アメリカの長月:9月はいろいろと忙しいのです

2004年9月16日

Vol.62
 

アメリカの長月:9月はいろいろと忙しいのです


 5月末のMemorial Day(戦没者追悼記念日)に始まったバーベキューシーズンも、9月初めのLabor Day(労働者の日)で終わりを迎えます。この日を境に、夏のいでたちである白い服は、タンスに仕舞うのがお決まりともいわれています。

 さて、今回は、そんな9月にちなんだお話を中心にお送りしましょう。


<新学年に備えて>

 9月といえば、アメリカでは新しい学年が始まるシーズンです。えんぴつやノート、科学電卓などの必需品に加え、PDAや携帯電話が"新学期のお買い物(back-to-school merchandise)"のリストに載るシーズンでもあります。宿題やテストのスケジュール管理や、家庭との緊急時コミュニケーションのため、そろそろ子供に持たせた方がいいだろうと考える親がいるわけです(携帯電話は、授業時間の使用は禁止ですが、校内に持ち込んでもよい学校が増えているようです)。

 一方、初めて親元から離れる新大学生も、厚ぼったい教科書や、論文提出のためのパソコンなどを買い揃え、新学期に備えます。狭い寮部屋(dorm room)での生活を少しでも快適なものにしようと、今年は、寮生活グッズをセット販売するディスカウントストアもたくさんでした。何でも、この時期、新入生は平均1200ドルも消費するそうで、これを逃す手はありません。
 
 大学の方でも、新一年生に配る歓迎グッズをいろいろと用意して待っています。その中に、こんなものがありました。ノースキャロライナ州の名門私立校デューク大学では、アップル・コンピュータのデジタル音楽プレーヤ、iPod(20GBのモデル)が新一年生全員に配られました。
 iPodといえば、デジタル音楽プレーヤの分野で大人気を誇り、先日、HP(ヒューレット・パッカード)からも発売が開始された製品です。7割のシェアを誇るアップルのオンライン音楽サイト、iTunes Music Storeとの相乗効果もあり、市場を独占する勢いです。

 実は、デューク大学が、300ドルもする製品を一年生全員1650名に配ったのは、講義を復習したり、外国語を習得したりする道具として使って欲しかったからですが、勉学に使われるかどうかは保証の限りではありません。現に、iPodを既に持っている学生などは、オークションサイトで売りに出そうと考えているとか(デューク大学の紋章が付いているので、希少価値はあるようですが、向こう一年間は大学の所有物だそうです)。
 大学側から話を持ちかけられたアップルも、デューク専用のiTunes Music Storeを準備し、このサイト用に10ドルのギフト券をばらまいています。

 シリコンバレーでも、"アパートの入居契約をすれば、iPodを差し上げます"というプロモーションを見かけます。デジタル音楽を持ち歩きたいのは、学生ばかりではありません。
 そんなトレンドに乗って、人気サングラスメーカーOakleyは、デジタル音楽プレーヤとイヤホーン内蔵のサングラスを、歳末商戦に向け準備中です。Thump(心臓の鼓動)と呼ばれるこのサングラスは、12月に、Circuit Cityと自社のオンラインストアで売り出されるそうですが、残念ながら、iPodや iTunes Music Storeで使われるフォーマット、AACはサポートされていないそうです。

 大学一年生がiPodなら、ビジネススクールはBlackBerryです。メリーランド大学のビジネススクールでは、新入生320名に配られました。
 5年前に登場したリサーチ・イン・モーションのBlackBerryは、日本では知名度が低いものの、アメリカのハイテク産業や金融業界のエグゼクティヴのほとんどが愛用すると言われるほどのPDAです。会社のメールやスケジュールをいつでもどこでも受け取れるのが重宝されています。キーボード付きなので、親指二本で返事も打てます(写真は、オリジナルのBlackBerry)。
 近頃は、電話機能付きのBlackBerryも出ているので、携帯電話とPDAのハイブリッド製品が嫌いな人も、こちらに乗り換えているようです(とはいえ、電話と両方持ち歩いている人が多いようです。マネジャー級だと、料金は会社持ちですから)。
 メリーランド大学で配られたBlackBerryは、携帯キャリアのNextelがサービスを提供しているので、メールやケータイ機能の他に、プッシュ・トゥー・トーク(ウォーキートーキー機能)も付いています。大学側は、"always-on(いつでも繋がる)" テクノロジーを学生に教えたかったとしていますが、既に働いているビジネススクールの学生にとって、そんなことは教えられるまでもなかったかもしれません。
 
 一方、BlackBerryを愛用する人は、政界にも多いようです。その中には、就任早々、ゲイカップルの結婚証明書発行で世間を騒がせたサンフランシスコ市長、ギャヴィン・ニューサム氏や、アーノルド・シュウォルツネッガー知事もいます。
 俳優ほどのルックスを持つニューサム氏は、かなり細かい人だそうで、自分の部下の市政報告を逐一把握するのに活用しているそうです。彼が市長になって忙しくなったと、ぼやく部下が増えたとか。シュウォルツネッガー知事の方は、議会を牛耳る反対勢力、民主党議員たちの発言を漏れなく側近に伝えてもらうのに重宝しています。民主党議員の一番ボスなどは、"おい親指(Thumbs)、ちゃんと書いたか?"と、愛情を込めて敵陣の側近に話しかけるそうです。

 そんな政界、財界の支持を超えるべく、9月に入り、リサーチ・イン・モーションは、小さくて安い携帯電話型のBlackBerry 7100tを発表しました(キーは20個しかないわりに、賢い認識ソフトが入力を助けてくれます)。来月、T-Mobileから大々的に売りに出されるようです。今までpalmOneのTreo600くらいしか選択肢がなかった人も、BlackBerryを候補に挙げられるようになり、知名度もぐんと上がるかもしれません。


<「敬老の日」にちなんで>

 もうほとぼりも冷めたところで、ちょっと昔のまじめなお話をいたしましょう。昨年11月、日本で行われた衆議院選挙の際、中曽根元首相が、比例代表候補として自民党から公認されないという大騒ぎがありました。ちょうどこの頃、筆者は日本にいたので、事の成り行きをつぶさに観察していたのですが、密かに、心の中で中曽根氏にエールを送っていました。
 中曽根氏の支持者でも何でもない筆者が、どうして彼を応援していたのか、ここでちょっと書かせていただきたいと思います。まず、ひとつに、中曽根氏は、党から「北関東比例代表ブロックでの終身一位」を保障されており、1996年に文書まで交わされています。当事者であった幹事長が離党したとはいえ、党との約束は簡単にほごにされるべきものではないでしょう。会社同士でも同じ事ですが、契約というものは、そういうものではないでしょうか。
 また、年齢を楯に引退勧告をするのは、世界的に名の知れた中曽根氏の、政治家としての能力を否定することではないでしょうか。世の中には、30代でちょっとボケている人もいれば、90代でもかくしゃくとして現役でがんばっている人もいるのです。単に、生物学的な年齢が高いというだけで引退を求めるのは、今後、高齢社会となる日本では、通用しない論理ではないでしょうか。

 この選挙戦で「世代交代」を訴えていた首相は、"70を超えた年寄りが、ウジャウジャと恥ずかしげも無く選挙戦に出ている" という趣旨の発言をしていましたが、これなどは、先達に対し、非礼な発言だと個人的には思います。「世代交代」とは、人を追い出すことではなく、有能な若手の登用を指すのではないでしょうか。
 もしも長老を排除したいのならば、衆人の目にさらされること無く、密室で面と向かって、相手に退陣を請い願うのが筋ではないかと思うのです。料亭政治を推奨しているわけではありませんが、根回し上手のアメリカ人も、きっとそうしていたと思います。

 中曽根氏や宮沢元首相をはじめとして、この選挙を機に、退陣するベテラン政治家がたくさんいました。あるニュース番組で、こういった政治家へのインタビューを特集していたのですが、皆一様に、"戦争はいけません" と言っていたのが印象に残りました。永年培ってきた思想の右左に関係なく、皆が口をそろえてそう発言していたのです。
 そういった先達の箍(たが)が外れた時、暴走を防ぐのはいったい誰なのでしょうか。


<あなたはきれい好き?>

 アメリカという国は、計り知れないところがあって、いろんな人がいるものだなあと感心することが多いです。ある白人のおじいちゃんが、こんなことを言っていました。小さい頃、バースデーケーキのろうそくを吹き消そうとしたら、彼のおばさんが、"ケーキにバイキンが着くから、紙ナプキンの風で火を消しなさい" と言ったそうです。
 トイレに行っても手を洗わない人が多いこの国で、神経質な人がいたもんだと感心してしまったわけですが、昔は皆、きれい好きだったのでしょうか。でも、よく考えてみると、この国には、両極端の人がひしめき合っています。バイキンが手に移るのがいやで、握手するのを躊躇する人もたくさんいるのです。ちょっと前に、相手がトイレに行ったかもしれないことを考えると、十二分に理解できる行動ではあります。
 それが証拠に、昨年9月、アメリカの微生物学会(the American Society of Microbiology)が行った調査によると、カナダでは、SARSの影響で手洗いの励行が増えたものの、アメリカではまだまだダメだそうです。アメリカ5都市の空港のトイレで、手洗いの行動パターンを観察したところ、ちゃんと手を洗ったのは、男性の7割、女性の8割のみでした。男性軍で成績が悪いのはシカゴ(38パーセント)、女性軍ではサンフランシスコ(41パーセント)だそうです。筆者の若い頃からの持論が、データで裏打ちされています。
 
 バイキンについては、こんな統計もあります。国の疾病管理予防センター(CDC)が発表したところによると、5つの州の5千箇所のジャクージ(ホテルやジムにある、ぶくぶく泡の出る小型プール)を水質検査したところ、その半分が州や地方自治体の衛生基準に違反していたそうです。
 殺菌剤が足りなかったり、フィルターや水の循環システムがうまく稼動していなかったりと、原因はさまざまなようですが、あまりにひどいので、操業一時停止の命令を受けたスパもあったそうです。水がバクテリアで汚れていると、皮膚に発疹が出たり、呼吸器系の病気になったりするそうで、過去にそのような発生例がいくつもあったとか。やはり、いろんな人が集まる場所では、自治体の検査を合格しているかどうか、きちんとチェックする必要があるようです。

 バイキン恐怖症とはちょっと違いますが、アメリカには、机や棚や身の回りを常に整理整頓しないと気が済まない人も結構います。ある種、心の病気(obsessive-compulsive disorder)なのかもしれませんが、以前、同僚にそういう人がいて、帰宅する頃になると、机の上には書類の一枚も本の一冊も置いてありません。一方、筆者の机はいつも雑然としているので、一日の終わり、彼がオフィスの出口に向かう時は、毎回さぞかし不快な思いをしたことでしょう(それが嫌で会社を辞めたわけではないと思いますが)。
 そういえば、以前、ジュリア・ロバーツ主演のサイコスリラー映画に、そんな怖~い旦那さんが出ていました。

 何を隠そう、オフィスといえば、机もバイキンだらけの場所だそうで、アリゾナ大学の微生物学者によると、1平方インチ当たり、平均2万個のバイキンが見つかったそうです。これは、トイレシートの400倍だとか。
 そういえば、元同僚くんも毎日机を拭いていたような気がします。消毒液でも使っていたのかな?


<ハリケーンの思い出>

 8月、9月は、日本では台風シーズンですが、アメリカも、ハリケーンの季節の到来です。幸い、夏が乾季のカリフォルニアは、ハリケーンとは無縁ですが、フロリダをはじめとしてアメリカ南東部は、例年、夏の大嵐に悩まされます。
 今年も、8月中旬のハリケーン・チャールズに始まり、9月のフランシス、アイヴァンと、3つのハリケーンが連続してカリブ海諸国やフロリダで猛威を振るいました。

 歴代のハリケーンの中では、12年前の8月下旬、フロリダ南端部(マイアミ付近)を直撃したアンドリューが、有史以来、都市を襲った最大級のものと言われています。ちょうどその頃、マイアミの北の海岸沿いに住んでいた筆者は、アンドリューを経験した数少ない日本人のひとりです(フロリダは、日本人人口が極端に少ないのです)。
 もともと亜熱帯気候のフロリダは、夏の間、毎日夕方になるとスコールに見舞われます。それこそ、聖書の "ノアの洪水" を思い起こさせるような雨風が1時間くらい続きます。
 しかし、ハリケーンは、そんなものではありません。幸い、アンドリューは、筆者が住んでいた街から数十マイル南を通過したのですが、それでも、信じられないくらいの暴風雨が吹き荒れ、夜中に目を覚ました時は、"明日の朝は、きっとこの世にはいないだろうな" と、覚悟を決めたほどでした。
 翌朝、周りでは、木が根こそぎ倒れていたり、店の看板が屋根に突き刺さったりしていましたが、筆者宅では、ケーブルテレビがつかないくらいの被害で済みました(こういうときはゴルフクラブが室内アンテナに早変わりです)。ちょうど日本から訪ねていた方々は、"あら、何でもなかったわね" と、大物振りを発揮していました。

 一方、マイアミ南部のベッドタウンでは街全体が破壊し尽され、鉄筋コンクリートのホテルやデパートの屋上は強風でぶち抜かれ、海岸線の家々のプールには遠くに停泊中のボートが不時着するという、想像を絶するような被害が起きました。なにせ、秒速70メートルを超える風です。直撃されたら、ひとたまりもありません(最大級のカテゴリー5のハリケーンは、時速156マイル(250キロメートル)以上の暴風雨と定義されます)。
 このときのハリケーン・アンドリューでは、保険がかかっていた損害額は160億ドル、実際はその倍の被害だったと言われています。そして、数十名が命を落としています。

 筆者は、その頃の細部はよく覚えていません。12年も前のことですし、脳が思い出を拒絶しているのかもしれません。暴風雨の生々しい傷跡に加え、今の科学で確実に来るとわかっている災害を待つのは、かなりのストレスなようです。
 けれども、今回のハリケーン・チャールズを機に、アンドリュー直後の人間劇を思い出していました。停電で冷蔵庫が使えないので、氷を法外な値段で売り歩く人間が現れたり、ホテルやガソリンスタンドは軒並み倍の価格に吊り上げたり、数千ドルで倒れた木を片付けてあげようと、退職した高齢層を狙った悪質な商法がはびこったり。
 家や店舗に泥棒が入るので、自衛のため、ピストルを隠し持つ人もありました。高級ウイスキーを包む布袋は、ピストルを入れるのにちょうどよいのです。

 12年前を思い出して、先日、マイアミ・ヘラルド紙のコラムニストはこう書いていました。嫌なことはたくさんあったけれど、一番印象に残っているのは、良いことだと。
 嵐が去った後、見ず知らずの人が、自分の家に来なさいと彼を誘ってくれました。家具も電気もないけれど、少なくとも屋根はありました。
 ある日、貴重な氷が売りに出ていると聞き、遠くまで買いに行ったのはよいものの、家に持ち帰って初めて、冷蔵庫が使えない事実にはたと気が付きました。すると、ちょうど隣人が、冷凍庫に貯蔵しておいた鶏肉がダメになる前に、一気にバーベキューにしているではありませんか。そこで、冷たい氷と暖かいバーベキューを物々交換し、お互いたいそう満足しました。

 12年前は、初めて経験する規模の災害に、当初は混乱も見られたものの、救援物資やボランティアの助けもあり、生活は徐々に落ち着きを取り戻していきました。ニュースになるのは悪い話が多く、その一方で、大部分の人は、私を二の次として復旧に尽力していたわけです。
 今回のハリケーン・チャールズは、アンドリューに継ぐ被害だと言われています。その後、続けて押し寄せてきたフランシス、アイヴァンとのトリプルパンチからカリブ海地域が一日も早く立ち直れますようにと、遠くカリフォルニアから祈っている今日この頃です。


<Go, Niners!>

 9月はまた、アメリカンフットボールのシーズン到来です。
とはいうものの、残念ながら "サンフランシスコ49ersは、どうせ今年はNFC西部地区の最下位だろう" などと、悪口を言われています(確かに、9月12日の開幕戦は惜しくも敗れています)。
 開幕直前、サンノゼ・マーキュリー紙が行った読者アンケートでは、今一番欲しいシーズンチケットは、アイスホッケーのサンノゼ・シャークスで、次いで49ers、サンフランシスコGiants(野球)、オークランドRaiders(フットボール)、オークランドA's(野球)の順番だそうです。

 黄金期には、ベイエリアのみんなが欲しかった49ersのシーズンチケット。今こそ、ファンとしての真価が問われているようです。


夏来 潤(なつき じゅん)

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