景気と雇用:まだまだ厳しい状況です

2003年6月17日

Vol. 47
 

景気と雇用:まだまだ厳しい状況です


 先日、サンノゼとロスアンジェルスが、あるランキングで仲良く全米トップになりました。道路が国中で一番荒れているという、名誉も何もないトップの座です。お陰で、タイヤ交換やアラインメント調整など、他の都市に比べ、年間一人当たり600ドルも余分に車の修理にかかっているそうで、ただでさえ悪化している市民の家計をさらに圧迫しています。そんな上から下への財政難の中、今回は、雇用状況と職探しのお話をいたしましょう。


<失業率>
 6月上旬、労働省(the Labor Department)が発表した統計によると、5月の全米の失業率は、1984年以来最悪の6.1パーセントを記録しました。2001年初頭、ブッシュ大統領が就任して以来、職を失った人は250万人にも達します(前クリントン政権の終わり際には、4.2パーセントの失業率でした)。しかし、企業の人減らしはピークを過ぎ、4月、5月は従業員が若干増える傾向にある、と労働省は説明しています。
 けれども、こういった増員は、ごく一部の分野に限られており、ローンの利子の引き下げに煽られ、需要に追いつかない住宅業界くらいなものです。製造業では34ヶ月連続で人員削減が続き、航空・ホテル業界は、過去2年間で8パーセント就業人員を減らしました。小売業、出版業界、通信業界は、5月に入ってもなお人減らしを続けています(労働省発表)。ハイテク産業全体では、2001年から2年間で1割の従事者が減り、510万人となっています(米電子工業協会発表)。
 その一方で、臨時雇用者数は増加傾向にあり、正社員を増やす前に、今いるスタッフで乗り切る、それで駄目なら臨時を雇う、といった企業の雇用パターンが見えています。米国経済の3分の2を支える個人消費は、5月には、イラク戦争の影響で落ち込みを見せた前月から若干戻しましたが、売り上げが伸びているのは、高級衣料品店や家具店など一部に限られます。税金カットくらいしか思いつかない現政権の政策では、景気が素早く回復し、雇用が爆発的に増加するというのは、"絵に描いたもち "かもしれません。

 シリコンバレーでも、全米のパターンと似ていて、人員削減のピークは超え、少し落ち着きを取り戻したところです。企業のスリム化もさることながら、倒産するべき会社は、大部分倒産してしまったというのが実際のところではあります。Economy.comの予測によると、全米でのIT投資は、今年後半6パーセント、来年は11パーセント伸びるとしています。これに刺激され、シリコンバレーでは、今年末から就業人員がプラスに転じ始め、来年末には、現時点に比べ1パーセント強雇用者が増えている、と同社は予想しています。しかし、現在、サンタクララ郡で仕事を探している人は約7万7千人に上り、来年増えると予測される1万7千の職では、焼け石に水の状態です。
 サンタクララ郡での雇用の推移を見てみると、1990年代前半、80万人で安定していた就業者数は、1995年以降、毎年増加の一途をたどり、2000年12月、107万人でピークを迎えました。その後、たった2年で19万人減り、今に至っています。2001年以降、実に5人にひとりが職を失ったことになります。
 こういった状況のもと、共働きがシングルインカムになったり、今までより低いポジションに移ったり、違う職種に鞍替えしたりと、対応は様々です(昨年11月ご紹介した、不動産業界への転向もそのひとつです)。仕事に追われ、先延ばしにしていた子育てに切り換えるキャリアウーマンも少なくなく、ちょっとしたベビーブームが見られます。シリコンバレーに見切りをつけ、州内外の生活費の安い地域に出て行く家族もいます。法律上、年齢でふるいに掛けてはいけないことになっていますが、業界に何十年も勤めたベテランほど、厳しい状況に置かれているのも事実で、今までの経験を生かし、学校の先生に転向する人もいるようです。

 現在、サンタクララ郡の失業率は8.3パーセントと言われますが、当然ながら、その中に数えられるのは、積極的に職探しをしている人に限られます。今は景気をにらみ復帰を見合わせたり、学校に戻ったりといった潜在的な数値は含まれていません。
 ある経済学者によると、就労年齢人口の就業率(職探しをしている人数も含む)は、2001年以降減る傾向にあり、現在全米で、150万人ほどが景気回復を望み小休止している、と試算しています。そういった人を含めると、アメリカの失業率は7パーセントとなるそうです。やむを得ず、パートの職に就いている人も合わせると、10パーセントを超えるということです。


<ジョブ・フェアーはいずこ?>
 6月9日にサンタクララでの開催が予定されていたジョブ・フェアーが、急遽キャンセルとなりました。人を雇いたいと集まった会社が、たった12社しかいなかったからです。これは、BrassRingという雇用分野のソフトウェア・サービス会社(本社マサチューセッツ州)が、年に数回開いていた就職勧誘の催しで、同社は今後サンタクララの従業員を4分の1に減らし、今年はもうジョブ・フェアーを開催しないと発表しています。

 このジョブ・フェアーは、BrassRingの買収以前、Westechキャリア・エキスポと呼ばれていたもので、シリコンバレーの多くの従業員が、一度はお世話になったことのある就職フェアーです。アメリカ、とくにシリコンバレーでは頻繁に転職する風土もあって、2000年のピーク時には、500社以上が、会場のサンタクララ・コンベンションセンターを埋め尽くしていました。
 ジョブフェアーに参加する会社は、人事担当の社員をここに派遣し、職探しをしている人たちは、彼らに履歴書をばら撒きます。運が良ければ、後日会社に呼ばれ、面接、採用となります(面接官となるのは、通常10人は下りませんので、一日がかりだったりします)。
 今回、BrassRingジョブ・フェアーは急遽キャンセルとなりましたが、こちらの競合となる、マーキュリー新聞社主催の就職フェアーの方は、今年はあと4回開かれる予定です。ですから、まったく道が閉ざされたわけではありません。が、ハイテク産業従事者にとっては、これで出会いの機会がひとつ減ってしまったわけです。

 2000年3月にインターネット・バブルがはじけて以来、2年くらいは、まだまだお祭り気分が抜け切れていませんでした。就職活動にもそれは如実に表れていて、ドットコムのメッカだったサンフランシスコでは、"ピンクスリップ・パーティー" なるものが登場しました。何となくいかがわしい響きですが、実は、真面目な就職活動なのです。名前のピンクスリップ(a pink slip)は、解雇通知を意味し、パーティーとされるのは、飲み屋で開かれるからです。
 会場のバーには、雇いたい側と、雇ってもらいたい側が千人ほど詰めかけ、前者は名札に緑の丸印を、後者は赤の丸印を付け、お互いを見分けます。PDAで名刺交換をしたり、手持ちのパソコンで自分のウェブサイトを宣伝したり、履歴書を貼り付けた掲示板を掲げたり、と会場はごったがえします。お酒は半額だし、飲みながらリラックスして話ができると非常な好評を得ていて、この手のパーティーは、シリコンバレーにも飛び火していたものでした。実際、ここで雇用が決まった例もたくさんあったようです。
 参加者の少なくとも半分は職探しをしているのに、悲壮感をみじんも感じさせないところが、当時のハイテク業界の心理を物語っています。

 話は少々脱線しますが、先日、ピアノを調律してもった時、景気はどうなのかとベテラン調律師に質問すると、ここ2、3ヶ月だめだったけど、ちょっと戻って来ているよと答えます。3、4年前のドットコム・ブームの時は、さぞかし忙しかっただろうと聞くと、首を振り、"いやあ、ぜんぜんだめだねえ" と言います。"ああいう人たちは、お金が入ると、5万ドルの車や、2百万ドルの豪邸をぽんと買っちゃうからね。ピアノなんかにはお金を使わないんだよ" と。
 彼によると、そこが東海岸と西海岸の違いだそうで、あちら(東)ではお金があると、おばあちゃんからもらった大切なスタインウェイを修理して使おうとするけれど、こちら(西)では、ちょっと古くなると、修理なんかせずに、新しいのに買い換えてしまうと言います。こっちの金はしょせん "あぶく銭(quick money)" だからねという彼の説は、なかなか説得力がありました。

 振り返ってみると、あの大騒ぎは、19世紀半ばのゴールドラッシュの頃と、あまり変わりはなかったようです。今は、そういったあぶく銭も、どこへやら行ってしまいましたが。会社のジェット機(a corporate jet)も、ランチでコルクを抜いていた一本200ドルのオーパス・ワン(Opus One)も、遠い昔話です。
 しかし、どんなに苦しくとも、近頃とみに防衛費で潤うバージニア州北部(別名 "Dulles Corridor")のように、連邦政府の金で身を立てるなどは、西部開拓時代の独立精神にも劣るというものです。州のモットー"Eureka" に象徴されるように、常に新しいものを探し求めるのが、カリフォルニアのスタイルなのです。(Eurekaとは、ギリシャ語で"見つけた!"という意味で、金鉱の発見とその後の繁栄を指します。)


<気を引く履歴書>
 就職活動というと、日本では、大学生が真新しいスーツを着込んでの企業訪問というイメージが強いですが、転職や解雇の多いアメリカでは、年齢を問わず、いやがうえにも経験することになります。
 こちらではリクルート雑誌などはないですが、新聞の求人広告、Monster.comを始めとするオンライン転職サイト、前述の就職フェアーなど、手段は様々です。ヘッドハンティング会社も、エグゼクティブのポジションに限らず、頻繁に利用されます。この場合、就職が決まると、雇われた人の年収の三十数パーセントを、手数料として雇い主が支払います。

 いずれにしても、履歴書が一番の鍵となるわけですが、この履歴書の書き方で、明らかに日本と違うところがあります。年齢、性別を明記せず、写真など貼らないところです。
 アメリカ式履歴書には、決められたフォーマットはありませんが、ポピュラーなスタイルは、まず、何をしたいかの自分のゴール(Objective)から始まります。たとえば、"世界の檜舞台で、責任あるマーケティングの仕事をしたい" などです。そして、どうして自分がそれにフィットするのか(Qualifications)を箇条書きで述べます。次に、職歴を最新のものから順に並べ、学歴はそのあとです。通常、最終学歴と専攻分野しか載せません。"あくまでも簡潔に" がモットーなのです。

 本当かどうかは知りませんが、履歴書の3割に嘘が含まれていると、どこかで読んだことがあります。勤めた会社を偽ったり、勤続年数を増やしたりというのが、なきにしもあらずなのです。
 アメリカの場合、学歴などよりも、今までどんな職歴を積んで来たかが問題となるので、ちょっと色を付けようという心理も、わからないではありません。今は卒業シーズンですが、特に、学校を出たての若い層は、職歴を積みたいが、職歴がないので雇ってもらえない、という "にわとりと卵" のようなジレンマに陥ります。学位や夏休みのインターンシップでは不十分、と解釈されることもあるのです。
 一方、ある程度職歴を積んだ人の間では、有利な給与交渉をしようと、以前の職場での報酬を膨らますのも、よくある嘘だそうです。

 しかし、どんなに誘惑が強くても、偽りはいけません。こちらでは興信所(private investigators)までは使わなくとも、身元調査(background check)は簡単にできるので、基本的な事を偽ると、すぐに見破れてしまいます。行ってもいない学校を学歴とするなどは、最も愚かな嘘だとキャリアカウンセラーは指摘します。今は、何でもデータベース化が進んでいるので、身元調査のオンライン会社が何十もひしめき、安価なサービス料で、ターゲットとなる人を瞬時に調べ上げてくれるのです。
 こういった調査対象は、何も就職希望者に限らず、たとえば、老舗のUS Searchなどは、たった30ドルで、ベビーシッターや子供の教育係、家の改修工事の請負人など、誰でも素性を調べてくれます。こういった職種に犯罪歴があると困りますから。昔のクラスメートや恋人の行方なども、得意分野としています。

 いずれにしても、転職天国だったハイテクブームの頃から一転し、今は雇い主に有利な状況となっています。働く側からすると、少ない人数で、より多くの仕事をこなさなければいけないわけですが、あまり文句も言えません。ちょっと前までは、いい人を引き抜こうと、花束やワインの盛り合わせを目当ての人の自宅に送っていましたが、今は立場が逆転し、雇ってもらえそうな人にクッキーでも贈った方がいいかしら?という時代になりました。古くさい方法ではありますが、知り合いのつてや同窓会など、人のネットワークも大切な手段となっています。


<マクドナルド大好き?>
 最後に、ファーストフード界のお話です。業界最大手のマクドナルドは、新しいスローガンを発表しました。"I'm lovin' it(大好きさっ)" です。秋には、今までのスローガン"We love to see you smile(みなさんの笑顔を見せてください)" からこちらに変更され、今後2年間、世界各地の支店で使われるそうです。若い、おしゃれな顧客層や子供たちの心をつかもうと、今回の変更を決定したと発表されています。
 マクドナルドというと、前四半期で赤字を出したこともあり、支店数をむやみに増やすことよりも、既存の支店に顧客を増やせるよう路線変更していくようです。

 この新スローガンの発表にひっかけ、ビジネスニュース専門のCNBC局では、もっといいスローガンはないかと、視聴者からメールで募りました。さすがにマクドナルドともなると、人々の関心は高く、相当数集まったようです。たとえば、"McYummy!(マックおいしい!)" とか、"Ooooh, I'm stuffed!(ウ~腹いっぱい!)" と、かなり直球のものもあります。中には、こんなのもありました。"Don't sue us even if you're fat(あんたが太ってるからって、私たちを訴えないでよ)"。
 最後の投書は、実際に起こった例をもじっています。一年ほど前、ニューヨークに住む50代の男性が、マクドナルドを始め、ファーストフードの大御所4社を訴えたのです。自分は今まで長い間、週に5、6回の割りでハンバーガーを食べていた。今となっては、肥満どころか、それに付随する健康障害に悩まされているが、それは、あんた方4社が、ファーストフードは食べ過ぎると体に悪いという事実を隠していたからだ、というものです。
 その後、同じくニューヨークで、低所得地域の子供たちを代表し、類似の訴えが起こりました。両親が長時間働いていて、子供たちはハンバーガーしか食べるものがなかった。なのに、企業は健康に対する影響を大人たちに明確に説明しておらず、結果的に、子供たちが高コレステロール、糖尿病、心臓障害に悩まされているという内容です。筆者の知る限り、後者のケースは裁判官に退けられましたが、これが最後の事例には決してならないでしょう。


夏来 潤(なつき じゅん)

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