米国テロ攻撃の影響:経済とセキュリティーの観点から

2001年10月12日

Vol. 24

米国テロ攻撃の影響:経済とセキュリティーの観点から


 先月9月11日のテロ攻撃は、米国の政治・経済だけではなく、市民の生活全般に、計り知れない多大な影響を与えています。国民の8割以上が、あの出来事を境に、住んでいる世界が変わってしまったと表現しています。米国がアフガニスタンを報復攻撃すれば、アメリカ本土、海外拠点、そして米国市民に対する再攻撃が必ず起こるとも恐れられています。実際、10月7日、米国と英国のタリバンに対する攻撃が始まってしまった今、これまで通りの普通の生活を取り戻そうと努めるアメリカ人の間でも、不安は隠せないようです。
 今回は、そういったテロ攻撃の影響を、米国経済とセキュリティーの角度から見ていきたいと思います。


【全米での経済的影響】

 米国経済は、既に9月11日以前、不景気に入っていたと言えます。昨年4月の株価急落から、どうにか持ちこたえてきた景気が、今年に入りいよいよ悪化していました。あらゆる業界で業績不振が報告され始め、連鎖反応のように、従業員の解雇が続きました。
 シリコンバレーでも、ヒューレット・パッカードやシスコ・システムズをはじめ、セミコンダクター分野のインテル、ナショナル・セミコンダクター、アプライド・マテリアル、光ファイバー通信分野で飛ぶ鳥を落とす勢いだったJDSユニフェイズなど、大手企業が次々と大量解雇を発表しました。そのお陰で、昨年8月には2パーセントだったシリコンバレーの失業率も、今年8月には軽く5パーセントを越えてしまいました。米国全体でも、過去4年で最悪の5パーセントを記録していました。

 今回のテロ攻撃は、それに追い討ちをかけるもので、会社の投資や個人消費の衰えが、更なる経済停滞を招くのは避けられないようです。分野別では、当然、航空業界のスランプが大きく、飛行機を失ったアメリカンとユナイテッド航空に限らず、運行再開後も乗客の足が遠のいたお陰で、ほとんどの航空会社で、フライトの大幅な間引きを余儀なくされました。航空会社全体で、10万人もの解雇が発表され、それだけに留まらず、ボーイングなどの関連企業や、タクシー業界、空港に支店を持つ飲食店などにも影響が及んでいるようです。
 また、悪影響は旅行業界全般に波及し、もともと業績不振のせいで、企業の出張が制限されていたこともあり、傷に塩を塗り込むような状態です。当然、個人の旅行も控えられ、旅行代理店だけではなく、Priceline.com、Expedia.com、航空会社5社協業のOrbitz.comなどのオンライン旅行会社でも、売上が半減しているようです。旅行Webサイト最大手のTravelocity.comでは、300人以上の解雇と、一部のコールセンターの閉鎖を発表しました。今年夏には、ようやく各社黒字転換し、上向きになりかけていたオンライン旅行業界ですが、このままでは赤字転落してしまうかもしれません。
 また、ホテル業界の落ち込みも激しく、大型ホテルチェーンの中には、建物の一部を閉鎖してしまったところもあるそうです。今後この業界では、全米で50万人が解雇や就業時間短縮を経験するようです。
 旅行の落ち込みは、思わぬところに影響が出ていて、インスタント写真のポラロイドは、以前からの経営不振が進み、身売り話がいよいよ現実化しそうです。


【地域的な経済の落ち込み】

 地域別に見ると、航空業界や観光が中心だった都市は、最も悪影響を受けると言われています。経済リサーチ会社、Economy.comの発表によると、サンフランシスコ、マイアミ、シアトル、アトランタなどが、テロの影響をまともに受けることになるそうです。直接被害を受けたニューヨークは、国に6兆円の補助を求めるそうで、個人や法人の寄付金等を合わせると、復旧にもかなり希望が持てるようです。
 シリコンバレーのサンノゼは、もともとのスランプもあり、調査された40都市の中で最低の経済成長率が予想されています(テロ後修正された数値では、今年第2四半期から来年第2四半期まで、マイナス2パーセントの伸び率という結果です)。
 一方、投資情報サービスのMoody'sは、ディズニーランドやハリウッドを抱え、エンターテイメントの首都とも言えるカリフォルニア州を、"要注意リスト" に入れると発表しました。これまでのエネルギー危機やインターネット業界の縮小に加え、今後の観光、航空業界の不振は、州全体に少なからず悪影響を与えるという予想からです。また、カリフォルニア州が足踏みすると、全米に波及効果が及ぶと言われています。

 シリコンバレーでもさっそく悪影響が表われ始め、パロアルトに本社のあるサン・マイクロシステムズでは、19年の歴史の中で初めて、3900人の大量解雇を発表しました。世界貿易センタービルのオフィスでは、誰も失わないで済みましたが、その後2週間、まったく商売にならなかったらしく、9月までの四半期では、前期の3割減の売上になると予想されています。今回の解雇は、従業員全体の9パーセントになるそうですが、2割カットされてもおかしくない、と言うアナリストもいるそうです。
 サニーベイルのチップメーカー、AMDでも、今期は前期に比べ2割の売上低下を警告していて、2千人以上の解雇が決定されたようです。その不安を受け、主にテクノロジー株が取引されるナスダックでは、取引再開後2週間で、市場全体の価値が34兆円も下がったそうです。
 テクノロジー会社に限らず、ほとんどの企業では、消費者の買い控えの余波で、9月以降の成績不振は避けられないようです。いつになったら景気が戻るのか誰にもわからない状況にあり、今後、シリコンバレーでも全米でも、失業率は更に悪化していくようです。


【売上好調の分野】

 経済的には黒雲がアメリカ全土を覆っているようなものですが、その中で確実に売上を伸ばしている企業もいくつかあります。当然の事ながら、空港などのセキュリティー関連企業がその筆頭に挙げられます。たとえば、ボストンにあるViisage Technology(ビザージ・テクノロジー)は、ビデオカメラが写し出した顔を認識し、データベースにある犯罪者の顔と照合するというテクノロジーを持ちます。顔のいくつかのポイントをピックアップし、それらのポイント間の寸法から、人の顔を認識する方法です。
 この会社は、アメリカの報復攻撃が始まった翌日、さっそくある空港から2億円ほどの注文を受けたそうで、他の空港も右に習えすると思われます。今年1月のフロリダ州、タンパ・ベイでのスーパーボウル(フットボール)では、スタジアムに集まった観客7万人の顔を、試験的にひとりひとり認識し、19人の逃亡者を見つけ出したそうです(誰も逮捕されなかったそうですが)。既に、カジノや海外の空港では実用化されているそうで、この会社のCEOは、もしこのテクノロジーがボストンの空港に設置されていたならば、ふたつのハイジャックを未然に防ぐことができたと言っています(ハイジャック犯の何人かは、既にFBIのデータベースに入っていたそうです)。

 このような人の認識テクノロジーは、バイオメトリックス(biometrics)と呼ばれ、顔全体だけではなく、指紋、手、目の虹彩などが認識に使われています。シリコンバレーにあるIdentix, Inc.では、指紋認識スキャナーを開発しており、建物に入る時や、コンピュータ・システムに入る時の確認方式を提供しています。この会社は、コンパック、デル、モトローラとパートナー関係にあり、既にこの分野では著名なようですが、テロ攻撃後、売上は早くも倍になったそうです。
 また、やはりシリコンバレーにあるDrexler Technologyという会社は、身分証明書のチップに指紋情報を書き込み、セキュリティー・チェックポイントで本人かどうかを照合するテクノロジーを持ちます。テロ攻撃後、カナダ政府から発注を受け、各地の空港に設置されることが決まっています。アメリカでも、既に移民局はこのテクノロジーを採用しているそうです。
 一般人の意識からすると、バイオメトリックスはプライバシー侵害の恐れがあるけれど、指紋の照合くらいはセキュリティーの観点から許せるらしいです。顔全体の照合に賛成する人が3割に満たない中、8割の人が、この際指紋照合くらいなら許せると思っているそうです。これらバイオメトリック・テクノロジーは特別新しいわけではありませんが、ここに来て急に、インフラストラクチャと需要が整ってきたと言えそうです。

 その他、セキュリティー分野で成績を上げつつある企業としては、爆発物探知装置のInVision Technologies、武器残留物検知機のBarringer Instruments(乗客が持つラップトップのキーボードなどから爆発物や銃の残留物を検知する機器)、7月16日掲載の記事に出てきた、高性能X線写真のAmerican Science and Engineeringなどがあります。InVision社などは、特に市場の注目株で、9月11日以降、株価は5倍になったそうです。


【警備体制】

 いくらテクノロジーが進み、ハイジャックやテロ活動を未然に防ぐ可能性が高くなったとは言え、やはり最終的に頼れるのは、人による警備です。全米の空港では、テロ攻撃後さっそく、機上やレストランから食事用のナイフが姿を消し、搭乗前の荷物検査が厳しくなり、爆発物発見の訓練を受けた犬が闊歩するようになりました。
 また、10月に入り、M16ライフル銃を持った国家警備隊が、空港を守るようになりました。ヨーロッパの空港では珍しくない光景ですが、アメリカでは、湾岸戦争以来の緊急措置です。また、各航空会社に対し、米国運輸省は、90日以内に機内コックピットのドアを補強し、パイロットが乗客キャビンを監視できるように、ビデオカメラを設置するよう命じました。

 こういったテクノロジーと人によるセキュリティー強化が、今後、空港だけではなく、駅、スタジアム、ショッピングモール、学校など、人が集まる場所を守ってくれますようにと、国民全体が切に願っている毎日です。


夏来 潤(なつき じゅん)

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