投票の日:注目される11月5日の全米選挙

2002年10月20日

Vol. 39

投票の日:注目される11月5日の全米選挙


 今回は、ちょっとアメリカらしいところで、あと2週間と迫った、全米での選挙に関するお話をしたいと思います。


<連邦議会戦>
 毎年、11月の第一火曜日は、"投票の日(Election Day)" となっています。国レベルの議員から地方自治体の代表者まで、様々な選挙が一斉に行なわれます。
 2年前のこの日、大統領選挙が行なわれましたが、翌年1月の就任式直前まで、誰が勝ったのか揉めに揉めたことも記憶に新しいところです。この時は、連邦最高裁判所まで巻き込まれ、結局、選挙人団(electoral college)の票のうち、フロリダ州の分が現ブッシュ大統領に行ったことで、ようやく僅差で決着がつけられました。しかし、国民の投票数では、対立候補のアル・ゴア氏が勝っていたため、この結末に満足しない人々も多く、首都ワシントンDCでの就任式では、ブッシュ氏を非難する集団を恐れ、今までにない厳重な警備体制が敷かれることとなりました。

 さて、今年の選挙では、注目されることがいくつかあります。ひとつに、現在は一議席の僅差で民主党が幅を利かせる上院議会で、共和党がどれほど議席を伸ばすのか(下院の方は、11議席差で共和党が牛耳っています)。そして、各地の州知事戦に、多数の女性候補が出馬したけれど、果して何人の女性知事が誕生するのか、などが話題となっています。

 上院議会の中間選挙の方は、今年、カリフォルニアを除く34州で行なわれます(上院は、50州が2議員ずつを選出し、計100議席となっていますが、2年ごとに3分の1が交代となります。下院の435議席は、人口比率で各州に割り当てられます。任期は、下院が2年に対し、上院は6年と長期にわたります)。
 今年交代の上院34議席のうち、現在、民主党は14議席、共和党は20議席を持っていますが、中でも、ミネソタ、コロラド、テキサスなど、8つの州での票の行方が、今後の議会での勢力分布図を決定すると言われています。特に、激戦区のニュージャージーとニューハンプシャー戦は、政党、報道陣、有権者の熱い視線を浴びるところとなっています。

 まず、民主党が持つニュージャージー州では、2000年の大統領選挙よろしく、連邦最高裁判所を巻き込む大騒ぎがありました。現職候補に前回の選挙戦での収賄の疑惑がちらついていたのですが、選挙まであと5週間と迫った9月最終日、そのスキャンダルを払拭できないまま、出馬を断念せざるを得なくなりました。ここで慌てたのは民主党で、誰を後釜にするのか頭を悩ませた末に、おととしまで上院議員を三期務めた、ベテランのフランク・ローテンバーグ氏を起用しました。
 1972年以降、この州でひとつも上院議席を取れていない共和党は、今年は有力候補を立て、人気低迷の現職候補を尻目に、議席をほぼ手中に納めていましたが、敵方のローテンバーグ氏の起用で、それも危うくなってきました。これに対抗するため、共和党は候補変更が投票日直前に行なわれた違法性を州最高裁判所に訴えましたが、法律はその点に関し曖昧だと退けられ、今度は、すがる思いで、連邦最高裁判所に訴えを提出しました。
 結局、この訴えは却下され、新しい候補者で選挙戦が仕切りなおしとなったわけですが、現職候補の出馬断念発表から最高裁の判断まで、わずか1週間のスピード展開となり、担ぎ出されたローテンバーグ氏も、めまぐるしくも充実した毎日を送ることとなりました。

 一方、ニューハンプシャーは共和党が議席を持ちますが、二期務めた現職候補を蹴散らした若手政治家と、州知事から転職を目指す民主党の女性候補が、激しい戦いを繰り広げています。現職候補が予備選で敗れることは珍しいことですが、これを成し遂げた37歳のジョン・スヌヌ氏は、下院議員を三期務めた実績と、前ブッシュ政権の官房長官を父に持つ血筋もあり、共和党が胸を張る候補となっています。上院で力を取り戻すためには、党としても、ここで議席を守り抜く必要があります。
 しかし、対する現州知事のジャン・シャヒーン氏も人気が高く、民主党の方は、この地で新たに議席を獲得することに熱い期待を寄せています。

 現在、上院は、民主党50対共和党49(無所属1)の僅差で民主党がコントロールしていますが、これは、法案の提出、可否決から各審議委員会の決議まで、あらゆる面で影響を与えます。もし、議席が50対50の同数になると、副大統領の一票で、共和党へと天秤が傾きます。ブッシュ大統領の采配のもと、上院、下院両院が共和党に牛耳られると、国内の経済政策からイラク攻撃を含む外交政策まで、何から何まで大統領の意向通り、事が運ぶことになってしまいます。
 任期半ばに差し掛かったブッシュ大統領の経済面での成績は、先代のブッシュ大統領同様、まったく芳しくなく、先日の統計局の調査結果でも、昨年一年で、貧困層が全米で130万人も増加していることが明らかにされています。国民の年収も下がっていることが如実に数値に表われており、有権者の間でも、イラクに固執しないで、有効な経済政策を打ち出して欲しいという声が高まっています。
 これを追い風にして、民主党が上院で議席を守り抜くのか、11月5日の選挙には、まさに党としての政治生命がかかっているとも言えます。


<全米での州知事戦>
 今年、州知事選挙は、カリフォルニアを含む36州で行なわれますが、女性候補の躍進が目立ちます。夏の予備選挙の段階では、12州で15人の女性が二大政党の候補として名乗りを上げ、今までの記録だった10人を大きく上回りました。アメリカといえども、自力で州知事になった人は過去に12人しか存在せず(副知事からの繰上げ就任などを除く)、単年度では3人の女性知事が同時に誕生したのが最多記録となっています。
 今年は、ミシガン、カンザス、メリーランド、アリゾナ、ハワイの、少なくとも5つの州で女性候補が選挙戦をリードしており、過去の記録を塗り替えることが予想されています。その要因として、今回州知事戦が行なわれる36州のうち、20州で現職候補が存在せず、このことが女性候補に有利に働いていることが挙げられます(アリゾナでは、任期満了の現職女性知事から別の女性候補へと、バトンタッチされそうです)。
 しかし、それだけではなく、今まで地方自治体で要職や議会の座を勝ち取り、華々しく活躍してきた多くの女性政治家達が、州を率いるまでに成長したことも大きな理由とされています。興味深いことに、女性候補がリードする5州のうち、ハワイを除く4つの州が民主党所属候補となっており、教育や医療などの生活に密着した政策を重視する点や、親しみ易さ、誠実さが女性民主党候補の魅力となり、庶民の人気を集める一因となっているようです(一方、民主党地盤のハワイでは、40年ぶりに共和党知事の誕生が予想されています)。

 上記5州で特に注目を集める候補者が、ミシガン州の司法長官、ジェニファー・グランホルム氏です。43歳の3児の母でもありますが、経歴がなかなか変わっています。生まれはカナダで、幼少の頃カリフォルニアに移り住み、18歳で米国市民権を取りました。ハリウッド女優を目指し何年かがんばった後、学校に戻り、ハーバード大学で法学位を取得し、裁判官、検事、そして、郡でトップの法的役職を経て、4年前に現職に就きました。
 政治家としては短い経歴が、不利な点ともされていますが、女性有権者の圧倒的な支持を受け、知事選の最有力候補となっています。女優を目指していただけあって、見端も良く(どちらかと言うと、インテリジェンスの美)、これが男性有権者の心を掴む可能性もあるのかもしれません。

 残念な事に、昨年ご紹介した、マサチューセッツ州の現職女性知事、ジェイン・スウィフト氏は、同じ共和党の対立候補の出現で、出馬を断念せざるを得ませんでした(昨年5月16日掲載の "キャリアウーマンと出産:州知事だってママになります" で登場)。
 有力政治家二世でもあり、今年2月のソルトレーク・オリンピックの成功で指導者として誉れの高い大会準備委員長、ミット・ロムニー氏が名乗りを上げ、戦わずして彼に候補の座を譲ることになったのです(記者会見でも、文字通り、泣く泣く出馬断念を表明しました)。
 ロムニー氏の本番での対立候補は、12年ぶりの民主党知事誕生を目指す女性候補、シャノン・オブライアン州財務長官で、圧倒的な民主党支持基盤の中、かなりの激戦が予想されます。スウィフト氏を無理やり候補から引き摺り下ろし、女性有権者の反感を買った事が票にどう結びつくのか、興味のある一戦となっています。

 その他、著名政治家としては、前クリントン政権で司法長官を務めた、ジャネット・リノ氏が、フロリダで出馬していましたが(職歴、押し出しでは、男性顔負けの政治家)、予備選で同民主党所属の対立候補に惜しくも敗れ、期待されていた、ブッシュ大統領の弟、現職のジェブ・ブッシュ氏との闘いは実現しませんでした。勝った弁護士のビル・マクブライド氏は、著名候補を駆逐した勢いで、ジェブ氏との善戦が期待されています。


<カリフォルニア州知事選>
 女性候補達が華々しい選挙戦を繰り広げている他州を尻目に、カリフォルニアでは、地味な州知事戦が続いています。現職の民主党候補、グレイ・デイヴィス氏と、ロスアンジェルスの実業家、ビル・サイモン氏の事実上一騎打ちとなっていますが、かなりの有権者は、どちらも嫌だ、と駄々っ子のような事を言っています。
 デイヴィス氏の方は、一昨年からのエネルギー危機をうまく回避できなかったことが仇(あだ)となり、民主党地盤のカリフォルニアで、支持が低迷しています。一方、サイモン氏の方は、政治家として未熟なばかりか、一族が経営する会社に脱税疑惑があり、クリーンなイメージに欠けています(応援に駆けつけたはずのブッシュ大統領でさえ、演説の際、サイモン氏と同じステージに立つことを躊躇しました)。
 政治資金集めに定評のあるデイヴィス氏は、潤沢にある資金で早々とテレビ・キャンペーンを始め、強敵と目されていた元ロスアンジェルス市長を、共和党候補から叩き落とすことに成功しました(カリフォルニアでは、女性の生殖に関する権利を認めない候補者はまず選ばれませんので、キャンペーンでも、この点を攻撃材料とします)。残る資金は、サイモン氏に対する否定的キャンペーンに注ぎ込まれていますが、デイヴィス氏がどこまで有権者を説得できるのか、お手並み拝見といったところです。

 選挙戦の詳細はさておき、カリフォルニアの行方は、ブッシュ大統領としても心配の種かもしれません。それは、政策的には、デイヴィス氏率いるカリフォルニアは、最近の連邦政府の決定にことごとく逆行しているからです。
 たとえば、医療用マリファナがあります。マリファナをガンやエイズ患者などに医療目的で処方する事は、カリフォルニアを含む9州で合法とされています。しかし、麻薬撲滅を重大政策と掲げるブッシュ政権は、これを認めず、カリフォルニアにあるマリファナ処方薬局や農園が、今年に入り、次々と連邦政府の麻薬取締局(通称DEA)の襲撃を受け、大量のマリファナが没収されています。
 これに抗議する市民ラリーが起こったのは言うまでもなく、米国憲法は、州法に基づいた州内の事柄に介入する、連邦政府の警察力行使を認めていない、といった法の立場からの批判も起きています。

 また、女性の生殖に関する選択権でも、国と州の見解は対立しています。9月、デイヴィス知事は、これに関連する4つの法律を制定しましたが、この中には、連邦最高裁判所がどのような判決を下そうと、カリフォルニアの女性の選択権は保証される、という強いトーンのものもあります。これは、連邦議会で見られる最近の立法の動きとは、まったく相反するものとなっています。
 これに類似したところで、ヒトの受精卵から採取する胚性幹細胞(embryonic stem-cell、ES細胞)を使った再生医療研究があります。信仰に基づくブッシュ政権は、倫理的な理由で、国の資金を使う機関での幹細胞研究を著しく制限してきましたが、9月下旬、デイヴィス氏は、再生医療の目的であれば、胚性幹細胞であろうと、体性幹細胞であろうと、研究で利用することを認める法律を制定しました(生殖目的のクローン技術は禁止しています)。これは全米初の裁断となっており、ここでも連邦主義を振りかざす国と自立性を守ろうとする州との拮抗が浮き彫りにされています。


<投票のコンピュータ化>
 2年前の大統領選では、スムーズに決着がつかず、投票のあり方自体が問題となりました。特に、フロリダ州では、この時採用していた、見開きの投票用紙に並ぶ候補者の名前に針で穴を開ける方式が、間違った名前に穴を開けるという誤解を招く結果となりました。一度間違えると、勿論、訂正はできません。また、票の集計作業においても、投票箱が一時紛失したり、数え間違いがあったり、とずさんさが浮き彫りにされました。
 これに対し、もうそろそろ投票をコンピュータ化すべきではないか、という動きが高まっています。先日、連邦両院でも、2004年の大統領選挙を念頭に置き、投票方式を根本的に改善するため、40億ドル近くを各州に投じることを決議しました。

 カリフォルニアでは、シリコンバレーのあるサンタクララ郡と他の8つの郡が、投票用紙に穴を開ける "パンチ・ホール方式" を2004年3月までに撤廃することを目指し、今回の投票から、指でコンピュータ画面上の表示を触る、"タッチ・スクリーン方式" を試験的に一部で採用します。多民族の環境を反映し、表示には英語だけではなく、スペイン語など4つの外国語も採用されます。

 しかし、このコンピュータ化も単純な話ではなく、9月中旬、フロリダで行なわれた予備選挙では、解かなければならない宿題が山積する結果となりました。まず、テクニカルな面では、投票システムを供給する3つの会社のうち、特に、2つの会社のシステムがうまく機能していない問題が起きました。"投票率ゼロ" と報告された選挙区すらありました。州知事予備選を集計しなおしてみると、8千票あった民主党候補者ふたりの差は、5千票に縮まりました。
 人的問題もクローズアップされました。投票会場での担当者の教育が不行き届きで、コンピュータを適切に作動できなかったり、投票データがタイムリーに集計できなかったり、といった予期せぬ事が起こりました。また、投票会場によっては、準備に手間取り、開始時刻が数時間遅れたせいで、何人もの有権者が門前払いとなりました(投票日は平日のため、出勤前を逃すと、投票できない人も多く、緊急措置として締め切り時刻を2時間遅らせましたが、それも徹底できていませんでした)。

 こういった新しいシステムの導入による混乱を目の当たりにし、投票のコンピュータ化に踏み切ったとしても、予備の投票用紙を紙面で準備し、こちらも集計するくらいの配慮が必要だと指摘する専門家もいます。一票の重みを考えると、選挙ではいかなる間違いが起こってもいけないはずなのですが、どうやら現段階では、新システムに飛びつくのは時期尚早と言わざるを得ないようです。


<ロスアンジェルスの行方>
 最後に、今回の選挙の変り種をひとつ。カリフォルニア州ロスアンジェルスでは、今回、市を分割するかどうかの市民投票が行なわれます。
 ロスアンジェルスには、街をふたつに分断するかのように、中央にサンタモニカ山脈が走り、その南にダウンタウン、ハリウッド、ビバリー・ヒルズ、北にサンフェルナンド・バレーが広がります。このサンフェルナンド・バレーは、1915年に住民投票でロスアンジェルスの一部となったのですが、すでに戦前から住宅地として人気を集め、オレンジ畑の広がる静かな街から、"アメリカの郊外" として急激な発展を遂げた地域です。
 その結果、現在ロスアンジェルス市は、地理的には、サンフランシスコ、ボストン、マンハッタンなど数都市を合わせたよりも広く、人口では、全米第二の大都市となっています。もし分割されるとなると、240万人のロスアンジェルスは、シカゴに次ぎ3番目の都市となり、新たにできる "ヴァレー・シティー(Valley City)" は、130万人で6番目の大きさとなります。

 サンフェルナンドが分割したがっている理由は、自立した都市として機能した方が、住民がより多くの自治体の恩恵にあずかることができるということです。今のままだと、ロスアンジェルスの中心部に市の予算や配慮が奪われ、街の整備も警察の助けも経済の復興も、二の次となってしまう、と主張しています。
 しかし、9月に発表されたUCLAの調査では、分割すると、新都市の貧困層が増えるばかりではなく、両都市とも財政難にあえぎ、住民への還元が著しく減ってしまう、という悲観的な結果も出ています。また、ロスアンジェルスの住民の中には、サンフェルナンドの中流層が去ってしまうと、ロスアンジェルスには金持ちと貧乏人しか残らない、と批判する人もいます。全米で3番目の都市に転落すると、首都での政治的な影響力も衰えてしまう、と懸念する声も聞こえます。

 サンフェルナンドに追随し、映画の街、ハリウッドでも分割案が出ており、これが認められると、ロスアンジェルスは3つの都市に分かれることになります。ただ、そうなるためには、それぞれの地域で過半数の住民が賛成する必要があり、現実的には、その可能性はあまり高くないとも言われています。
 小さな町や村が力を蓄えようと合併し、それが嵩じて、街が大きくなり過ぎると、今度は独自のアイデンティティーを求め離脱しようとする。そういった街の進化論に、巨大都市ロスアンジェルスではどのような結末がつけられるのか、興味深い住民投票となっています。


夏来 潤(なつき じゅん)

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