アメリカの商売:おもしろくもシビアな現状

2006年3月24日

Vol. 80

アメリカの商売:おもしろくもシビアな現状

 
 3月に入り、一段と寒くなったシリコンバレーです。2月は、例年よりも暖冬だといわれていましたが、やっぱりそのままでは済みませんでした。
 3月10日、サンフランシスコ・ベイエリアは雪にみまわれ、サンフランシスコ市内やサンタクルーズの海岸沿いでも積雪がありました。これは、実に、何十年に一度のことなのです。 シリコンバレーの街中にも「みぞれ」が積もったりしましたが、まわりの山々は一面の雪化粧となり、住民たちは、それを眺めるだけで心うきうきとしてきます。翌日の土曜日、雪をひと目見たい人たちで、あちこちの道はごった返していました。

 

 さて、先月号は真面目なお話に終始していたので、今月号は、少しは軽めの話題にいたしましょう。
 実は、これを掲載していただいているIntellisync日本支社の社長さんに、こう言われてしまったのです。「最近、なんだか話がかたいねえ。解説口調になってるよ。ここは、みんなの憩いの場なんだから、ほっとするものがいいねぇ。ほら、昔、アップル・コンピュータのスティーブ・ジョブスの話があったでしょ。あんなのがいいねえ」と。
 聞いてみると、「最近」とおっしゃっているのは、どうも先月号を指していらっしゃるようで、たまたま品質検査した号がいたく真面目なお話をしていたので、お気に召さなかったようです。
 それにしても、スティーブ・ジョブスさんのお話とは、5年以上前のシリーズ第1作目のことなのですが、してみると、社長さんにとって、あれ以上おもしろいものはなかったということなのでしょうか。と、ちょっと複雑な心境の今日この頃です。


<ジョブスさん>
 そこで、社長さんご所望のスティーブ・ジョブス氏のお話を一席。

 近年、アップル・コンピュータを見事に立ち直らせたジョブスさんですが、彼の下で働く者にとって、彼とは絶対にご一緒したくない場所がひとつあるそうです。それは、エレベーターだそうです。
 エレベーターで間違ってご一緒するやいなや、ジョブスさんの厳しい質問にさらされます。「君は今、どんな仕事をしてるんだね」と。

 ここが、運命の分かれ道です。勿論、嘘はつけませんので、自分のプロジェクトの説明をします。すると、万が一ジョブスさんのお気に召さなければ、後日、部門ごとなくなってしまうらしいです。

 ある人曰く、ジョブス氏の組織で働くのはいいけれど、直属の部下にはなりたくないと。それほど、自らのビジョンを大切にする、厳しいお方のようです。


<ウォズニアックさん>
 ジョブスさんが出てきたところで、アップル・コンピュータのもうひとりの創設者、スティーブ・ウォズニアックさんの小話です。

 普段、ジョブスさんほどメディアの関心を集めることはありませんが、ウォズニアックさん、先日、大きな話題を提供いたしました。アップル・コンピュータにゆかりのある人たちと設立した新会社が、株式公開したのです。
 Acquicor Technologyという会社で、目新しいテクノロジー会社を見つけては、それを買収し、後に資産を増やし儲けるといった会社です。SPACs(special purpose acquisition companies)と呼ばれる分野の会社だそうです。3月中旬のAmerican Stock Exchangeの公開では、1億5千万ドル(約175億円)を調達しました。

 Acquicorでウォズニアック氏を支えるのは、1年半の在籍の後、1997年にアップルを辞めさせられた前CEO、ギルバート・アメリオ氏、そして、IBM在籍中アメリオ氏から引き抜かれ、ナショナル・セミコンダクタとアップルで彼とご一緒したエレン・ハンコック氏のお二方です(アメリオ氏は、現在、ベンチャーキャピタリストとなっており、ハンコック氏の方は、ウェブホスティングのExodus Communicationsが大きく傾くまでCEOを務めた後、今は複数の企業や大学で役員をしています)。

 ウォズニアック氏といえば、2001年にWheels of Zeusという会社を立ち上げ、GPSやワイヤレステクノロジーを一般消費者に広めるよう努めたり、HipTop(T-MobileがSideKickという名で出す若者向けモバイルデバイス)を開発するDangerという会社の役員を務めたりと、いろんなことをあれこれとやってきました。小学校の先生や、慈善家としても知られています。
 ところが、このウォズニアックさん、Acquicor Technologyが株式公開するまで、あることを黙っていたらしいのです。それは、Wheels of Zeusを畳んでいたことです。いや、会社を畳む事はよくある話です。しかし、その情報公開のタイミングが何ともいやらしいのです。株式公開の2日後だったので、Acquicor の投資家は知らされていなかったとか。

 ウォズニアックさん、アメリオさん、ハンコックさん、この三人衆がAcquicor をどう盛り立てていくのか、今後がちょっと見ものではあります。


<夢を売るロボット>
 アメリカで一番身近なロボットといえば、iRobotの「Roomba(ルーンバ)」でしょうか。以前、2回ご紹介したことのある、お掃除ロボットです。太った三葉虫のような円盤状の姿でノコノコと床を這い回り、掃除機のようにゴミを吸い取ってくれます(2002年12月号と昨年10月号でご紹介)。 
 昨年10月号では、Roombaくんの兄弟、Scooba(スクーバ)くんも登場したことをお伝えしました。現在、テレビでも宣伝されていて、彼の知名度はぐんとアップしているようです。床をゴシゴシ洗った後、きれいに乾かしてくれるので、Scoobaくんの通った後は、もうピッカピッカ。モップとバケツは過去の遺産(?)。

 ロボット仲間としては、SONYのペットロボットAIBOもかなり人気が高く、それなりに全米各地にファンクラブなども存在するようです(AIBOは3月末で生産中止となるそうで、アメリカでも残念に思っている人は多いでしょう)。
 けれども、やはりそこは実用性を重んじるアメリカ人のこと、ロボットがお掃除してくれるとなると、もう目の色が変わります。
 ロシア語を話す友人宅では、Roombaくんは立派な家族の一員になっていて、「ルーンバチカ」というニックネームまで付けられています。一度、床に垂れるレースのカーテンをかじったことがあって、「ルーンバチカ、そんなおいたをしちゃデメでしょ」と叱られたそうです。Roombaくんは力強いのです。

  元祖お掃除ロボットのRoombaくん、そのお手頃さも手伝って、現在、マニアの間で隠れた人気を博しています。Roombaくんをプログラムし直して、彼に新たなミッションを与えるのです(現在、彼の仲間は、150ドルから330ドルの価格帯で5種類と進化しています)。
 もともとMITの人工知能研究所から派生したiRobot社。マニアの気持ちはよく理解しています。そこで、昨年10月、合法的にハッキングできるよう、同社はオプションキットを発売しました。Roombaくんをシリアルケーブルでパソコンにつなぎ、自由にコントロールできるようにしたのです(ケーブルをつなぐのに若干の工夫は必要ですが、マニアだったら何でもない作業でしょう)。

 たとえば、こんなマニアがいます。彼はRoombaくんにサーキットボードを加え、PalmのPDA(携帯情報端末)から指示を与えられるようにしました。そして、これから、Roombaくんのお掃除順路を決定するプログラムを書く予定です。
 もともとRoombaくんの利点は、障害物に突き当たるまで単純な直線運動を繰り返す、ごく簡単なプログラムにあります。お掃除すべき部屋の面積を計算したり、既に掃除が済んだ箇所を覚えていたりといった複雑なことはしないでいいように作られているのです。
 ところが、このマニア氏、懐疑心が強いのか、自分でRoombaくんの航行を決定しないと気が済まないらしいのです。Roombaくんが怠けて、四角い部屋を丸く掃くとでも思っているのでしょうか。
 こんなマニアグループもいます。パソコンをRoombaくんの上に乗っけて、ワイヤレスLANで受け取ったメールを、Roombaくんにフィードし、彼に声に出して読んでもらおう、と試みているそうです。やっぱり、ロボットといえば、何かゴショゴショとしゃべってくれなきゃかわいくないのです。

 日本の人間型ロボット、ASIMOくんやWakamaruくんに比べれば、そんなにお利口さんではありませんが、どこか憎めない姿のRoombaくんに、マニアの夢はどんどんふくらむのです。


<お酒には気を付けて>
 アメリカで車を運転していて、一番してはいけないことは何でしょう。それは、酒気帯び運転です(Driving Under the Influence、通称DUIと呼ばれます。麻薬の場合もDUIになりますが、一般的には、件数の多い酒酔い運転を指します)。
 州によって、酒気帯び運転の罰則は異なりますが、カリフォルニアは、もっとも厳しい州のひとつなので、気を付けたほうがいいでしょう。その場で、留置所行きです。

 ところで、この酒酔い運転、警察に捕まった後に、後日、裁判所に出廷することになるのですが、この際、妙な言い逃れが流行ってきているそうです。 

 事はフロリダで始まりました。酒気帯びで捕まったある男性の弁護士が、こんな申し立てをしたのです。DUIの罪を立証したかったら、酒気検査器(alcohol breath analysis machine)のソースコードを公開しろ。でなければ、検査器の表示が本当に正確であるかどうか、わからないではないか。
 アメリカで一番広く使われているIntoxilyzerという検査器のメーカーは、当然のことながら、ソースコードの公開は頑として断ります。だって、他社やハッカーに盗まれたら、たまったものではありませんので。
 ソースコードを公開しなくたって、検査結果が正確であることは証明できると主張するメーカー側に対し、裁判長は、「従わないなら、DUIの証拠は無しね」と、裁判自体をストップしてしまいました。

 この判定は、上告した先の法廷でも支持されたそうで、これに味を占めた交通専門の弁護士たちは、別の州でも、次々と同じ弁護を繰り広げているそうです。おかしな話ですが、ソースコードの開示を拒否することは、「罪を立証する検査に関しては、求められればすべての情報を開示する必要がある」という法律にひっかかるらしいのです。

 幸い、DUIで捕まったことはありませんが、お酒の席では、結構いろんな体験談が出てくるものです。どうやら一番困るのは、経費がかさむことと、免停の後、自宅と勤め先の間しか運転できなくなることらしいです。コミュニティーのゴミ拾いの労働や、安全運転の講習もかなり面倒くさいもののようです。
 警察での一夜の宿代、罰金、法廷・弁護士費用、つり上がる自動車保険などの諸経費を合わせると、100万円近くかかるそうです。加えて、酒酔いが原因で事故を起こした場合、その事故の調査費まで警察に徴収されるケースがあるとか。
 つい先日、サンフランシスコの住宅に突っ込んだ酔っ払い運転のドライバーが、5万ドルの罰金を科せられたとの話も聞きました。
 近頃は、アメリカ全体でDUIへの見方が厳しくなってきていて、酔っ払い運転で捕まった経歴があると、永住権(グリーンカード)の申請に悪影響が出るとの話もあります。

  アメリカでは、年間およそ150万人がDUIで捕まるそうです。ソースコードの開示を求める妙な弁護戦略が全米に広まってしまったら、徴収できる罰金も、ずいぶんと減ってしまうでしょうね。


<みんなで大騒ぎ>
 ソースコードの開示を求める話が出てきましたが、裁判がお好きなアメリカで、近頃、最も有名な争いといえば、何と言ってもBlackBerry(ブラックベリー)でしょう。

 以前も一度ご紹介したことがありますが、BlackBerryは、カナダのリサーチ・イン・モーション(RIM)という会社が出すPDA(携帯情報端末)で、アメリカの重役の誰もが持つと言われるくらいの人気デバイスです。
 会社や個人のメールや予定表をいつでもどこでも受け取れ、小さいながらもキーボード付きなので、その場で簡単な返事もできるという製品です(もともとは、メール端末機として人気を博しましたが、近頃は、携帯電話機能付きが主流となっています)。
 オフィスを空けることが多いハイテク重役や、弁護士、金融エグセクティヴといった人たちに重宝されています。2001年には、米国連邦下院議員435名全員にBlackBerryが支給されたりもしています。まあ、一種のステータスシンボルともいえるものでしょうか。

 このBlackBerry、実は、5年前から裁判沙汰になっていたのです。アメリカのNTPという会社が、携帯電話のネットワークを使ってリアルタイムにメールを配信する自分たちの方式は、こちらが先に特許権を持っており、RIMは特許を侵害したのだと訴え出ていたのです。
 何年も和解もせずに繰り広げられる裁判劇に、最近では、アメリカのBlackBerryサービスは、全部止めさせられてしまうかもしれないという噂まで飛び交い、世のユーザたちはびくびくしていました。

   結局、しびれを切らした裁判官が、「お前たち、いつまでも和解しないなら、サービスを止めてしまうぞ」との鶴の一声を発し、3月3日、めでたく和解が成立しました。RIMがNTPに6億ドル以上(約720億円)を支払うことで合意したのです。サービスもこれまで通り、何の変更もありません(RIMは裁判官の指示に従い、この時のために、10億ドルを貯金していたと言われています。写真は、「みなさん安心してね」というRIMの全面広告です)。

 まあ、こう言っては不謹慎ですが、脇で見ていると、裁判の行方などよりも、事の成り行きに振り回されるユーザやメディアの様子の方がおもしろかったです。
 確かに、今までBlackBerryサービスをオフィス内で展開してきた企業にとっては、死活問題とも言える話かもしれません。しかし、まるで世の終わりがそこまでやって来ているとでもいうようなあわて振りは、ちょっと見ものでした。

 ちなみに、BlackBerryサービスがアメリカで打ち切られていたならば、恩恵を受けたであろう会社はいくつかあります。Palm Treoのようなビジネス向けスマートフォンのメーカーはその筆頭に挙げられますね。BlackBerry デバイスの代替品として、Treo 650は熱い視線を浴び、その名を聞かない日はないくらいでした(今のところ、BlackBerryは大企業向け、Treoは小企業向けといった色分けはあるようですが)。
 Windows Mobile OSを提供するマイクロソフトなどもそうでしょう。Windows Mobile 5.0搭載モデルも増え、筆者が購入したTreo 700wに続き、UTStarcom XV6700がVerizon Wirelessから出ています。4月には、待望のMotorola QもVerizonから出る予定です。一方、Sprint、T-Mobile、Cingular各キャリアからは、HTC製のモデル数種が出されています(Sprint PPC-6700、T-Mobile MDA/SDA、Cingular 8125/2125。Cingular 2125は、同社としては初のビジネス向けデバイス)。
 そして、BlackBerryに対抗する携帯ネットワークのメール配信分野では、このシリーズ掲載でお世話になっているIntellisync、それからGood Technologies、Visto、Seven Networksといった会社があります。  
 
 BlackBerry騒動は一件落着したわけですが、また第2、第3の大騒ぎが出てくるやもしれません。現に、SprintとCingularに採用されているメール配信サービスのGood Technologiesは、競合のVistoに特許侵害で訴えられています。けれども、これはまた別のお話ですね。


<特許はメシの種>
 アメリカというのは、ホントにおかしな国でして、奇妙な商売がどんどん出てくるのです。こういう会社があるんです。おいしそうな特許をどんどん手に入れ、それでメシを食う会社が。

 これは、「特許トローリング(patent trolling)」とも陰口を叩かれる手法で、自分たちが取得した特許を盾に取り、特許侵害を理由に次々とテクノロジー会社を訴え、特許権使用料や和解金をたんまりと徴収するという商売です。
 他の正直なテクノロジー会社の邪魔になるばかりか、消費者へも、製品コストの上乗せという形で迷惑がかかると批判がなされているのも現状です。

 たとえば、Forgent Networksという会社があります。この会社は、1980年代中頃、ビデオ会議装置メーカーとして、VTELという名で設立されています。その後、さまざまな会社の買収を重ね、1997年、Compression Labsという会社を買収しました。
 実は、これが、巨大なお買い物だったのです。Compression(圧縮)という名が示す通り、この会社は、静止画の圧縮技術を作り出し、JPEGフォーマットの特許を持っているのです。世の中のほとんどのテクノロジー会社が、これに触れると言ってもいいくらいです。
 実際、2年前、Forgentは44ものテクノロジー会社をJPEGの特許侵害で訴え、そのうち、Yahooなど13社がこれまでに和解しています。裁判で訴えられてはいなかったものの、数十社が特許使用料を支払うことで合意しています。この中には、BlackBerryのリサーチ・イン・モーションも含まれます。特許侵害の疑いありとのお手紙を受け取ったのは、実に、千社を超えるそうです。
 一方、アップルやマイクロソフト、Dell、HP、IBMといった大企業は、現在、裁判が始まるのを待っているようです。

 同様の戦略に味を占めたVTELは、2001年、Forgent Networksと名前を変え、知的財産権(intellectual property)のみで身を立てる決定をしています。JPEGがらみの騒動では、ここ3年間に1億ドル以上(約125億円)を搾り取っています。
 現在、提訴中のものには、TiVoやMotorolaといったDVR(デジタルビデオ録画機)のメーカーを相手取ったものがあります。録画しながらプレーバックする技術が自分たちの特許に侵害していると。

 上記のJPEGの特許に関しては、特許の無効を訴える申請が特許局に出されていて、現在、審議中だそうです。決定に何年かかるかわかりませんが。 また、現行の法律を改め、同種の製品を開発する際のみ、特許侵害の申し立てができるようにする動きもあるにはあるそうです。

 筆者にしてみれば、最後に休暇を取ったのは、いったいいつだったかも覚えていないほど忙しく働く人が大勢いるアメリカで、自分では何も生み出さず、他人から徴収した金でおまんまをいただくというのは、何ともいやらしい商売に見えるのですが。

夏来 潤(なつき じゅん)

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