残暑お見舞い:アメリカ式怪談

2001年8月27日

Vol. 21

 残暑お見舞い:アメリカ式怪談


 日本は今年、かなりきびしい暑さが続いたうえに、台風の後も暑さがぶり返したと聞いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。暑いときには冷えたビールか怪談と相場が決まっておりますので、お盆は過ぎてしまいましたが、ここで一席。

 実は、お化けの話というのは、何も日本やヨーロッパのように歴史の長い国々の専売特許というわけではなく、白人社会としては建国から短いアメリカでも、各地にいろんなお話が語り継がれています。悲しい死のあるところ、どこにでも伝説が生まれるようです。たとえば、南北戦争に纏わる怪談は、バージニア州を中心に多く残されていますし、ジャズとカーニバルで名高いニューオーリンズやプランテーションで栄えたジョージア州など南部にも、悲喜こもごもの人生劇が言い伝えられています。

 そんな中で、今回はカリフォルニア州に限って、三つの悲話をご紹介いたしましょう。


【第1話:サニーベイル】

 意外なことに、シリコンバレーのお膝元、サニーベイル市(Sunnyvale)にも有名なお話があります。エル・カミーノという幹線道路沿いにあるおもちゃ屋、トイザラスにお化けが出るらしいです。別に、おもちゃを買ってもらえなかった子供達の恨みがこもっているわけではありません。男の人の幽霊が、女性従業員の肩に触れたり、髪をさわったりするというのです。女性トイレや倉庫の中にひとりで入った従業員は、ほとんど全員が経験していると言います。

 シリコンバレーの位置するサンタクララ・バレー(谷)は、豊かな堆積土と温暖な地中海性気候を持ち、19世紀中頃から果樹園経営などで栄えた、農業の中心地でした。以前は、"アメリカのプルーンの首都(Prune Capital of America)" とも呼ばれていたようです(プルーンとは西洋スモモのことで、これを干したものは、健康食品として好まれてきました。また、既にご存じの通り、シリコンバレーという地名は、地図上にはありません)。

 サニーベイルは、この谷のちょうど真ん中にあり、1844年のアイルランド系移民の入植から発展した、農業と鉄道駅の街だったようです。件(くだん)のトイザラスは、サクランボやプルーンの果樹園で成功した一家の敷地跡に建っています。この一家には美しいお嬢様がいて、彼女に密かに恋心を抱く若い使用人がいました。身分の違う彼が告白できるはずもなく、間もなくお嬢様は、ある金持ちの男性と結婚することになりました。その知らせに自暴自棄になった使用人は、薪を割る斧を手荒に扱い、間違って自分の足に突き立ててしまいました。広い屋敷では助けはなかなか来ず、出血が止まらない彼は、失意の内に息を引き取ってしまいました。

 ベイエリアに住む有名な霊媒師シルビア・ブラウン氏は、トイザラスの幽霊は、お嬢様への恋心を胸に死んでいった、この使用人だと言います。光の中をさまよい、現代に迷い込み、トイザラスの従業員の中に、未だにお嬢様を探し求めているのだと。

 10年ほど前、ブラウン氏自ら、トイザラスでお払いをしました。"あなたは、現代に迷い込んでいるのよ。だから、このろうそくの光を頼りに、自分の時代にお帰りなさい。お嬢様はもう、ここにはいないのだから" と。女性従業員数人の力を借り、本格的にお払いを行なったはずでしたが、不運なことに、効果はなかったようです。相変わらず、幽霊が出没しては、従業員を怖がらせているそうです。"それほど深く、彼はお嬢様を愛していたのでしょう。それにしても、こんなに強い霊は珍しい" とのブラウン氏の談でした。


【第2話:サンディエゴ】

 カリフォルニアの南端の街、サンディエゴにも、広く知られたお話があります(聞かれた方も多いかもしれません)。サンディエゴの郊外にある海岸沿いの高級リゾート、コロネイド(Coronado)には、1888年から営業している老舗、ホテル・デル・コロネイドがあります。白い壁に赤いドーム型の屋根を持つ有名なホテルですが、ここがお話の舞台となっています。

 1892年11月、ケイト・モーガンという女性が、3502号室にチェックインしました。彼女から遠のいてしまった夫と、ここで、サンクスギヴィングのディナーを取る約束をしていたからです。でも、彼は指定されたレストランにはとうとう現れず、数日後、ケイトは死体となって、海に向かうホテルの階段で発見されました。頭部に銃で撃たれた傷があり、思い余って、自殺したのではないかと推測されています。

 それ以来、ホテルの従業員や宿泊客は、不思議な音や霊気を含んだ風を感じ始め、それだけではなく、いくつかのゆがんだ顔や、黒いレースのドレスを纏った若い女性の姿を見かけるようになったそうです。超自然現象の専門家もこれを確認しているそうで、ケイトという女性の、報われなかった愛の結末だと語り継がれています。遺体が発見された場所は、今はテニスコートになっているそうですが、彼女は、3312号室に夫を探しに来るらしいです。


【第3話:エル・ドラード】

 1849年から始まったカリフォルニアのゴールドラッシュは、シエラ・ネバダ山脈のふもとにいくつかの街を生み出しました。サンフランシスコからタホ湖に向かうハイウェイ50号線の途中、プラサビル(Placerville)も、そういった街のひとつです。エル・ドラード郡(スペイン語で黄金郷)と名付けられたこの一帯は、まさにゴールドラッシュ誕生の地だそうです。

 プラサビルの目抜き通りは、今も19世紀中頃の趣を残し、西部劇の中に迷い込んだような錯覚を感じさせます。この街はもともと、ドライ・ディギングス(Dry Diggings)と呼ばれていました。水にさらされ砂金をより分ける前の、乾いた採掘物そのもののことです。
 何とも味気ない名前ではありますが、街が金で栄え始めた頃に付けられた次の名前は、もっと殺伐としています。ハングタウン(Hangtown)といいます。つまり、首吊りの街です。人口が急増するにつれ、金鉱堀の人達から金を盗む輩(やから)が増えたそうですが、人権も守られていないこの時代には、捕まった者は即吊るし首となっていたことから、この名前が付いたそうです。
 街の婦人達がその名を好むはずもなく、間もなく文明の匂いのするプラサビルに替わりましたが、この街のお化け達は、どうもこのハングタウンの頃から住みついているようです。しかも、皆、あまり心静かではないらしいです。

 Hangman's Tree Historic Spotというバーに行くと、そういったひとりに出会えるそうです。でも、ここのお化けは、裁判もなく即死刑となった恨みを抱く他の者とは違い、死刑を執行していた張本人だと言います。ウィリーと名のるこの男は、街の人達によると、死んだ後も、街の様子をつぶさにチェックしておきたいらしく、時々このバーで現世の人と対面するらしいです。バーテンダーは、ウィリーを直接見たことはないけれど、見えない誰かがいるのは、はっきりとわかるそうです。また、何か物を置いたりすると、気が付いてみると、そこから物がなくなっていて、あとでひょんな所から出てきたりするそうです。勿論、その時近くには誰もいないと言います。

 お向かいのホテルにも、ゴールドラッシュ以来の幽霊が住んでいるようです。こちらは、金を運搬する馬車を専門としていた強盗、ブラック・バートという男だそうです。サンフランシスコに向かう金塊は、必ずこのホテルのロビーを通っていたそうで、今でも仕事場に舞い戻って来ては、次の収穫を虎視眈々と狙っているのでしょうか。ホテルの案内人が、宿泊客にブラック・バートのことを紹介し、"死んだ後でも、彼はいろんなトリックを披露してくれるんだよ" と言うが早いか、部屋のランプが、ご希望通り、突然点滅したりするそうです。

 このように、エル・ドラードの街、プラサビルは、未だにこの世に別れを告げられない魂に満ちているようです。そして、自分に興味のある現代人に出遭ったりすると、嬉々として、いたずらをしかけてくるのです。


【後記】

 第1話でご紹介したサニーベイルのトイザラスは、幹線道路El Camino Real(別名82号線)とCezanne Driveの角にある、ショッピング・エリアの中にあります(エル・カミーノ上、北に向かって左手です)。サンノゼ市の観光(お化け)名所、ミステリー・ハウス(Winchester Mystery House)もそう遠くない所にありますが、シリコンバレーの出張のついでに、とても行き易い場所にあります。


夏来 潤(なつき じゅん)

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