年末号:一年を振り返って

2004年12月24日

Vol.65
 

年末号:一年を振り返って


 日本では、今年を表す漢字は "災" と決まったそうですが、なるほど、世界的にも天災の多い一年ではありました。それに輪を掛けて、"おでんの友" の卵も値段が高騰しているそうで、貧乏学生の行く末が心配な年末です。
  アメリカでも、火星探査にハリケーン、"華氏911" に大統領選といろいろありましたが、今回は、そんな一年を締めくくる号といたしましょう。


<ウィッシュリスト>

 毎年11月末の感謝祭を過ぎると、途端に、何かお買い物しなくちゃという気分になります。クリスマスまでのこの時期、商店では年間売上の4分の1を稼ぐ、大事な4週間となります。

 感謝祭翌日の "ブラック・フライデー(Black Friday)" については、今まで何回かご紹介しましたが、今年は昨年よりも、歳末商戦の出足は好調だったようです。朝6時から半日営業するのが恒例のこの日、大型店舗はどこも、ドアが開くかなり前から長蛇の列だったようです。"アドレナリンを感じるわ!" と、お買い物フリークの女性はのたまいます。
 家電量販チェーンのBest Buyでは、サンフランシスコの支店に前夜から泊り込みで待っていた若者たちがいます。500ドルのパソコンがお目当てなのです。東芝の15インチノートパソコンです(1.4GHz Intel Celeron Mプロセッサ、256MB SDRAM、40GB HDD、DVD/CD-RWコンボドライブ付き)。勿論、この日だけの特価なので、並ぶ価値は充分です。

 アメリカでは昨年のこの時期、デジタルカメラが "欲しいものリスト" の第1位と言われていましたが、今年は、プラズマテレビだそうです。日本と同じく、そろそろテレビ放送のデジタル化が本格化してきて、時代に遅れじと、猫も杓子も電気屋さんのハイデフィニションテレビに群がります。
 昨年に比べて、プラズマテレビの値段も2割ほど下がっており、平均して2500ドルを切ったそうです。42インチのプラズマで1500ドルという広告を見かけましたが、ブランドは何が当たるかわからないようです。日本と同様、いまだにブランドによる値段の格差は大きく、韓国のDaewooの42インチが1800ドルに対し、人気の高いパイオニアは、43インチで3500ドル近辺です。
 ちなみに、アメリカ市場では、液晶テレビはプラズマほど型番が豊富ではなく、値段も高いです。40インチを超えると、5千ドルは下らないようです。

 この時期、どの家電量販チェーンも、激しい広告攻勢に出るわけですが、アメリカの広告にはご注意あれ。お目当ての製品が、近くの支店にあるかは保証の限りではありません。
 サンフランシスコのローカルテレビ局、KRONが調査した結果によると、Circuit Cityの各支店では、広告の品の6割が店頭に存在しなかったそうです。それに対し、シリコンバレーで一番人気のFry'sでは、見つからなかったのは1割、Best BuyとGood Guysは3割ほどだったそうです。
 ここ10年間で、Circuit CityはBest Buyに大きく逆転されています(Best Buyの年間売上は2.5倍)。品揃えという最も大事な点で、顧客の信用を失ってしまったのかもしれません。

 "昨日の広告欄に間違いがありました。ごめんなさい。" これは、12月中旬、Fry'sが新聞に載せた謝罪文です。28ドルのDVD録画機は、実は、DVDプレーヤだったというのが、謝罪の主旨です。
 ちょっと人騒がせな間違いではありますが、素直に謝るくらいの気配りがないと、アメリカでもやっていけない時代のようです。


<お子様には?>

 クリスマスの主役、お子様に向けては、今年もたくさんのおもちゃの新製品が出ています。一年前、140年の歴史に幕を閉じたおもちゃ屋の老舗FAO Schwartzは、新たな投資家も見つかり、感謝祭の翌日、めでたく営業再開に漕ぎ付きました。美しく改装したマンハッタンの店舗には、この日を待ちかねた子供たちが押しかけました。
 目玉商品はというと、子供用の二人乗りフェラーリ、5万ドルなり(勿論、公道では運転できませんが、本物そっくりのこのゴーカートは、最高15マイルのスピードが出ます。メルセデスベンツ版はちょっと安く、1万5千ドルです)。
 FAO Schwartzの再開を喜んでいたのは、実は、夢見る親の方だったのかもしれません。

 一方、クリスマスを待たずに、一足先にプレゼントをもらったのは、ベイエリアの子供たちです。お金ではまだ買えないものです。ホンダのロボット、アシモくんがスタンフォード大学に訪ねて来たので、たくさんの子供たちがバスを連ねて見学に来たのです。上手にダンスを踊ったり、ちゃんと顔を認識し名前であいさつしたりと、子供たちを充分に魅了したようです。
 アシモくんは、スタンフォードを皮切りに、全米10箇所の大学を廻り、地元の学生や子供たちと交流する計画です。

 既にご承知の通り、アメリカの子供たちの数学・科学力は芳しくはありません。国際的に学力を比較するテスト、TIMSSの数学部門では、8年生は45カ国中15位、4年生は25カ国中12位だったそうです(日本は、それぞれ5位、3位)。
 専門家は、いい先生が圧倒的に不足しているし、日本やシンガポールみたいに、国中で一定のカリキュラムが組まれていないので、州によって学力のばらつきが出ると指摘しています。
 アシモくんを目の当たりにした子供たちが、少しでも科学に興味を持つようになったら、今回のお役目は充分に果たしたと言えるでしょう。

 あ、そうそう。今年1月、火星に着陸した双子の探査ロボット、スピリットくんとオポチュニティーちゃんは、3ヶ月の寿命を優に超え、今でも元気に活躍しています。オポチュニティーちゃんなんかは、水が存在した証拠を掴んだそうで、お手柄、お手柄。


<今年の流行語>

 昨年は、圧倒的な強さで、"メトロセクシュアル" が一押しの流行語でした(昨年12月号で詳しくご紹介しています)。今年は、そこまで圧勝ではありませんが、やはり "ブログ(blog)" でしょうか(Web上で公開する日記、Weblogの略語です)。英語の辞書で有名なWebsterのサイトでも、ブログがサーチ件数の一等賞でした。

 ブログには、誰でも自分の書いたものを公表できる手軽さもあるし、読んだ人の反応を知るのが嬉しくもあるようです。マイクロソフトのメールサービスMSNでも、ブログのコーナーが登場しています。今年の米大統領選挙戦でも、二大政党専属のブロガーたちが大活躍し、対抗勢力の一挙手一投足を瞬時に批判しあっていました。
 サンノゼ・マーキュリー新聞でビジネスコラムニストを務めるダン・ギルモア氏は、自ら主宰するブログコラムで、ジャーナリスト賞をもらっています。刻一刻と変わるビジネス状況をタイムリーに読者に伝え、同時に、紙面ではやりにくい読者との対話も充分に保っているとの理由です。

 一方、ブログは、出版界への進出の動きも見せています。昨年廃刊したビジネス雑誌Red Herringの創設者、トニー・パーキンス氏が、ブログを印刷した "blogozine" を発行する計画なのです。彼がRed Herring廃刊後に作った、ビジネスマン向けのネットワークサイトAlwaysOnが、紙面にも転身するのです(いうまでもなく blogozine とは、ブログ blog と、雑誌 magazine の造語ですね)。
 2月に発行予定の同名の季刊雑誌は、AlwaysOnに紹介された中からベストのブログを選び、ビジネス界の調査報告やテクノロジー巨人とのインタビューなども織り込むようです。連邦通信委員会(FCC)のパウエル委員長も、AlwaysOnの常連さんとなっています。

 パーキンス氏は、日頃、Red Herring誌を再開するぞと宣言していたので、筆者なども期待していたわけですが、娘にこう言われて気が変わったそうです。"Red Herringなんて、あまりにも1990年代よ、お父さん"。
 どうやら、ジャーナリズムのあり方にも、大きな変化が見え始めているようです。


<今年のコマーシャルソング>

 今年は、思ったほど経済も回復しなかったので、コマーシャルも昔のリサイクルなんかが目立ち、パッとしたものはありませんでした。その代わり、コマーシャルソングの方には、かなりのインパクトのものがあるのです。
 アイルランドのロックグループ、U2の "Vertigo(めまい)" です。かの有名な、アップル・コンピュータのiPodの宣伝に使われています。"Uno, dos, tres, catorce!" の叫び声で始まる、勢いのよいこの曲は、iPodに合わせて踊る若者のシルエットと、蛍光色の派手な背景によくマッチしています。お陰で、前四半期に2百万台の売上を記録したiPodも、今期は4百万台に達する勢いです。

 そんなコマーシャルにつられて、今までU2なんて一枚も買ったことのない筆者も、この曲を含むCD "How To Dismantle An Atomic Bomb(原爆を解体するには)" を、発売と同時に購入してしまいました。ご本人たちは、題名から想像されるような政治的なアルバムではないと主張していましたが、それはひとりひとりが汲み取るものでしょう。CDジャケットでも、Amnesty International、Greenpeace、DATA (Debt, Aids, Trade, Africa) や、ミャンマーの民主化運動家アンサンスーキーさんをサポートしているところを見ると、彼らの政治色は衰えてはいないようですが。
 
 まあ、歌詞や彼らの思想がどうであれ、四十を超えたおじさんたちが、あんなに長くロック界に君臨しているのは立派なもんです。実に、心強い。
 元気が出る一曲として、"Vertigo" は世のおじ様たちにもお勧めです!


<とかくこの世は住みにくい>

 アテネオリンピックなどの楽しい行事はあったものの、アメリカでの今年の話題は、大統領選挙に尽きるのです。ブッシュ再選を目指す保守陣営を始めとして、お互いの攻撃にどれだけ無駄なお金と労力が注ぎ込まれたことでしょう。政治をエンターテイメントとして楽しむ、"politainment(ポリテイメント)" なる言葉も生まれのでした(政治を表すポリティックスの「ポリ」、エンターテイメントの「テイメント」を合わせた造語です)。
 中立性を欠いたメディアが大きな声で唱えれば、ウソも真となるのです。

 結局、夏の間、ケリー候補の悪口をさんざん言いまくったブッシュ陣営に軍配が上がったわけですが、この選挙は、両サイドを和解させるどころか、溝を深める結果となりました。
 アメリカの地図も、赤(ブッシュ支持)と青(ケリー支持)に塗り分けられ、海や五大湖に面する州は青、内陸部と南部は赤と、きれいなパターンを見せています。青のブルーステートのブルーな気分はなかなか収まらず、どこか外国に移住したいとか、遅れた内陸部の州なんか二度と行くもんかとか、やけっぱちのコメントが聞こえてきます(隣国カナダは、自分の所には簡単には来られないからねと、警告を出しています)。
 水に接するということは、異文化の息吹がかかるということで、それがなければ、どこまでも昔の価値観が根付いているのでしょう。海外の批判も、広大な内陸部には届きません。

 日本の新聞記事に、ケリー候補の失敗は、メッセージが悪かったのか、それともメッセンジャーが悪かったのかと書いてありました。が、筆者はメッセージを受け取る側に問題があったと思っています。端的に言って、解釈する力に欠けているからです。
 アメリカ国民の多くが、中学校2、3年生レベルの読解力しかなく、2割は、小学校5年生以下のレベルだとも言われています(移民の割合が高いのも一因ではあります)。論理的なケリー候補の言葉は、一部の人には理解し難いものだったのかもしれません。
 勿論、アメリカには、考えることに長けている人もたくさんいるわけです。しかし、忙しさにかまけて、"ポリテイメント" に頼り過ぎたのかもしれません。候補者の生の声を聞かず、解釈を人任せにしてしまったのです。
 選挙直前、実に4割の有権者が、同時多発テロはフセイン・イラク大統領が起こしたのだと信じていたといいます。そんなわけで、つまるところ、"民主党が勝てばテロが再発するぞ"と、単純な脅しをかけた共和党の勝利となりました。

 ブッシュ政権が発足した2001年以降、国民の生活は悪化しています。一世帯当たりの年収は下がり、貧困層は4百万人増え、健康保険のない国民は5百万人も増えています。子供たちの2割近くが貧困家庭に育っています。国の社会保障基金は10兆ドル、高齢者医療保険制度は50兆ドルの赤字を抱えています。
 けれども、自分たちの生活がどんなに苦しくなろうとも、イラクからフセイン大統領を追放し、国を民主化することの方が大事だそうです。

 そして、そんな世相を反映し、9月にアメリカで自動攻撃ライフル銃が解禁となりました。過去10年間、コロンバイン高校スタイルの凶悪犯罪を抑制するために、これらの武器は製造も販売も禁止されていました。しかし、政治に強大な影響力を持つ全米ライフル協会(the National Rifle Association、通称NRA)が連邦議会に働きかけ、禁止法が期限切れとなったのです。これで、全米の警察は、AK47やUziで武装した地下組織と渡り合うこととなりました。
 米国憲法修正10か条(権利章典)の2番目に、"Right To Bear Arms" というのがあります。"自由を守るためには、武装する権利は侵されてはならない" というものです。これは、"言論の自由" の次に出てくるほど、アメリカにとっては大事な条項なのです。

 ふと、こんな事を思い出しました。今年の初め、まだケリー氏が大統領候補となる前、10人の民主党候補者の中に、デニス・キュセニッチという人がいました。オハイオ州選出の下院議員で、26年前、31歳の若さでクリーブランド市長に就任した経歴を持つ人です。今でも "お坊ちゃん" の風貌を備えています。
 候補者討論会の席では、"一番好きな曲は何ですか" という意表を突く質問に対し、彼はこう答えました。ジョン・レノンの "Imagine" ですと。

 彼が大統領に選出されていたならば、世の中はずいぶんと変わったことでしょう。残念ながら、天と地がひっくり返っても、そんなことはなかったとは思いますが。


<ある訃報>

 先月、中国からアメリカに戻ってきたとき、最初に目にした報道は、ある著者の訃報でした。日本でも、かなり大きく取り上げられていたようですが、1997年に出された話題作 "The Rape of Nanking(南京大虐殺)" の著者、アイリス・チャンさんです。事もあろうに自ら命を絶ったといいます。
 彼女は、ご主人がシスコ・システムズに勤務するため、二歳の息子と三人でサンノゼ市に住んでいました。昨年6月、最新作 "The Chinese in America(アメリカの中国人)" の出版に際し、全米に先駆け、市内の本屋でブックリーディングが開かれました。筆者もこれに参加し、彼女の生の声を聞いています。
 徹底的にリサーチをする彼女は、"南京大虐殺" に2年、"アメリカの中国人" に3年を費やしたといいます。そして、次は、人権問題の本を書きたいとも抱負を語っていました。

 アイリスさんは、ここ半年ほど、うつ状態にあったそうです。南京の話題作を世に出したあと、日本政府に正式謝罪と補償を求める市民運動にも深く関わり、そのことが彼女を少しずつ蝕んできたと言う人もいます。新聞記者だった頃から、人の痛みには人一倍共感したといいます。共感を通り越し、痛みや責任を極度に内面化してしまったのかもしれません。文章を書くことは、文字通り、身を削ることだったのでしょう。
 最新作のプロモーションのため、今年前半、全米30箇所を廻ったあと、人が変わったようになって戻って来たと、ご主人は言います。プロモーション中、人生を変えてしまうような何かがあったのかもしれません。

 アイリスさんのお葬式には、家族や友達に混じり、たくさんのファンも集まりました。棺を地中に納めるとき、みんなで "ハピー・バースデー・トゥー・ユー" を歌ったそうです。凛と背を伸ばし、生命力に満ち溢れた、聡明な、美しい人でした。生き急いでしまった彼女のライフワークは、若い世代に語り継がれるべきものです。


<筆者のウィッシュリスト>

 皆様は、今、何が欲しいと思われるでしょうか。まあ、品物はお金を出して買えばいいわけですが、筆者には物品以外に欲しいものがあります。それは、中国語を話せるようになることです。先月、彼の地で痛感したのですが、タクシーの運転手はまったく外国語が通じないし、レストランでも英語を話せる人は限られるし、やっぱり、中国語ができないと困りますね。
 西安空港で出会ったアメリカ人の団体さんが、"ガイドが歩けと言えば歩くし、ここに立ってろと言えばじっと立っている" と、皮肉交じりで自分たちのことを表現していました。言葉ができないと、子供に逆戻りしたような気分になるのです。

 どの地に出向いても、誰かに会えば "こんにちは" と言い、何かしてもらえば "ありがとう" と言う。それが基本です。にこやかに "こんにちは" とか "ありがとう" と言われて怒る人など世の中にはいないでしょうから。そういう意味では、"ニーハオ" と "シェーシェー"、そして漢字を知っていれば、中国ではかなり大丈夫かもしれません。
 でも、あの珍しく愛想の良かった西安のタクシー運転手とも話してみたいし、ゴショゴショとやっている暗号みたいな音の羅列を解読してみたいのです。言葉がわかれば、少しは頭の中も覗けるかもしれません。
 まあ、そうなるのは、百年先のことでしょうか。


おまけ: 年末のこの時期、アメリカでもあいさつのきまり文句があります。ところが、これにもおかしな現象が起きています。共和党支持者は、7対3で "Merry Christmas!" を好み、民主党支持者は、6対4で "Happy Holidays!" を選ぶというのです。世の中は、ホントに真っ二つなの
です。

 そんな世の中ではありますが、
皆様、どうぞ良いお年を!


夏来 潤(なつき じゅん)

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