか違うような気がします。ついつい、「taste(センス、審美眼)」とはいったいどういう定義なのかと、つっこみたくもなります。
 たしかに、「あなたって趣味がいいわね?」と言いたいとき、「You have a good taste」と言ったりします。だから、tasteというのは悪い意味ではありません。けれども、なんとなく、日本語の「風流」とは程遠い感じがしませんか?

 この「風流」もそうですが、他にも「いなせ」とか、「趣(おもむき)のある」とか、英語になり難い日本語はたくさんあります。いなせは「粋で、気風がいい」という意味なので、まあ、「cool」と表現しても間違いではないかもしれません。けれども、「趣のある」は、いったいどう言い換えましょうか?
 電子和英辞書で調べてみると、いろいろと選択肢がありました。「quaint(風変わりで面白い)」「spicy(言葉に趣がある)」「artistic(芸術的な)」「aesthetic(上品な)」と、4つの形容詞が出ています。けれども、どうも全部はずれているような気がしてならないのです。
 たとえば、最後のaesthetic(イースセティックと発音)は、どちらかというと、「美の追求、美学」みたいな意味があります。やっぱり「趣のある」とは、かけ離れているように感じませんか?なんとなく、心で感じるのではなく、頭で分析しているような感じ。だからといって、他にいい表現を思い付くわけではないのですが・・・

 毎週、我が家には庭の掃除に来てくれる人がいるのですが、晩春、桜の花が散るときと、晩秋、桜の葉が落ちる季節には、自分でせっせと中庭を掃くことにしています。ひとつに、移りゆく季節を身近に感じたいこともあります。けれども、それと同時に、「風流」を理解しないような人に、ブローワーでブ~ンと花びらや落ち葉を吹き飛ばしてほしくないのです。
 表現する言葉が見つからないということは、それをまったく感じていないことではないかなと、そんな風に結論してみたのですが、いかがなものでしょうか。


<ビター>
 この題名を見て、「ビタ一文」という表現を思い浮かべた方もいらっしゃることでしょう。いえ、そのビタではなくて、英語のビター(bitter)です。つまり、「苦い」という意味。苦味の利いたビターチョコの「ビター」ですね。

 この言葉は、味覚が苦いという場合に使われますが、それと同時に、比喩的にも使われます。つまり、「苦々しく思う」ときにも用いられるのです。そう、日本語の「苦い」の使い方とまったく同じですね。きっと、悔しい思いをして口の中に苦味が残る感覚は、万国共通なのでしょう。

 このビターが、近頃、ちょっとした「時の言葉」ともなっています。民主党大統領候補バラック・オバマ氏の発言の中に、苦々しく思う意味のビターが使われていて、それが喧々諤々の議論を呼ぶことになったのです。
 オバマ氏は、こう発言したのでした。「(長い間、政治に対し幻滅を感じている)彼らがビターになるのはしょうがない。そんな彼らは、自分たちのフラストレーションをあらわにする方法として、銃や宗教に頼りきったり、自分とは異なる人たちに嫌悪感を抱いたり、反移民や反(自由)貿易の異議を唱えたりするのだ」と。

 これは、オバマ氏が、サンフランシスコの金持ち相手に開かれた資金集めの内輪のパーティーで発言したものなのですが、折悪しく、政治担当のブロガーが録音していて、それが後日全米に公開され、オバマ氏への攻撃材料にされてしまったのでした。
 オバマ氏ご本人は、「彼らは世の中を苦々しく感じ、心を閉ざしきっているので、説得するのがとても難しい」という意味でざっくばらんに発言したようなのですが、これが「オバマ氏は、エリート主義(elitist)である」と、物議をかもし出しました。
 そして、事実上の共和党大統領候補であるジョン・マケイン氏と、オバマ氏と指名争いの鎬を削るヒラリー・クリントン氏は、「新しい大統領となる人は、(オバマ氏のように)人を見下した者であってはならない」と、熱心に有権者を説得します。

 ここでオバマ氏が「彼ら」と指しているのは、まさに今まで、クリントン氏と激しい予備選挙戦を繰り広げてきたペンシルヴァニア州やその周辺に広がる、歴史的に労働者層の多い地帯(Rust Belt)のことです。
 もともとペンシルヴァニア州の辺りには、鉄鋼業を始めとして工場が多く建ち並び、汗水たらして働く労働者がたくさん住んでいました。ビリー・ジョエルの名曲「アレンタウン(Allentown)」も、そういった製造業の浮き沈みに翻弄され、ペンシルヴァニア州第三の街に住む厳しさを歌ったものなのですが、この地域の人々は、昨今、とりわけ苦々しく感じているようです。「NAFTA(北米自由貿易協定)によってメキシコが我々の首を絞め、今は中国が我々を殺そうとしている」と。
 その地域の人々を「ビターになって、銃や宗教に頼りきっている」などと発言したので、オバマ氏は「人を見下すエリート主義である」とされたわけです。

 まあ、先月わたしもちょっと書いていますが、オバマ氏の言う事には、いちいち「エリートによる勝者の論議」という感覚がつきまといます。平たく言うなら、「エリート面」とでも言いましょうか。なんとなく、鼻持ちならない部分があるのです。
 けれども、その一方で、この発言には、オバマ氏の正直な意見とフラストレーションがよく表れているのだとも思えます。世の中、よほど恵まれた人でない限り、ほとんどの人が「苦々しく思っている」のだろうなと。そして、ヒラリー支持者が多いそんな労働者層(working class)を説得するのは、相当に難しいのだろうなと(クリントン前大統領の時代、中西部を中心に、労働者層は収入の伸びを大いに享受していました。だから、もう一度あの頃に戻りたいと、クリントン第2号であるヒラリーさんへの期待値が高いのですね)。

 事実、昨年夏の住宅バブル崩壊やサブプライム問題を引き金として、アメリカでは、人々の心はかなり冷え切っているようです。今年に入ると、いよいよ「不景気?」とも言われるようになり、みんなの給料は上がらないわりに、ガソリン代は高騰するは、食料品を中心に物価は高騰するはで、庶民の生活は日に日に苦しくなっています。
 おまけに、ブッシュ・チェイニー政権の悪政はもう8年目に入っているし、大統領が始めた戦争はいつまでも延々と続いているし、その陰で密かに金儲けをする層と庶民の格差はどんどん広がるしと、そろそろ国民のフラストレーションも限界に来ているのかもしれません。

  こちらの風刺漫画が、そんな世相をうまく表しています。(by Tom Toles - Washington Post) 

 洗面所の薬棚を開けると、薬のラベルすべてにこう書いてあります。
「フレーバー(味):ビター」。

 国の経済:ビター
 予備選挙戦:ビター
 国政:ビター
 選挙キャンペーン戦略:ビター
 キャンペーン報道:ビター
 国内の対話:ビター


 

 

P1120814small.jpg

 ついでに、こんなものもありました。(by Don Wright - Palm Beach Post)

 レギュラーガソリンの価格が、ガロン(3.8リットル)あたり4ドルという史上最高値の看板を目の前にして、鳩がこんな会話をしています。

 「今までビターでなかった人も、今ではそう感じてるよね(If they weren't bitter before, they are now!)」


追記: 現在、レギュラーガソリンの全米平均価格は、ガロンあたり3ドル50セントに高騰しています(何でも高いシリコンバレーでは、3ドル90セントほどです)。2001年1月、ブッシュ氏が大統領に就任した週には、全米平均価格は1ドル50セントでした。ブッシュ大統領の石油業界と軍需産業への貢献度は、超特大なのです。



<二つの経済>

P1120844small.jpg

 思い立って、近頃、引っ越し先を探しています。遠い所には行きたくないので、今住んでいるコミュニティーの中で、家探しを始めました。
 べつに、今住んでいる家が嫌だという訳ではなく、まわりにちょっとした嫌な理由があるのですが、まあ、それは置いておいて、家探しを始めてみると、いろいろとおもしろいことを発見したのでした。

 まず、アメリカでは「サブプライム問題」の嵐が吹き荒れているというので、家の値段は相当下落しているに違いないと考えていたのですが、それは、まったくの期待はずれであることがわかりました。どうやら、サブプライムローンが払えなくなって銀行の差し押さえとなり、オークションで売りに出されるような家々と、シリコンバレーの「普通の家」とは、大きな隔たりがあるようです。
 不動産のエージェント曰く、サブプライム云々というのは、シリコンバレーではだいたい60万ドル(約6千万円)以下の家々のことであって、それ以上の価格帯は、まったく値崩れしていないのだと。なるほど、経済は二層構造(two-tier economy)になっているのねとエージェントに尋ねると、その通りよとの答えが返ってきました。

 そして、我が家が懸命に家探しをしていた12年前と比べ、この辺りの価格帯は、恐ろしく上がっているのです。それが証拠に、ごく平均的な家々が建ち並ぶ我が家のまわりでも、今では元値の2倍を軽く越えているのです。
 たしかに、12年前も、この辺りの家の値段はすでに上昇傾向にあり、同じモデルの住宅であっても、ひと月に3万ドル(約300万円)くらい価格帯がはね上がっていました。それが、1990年代後半のネットバブルの勢いで、あれよあれよと3倍近くに膨れ上がったようです。そして、バブルがはじけても、家の値段は思うように下がらない。なぜなら、需要はいつまでも大きいから。

 12年前は、この辺りの建売住宅は、どんなに大きくても80万ドル(約8千万円)という値付けでした。ところが、今は、そういう家は、2百万ドル(約2億円)を越えています。そう、昔は、家の値段を表現するにも、「ファイヴ・テン(510)」などと言っていました。510、つまり、51万ドル(510,000)ということです。しかし、今は、「ワン・フォー・フォー・ナイン(1449)」などと表現します。つまり、144万9千ドル(1,449,000)のことです。確実に一桁増えているのです。
 だから、我が家などは、この辺りの建売住宅が売りに出された頃の価格帯を知り尽くしているがゆえに、「う~ん、中身は汚くなっているのに、3倍もの金を払うのか」と、大いに躊躇してしまうのです。

 そうなんです。アメリカ人が住むと、一般的に家が汚くなるのです。我が家を見に来たエージェントが、「11年も住んでるのに、新品みたいだわ(Looks brand-new)!」と、感心しきり。
 試しに、まわりの競合となる住宅を見に連れ出されたのですが、たしかに、「新品」というのはお世辞でないことがよくわかりました。何といっても、お手入れが行き届いていない。なんとなく、薄汚れた感じがつきまとうのです。
 もちろん、我が家にもいろいろと改善点はありますが、「そんなの、ごく小さなことよ」と、エージェントは問題にもしません。そして、あなたのはすぐに売れるわと、力強いエールを送ってくれるのです。

 その一方で、いかにシリコンバレーといえども、トレンドを見てみると、家の価格が下降線をたどっているのは確かです。シリコンバレーとほぼ同義語ともなっているサンタクララ郡では、昨年春から夏にかけて住宅価格のピークとなっていました。その頃は、売買価格の中間値は80万ドルでしたが、今では70万ドルほどに下がっています(中間値とは、半分の軒数がそれ以上で、半分の軒数がそれ以下で売買されたという中間の値段です)。
 しかも、シリコンバレーの住民の間では、買い控えが目立っています。先月(3月)、サンタクララ郡で売り買いされた家は、集合住宅も含め1100軒ほどでしたが、これは、前年同月のおよそ半分となっています。通常、春先の3月は売買軒数が大目なのですが、今年は明らかに違っています。
 全米では3割くらいは価格帯が下がっているとも耳にするので、「シリコンバレーでも、もっと下がるはず」と、買い控えている人が多いのでしょう。とくに、値段の高い家の買い控えは顕著なようで、それが中間値を下げる原因ともなっているようです。

 この買い控えのトレンドには、住宅ローンという要因もあるようです。今までアメリカでは、借入額41万7千ドル以上は、「ジャンボローン(jumbo loan)」と呼ばれ、急に利率が上がってしまったのですが、ごく最近、その上限が72万9千ドルに引き上げられました。ブッシュ大統領が打ち出した景気刺激対策の一環なのですが、そうやって上限がグンとあがったわりに、いまだに効果が表れていないのです。銀行はどこも貸し渋りが目立ち、なかなか利率が下がらない。だから、規則上は安い金利の借入限度額が伸びたのに、今までのジャンボローンの利率とあまり変わらない。
 とくに、シリコンバレーでは、ローン借入額が他の地域よりも断然大きいのです。これでは、「利率が下がるまで、家は買えないなぁ」と思う人が増えてしまうのも当然なのです(ちなみに、現在、30年固定ローンの利率は6パーセントくらいです。1980年代の十数パーセントという高利率に比べれば、とても安いものですが、もうちょっと下がるに違いないというのが、大方の見方となっています)。

 というわけで、買い手市場(buyer's market)と言われるわりには、我が家の家探しも、いろいろと難しい面があるのです。

 まあ、家の値段やローン利率も考慮すべき点ではありますが、10年以上経った中古の家というのも、日本人にはなかなか難しいものがあります。だからと言って、自分で家を建てるとなると、物事がスムーズに進まず、恐ろしく労力がかかるのがアメリカなのです。

 とにもかくにも、請うご期待といったところでしょうか。


夏来 潤(なつき じゅん)

ページトップへ